花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

源を感じとる=鍵key

源を感じとる=鍵key
(前回からの続きです。)
 
 
 
 
”『源の力を感じとれ!!』
 
己の内に目を向けろ
否定したいことから目をそらすな
そのまま受け入れろ
 
その奥にある力を…
 
源の力を感じとれ!!”
 
 
 
 
イザークが自分の体験をとおして
感じとった己の源『魂(源泉)』の力。
 
イザークは『魂(源泉)』を『思い出した』ことによって
自分を苦しみから救い出すことができたのでした。
 
そして
 
その己の源である『魂(源泉)』を
他者にも『思い出せる』よう
意識させることで
他者も自身を苦しみから救い出すことができたのでした。
 
 
 
『源の力を感じとれ!!』
 
 
 
その己の源である『魂(源泉)』は
自分の内側の奥深くにあることを
イザークは自分から逃避せず
内側を深く『観る(観照)』ことをしていく過程で
見つけ出すことができました。
 
 
 
『おれは…”おれ”だ』
 
 
 
生まれたときから
周りから化け物『天上鬼デラキエル』になると
洗脳(マインド(思考)コントロール)されて
その自分の運命に不安や恐れを感じ怯えながら
1人孤独に耐えながら生きてきたイザーク
『天上鬼デラキエル』にされてしまいそうになる
大ピンチのときに
 
自分の内側の奥深くまで『観る(観照)』ことで
 
自分の内側の奥深くにある光『魂(源泉)』を見つけ
 
それにより
 
『おれは…”おれ”』であり
 
「天上鬼デラキエル」ではない
 
ことを完全に悟り
 
本来の真の自分である『魂(源泉)』のままの状態を
 
感じとり『思い出した』のでした。
 
真の自分に『目覚めた』のでした。
 
 
 
その瞬間
生まれたときから
闇の存在に縛られていた
負のエネルギーの鎖を
ぶち切り
 
本来の自分の『魂(源泉)』のままのエネルギーである愛の光を
無限に解き放ちます。
 
 
 
暗闇のマインド(思考)を『手放し』
 
『魂(源泉)』のエネルギーを
感じとり『思い出す』瞬間
 
暗闇のベールの膜(マインド(思考)の境界線)が一気に消え去るため
 
無限に溢れ出る命の源『魂(源泉)』のエネルギーの
愛の光が
一気に四方八方に解き放たれます。
『目覚めた』瞬間です。
 
『魂(源泉)』のありのままの
本来の自分に真に『目覚め』『思い出した』
光明 enlightenment の状態です。
 
(『彼方から』5巻の中の「おれだ」のあたりの話の絵がわかりやすいです)
 
 
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左側は
苦しみの原因(種)であり
暗闇のベールの膜の境界線の原因でもある
マインド(思考)とエゴ(欲・自我)を持つ状態ですから
暗闇のベールの膜(境界線)が自分の肉体の周りにある状態なので
内側にある『魂(源泉)』の愛の光が周りに解き放たれることができません。
 
ランプのガラスに黒いフィルムの膜を貼ると
ランプの内側の明かりの光が周り全体に広がらないのと同じです。
 
陰に偏っているエネルギーの
暗闇のベールの膜の光と音の波動は
荒く大きな波長です。
音は雑音 noise のようで心地悪く感じます。
 
また
 
暗闇のベールの膜に覆われているため
自分の花の香り(『魂(源泉)』の愛の香り)が
周りに漂わない状態です。
 
そして
 
左側は暗闇のベールの膜があり
光明 enlightenment の状態ではありません
これは
人間の本来の自然な状態ではなく
アンバランス(偏り)な心身ともに不健康な状態です。
 
無意識に生きている状態で
目を閉じて夢を見て眠りながら生きている状態です。
現実から逃避している状態です。
 
現実に危険が目の前にあっても『気づく』ことができない状態です。
 
暗闇のベールの膜があると
チャクラが閉じ気味となり
気の流れが滞り悪くなり
したがって
体液の流れや細胞の働きが悪くなり
病気(アンバランス(偏り))になっていきます。
disease くつろぎリラックスの状態ではない。
 
 
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右側は
苦しみの原因(種)であり
暗闇のベールの膜の境界線の原因でもある
マインド(思考)とエゴ(欲・自我)を
全て『手放した』状態ですから
暗闇のベールの膜(境界線)が自分の肉体の周りから消えた状態で
内側にある『魂(源泉)』の愛の光が周りに解き放たれています。
 
ランプのガラスに貼った黒いフィルムの膜が消え去り
ランプの内側の明かりの光が周り全体に広がっているのと同じです。
 
陰陽の二極の真ん中(中心)の「中庸」のエネルギーの
愛の光と音の波動は
細かくとても小さな波長です。
音は無音のようで心地よく感じます。
 
また
 
暗闇のベールの膜が消えてないため
自分の花の香り(『魂(源泉)』の愛の香り)が
周りに全体に漂っている状態です。
 
そして
 
右側は暗闇のベールの膜がないため
光明 enlightenment の状態であり
これが
人間の本来の自然な状態です。
バランス(中庸)の心身ともに健康な状態です。
 
意識して生きている状態で
夢の眠りから『目覚めた』状態で「今ここ(現在)」を生きています。
現実に向き合っている状態です。
 
現実に危険が目の前にあるとそれに『気づく』ことができる状態です。
 
暗闇のベールの膜がないと
チャクラが正常な適切な状態で開き
気の流れが正常になり
したがって
体液の流れや細胞の働きが正常になり
元気(バランス(中庸))の状態です。
ease くつろぎリラックスの状態。
 
 
 
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導師 master osho や導師 master たちは伝えます。
 
『魂(源泉)』の愛の光のエネルギーは
 
陰の冷 cold の気分が落ちる low の状態でもなく
陽の熱 hot の気分が上がる high の状態でもなく
 
陰陽のちょうど真ん中(中心)の「中庸」です。
(上の図右側)
 
「中庸」は涼 cool の無・無音の沈黙の silent の状態です。
 
「中庸」は一元性であり1つの『統合』の状態です。
 
陰陽は二元性であり2つに「分離」した状態です。
lowとhigh
coldとhot
負と正
劣と優
低と高
不幸と幸
などなど…
 
 
『魂(源泉)』は一元性の1つの『統合』した
「中庸」のバランスの状態の
涼 cool の愛の光のエネルギーの
宇宙意識です。
 
 
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意識の成長の旅で昇る
愛の梯子には3つの愛の段階の学びがあり
1番低い段階のセックスの愛は熱 hot の愛
1番高い段階の慈悲の愛は涼 cool の愛
です。
 
そして
1番低い段階のセックスの熱 hot の愛と
同じエネルギーが
陰に偏った状態が怒りです。
ですから
怒りも熱 hot の状態です。
 
セックスの愛と怒りの愛は熱 hot の
同じコインの陰陽、裏表の二元性です。
(第1チャクラ)
 
愛の梯子を
1番低い段階の第1チャクラのレッドの
セックスの愛と怒りの熱 hot から高みへと昇り
ゴータマ・ブッダなど
光明 enlightenment が起こった覚者は
第7チャクラのヴァイオレットの
慈悲の愛の涼 cool の愛ですから
愛といっても
涼 cool と 熱 hot の愛は質が違うのです。
 
意識の成長の旅は
愛の3つの段階を
内側にある愛の梯子を昇りながら
外側の現実の体験をとおして
『理解』が起こりながら学んでいき
『魂(源泉)』の本来の自分を
再び「感覚」でとらえて『思い出す』旅です。
 
苦しみから愛の光の本来の自分への『変容』の旅。
 
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自分の内側奥深くに入っていくと
本来の自分である『魂(源泉)』を見つけ出しますが、
同時にそれは
愛の梯子を高みへと昇る学びの旅になります。
 
 
自分の内側奥深くにある『魂(源泉)』の愛の光は
第7チャクラの涼 cool の慈悲の愛で
「中庸」の一元性の沈黙 silent の無・無音の愛です。
 
それは宇宙全てと1つに溶け合っている意識です。
 
苦しみの原因(種)の
暗闇のベールの膜である
マインド(思考)
エゴ(欲・自我)
が全く無い状態が
己の源である『魂(源泉)』です。
 
 
宇宙意識と溶け合い1つである
『魂(源泉)』から
無限に溢れ出流れる愛の光のエネルギーの
その力は宇宙最強です。
 
 
何1つも太刀打ちできるものはありません。
 
 
イザークが己の源『魂(源泉)』を
『思い出した』瞬間に
闇の存在との負のエネルギーの鎖を
ぶち切ったのは当たり前のことと言えます。
(『彼方から』5巻)
 
 
光がある所に暗闇は存在できないのですから。
 
 
ゴータマ・ブッダが最後にみんなへ残した言葉どおりのことです。
 
 
『あなたがあなた自身の光であれ。』
”Be a lamp unto yourself.” 
 
