花仙人の日記

『全ては1つ』を「思い出す」sammasati

意識の成長の旅⑧

意識の成長の旅⑧

 

 

(カテゴリにある二元性シリーズと意識の成長の旅シリーズを読まれていることを前提に書いていますので、読まれていない人には意味不明な説明になっていると思います…)

 

 

意識の成長の旅⑥でご紹介した
3つのクォンタムリープのoshoのお話しでは

 

「過去」5000年間を
「今ここ(現在)」から振り返ってみると

 

人間は昔も今ま同じように苦しんでいて


神に祈るだけでは
多くの人たちは
苦しみから解放されなくて苦しみ続け…

 

瞑想 meditation は
多くの人たちを
自分で自分を苦しみから救い出せる…


とありますが、

 

だからといって
瞑想 meditation を伝え続ける
ゴータマ・ブッダやoshoが
無神論者である…
ということではありません。

 


光明 enlightenment が起こるということは
生まれた後から自分が生み出した
自分の内側に苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(欲・自我)
があるため
生まれる前から
『存在』と1つだった本来の状態を
一時的に『忘れて』しまったことを
再び「感覚」で『思い出す』ことです。

 


光明 enlightenment が起こる前のように

『私(自分(エゴ(欲・自我)』と『存在』という
二つに分離したマインド(思考)の状態ではなく
(これは無意識に生きる状態)、

 

光明 enlightenment が起こると

『私(自分(エゴ(欲・自我)』は『存在』に溶け込み分離はなくなり

『存在』と一つ

という本来の状態の意識=真理のままを生きていくことになります
(無意識から目覚め意識の状態で生きていく)

 

 

◯ マインド(思考)
◯ エゴ(欲・自我)
を生きる
ことは無意識のまま生きる状態
苦しみの状態
苦しみの輪サンサーラの旅続行…

 

真理
を生きる
ことは意識のまま生きる状態
目覚めたので苦しみを繰り返さなくなる状態
苦しみの輪サンサーラから永遠の離脱。

 

 

『存在』と1つであることを
再び「感覚」で『思い出す』ことが
光明 enlightenment が起こるということで

その『存在』が
ゴータマ・ブッダやoshoや多くの導師たちがいう神みたいなことです。

 

神さまを人物として崇めている宗教グループもありますが、


光明 enlightenment が起こった
導師たちはみな同じ体験をとおしてわかったことは


神はある特定の人物ではない


というものです。

 

神のようなものを神という人もいますし
『存在』という人もいます。

 

oshoはそれを『存在』といっていますから
わたしもこのブログではそうしています。

 


『存在』に愛と信頼により明け渡し surrender
エゴ(欲・自我)がなく
『存在』だけの1つである状態で
真理のまんまを生きているのが
光明 enlightenment が起こった後からの
生き方です。

 


というわけで簡単にお話ししましたが
無神論者というわけではありません。

 

なぜ神はいない…

 

とゴータマ・ブッダが話したのか…
というお話しはとても長くなりますから
前々回ご紹介した
サハジョの方の
Showering without Clouds 雲なく雨は降りそそぐ
の講話の中で
oshoはサハジョの詩をとおして
とても詳しく丁寧にお話ししていますから
興味のある方はご覧になってみてください。

 

 


今回は祈りに関して誤解がないように
◯ 形だけの「儀式」だけの祈り

◯ 真の祈り
について少しだけここでお話しします。

 

 


意識の成長の旅をしていき
苦しみの輪サンサーラから永遠に離脱をする
光明 enlightenment が起こることを
サポートする1つのツールに
瞑想 meditation がある…

 

と話していますが

 

明け渡し surrender もあります。

 

 


oshoは

◯ マインド(思考)タイプには瞑想 meditation が適していて

◯ 愛と信頼の献身のタイプには明け渡し surrender が適している

と講話の中でお話しします。

 

 

 

瞑想 meditation
明け渡し surrender
どちらも
『存在』と1つである状態を
再び「感覚」で『思い出す』
というものです。

 

この2つは
その『思い出し』方が違うだけです。

それは
苦しみの『手放し』方が違うということです。

 

 


『存在』は愛100%の意識ですから

瞑想 meditation
明け渡し surrender
どちらも
自分の内側にある
苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(欲・自我)
を『手放し』

苦しみから愛100%へ『変容』が起こることを
サポートするものです。

 

意識の成長の旅では起こるものです。

 

 


◯ 瞑想 meditation は少しづつ
自分の内側の苦しみの原因(種)を取り除いていき
本来の愛100%の状態を
再び「感覚」で『思い出し』ていきます。

 