 
イザークは己の内側奥深くにある源
『魂(源泉)』の愛の光を
自分から逃避せず
自分を否定せず
内側奥深く『観る(観照)』ことで
再び「感覚」でとらえて『思い出した』ことで
自分の『魂(源泉)』の愛の光によって
暗闇の闇の存在に捕まりながら生きるという
望まない運命から
自分自身を救い出すことができたのです。
 
 
ですから
イザークは実体験からわかった
自分で自分を救い出したやり方を
他者にもそのまま伝えることで
他者が自身を自ら救い出すこともできたのでした。
 
なぜなら
みんな内側に『魂(源泉)』を持っているから
意識さえすれば
『思い出す』ことは一瞬でできるからです。
 
 
 
『源の力を感じとれ!!』
 
『あなたがあなた自身の光であれ。』
”Be a lamp unto yourself.” 
 
 
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(あくまでも『魂(源泉)』のイメージ図です、実際はこんな感じではありません。)
 
 
内側にある『魂(源泉)』を『思い出す』ことに
どんな
知識も
技術も
道具も
お金も
他者も
etc…
何1つ必要とはしません。
 
イザークの言うように
 
『源の力を感じとれ!!』
 
ゴータマ・ブッダや導師 master osho が
最後に残した言葉のように
 
『sammasati 正しく思い出す』
 
内側に意識するだけでいいのです。
 
 
 
それは頭で考えても
マニュアルを読んでも
無意識であればとらえることはできません。
 
「感覚」でとらえる『コツ』のようなものですから、
 
内側に意識することが必要です。
 
それを「感覚」でとらえるまで意識する。
 
 
 
わたしは瞑想 meditation をしているときに
はじめて『魂(源泉)』を「感覚」でとらえることが起こり
『コツ』をつかみました。
 
しかし、それは長くは続かず
毎日朝晩の瞑想 meditation や
いつもいつも瞑想 meditation 的な生き方をしながら暮らすことで
『魂(源泉)』の意識の状態を
長くとらえたままでいられるようになっていきました。
 
それも意識の成長の旅には大切な学びでした。
 
 
 
表層から中心(魂(源泉))への意識のシフトは大切でした。
 
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マインド(思考)とエゴ(自我・欲)は表層にあり
中心の『魂(源泉)』はノーマインドとノーエゴの『無・無音』の状態です。
 
 
 
大ピンチのときに
はじめて
内側奥深くにある『魂(源泉)』を
とらえて『思い出す』ことが起こり
『コツ』を得ましたが
その後、その状態は長くは続かなかったので
(『彼方から』5巻)
 
内側奥深くにある『魂(源泉)』を
意識することを続けました。
 
いわゆる瞑想 meditation をしたのですね。
 
それを続けて
意識の成長の旅をしていき
ある日イザーク
光明 enlightenment が起こります。
(『彼方から』7巻)
 
 
 
闇の存在は
イザークを利用するために
イザークが生まれたときから
本来の自分の『魂(源泉)』を
『思い出させない』ように
あれやこれやしてきました。
 
つまりは光明 enlightenment が起こらないように
負のマインド(思考)をイザークに持たせることによって
暗闇のベールの膜(境界線)の中に閉じ込め
本来のイザークの『魂(源泉)』の愛の光のエネルギーが内側から溢れ出ないように
『抑圧』させたりしました。
 
それは
イザークへ他者が愛を与えたり
イザークが他者を愛することが
できない状況を作ったりすること。
 
愛の光の波動と同調させないようにすること。
 
イザークが内側にある
愛の光の『魂(源泉)』に
『気づかない』ようにするために
 
真にイザークを『目覚め』させる存在である
イザークを愛し明け渡し surrender をした
『目覚めアジール』典子と引き離したりしました。
 
 
闇の存在はあれやこれやと
イザークが生まれたときから
イザークを愛の状態ではなく
負の感情の暗闇のベールの膜の中に閉じ込めて
愛の光の波動と同調できないように頑張りましたが
 
イザークの内側にある『魂(源泉)』の
愛の光のエネルギーには
勝てませんでした。
 
 
 
 
典子の明け渡し surrender の愛を受け入れ
少しづつ癒されながら
心を開いていき
暗闇のベールの膜(境界線)が薄れていき
 
やっと自分から典子を愛することができる
『魂(源泉)』の愛の光を内側から溢れ出させることができる状態まで
イザークは癒されていき
イザークは光明 enlightenment が起こりました。
 
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光明 enlightenment が起こる前のイザークのように
心を2枚貝のようにきつく閉ざした状態は
強い防衛本能がある緊張状態で
外側からの攻撃から身を守ろうとしています。
その暗闇のベールの膜(境界線)の
エネルギーの鎧のような壁は
内側から溢れ出す愛を流し出せませんし
また
外側からの愛をも通しません。
 
 
イザークは超人的な強さを持っていますが
子供の頃から
化け物『天上鬼デラキエル』だからと恐れられ
両親やみんなから否定され嫌われて
とても孤独で深く傷ついていましたから
心を閉ざしてしまいました。
 
癒しを必要としていました。
 
真の癒しのお薬や治療は
内側の『魂(源泉)』から
溢れ出す愛の光のみです。
 
自分で自分の『魂(源泉)』に『気づき』
その愛の光を内側いっぱいに満たし
外側にまでも溢れ出したとき
癒しは終わります。
 
ですから
光明 enlightenment は完全なる癒しです。
 
イザークは自分で自分を完全に癒したのです。
 
 
 
 
また
不安や恐れを持つ人を
支配やコントロールしたり
洗脳(マインド(思考)コントロール)し
奴隷にすることは
簡単にできます。
 
深く傷つき内側に暗闇を持つイザーク
闇の存在に利用されそうになって苦しみました。
 
しかし
 
イザークは光明 enlightenment してしまい
不安や恐れが吹き飛んでなくなり
愛の光の『魂(源泉)』のまんまの状態に
『目覚め』『思い出した』ため
 
闇の存在に
イザークは無意識に操られ利用されない状態になってしまいました。
 
 
闇の存在は
もうイザークを自分のものにすることができません。
 
イザークから変幻した『天上鬼デラキエル』を
手に入れることに大失敗しました。
 
世界を再び自分の支配下にして
好き勝手にコントロールすることが
できなくなりました。
 
 
とっても残念な闇の存在…
 
 
闇の存在は暗闇です。
 
暗闇にマッチ一本の明かりであっても
暗闇は消えてしまいます。
 
暗闇にイザークの『魂(源泉)』の愛の光が解き放たれ満ち溢れたら…
暗闇は一瞬で消し去ります。
 
 
『あなたがあなた自身の光であれ。』
”Be a lamp unto yourself.” 
 
 
とっても残念な闇の存在…
 
 
イザークは内側にある『魂(源泉)』に
『気づく』ことで
それが真の『おれ』だと完全に『思い出した』ことで
その『魂(源泉)』のまんまを生きることで
 
自分の望まない暗闇の苦しみの運命から
自分を愛の光へと導き救い出したのでした。
 
 
光明 enlightenment が起こった
典子とイザークの2人は
意識の成長の旅をとおして
同じように意識の成長の旅をしている仲間たちとの
『魂(源泉)』の出会いが起こり
2人旅から
多くの仲間たちと一緒に
光を届ける新たな旅がはじまりました。
 
 
 
 
今日22日は獅子座の新月です。
しかも日食です。
 
先月の新月も獅子座での新月でした。
 
新月は新しいはじまりなのだそうです。
 
そして
7月8月と二ヶ月続けて同じ獅子座で新月になることは
珍しいそうです。
 
 
 
 
2017年の夏はなにやら『変容』の気配が(-_^)
 
なぜかひかわきょうこさんの『彼方から』を
ご紹介しながら
自分の光明 enlightenment の体験をも
ご紹介する流れになっています。
 
わしがうまく言語で表現できないものだからσ(^_^;)
素晴らしい光明 enlightenment 漫画作品に
助けてもらっています。
 
本当にありがとうございます(*^_^*)
 
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2017年夏…
多くの人たちが
内側にある中心の『魂(源泉)』に
意識して
真の自分に『目覚め』
真の本来の自分のままを生きる
愛の光の新しい旅がはじまるのかもしれませんね(-_^)
 
 
 
肉体は遠く離れていても
『魂(源泉)』をとおして
いつも「今ここ(現在)」で応援しています( ´ ▽ ` )ノ
 
わたしだけでなく
異次元にいる典子もイザークも仲間たちも
地球に臨在した全ての
光明 enlightenment を得た導師 master たちや覚者たちも一緒に
 
今日この特別な獅子座新月日食の日に
『魂(源泉)』をとおして
全てのみなさんへ
苦しみからの永遠の離脱となる
完全なる癒し
光明 enlightenment への鍵 key を贈ります。
 
 
 
源を感じとる=鍵key
 
 
 
”『源の力を感じとれ!!』
 
己の内に目を向けろ
否定したいことから目をそらすな
そのまま受け入れろ
 
その奥にある力を…
 
源の力を感じとれ!!”
 
 
 
『あなたがあなた自身の光であれ。』
”Be a lamp unto yourself.” 
 
 
 
sammasati 正しく『思い出す』
 
 
 
『The last word of Buddha was, sammasati. 
Remember that you are a buddha – sammasati.』
 
sammasati(right remembrance)
 
 
 
瞑想と愛 meditation & love
 
 
 
花仙人
 
 
 
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真理の泉

真理の泉

 

花仙人

 

意識が全体に溶け込み拡がり1つになる

意識が全体に溶け込み拡がり1つになる

 
 
 
 
夏休み期間を楽しんでいますか?
 
夏野菜の1つである茄子が素敵すぎで
 
あまりにもかわいくて
おいしくて感動しています。
 
子供のころ茄子の絵をノートのかたすみに描くのが好きでした。
 
ま、わたしの描く絵や文は
お遊び程度のものですが、
 
日本には漫画というアートart があり
絵と言葉の両方で表現し伝えるという
コミュニケーションツールがあり
そのどちらもうまく描けないわたしは
すごいな〜すごいな〜と
子供のころ漫画家さんに憧れたりもしました。
 
 
子供のころはお金がなかったのですが
なぜか友達が漫画を次々に貸してくれまして
漫画を読む機会もありました。
しかも…
なぜかBL(ボーイズラブ / 男の同性愛)漫画ばかりを次々と貸してくれて、
漫画はBLが普通なんだな〜と
なんの違和感もなく読んでいましたσ(^_^;)
 
今思うと友達のインプリンティングだったかもσ(^_^;)
 
竹宮惠子さんの『風と木の詩』からはじまり
吉田秋生さんの『バナナフィッシュ』
この後まだまだBL作品ばかりが続く…
 
いったいみんなわたしをどう教育したかったのか…(・_・;…
 
 
 
とにかくそんなインプリンティングもあり
わたし個人としては
同性愛になんの違和感もなく
恋愛は自由でいい
同性愛でも異性愛でも
本人同士が幸せならそれでいい
と思っていますし
同性愛者の友達はかなりたくさんいます。
 
だからといってわたしは同性愛者ではないようです。
 
がしかし、
昔からなぜか女子からはモテます。
男子からはモテませんσ(^_^;)
 
男子からは女らしくないからつまらない、
とよく言われますσ(^_^;)
 
昔からどうやら性格が中性であり
そこが女子ウケするようですσ(^_^;)
 
わたしはノンケさんですが
男子でも女子でも同性愛者さんの友達が多いのは
性格が中性ぽいからかも?しれません。
 
子供のころから中性ぽいのは
男性性と女性性のバランスが「中庸」に近いのかな?
 
 
 
恋愛には昔からあまり興味がなく
どちらかというと
『魂(源泉)』と『魂(源泉)』のつながりの絆みたいなものを大切に感じているタイプです。
 
 
 
導師 master osho は男性ですが
男というふうに性別では見ていなくて
導師 master osho の『魂(源泉)』を感じ取り
その『魂(源泉)』同士のつながりの絆みたいなものが
ものすごく大切に感じたりします。
 
そういう言語のコミュニケーションを超越した
『魂(源泉)』同士の交感(コミュニオン)を
『理解』できる人が
導師 master osho だったのですね。
 
男性とか女性とかの性別を超越した
『魂(源泉)』同士のつながりの絆の愛。
 
わたしには子供のころから
そういうのしかわからないから、
 
恋愛漫画とか小説とか映画とかには
ついていけなくてσ(^_^;)
よくわからないんだ。
そういう媒体の中にあるような
恋愛体験もない…と思います。
 
 
吉田秋生さんの『バナナフィッシュ』の主人公の
アッシュと英二の2人は
男同士の恋愛というよりか
『魂(源泉)』同士のつながりの絆みたいな
超越した愛だから
その愛はわかるのです。
 
しかも
 
わたし自身もアメリカで
アッシュのような人と『魂(源泉)』同士のつながりの絆みたいな
まだ手もつないだこともありませんでしたが
2人とも肉体や言葉のつながりを超越した
アッシュと英二のような『魂(源泉)』の愛の体験をし、
いわゆる交感(コミュニオン)の愛が起こり、
またアッシュが急に他界したように
その人も急に脳の血管が切れて他界してしまい…
わたしは英二と同じように
この世に1人残されてしまいました。
 
その傷は光明 enlightenment が起こるまで
生と死を超越するまで
肉体は死にますが
『魂(源泉)』である意識は死なないんだ
という『理解』が起こるまで
癒されることはありませんでした。
長い長い20年間の苦しみでした。
 
そんなこともあり前回も書きましたが
3度も臨死体験をしても死ぬことができなかったときは残念に思いましたが、
光明 enlightenment が起こり
全てがわかってからは
彼の死も
わたしの生も
全てをありのままに受け容れることができたため
苦しみはなくなりました。
 
 
彼の肉体が死んでいても
彼を愛することをやめる必要はない。
愛し続けていいのだと
やっとわかったのでした。
 
彼に執着する苦しみがなくなり
ただ愛だけになれたので
苦しみがなくなったのでした。
 
 
『魂(源泉)』 である意識は不死であるから
肉体があろうがなかろうが
『魂(源泉)』と『魂(源泉)』は
愛でつながって1つなのだと。
 
 
光明 enlightenment が起こって
やっとそれを体験からわかりました。
 
だから
彼との死別の辛い体験にも
やっと感謝ができました。
 
 
 
導師 master osho は講話の中で
 
2人の人間の肉体が隣どうしにあっても
『魂(源泉)』と『魂(源泉)』が出会い1つでなければ
2人は出会っていることにはならない、と。
 
それは
自分と他者という『分離』境界線のマインド(思考)を
持っているうちは
意識して『魂(源泉)』と『魂(源泉)』がつながり
1つであることを「感覚」でとらえることができないから。
 
たとえ2人の人間の肉体が
地球の反対側に離れ離れであっても
違う惑星や次元に離れてあっても
2人の『魂(源泉)』同士が出会い1つであるならば
2人は隣どうしで出会っているんだよ、と。
 
光明 enlightenment が起こって
やっとその意味がわかりました。
 
 
 
◯『魂(源泉)』と『魂(源泉)』の出会い。
 
 
 
なぜか今年の夏は
わたしの光明 enlightenment 体験とかなり同じである
ひかわきょうこさんの『彼方から』の
光明 enlightenment 漫画作品をご紹介していますが
 
主人公の典子とイザーク
確かに男女の異性愛の恋愛でもあるのですが
この2人からは
どうも『魂(源泉)』同士のつながりの絆
のようなものを感じています。
 
2人の『魂(源泉)』は
必然があって
たとえ異世界であろうが
引き寄せあって出会い
2人の『魂(源泉)』が1つに溶け合うことで
1つの課題をこなしていく…みたいな。
 
 
長年生きていて
周りをよーく見ていると
不思議と漫画の世界だけでなく
必然で『魂(源泉)』同士のつながりがあって
2人は引き寄せあってるんだな〜
という現実をよく見たりします。
 