◯ 明け渡し surrender は一気に
本来の愛100%の状態を
再び「感覚」で『思い出す』ことにより
苦しみの原因(種)が一気に全て洗い流されてなくなるような感じです。

 

 


もし明け渡し surrender のタイプであれば
これを読んでいる今、
今ここで明け渡せば
一瞬で光明 enlightenment は起こります。

するともう
瞑想 meditation の必要はありません。

瞑想 meditation は光明 enlightenment までをサポートするツールですから。

 


なかなか明け渡し surrender のタイプはいない…といわれています。

明け渡し surrender のタイプは
クリシュナと愛で1つであるミーラのようなタイプです。

ミーラはクリシュナを思い出した瞬間から
全てをクリシュナに捧げ明け渡しました。

それは献身の魂の「祈り」です。

 

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「祈り」とは
「条件」や「見返り」を全く求め欲しがらず
ただただ
愛と信頼により
自分の全てを捧げ明け渡し愛である状態です。

このような真の「祈り」ならば
一瞬でミーラのように光明 enlightenment が起こります。


このような真の「祈り」ならば
神に「祈り」をしても
光明 enlightenment が起こりますから
苦しみの輪サンサーラから永遠に離脱でき
苦しみから自分を救い出すことができるのです。

 

 


しかし、
多くの人たちは
このような真の「祈り」にはなっていません。

 

神に

「どうか苦しみから救い出して欲しい…」

欲(エゴ(自我))があり

こうしてくれ
あーしてくれ
「条件」「見返り」ばかりを
神に求めます。


自分の内側が
神に全てを捧げ明け渡し愛100%の状態になる…

 

こととは真逆の

 

自分の内側が
欲でいっぱい
形だけの「儀式」の「祈り」の行為の状態になっています…

 

これでは

愛である状態でないので
光明 enlightenment は起こらず…
苦しみから解放されることにはなりません…

 

 


「過去」5000年間
人間は「祈り」をしてきましたが
苦しみはなくならない状態でした。

それは

真の「祈り」ではなかったからです。

 

真の「祈り」とは

クリシュナへ

全身全霊で全てを捧げ

「私(自分・エゴ(欲・自我)」と「他」という
2つという分離ではなく、

「私(自分・エゴ(欲・自我)」が消え分離がない
全てと1つである愛100%の状態である

ミーラのような
明け渡す surrender ことです。

 

 

 

ミーラのように
真の「祈り」の明け渡し surrender が
できない人たちが多いことがわかったので

 

そのような人たちのために

 

2500年前のゴータマ・ブッダをはじめ
その後
多くの導師たちは実体験をとおして

苦しみから自分を解放できる方法として

少しづつ苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(欲・自我)
を自分の内側から取り除いていく
瞑想 meditation
勧め伝え続けてきました。

 

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自分が

瞑想 meditation タイプか
明け渡し surrender タイプか

わからないと思いますから

 

今、明け渡し surrender をしてみて
一気に光明 enlightenment が起こらなかった場合は

瞑想 meditation を実践されると

いつか
ノーマインド
ノーエゴ
になった瞬間に
光明 enlightenment が起こります。

 

 

 

わたしの場合は
光明 enlightenment が起こった後に

瞑想 meditation

明け渡し surrender
のタイプがあることを知ったのでσ(^_^;)

 

とりあえず瞑想 meditation は知っていたので

大好きな瞑想 meditation を何年間も
毎日朝晩実践し続けましたが

光明 enlightenment が起こったのは

瞑想 meditation ではなく
明け渡し surrender によって
起こったのでしたσ(^_^;)


実は明け渡し surrender タイプだった…


だからといって
瞑想 meditation の体験は
無駄ではなかったと今ならわかります。

 

 

 

わたしの場合は
ゴータマ・ブッダやoshoには
愛と信頼100%なので
完全に2人には明け渡し状態だったのですが
光明 enlightenment は起こりませんでした。

 

『存在』に明け渡し surrender をしなくては
光明 enlightenment は起こらない…


というわたし個人の魂の計画があったことが

光明 enlightenment が起こった瞬間にわかりましたσ(^_^;)

 


なぜなら…
わたしはながーい間…
神さま(存在)に対して
すっごく怒りでいっぱいでo(`ω´ )oぷんぷん!
まさに
『存在』と『私(エゴ(欲・自我)』
という
分離状態だったのでしたσ(^_^;)

 

はじめっから分離なんかしていない状態ではあるのですがσ(^_^;)

わたしのマインド(思考)としては
神さまなんて大っ嫌い!
というマインド(思考)の境界線をぎっちり書き込んで
分離したがっていましたσ(^_^;)

 

神さまとは縁を切ってやる!
くらいの勢いだったからσ(^_^;)

 

おーお恥ずかしい…
アホ丸出しなカミングアウトです〜σ(^_^;)

 

とにかく
なんで人間をこんなに苦しめるのかね!?