 
いるんですよね〜ほんとに。
 
 
でも、それは
その2人ともが
『魂(源泉)』のまんまを生きよう!
としなければ
出会いが起こらないこともわかりました。
 
 
『魂(源泉)』のまんまではなく、
エゴ(欲・自我)のまんまを生きるときは
出会うべく2人は出会いが起こらないのです。
 
 
『魂(源泉)』の道から起動が外れて
エゴ(欲・自我)の道を歩み進む場合
2人の道は別々の違う道なので
2人は出会うことがないままなのですね。
 
 
2人が『魂(源泉)』のまんまを生きていたら
どんなに地球の反対側に生まれ住んだとしても
2人は必ず引き寄せあって出会い
典子とイザークのように
2人で1つの課題をこなしていく人生がはじまります。
 
 
不思議ですけどね(-_^)
あるんですよね〜。
 
 
それは恋愛だけではありません。
同じ課題をこなしていく仲間同士の『魂(源泉)』も
引き寄せあって出会い一緒に歩んでいきます。
 
典子やイザーク
2人旅をする中で
どんどん同じ道を歩んでいく仲間たちと出会ったように。
 
 
それは漫画の中だけでなく
わたしや知人などの現実を見ていても
本当にそういうことが起こるのです。
 
 
ですから、
わたしには『彼方から』の作品は
嘘とかただの作り話には思えないものがあるのです。
 
 
導師 master osho の講話を聞いたり読み進めていくと
その辺りのことも詳しくわかっていきます。
 
 
 
◯ 意識が全体に溶け込み拡がり1つになる
 
 
 
漫画は
絵と言葉で表現されているので
なんだかわかりやすいこともありますよね。
 
わたしの場合
光明 enlightenment が起こった瞬間は
意識 consciousness が宇宙全体に溶け込んで
『私・エゴ(欲・自我)』は消えて無くなり
自分が宇宙全てになったと感じました。
 
それはその後もそのまんまの「感覚」のまま
何年経っても
なぜか消えることはありません。
 
エゴ(欲・自我)はなくなり
宇宙意識のままです。
 
 
 
典子の場合もわたしの体験と似ていますから
ご紹介しています。
 
典子は
くつろぎのリラックスの中で
全てに感謝を感じながら
周り全体に意識をすると
全ての存在はつながって1つであることを
それまでの全ての体験をとおして『理解』が起こりました。
 
 
その『理解』が起こったとき
典子の意識 consciousness は
周り全体に『溶け込み拡がって』いきました。
 
 
すると、突然、
自分の内側にある
『魂(源泉)』である意識 consciousness が
全ての存在と1つであることを
「感覚」で再び『思い出した』のです。
 
 
第1チャクラから第7チャクラまでの
全てのチャクラが正常な「中庸」の状態になり、
 
 
第7チャクラが
千の花びらの蓮の花が咲き開くように
開き
 
 
高みから『魂(源泉)』の意識と同じ
愛の光が降りてきました。
 
 
内側の『魂(源泉)』の愛と光の波動と
高みからの愛と光の波動が
同調し共鳴し
1つになりました。
 
 
光明 enlightenment が起こりました。
 
 
典子は本来の「中庸」のバランスの状態に
再び「感覚」で『思い出し』戻ったのです。
 
 
本来の自分を全て「感覚」で『思い出した』
典子は
 
もう
自分以外の他者のようになりたい
というエゴ(欲・自我)は消え去っていました。
 
あるがままの本来の自分のままを
受け容れ
その本来の自分を生きます。
 
 
『魂(源泉)』である意識 consciousness は
愛と光のエネルギー波動であり
全ての存在とつながって1つです。
 
 
全ての存在に溶け込み1つである
本来の状態を再び「感覚」で『思い出した』
典子は
 
自分は全てと『分離』していないことを悟ります。
 
自分もみんな全てが
全体の1部分であると悟ります。
 
『分離』の切り離された寂しい孤独感ではなく
『1つ』である愛で統合されている満たされた状態が
 
本来の全体の状態であることを悟ります。
 
 
自分の内側にある『魂(源泉)』意識 consciousness は
愛と光であり
宇宙全ての存在と1つであることを悟ります。
 
 
「今ここ(現在)」に存在する
なにかが1つでも欠けていては
全体は生きることができない
この宇宙の自然のしくみを悟ります。
 
 
ただ意識をすれば
一瞬で全てにつながることを悟ります。
 
 
全ての存在は『分離』されてはいなくて
1つに溶け込んだ『統合』している愛と光のエネルギー。
 
 
典子は光明 enlightenment が起こったとき
イザークと遠く離れ離れでしたが
 
「肉体」が離れ離れであっても
『魂(源泉)』の意識 consciousness は
いつもつながって1つであることの
『理解』が起こった典子は
 
遠く離れているイザーク
『魂(源泉)』の意識 consciousness で
つながり1つであることをも悟ります。
 
 
典子は自分の内側にある
『魂(源泉)』である意識 consciousness の
愛と光のエネルギーをとおして
遠く離れている
イザークの『魂(源泉)』である意識 consciousness につながります。
 
 
自分の内側の『魂(源泉)』である
意識 consciousness の愛の光に
『気づいて』いましたが
まだ典子のように光明 enlightenment は起こっていませんでした。
 
 
しかし
典子がイザークと『魂(源泉)』である
意識 consciousness とつながり1つになったことにより
イザークは真に本来の自分『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出し』
光明 enlightenment が起こりました。
 
 
その瞬間
イザークはそれまでの全ての傷が
内側にある『魂(源泉)』の愛の光のエネルギーが溢れ出たことにより
押し流され消えてなくなり
 
周りから洗脳(マインド(思考)コントロール)されていた
 
”闇の力により
化け物である天上鬼デラキエルとして
目覚め世界を破壊して生きる”
 
という偽りの仮面の自分が消え去り
 
その偽りの闇の自分の奥深くにある
 
本来の自分である『魂(源泉)』である
愛の光の意識 consciousness を
 
完全に再び「感覚」で『思い出す』
光明 enlightenment が起こりました。
 
 
 
 
異次元の世界に
『目覚めアジール』として突然飛ばされた典子は、
 
『天上鬼デラキエル』であるイザーク
闇の化け物の破壊の存在としてではなく、
 
光の存在
それはイザークの本来の『魂(源泉)』のままを
『目覚め』させるきっかけとなりました。
 
 
 
 
暗闇にマッチ一本の光があると
暗闇が無くなるように、
 
闇の存在に
典子という『目覚め』の愛の光があることで
闇は暗闇ではなくなり
闇の存在の力が弱まりました。
 
 
それがゴータマ・ブッダの最後に残した言葉
 
『あなたがあなた自身の光であれ。』
 
そうすれば闇は暗闇ではなくなり
不安や恐れはなくなり
明かりの中で迷わず歩いていけるから。
 
 
内側の苦しみという暗闇は
自身の明かりによって消え去る
 
 
あなたがあなたの明かりでありなさい。
 
 
あなたの『魂(源泉)』愛の光を
正しく『思い出し』なさい。
 
sammasati 正しく想起する。
 
です。
 
 
導師 master osho もこの言葉を最後に
最後の講話を終えています。
 
 
 
 
典子は突然
全く知らない異次元の世界に飛ばされましたが
典子の『魂(源泉)』も
イザークの『魂(源泉)』も
ある時が来たら
2人で1つになり
あることを成し遂げるために
生まれてきたことを
ちゃんとわかっていました。
 
 
たとえどんなに辛くても
自分から逃避せず
自分と向き合い
『魂(源泉)』のまんまを生きようとした2人。
 
だから2人は出会った。
 
だから2人は仲間たちとも出会った。
 
 
全ては必然。
 
 
しかし必然であっても
その自分の運命を
 
勇気をもって受け容れて生きるか
or
嫌がり逃避して生きるか
 
それは
典子とイザークの選択の自由です。
 
この物語の中では
2人は自分自身から逃避せず
他の誰かのようになろうとすることを止めて
ありのままの自分を受け容れて生きる選択をしました。
 
 
その結果
 
 
2人は
外側の現実の旅をしながら
内側の現実の意識の成長の旅をして
愛の梯子を昇りながら
光明 enlightenment が起こりました。
 
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さらに
 
 
闇の存在に同調して
いつまでも満たされず渇望し
暗闇の中をさまよい苦しみ続けている
敵であったラチェフの
 
欲を満たすことに協力することではなく
 
慈悲の愛により
ただただイザークと典子はラチェフを抱きしめ
 
一言も語ることなく
 
愛の光を見せました。
 
 
 
するとラチェフは
ラチェフの内側にもある
『魂(源泉)』である意識 consciousness の
愛の光を『思い出し』ました。
 
 
 
この物語の中では
内側の愛の光を『思い出した』ところで
ラチェフは消えていなくなりますが、
ラチェフの『魂(源泉)』である意識 consciousness は
光がすでに見えている
その光までの
意識の成長の旅への一歩を踏み出しはじめました。
 
 
ラチェフは
光明 enlightenment が起こった
典子とイザークの愛の光をまともに受けて
やっと目を覚まそうと腹を決めたようです。
 
 
 
 
真の癒しには
『魂(源泉)』の愛の光だけが
お薬であり治療です。
 
それ以外にはありません。
 
 
 
 
他者を癒すために
何かをしてあげることは不可能ですが
 
他者が自分自身を
癒そう!
と思えるきっかけを与えることは可能なのです。
 
 
 
 
それは
他者が自身の愛の光である
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』きっかけを
与えることです。
 
そのためには
 
まずあなた自身が癒され
光明 enlightenment が起こり
愛の光のまんまを生きて
その
愛の光を他者に見て感じてもらうことだけでいいのです。
 
 
 
あなたが
あなたの『魂(源泉)』のまんまであることでいいのです。
 
 
 
完全なる癒しである光明 enlightenment をしなさい、
などと
無理やりなことや
支配やコントロールして
他者を無理やり「変えよう」とすることは
 
愛ではなく
暴力です。
 
 
 
 
愛とは他者に自由を与えること。
 
他者に選択の自由を与えること。
 
 
 
 
たとえその選択が
またさらに地獄へと落ちる苦しみの選択であったとしても
それを選択するのはその本人です。
 
その選択をした本人の責任です。
 
自由には責任が伴います。
 
自分が選択したことは
自分の責任となります。
 
他の誰の責任でもありません。
 
 
 
 
人間は自由を
「責任から逃れて無責任であること」
と誤解し勘違いしている人たちがいます。
 
そのような人たちは
 
「過去」にした自分の選択によって
「今ここ(現在)」で苦しんでいることを
 
自分の責任ではなく
周りの責任にして
周りに自分の怒りや悲しみをぶつけ
自分のした選択の責任から現実逃避します。
 
厳しいようですが
たとえ経済的に自活できていたとしても
 
その精神は、まだ成熟していない証拠です。
 
それはまだ意識の成長の愛の梯子の
低い段階にいる証拠です。
 
内側が二元性のネガティブな極に傾いて
アンバランスな状態の証拠です。
 
 
 
 
どんな選択であっても
他者が自由に選択することを
邪魔しないことが
愛であり、
 
他者の選択を
自分の欲や都合によって押し付けることは
正論であっても
愛ではなく
暴力です。
 
支配でありコントロールは暴力です。
 
 
 
 
他者を真に愛するならば
他者に自由を与えることです。
 
たとえその選択により
その他者がさらに地獄へと落ちる苦しみが待っているとしても。
 
その他者が行きたい方向を邪魔することは
暴力なのです。
 
他者が自分自身で
苦しみの地獄ではない方を
自由に選択するまで
見守り待つしかないのです。
 
厳しいようですが
それが慈悲の愛の学びです。
 
ゴータマ・ブッダは慈悲の愛の人です。
 
ゴータマ・ブッダはみんなに自由を与え
ただ見守ります。
 
 
 
 
どんなに何を話しても見せても
欲を満たすために
現実逃避して夢の中で生きている人たちには
愛の光は届いていても
目を閉じて夢を見て眠っている無意識の状態なので
それに『気づく』ことができません。
 
苦しみから離脱するチャンスを見逃し続けます。
 
その愛の光に『気づく』ことができたとき
ラチェフのように
自力で意識の成長の旅をはじめようとします。
 
その本人が
真に愛の光を求めたときにしか
愛の光に『気づく』ことができなくて
夢から目覚めようと
腹を決めることができないのです。
 
眠っている人を
無理やり起こすことは
暴力です。
 
無理やり起こされる人は
気分を悪くし嫌がり怒ります。
 
 
 
大切なことは
無理やりではなく
本人が目覚めよう!と腹を決めるまで
見守り待つことの慈悲の愛です。
10年でも、100年でも、1000年でも、1万年でも。
 
待つことが真の愛です。
 
だからこそ
光明 enlightenment を得た導師 master たちは
語り続けながら、無理強いはせず、
『魂(源泉)』の弟子 disciple たちが目覚めるまで
何生も何生も導き待ち続けるのです。
 
 
何度生まれ変わっても
あなたの『魂(源泉)』の導師 master は
あなたが光明 enlightenment が起こるまで
慈悲の愛で導き待ち続けます。
いつもいつも見守り続けています。
 
導師 master たちは肉体を離れても見守り続けています。
 
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導師 master と弟子 disciple とは
『魂(源泉)』と『魂(源泉)』のつながりの絆の愛の関わりです。
 
 
『空間』と『時間』を超越した
永遠の愛の中の関わりです。
 
 
なぜなら光明 enlightenment を得た導師 master たちは愛だけだから
「今ここ(現在)」しかない
『空間』body と『時間』mind をすでに超越した存在だからです。
(肉体 body とマインド(思考)mind を超越した存在)
 
 
何度生まれ変わろうが
「今ここ(現在)」であなたの光明 enlightenment が起こることへと
導師 master たちは導きます。
 
 
光明 enlightenment
「過去」でも「未来」でもなく
永遠の愛である
「今ここ(現在)」でのみ起こります。
 
 
導師 master の愛に溺れることを恐れていては
真の愛の体験は起こりません。
 
 
執着と愛の違いがわかれば
導師 master たちの愛に溺れることは
弟子 desciple にとっては
光明 enlightenment への1つのきっかけとなります。
 
わたしはその導師 master との『魂(源泉)』の愛と信頼の体験から
光明 enlightenment への旅がはじまりました。
 
 
 
 
ラチェフは
闇の力を手に入れて
欲しいものをほとんど全て手に入れてましたが
いつまでも真に満たされ平和な気持ちにはなれなかった苦しみにより
真に癒される愛の光を求めたのかもしれません。
 
そうでなければ
典子とイザークの愛の光は
ラチェフに届かなかったかもしれません。
 
 
 
 
真に暗闇の中で苦しんだ人ほど
真に癒され愛の光を求めます。
 
悪夢から目覚めたい!と思えます。
 
しかし
 
ちょっとの欲が満たされ喜び
楽しい夢を見ている人は
現実逃避をすることを選択し続けます。
 
なかなか
 
夢の眠りから目覚めたくはないため
 
意識の成長の旅ははじまりません。
 
なかなか
 
本来の自分を生きる至福で満たされません。
 
それがラチェフに起こっていた苦しみでした。
 
 
 
 
わたしも
地獄を生きることは
本当に苦しかったですσ(^_^;)
 
光明 enlightenment
本当に苦しみからの永遠の離脱であり
愛と至福です(*^_^*)
 
 
 
 
わたしは
一応苦しみからの永遠の離脱である
光明 enlightenment について話しますが
無理やりな押し付けはしません。
 
気持ちよくスヤスヤ眠っている人を
無理やり起こすことは
とてもできませんσ(^_^;)
 
ですから
 
ひそかに
ブログで光明 enlightenment
実体験のお話や
それに関することを分かち合うことだけです。
 
導師 master osho の講話は
わたしの光明 enlightenment 体験と同じでしたからご紹介していますし、
 
ひかわきょうこさんの『彼方から』も
ほとんど同じでしたから
なぜか今年の夏休み期間にご紹介しています。
 
 
 
今年の夏休み期間は
真の本来の自分に目覚めよう!
と思う人が増える?感じがなぜかするのです。
 
7月と8月の新月が連チャンで
同じ獅子座で新月になることが
もしかして関係してるのかな?
 
占星学を学んでいる人たちなら
何かそのあたりに詳しそうですよね(-_^)
 
 
実際に
わたしの周りの人たちでも
 
これまで作り上げた
偽りの仮面(人格ペルソナ)を被った自分を
もうどうにも生きることが辛いんです!
 
真の自分のまま生きたいのですが、
どうしたらいいのかわからなくて
苦しいのです…>_<…
 
という相談がたくさんありましてσ(^_^;)
 
どうした、2017の夏は!みたいな。
 
茄子がおいしすぎる感動で楽しいが、
 
なんか大きな意識の『変容』があるんかねσ(^_^;)?
 
宇宙の流れはそんなときなんかねσ(^_^;)?
 