 

と…
いじわる神さまに怒りがいっぱいでした。

 

だから、

なかなか
神さまを許せなくて
1つであることを認めたくなくて
光明 enlightenment なんてしてやるもんか!

みたいなσ(^_^;)

反抗期か(・_・;…

 

しかし、

そんな状態のわたしを
そのまんま受け入れてくれたのが
oshoでした…>_<…

 

 


oshoと出会った瞬間に
宇宙が全てが見え
宇宙全ての愛の海と1つに溶け合っていました。

 

なんじゃこりゃ!!!

 

恋に一瞬で落ちたみたいに
でも恋愛ではなく

 

まるで
ハイジとおじいさんの
愛と信頼100%のような状態となり

アルプスの少女ハイジ…ご存知でしょうか(・_・;…)

 

oshoと出会った瞬間の
その宇宙の愛の海の体験により
生まれる前から知っているosho…
生まれる前から弟子だった…
と理由もなく確信がありσ(^_^;)

その瞬間に弟子になりました。


oshoの講話は聞いても読んでも
oshoがノーマインド、ノーエゴの
沈黙の状態だから
その沈黙の波長と合うと5分以内には
スコーンと眠りに落ちてしまい…

 

まったく講話の内容がわからないまま
ただ大好きになった瞑想 meditation を
ひたすら毎日朝晩し続けました。

 

oshoと出会ってすぐに
自分の内側にあるお腹のお臍のあたりにある
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出し』た後
なかなか手放せなかった
苦しみの原因(種)を手放し続ける
瞑想 meditation を7年間続けました。


瞑想 meditation をとおして
自分の内側を癒していくうちに

 

なぜ
人間は苦しむのか?

 

を自分のなでなでの体験からもわかっていき、
(意識の成長の旅シリーズに書いています)

 

苦しみは
神さまが与えているのではなく

 

人間が自分で生み出し
苦しみをつかみ放さないでいるから
苦しみ続けることがわかり

 

神さまに
怒りを八つ当たりしてごめんなさい…

 

苦しいのは自業自得でした…

 

とやっと自然に許せるようになっていましたσ(^_^;)

 

 


『存在』に対する怒りがなくなり
ただただ感謝して恩返しをする生活をしていた
ある冬の日…

 

日向ぼっこをして
今生かされていることに
深く感謝をしていると

エゴ(欲・自我)がいらなくなり手放し、
肉体も命も全てを『存在』に捧げ明け渡して
『存在』だけの入れ物として生きていくとふっと思った瞬間に

 

一気に
宇宙の海の大洪水がやってきて
飲み込まれて
完全に1つである状態を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こりました。

それがその時は知らなかった
光明 enlightenment でした。


その『宇宙全ての存在』と1つの「感覚」は

はじめてoshoと出会った瞬間の


宇宙の愛の海に溶け込んだ1つの体験と同じだ!


とわかりました。

少し違うのは

oshoとの宇宙の愛の海の体験はベールがかかったような感じで

光明 enlightenment の宇宙の愛の海の体験は
ものすごくリアルに感じました。

リアルすぎてかるくパニックになったσ(^_^;)

光明 enlightenment とかの言葉すら知らない無知なまんま起こった体験だったから…

 

 

 

とにかく…
光明 enlightenment
わたしの場合はですが
『存在』 への明け渡し surrender で
光明 enlightenment が起こる
魂の計画だったようです。

それは

勝手に神さまに喧嘩していたからねσ(^_^;)


oshoが
わたしが神さまにしていた誤解を
瞑想 meditation をとおしてなくしていくことを教えてくれました。

 

そして

すでに『存在』と1つである
光明 enlightenment が起こったoshoの波動と
なんか合わさったおかげで

 

自力で『存在』と1つを『思い出す』前に
oshoをとおして「感覚」でその状態を
『思い出す』体験ができたことが

光明 enlightenment へとつながったんだ…

 

と光明 enlightenment 後にわかりました。

 

そして


oshoとの宇宙の愛の海と1つに溶け合う出会いの体験から
すでに
光明 enlightenment までの
意識の成長の旅がはじまった瞬間だったことも
光明 enlightenment 後にわかりました。

 

光明 enlightenment の前は

そういう全体のことがさっぱりわかっていませんでしたσ(^_^;)

 