 
 
 
わたしは前回も書いたように
臨死体験をしたり
知人が急に死んだりしたことも何度もあり
一秒後に死んでも
心のこりや後悔をしない
「今ここ(現在)」をトータルに生きる
瞑想 meditation 的な生き方をしています。
 
 
 
寿命まで
自分をどう生きるか…
その選択は個人個人の自由です(-_^)
 
 
 
光明 enlightenment して
真の本来の自分をenjoyして生きよう!
と思うならば
わたしの場合はこんな光明 enlightenment の体験でした
みたいなことをブログでご紹介しています。
 
 
光明 enlightenment の起こり方は
個人個人違いがありますから
このブログで書いてあることは
あくまでもわたしの体験ばなしです。
 
 
光明 enlightenment は夢物語でも
漫画の中だけでなく
現実に起こりますよ、
というメッセンジャーをしているだけです。
 
 
今日ご紹介しているのは
典子のように
『全体と意識が溶け合い1つになる瞬間』
光明 enlightenment が起こります
というお話です。
 
わたしの場合もそうでした。
 
言語が不得意なので
わたしではうまく説明できませんから
ひかわきょうこさんの『彼方から』の漫画は
絵と言葉でとてもわかりやすく表現されていますからご紹介しました。
 
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『全体と意識が溶け合い1つである』
これが本来の状態です。
 
自分と他者が『分離』している…
というマインド(思考)は
偽りである
 
ということが
光明 enlightenment が起こると
はっきりとわかります。
 
 
 
 
『魂(源泉)』の統合の状態ではなく
 
『分離』のマインド(思考)を持つことから
全ての苦しみがはじまります…
 
 
 
 
愛は『統合』溶け合い1つの状態
怒りは『分離』切り離しのマインド(思考)
 
 
愛は平和
怒りは戦争
 
 
 
寿命まで
どう生きるかは
個人の自由選択です(-_^)
 
 
 
 
説明が下手でごめんよ〜。
だけど
わたしはただのメッセンジャー
存在のエネルギーをまんま流す門 gate なだけです(-_^)
 
ですから
 
『戦う』ことも
『戦わない』ことも
どちらもしません。
 
みんな自由でいいんだよ(-_^)
 
わしは中性みたいな中庸みたいなσ(^_^;)
 
アホで無知で貧乏で
もうなんにも持っていないので
『無』を分かち合うことしかできなくて
ごめんよ〜σ(^_^;)
 
 
 
 
では、茄子の牛がむかえに来たから
それに乗って月まで帰るかな(-_^)
 
お盆も終わったしね(-_^)
 
 
 
 
sammasatiサマサティ
(right remembrance)
正しく想起する。
 
 
『The last word of Buddha was, sammasati. 
Remember that you are a buddha – sammasati.』
 
 
瞑想と愛 meditation & love
 
 
 
 
花仙人
 
 
 
 
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真理の泉

真理の泉

 

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今をトータルに生きる=『鍵 key』

今をトータルに生きる=『鍵 key』

 

 

 

夏休み enjoy していますか(-_^)?

 

夏だから暑いのですが
青空に浮かぶもくもくの入道雲を見ると
なぜか走り回りたくなり
犬のように走ってしまいますσ(^_^;)

 

走り終わるといつも
自分が50歳だったことを思い出すかのように
足に障害があったことを思い出すかのように
疲れ果て座りこけていますσ(^_^;)

 

しかしすがすがしい( ´ ▽ ` )ノ

 

 

 

光明 enlightenment が起こった後は
『魂(源泉)』の意識のまんまを生きるので

 

「肉体」年齢のことや
「肉体」に障害があることや
「肉体」の性別などなどを
『忘れて』しまいがちになりましたσ(^_^;)

 

今その瞬間に「楽しい!」と感じたことは
年齢や性別など関係なく
すぐにやってしまいますσ(^_^;)

 

先延ばしにしません(-_^)

 

「今ここ(現在)now - here」でやりますd(^_^o)

 

 

 

以前も何度かお話していますが
わたしは3度も臨死体験をしていますから

「肉体が死んでしまったらできなくなること」

がなんであるか…がよくわかってしまいました。

 

ですから
光明 enlightenment が起こる前からすでに

『今この瞬間にやりたいこと』

を先延ばしにしなくなりました。

 

3度の臨死体験
たくさんの友達の死を見てきて
わたしなりにわかった『生と死』のことは

 

寿命はいつ来るかわからないものですから

1秒後には死んでいるかもしれない

 

ということです。

 

若いからまだ死なない、
老人だからもうすぐ死ぬ、

 

そのようなマインド(思考)は
神様が定めた運命の寿命には
全く関係がないのです。

 

10代や20代の若さで病気ではなく
急に脳の血管が切れたり
急に事故にあうなどして
死んでしまった友達はたくさんいますし、

 

80代や90代の老人であっても
病気や事故にあうことなく
生きている人たちもたくさんいます。

 

寿命は誰にもわからないものです。
神様しかわからないものです。

 

3度の臨死体験以降
わたしは

『1秒後に死んでも後悔しない生き方』

『今この瞬間にやりたいこと』を先延ばしにしない

という方へカチっと意識の『変容』が起こりました。

 

すると…
不思議と
人生がどんどん良い方へと好転しはじめました。

 

 

 

臨死体験以前のわたしは
自分がやりたいことがわかっていても
我慢して周りに合わせて
自分を殺しながら生きる…
という自殺的な苦しみの地獄を生きていました。

 

いわゆる『魂(源泉)』のまんまの
本来の自分を生きていませんでした。

 

でも

30歳のときに難病の合併症から
3度も心臓が停止して
3度も臨死体験をして
生き返ったときに…

 


死ぬことさえできなかった。
神様は死なせてくれなかった。
生きていなくてはならないならば
神様の定めた寿命まで
もう
他者の欲を満たすために
自分を犠牲にして生きることをやめよう
そして
『1秒後に死んでも後悔しない生き方』
『今この瞬間にやりたいこと』を先延ばしにしない
(それは欲を生きることではなく
『魂(源泉)』の本来の自分のまんまを生きること)

また
神様に与えられ生き返ったこの生の全てを
恩返しの感謝として
神様に捧げよう(明け渡し surrender)

 


など…
宗教もわからず神様や仏陀やキリストの違いすらもわからなかった無知なわたしがσ(^_^;)
そう思った3度目の臨死体験のとき

 

導師 master たちのまばゆいばかりの光が見えて
あの光の方にとにかく行こう。

 

と腹を決めたのでした。


その光を見た瞬間から
わたしの意識の成長の旅がはじまりでした。

 

それから14年後
光明 enlightenment が起こりました。

 

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光明 enlightenment が起こっても
まだまだあの光の導師 master たちの足元にも
至っていないことはわかりましたから
今もなお
光明 enlightenment が起こるチャクラの
第7チャクラより高みへの
さらなる意識の成長の旅は続いています。

 

先月の7月の獅子座の新月から
第9チャクラの学びに入りました。

 

アホで宇宙一怠け者のぐーたらなわたしは
もう…逃げ出したいですσ(^_^;)

 

でも、
前回も書きましたが
自分からは逃げられませんσ(^_^;)


逃げたらまた痛い目に…

 

だから、
新しい課題に向き合いまする(`_´)ゞ

 

入道雲へかけっこしたり
大好きな植物と歌を歌ったりして
息抜きもしながらね(-_^)

 

どんな学びがやって来たとしても
マインド(思考)では逃げ出したくなるような学びであっても

 

『今の自分にできるであろう学び』

 

だからこそ、やって来たのであるから
その自分の課題と向き合っていきまする(`_´)ゞ

 

 

 

アホで無知なわたしですが

『今の”等身大”の自分になにができるのか?』

『『魂(源泉)』の意識のまんまを生きる』

ということに意識をしたら


必ず

『今の”等身大”の自分にできること』

が見つかります。

 

その『今目の前にあること』を

『今の等身大の自分』で

『今トータル』に

1つ1つこなしていくと

 

必ずあまり苦しまず歩んで行くことができ

その1つ1つの積み重ねが
意識の成長になっているようなのです。

 

人生がどんどん好転して行くのでした。

 

 

 

そのことを
何度かの体験をとおして『理解』が起こったら

「過去」や「未来」を気にすることがなくなりました。

そして

『「今ここ(現在)」をトータルに生きる』

生き方に『変容』しました。

 

 

”「今ここ(現在)」をトータルに生きる”

これをはじめることで
意識の成長の旅の
愛の梯子をどんどん昇っていきました。

 

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導師 master osho も同じことを話しています。

”「今ここ(現在)now - here」をトータルに生きる”
それは瞑想 meditation 的な生き方てあると。

 

 

 

 

”「今ここ(現在)now - here」をトータルに生きる”

それは光明 enlightenment への『鍵 key』でした。


そして


”「今ここ(現在)now - here」をトータルに生きる”

生き方は光明 enlightenment 後も同じでした。

 

 

 

 

わたしの場合はあまりにもアホで無知なのでσ(^_^;)

”「今ここ(現在)now - here」をトータルに生きる”

『今目の前にあること』を

『今の”等身大”の自分にできること』

は他の人たちと比べたら
微々たるものであり
まったく大きいものや特別すごいことでもなく
とても小さなことだったりします。


お掃除をしたり
料理をしたり
ゴミ拾いをしたり
お仕事をしたり
などなど…
ほんとに何気ないことです。


でも


他人と自分の『魂(源泉)』の学びは
全く違いますし

わたしには特別に秀でた能力はありませんから

他者と自分の違いを
比べて気にしてもしかたがないことも
わかりましたから

 

やはり

『今の”等身大”の自分にできること』を

”「今ここ(現在)」をトータルに生きる”

ことは
個人個人それぞれの
自分の意識の成長のためには大切な学びでもあるようです。

 

その自身の学びの体験をとおしてでしか
『理解』が起こらないものもあり
意識の成長も起こらなかったりします。

 

 

 

わたしの場合
もともとなんの取り柄もなかったのですが
さらに
30歳のころ心臓停止で倒れたことで
体調はかなり壊れましたから
自分の足で歩けなくなったりしました。

 

ですから
周りの人たちに迷惑にならないように生きるために

『今目の前にあること』

『今の”等身大”の自分にできること』は

まず自分の足で歩けるようになることでした。


自分の足で歩けるようになるリハビリを

”「今ここ(現在)now - here」をトータルに生きる”

ことでした。

 


それから
化学のお薬がどれも体に合わなかったので
西洋医学の先生からは治療ができないと言われ
代替療法へと移行しました。

 

そして自分が農薬や化学物質にアレルギーがあるのがわかり
すぐに無農薬の食べものへと移行しました。

 

洗濯洗剤など全てをオーガニックにものへと移行したりしました。

 

病気での臨死体験がきっかけとなり
自分が化学物質アレルギーにより
かなり体調が悪くなっていることがわかり
生活環境をオーガニックにしたことにより
メキメキと体調は改善していきました。

 


そんなふうに
自分の内側の意識の『変容』は
自分の外側の生活の仕方にも『変化』が起こり
人生全体が好転していきました。

 

 

自分だけの癒し(バランスをとる)だけでなく

地球全体の癒し(バランスをとる)を

意識して生きることでしか

自分に癒しは起こらないこともわかりました。

自分の人生が好転しないこともわかりました。

 

 


病気や事故などは不運に見えますが
人生の軌道修正とも言われる
幸運へのきっかけでもあるのですね。

病気の改善は大変でしたが
意識の『変容』により
人生は全て好転していきました。

 

 

 

歩くこと
食べること
生活環境をオーガニックにする
などなど…
そんなふうに
特別なことではないのですが

『今目の前にあること』の
『今の”等身大”の自分にできること』を
”「今ここ(現在)」をトータルに生きる”

ことを1つ1つこなしていきました。

 

 

病気になるのは
あっという間にストーンと落ちて行きましたが

病気から元気に再び戻る治療には
ものすごく長ーい長ーい時間がかかりました。

 

もう、忍耐、忍耐の連続でしたσ(^_^;)

 

自分に忍耐強く向き合っていくことが
治療から学んだことでした。

 

ですから

患者は英語で patient

patient = 忍耐強い

ですよねσ(^_^;)


ほんとに患者であることはpatient 忍耐強くあることが必要でしたσ(^_^;)

 


10年ほど前までは

”健常者さんと同じ状態になりたい…”

という欲を『手放す』ことができなくて
無理なことかもしれないけど
痛みに耐えながら
いろいろな治療を試したりしましたが

 

いろいろ試してみて
もう健常者さんと同じ状態にはなれないことを
納得できた瞬間から
痛い無理な治療をやめて

ありのままの今の状態の自分を受け容れることができました。

 

すると

 

治療ではなく
毎日の中で無理なく暮せる工夫を見つける機会が増え
今では楽しく生きることができるまでになれました。

 

”肉体に障害があるから不幸”

 

というマインド(思考)は消え去りました。

 

どんな状態であっても
自分の気持ち次第で
嘆きながら生きるか
楽しみながら生きるか
その違いだけなのだな〜と知りました。

 

 

何年間もリハビリをして
今ではギプスもとれて杖も持たずに
なんとか自力で歩けるまでになりました。
しかし
やはり15分間以上歩くと限界でヘトヘトになりますσ(^_^;)
長い距離を歩くときは途中で休憩をしながら歩きます。

 

健常者さんのようにはもうなれませんが
それでも
自分の足で歩けることは
とてもありがたく感じています。

 

そんなこともあり
青空の入道雲を見たりすると
うれしくて年齢忘れて走りたくなって
わたしなりに走ってヘロヘロになってしまいますσ(^_^;)

 

それでもわたしには楽しくすがすがしいのです(-_^)


お貧乏さんですから
お金をかけた楽しみ方はわかりませんが
今を生かされて
まだ自然の残る地球の美しさに
うっとりできたり
わくわくできたり
感動できたりする
体験を寿命までさせていただけることに
とても感謝しています。

 

 

 

 

さて、
なぜか今年の夏休み期間は
ひかわきょうこさんの光明 enlightenment 漫画
『彼方から』
をご紹介することになりました(*^_^*)

 

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今日ご紹介した
光明 enlightenment への『鍵 key』

”「今ここ(現在)now - here」をトータルに生きる”

『今目の前にあること』を
『今の”等身大”の自分にできること』を
トータルに生きる。

 

 

『彼方から』の主人公の典子は
最後には光明 enlightenment が起こりますが

典子の意識の成長の過程で
彼女は

 

『今目の前にあること』を
『今の”等身大”の自分にできること』をしながら
”「今ここ(現在)now - here」をトータルに生きる”

 

ことをします。

 

それは自分の成長にもなりますが
不思議と
周り全体への奉仕にもなっています。

 

「特別な何か大きなこと」
ではなくても
「小さなことでも一生懸命にトータルに行うこと」
が自分や周り全体のためになるのでした。

 

 

 

前回もお話したように
典子は他の人たちと自分を比べてしまい

 

「自分は非力で特別な力も才能もなく
なんにもできない…
周りに迷惑ばかりをかけてしまう…」

 

そんなマインド(思考)を持ってしまい
そのマインド(思考)にばかり気をとらわれてしまい

 

なかなか

『本来の自分の個性や才能』

に『気づく』ことができない状態となり

 

「自分以外の他の誰かのようになろうとする」

欲を持ってしまい(苦しみの原因(種))


『ありのままの本来の自分のまま』
という
『自分自身を受け容れること』

ができない苦しみを持ちました。

 

 

 

幼い頃から慣れ親しんだ生活の場所から
突然言葉もなにもかもわからない場所に
飛ばされた典子の状況では
彼女がそのような
苦しみの原因(種)である
マインド(思考)
エゴ(欲・自我)
を内側に持ってしまうのは自然なことです。

 

そんな中、典子は
「嘆き悲しむこと」を一旦やめて、


『今の”等身大”の自分にできること』を探して見つけ、

『今目の前にあること』を

”「今ここ(現在)」をトータルに生きる”

ことをします。

 


「ネガティブに偏る」ことを一旦やめて
嘆き悲しむことにエネルギーを消耗させるよりも

 

”「今ここ(現在)」をトータルに生きる”
ことにエネルギーを使うことを
意識して選択します。

 

すると

 

落ち込んでいてやる気がなくなって
動けなくなっていたのに、

 

なぜか意識をシフトしただけで

 

気持ちがアップしてやる気がでてきて
再び動ける力が奥深くから湧いてきました。

 

 

 

典子はまず
異次元の世界の言葉を覚えることからはじめました。

それが

『今目の前にある』
『今の”等身大”の自分にできること』だったからでした。

 

典子はそんなふうにして
異次元の世界で
なにもわからない状態から
少しづついろいろとできるようになっていきました。

 

 


そんな旅の中で
典子自身の命を狙う敵があらわれ
しかも仲間たちの命をも危険にさらされる出来事が起こりました。

 