とにかく地図もなく実施のみ٩( ᐛ )و


そういうoshoとの不思議な出会いの体験から
光明 enlightenmentまでの
あらゆる不思議な体験をとおしてわかったことは、

現世、

導師oshoと出会えたことは
魂レベルで癒すきっかけとなったことなのだと
わかりました。


魂の計画…
魂の出会い…
魂の導師…


だから、
わたしにはサハジョの詩が
ものすごくリアルにわかりますσ(^_^;)


神さまもすごいけど、
光明 enlightenment まで見守り導き続ける
導師って
あまりにもすごすぎるって。

 

あんなに神さまに怒りまくりのわたしを

究極の愛で包みリラックスさせ落ち着かせ
瞑想 meditation を勧めそれによって癒され
怒りから愛へと『変容』しちゃったんだσ(^_^;)

 

しかも明け渡し surrender なんかしちゃってさσ(^_^;)


ちょっと神さまに負けた感のくやしさはあったけどさ、
真理を再び「感覚」で『思い出した』ら
やっぱり全て納得だからさσ(^_^;)


だから、
なでなでもやめて、

(意識の成長の旅シリーズで書いたこと)

なでなでは

一時的に病気を治したりしますが…

苦しみの原因(種)の木の枝や葉を剪定して見た目スッキリするだけで

苦しみの原因(種)の根っこごと取り去るわけではないから

苦しみの原因(種)は残ってしまうから

病気は再発してしまう…


みんなの苦しみを引き延ばすだけで
苦しみから解放するのと真逆の行為だとわかったら…

 

苦しみを取り去ろうとしていたなでなで行為が
その真逆の
苦しみを長引かせ続けさせる行為だった…

 

その事実に『気づき』が起こったら
もう胸が痛くてできなくなっちゃったからさ、

 

他者の欲を支える行為は
他者を苦しめる行為なんだよね(・_・;…

 

人間には自然治癒力があるから、

わたしは1人1人の自分で自分を癒せる自然治癒力を100%信頼する(^-^)/

 

光明 enlightenment が起こって真理がわかったら、自然とそう思えたから。

 

そんなわけで今は

ただただ

苦しみの輪サンサーラから永遠に離脱しよう!
と腹をくくった人たちへは

導師たちも伝え続けてきた

 

瞑想 meditation

明け渡し surrender

 

を自分の光明 enlightenment が起こった実体験から
お勧めしているのでござるσ(^_^;)

 

自然治癒力

自分で自分を苦しみから救い出す。

それは誰にでもできることだとわかったから。


わたしの説明では下手なので
oshoの講話をご紹介しています。


サハジョとダヤのoshoの講話の2冊の本は
本当に読めてよかったです…>_<…

 

osho…講話をしてくださってありがとう…

そして
出版や翻訳してくださったサニヤシンの人たちありがとう…

 

 

 

光明 enlightenment までは
本当に生きるのきつかった…>_<…

 

神さまに怒りまくりはきつかった…

 

導師と出会えてよかった…

 

意識の成長の旅をやめずに続けて本当によかった…

 

光明 enlightenment したらもう死んでもいいと思いましたが

なんかまだ死ねないようなんで(・_・;…

 

肉体も命も『存在』への恩返しで捧げましたから

 

実体験の日記を見ながら
『存在』が書きたいようにブログを書いているような感じでもありますσ(^_^;)

 

光明 enlightenment 後から
やっと

神さまを許せ

自分の勘違いに『気づけ』それを『手放せ』
『存在』に全てを明け渡し

真理をまんまトータルに生きるという
本来の魂の計画がはじまりました。

 

苦しみの輪サンサーラから永遠の離脱できました。

 

 


みなさんはどんな
意識の成長の旅があり
どんな光明 enlightenment 体験があり
どんな光明 enlightenment 後の
魂の計画を生きていくのかな(-_^)?

 

 

 

導師がいてもいなくても
1人でも光明 enlightenmentは起こります。

絶対にいなくてはならない…
というわけではありません。

 

oshoは素晴らしい導師だと思いますが
osho以外にも導師はたくさんいます。

 

ご自身の導師がいる場合は
導師が必ず導いています。

 

導師は肉体が生きていても死んでいても
関係なく
弟子を導きます。

 

肉体は死んでも
意識は不死であり
導師の意識は『存在』と1つなので
いつもどこでも
つながれ交感(コミュニオン)は起こります。

 

静かにしていると

導師の波動を感じると思います。

 

それは沈黙の言語です。

 

安心してただ受けとるだけで大丈夫です。

その後学びがはじまります。


導師の肉体がすでに死んでいるからといって
師弟関係の学びが終わるわけではありません。


ご自身が全身全霊で愛と信頼できる人が
たぶん
あなたの導師です。

 