身動きがとれなくなった仲間たちと
1人離れ離れになった典子の目の前に
ある木の精霊イルクがあらわれました。

 

イルクは
他の誰かではなく典子に手を貸して欲しい
とサポートを求めました。

 

でも典子は特別な力も才能もないから
サポートできるのか?とイルクに尋ねます。

 

しかしイルクは

 

「大丈夫、
   きみがきみ
   そのままでできることだから。」

 

と微笑みます。

 

まるで導師 master たちと同じことを話すイルク木の精霊なんです(-_^)

 

そして
自分にはない力を欲しがって嘆くのではなく
自分の等身大のままでできることを
探し見つけて
それを実行に移します。

 


「他人のできることをするのではなく、
今の自分ができることに集中するんだ!」

 


この
『今の”等身大”の自分にできること』
を実行すること
それは典子にとっては
超人的な力で飛んだりすることではなく
自分の足で走ることだったのですが


それでも
自分にできることがわかった
典子は力が湧いてきて
力ある限り全力で
走ることをトータルに行いました。

 

結果
典子は自分だけでなく
仲間たちだけでなく
その場所に関係する全てを救い出すことになりました。

 

 


もう1人の主人公のイザークのように
超人的な力を持っていなくても
イルクの言うように
等身大のありのままの典子であるから
できたことでした。

 

 


前回お話したように

「自分以外の他の誰かのようになろうとすること」

それは苦しみです。


『ありのままの本来の自分のまま』
という
『自分自身を受け容れること』

それは至福です。

 

 


しかし

『ありのままの本来の自分のまま』
それは
自分の『魂(源泉)』の才能や個性

って、
典子のようになかなか『気づく』ことが
できなかったりします。

 


わたしも光明 enlightenment が起こるまでわからないままでした。

 


それに『気づく』ことができなくて
『ありのままの本来の自分のまま』を
生きることができないことに
嘆き悲しみ怒りながら生きると
エネルギーを消耗して疲れて苦しくなり
落ち込みます。

 

しかし

 

『ありのままの本来の自分のまま』
自分の『魂(源泉)』の才能や個性に
まだ『気づく』ことができなかったとしても


嘆き悲しむことを一旦やめて


『今目の前にあること』を

『今の”等身大”の自分にできること』を

”「今ここ(現在)」をトータルに生きる”


ことをはじめると

不思議と奥深くから力が湧いてきて

一歩一歩進んで行くことができるようになり

その一歩一歩がいつのまにか
意識の成長の旅のあるゴールに至るまでになったりします。

 

”千里の道も一歩から”

 

というそれだと思います。

 

 


典子はとても賢く
わたしはとてもアホですが

 

どちらであっても

 

それぞれの『魂(源泉)』の学びがありますから

 

典子には典子の等身大の彼女にできること
わたしにはわたしの等身大の自分にできること

 

無理なく等身大の自分にできること

が必ず『今、目の前』にあるものなのです。

 


それに『気づく』aware ことができるかどうかは

自分が『意識』conscious して生きているかどうかですから

自分次第なのです。

 


自分が「無意識」unconscious に生きていれば
『気づく』ことができません。

機会を見逃してしまいます。

 


そして

個人個人それぞれが


『今目の前にあること』を

『今の”等身大”の自分にできること』を

”「今ここ(現在)」をトータルに生きる”

 

ことで

なぜか不思議と
自分だけでなく
それが周り全体の至福へとなっていくのです。

 

 

これは
光明 enlightenment が起こる前も後も
同じです。

 

 

全体をよーく見渡して
全体の中の1部である
今の等身大の自分が
今できることはなんだろうか?

 

 

そう『意識』conscious することで
ふっとわかったりします。

 

 

人は
たとえ双子であっても

 

1人で生まれてきて
1人で生きていき
1人で死んでいきます。

 

しかし

 

人は
人間だけでなく周り全体と相互依存で
共生共存しながら生きています。

 

太陽も月もなければ
地球の全ての生き物は生きてはいけませんし
植物がなければ地球の生き物は生きてはいけません。
植物は虫や風や鳥などに花粉を運んでもらいます。

 

なにか1つ欠けていても
全体は生きていけないのです。

 

1つ1つの存在が

『今目の前にあること』を

『今の”等身大”の自分にできること』を

”「今ここ(現在)」をトータルに生きる”

ことで

なぜか不思議と
自分だけでなく
それが周り全体の至福へとなっていくのです。

 

 


それはたとえ
典子が異次元に飛ばされたとしても
典子が異次元に飛ばされた理由がちゃんとあるのですね。

 

そうすることで
本来のバランスがとれることがあるのです。

 

異次元で
典子が典子として
あるがままの本来の自分を生きることで
ちゃんと意味があるから
そのような出来事が起こります。

 

それは

 

偶然ではなく
必然です。

 

 

 


この漫画に登場するラチェフのように
自分の目の前に置かれた現実や
本来の自分から

 

目を背けたり
逃避して
眠り夢の中で
無意識 unconscious に生きることは

 

現実での苦しみとなります。

 


しかし

 


典子やイザークのように
自分の目の前に置かれた現実や
本来の自分に

 

目を向け
向き合い
目を覚まして
意識 consciour して生きることは

 

現実での至福になります。

 

 

 


たとえ異次元や他の惑星に飛ばされたとしても、

 

『今目の前にあること』を

『今の”等身大”の自分にできること』を

 

「過去」や「未来」にマインド(思考)が振り回されないで

 

「今ここ(現在)now - here」の瞬間を

いつも本来の自分をトータルに生きる。

それが真の至福へとなります。

 


「過去」と「未来」はマインド(思考)の幻想であり夢と同じです。

「今ここ(現在)now - here」の瞬間だけが現実です。

 


「過去」や「未来」の
マインド(思考)の幻想を生きることは
無意識 unconscious ですから苦しみです。


「今ここ(現在)now - here」の
現実を生きることは
意識 conscious ですから至福です。

 


眠ったまま夢の中でたくさん食べても、
現実の肉体のお腹は満たされず
栄養もとれませんから
苦しみ続けます。


眠りから目覚めて
現実で食べるとお腹は満たされて
栄養もとれますから
至福で満たされます。

 


苦しみを終わりにしたければ
眠りから目覚めて意識して
”「今ここ(現在)now - here」をトータルに生きること”
だけなのですね。

 

 

 


典子は『目覚め』として
異次元へと飛ばされました。

 

典子は『目覚め』として
眠りから目覚めて
光明 enlightenment しました。

 

その典子の光明 enlightenment までの体験や
光明 enlightenment の体験は
わたしの光明 enlightenment までの体験や
光明 enlightenment の体験と
とても似ていましたから驚きました。


わたしはひかわきょうこさんのように
絵や言葉でうまく説明ができませんから

意識の成長の過程や
光明 enlightenment がどんなものか…

を『彼方から』の漫画をとおして
みんなに少しでも伝わるかな?

と思いこの夏休みなぜかご紹介しています(*^_^*)

 

 

少女漫画ですから
恋愛色は強めですが、
あまりそちらにばかりに引っ張られることなく
物語全体を見ると
光明 enlightenment に関する全体のことに
『気づく』きっかけになるかも?しれません。

 

 

 


では光明 enlightenment への『鍵 key』

”自分の内側が空っぽの無の「中庸」”の状態
”くつろぎリラックス ease”の状態
”ありがとうの感謝 gratefulness”の状態
”自分自身を受け容れる self - acceptance”

 

に引き続き

 

”「今ここ(現在)」をトータルに生きる now - here”

 

 

 


これは光明 enlightenment を得た導師 master たちも伝え続けていることです。

 


真の愛と至福の入り口はいつも
「今ここ(現在)now - here」です。

 


「過去」でも「未来」でもありません。

 

 

 


寿命はいつ来るかわからないから…

 

死んだときに心のこりや後悔がないよう

 

「今ここ(現在)now - here」でしか
楽しめないことを
「未来」に先延ばしにしないで…

 

Please enjoy your life now ( ´ ▽ ` )ノ

 

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入道雲ではありませんが

大好きな雑草がわたしよりも背が高くなり

さらに黄色い花が咲き 

青空のキャンバスに素晴らしい絵のようで♪( ´▽`)

 

 

 


sammasatiサマサティ
(right remembrance)
正しく想起する。


『The last word of Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha – sammasati.』


瞑想と愛 meditation & love

 


花仙人

 

 

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真理の泉

真理の泉

 

 

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花仙人