そこにはなんの理由もありません。

ただただ愛と信頼があるだけです。


導師が生きている場合は会いに行くことは可能ですし

 

導師がすでに死んでいる場合は

(生きている場合でも同じく)
導師と直接波動で繋がるか
導師が残された本などを読むことで
再び導師の波動と繋がりやすくなり
師弟の学びがはじまり
意識の成長の旅もはじまると思います。


意識の成長の旅に
絶対に導師がいなくてはならない…
というわけではありません。

 

愛と信頼が持てない人についていくのは
無理があり苦しくなるだけです。

 

わたしはたまたま導師がいたのです。

 

それは1人1人の魂の計画によって違いますから…


無理のないように
ご自愛しながら
マイペースで
輪廻転生はあったとしても
現世はこの一度っきりですから

未練がのこらないように

今この瞬間を

楽しく生きてくださいね♪( ´▽`)

 

全ての導師たちが導くのは
一時的に『忘れて』しまった
本来の自然な状態を
再び「感覚」で『思い出す』
それのみです(^-^)/

 

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sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する


『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

 

 

瞑想と愛 meditation & love

 

 

花仙人

 

 

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男性性と女性性の統合(超越)

 

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

 

 

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Showering without Clouds
雲なく雨は降りそそぐ

The last morning star
夜明けの星

サハジョとダヤの女性の覚者の詩

 

 

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The Ultimate Alchemy, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

瞑想はたくさんの種類があります。
ご自身にあった瞑想がみつかるといいですね。

 

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Vigyan Bhairav Tantra, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、

 

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花仙人

 

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意識の成長の旅⑦

意識の成長の旅⑦

 


(カテゴリにある二元性シリーズと意識の成長の旅シリーズを読まれていることを前提に書いていますので、読まれていない人には意味不明な説明になっていると思います…)

 


前回の意識の成長の旅⑥では

 

「過去」5000年前と
「過去」2500年前と
「今ここ(現在)」

 

の地球の人間の現実の状態を
oshoの講話から少しご紹介しました。

 

その現実とは
5000年前も今も同じように

多くの人間は苦しみを持って生きている

ということがわかりました。

 


そして

 


人間が苦しいのは

自分が自分の内側に生み出した
苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を持ってしまったことで
あらゆる問題が生まれたことも
わかりました。

 


しかし

 


人間は
苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を自分が持ってつかみ放さないという現実に
『気づく』ことがなかなかできないため
苦しみを『手放し』解放して
苦しみから自由になることができません。

 


そして

 


あることから
苦しみから楽になるためには
神さまに祈ればなんとかなる…と
思い込み信じ込んでしまいました。

でも

祈るだけでは
なんにも起こらず
苦しみはなくなりませんでした。

 


2500年前にゴータマ・ブッダ
自分で自分の内側に生み出した
苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)

『気づき』
『観る(観照)』
ことで
苦しみの原因(種)を自然と
『手放す』
ことができる

 

瞑想 meditation を伝え続け

 

その結果
多くの人たちが
苦しみから永遠に解放される
光明 enlightenment が起こりました。

 

 

自分の内側を空っぽの 0(ゼロ)の状態にすることを
サポートするツールである瞑想 meditation。

 

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ノーマインド
ノーエゴ
の空っぽの 0(ゼロ)の状態の
生まれる前からの
『本来の自然な中庸の状態』に再び戻ると
光明 enlightenment が起こります。

 

光明 enlightenment が起こった瞬間に
ノーマインド
ノーエゴ
の中庸の状態であることで
自分の内側にある『魂(源泉)』の中にある
真理を再び「感覚」で一気に一瞬で『思い出し』ます。


その真理のまんまをその瞬間から生きていくことになります。


もう2度と
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を生きていくことはできなくなります。

 

 


光明 enlightenment が起こる前は
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を生きる

 

光明 enlightenment が起こった後は
真理
を生きる


どちらも両方ともを生きることは
どうしてもできないのです。

 

どちらかのみです。

 

 


真理
『魂(源泉)』と1つに繋がった『宇宙全ての存在』の意識です。

 

光明 enlightenment が起こることで
自分の内側に生まれる前からずーとある
『宇宙全ての存在』と1つである『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』ことは
同時に
真理を再び「感覚」で『思い出す』ことになります。

 


愛を言葉では表現できないように
真理も言葉では表現できないものです。

 


真理は愛…

 


真理は自分の外側をいくら探しても
知識という言葉では知り学ぶことができないものなのです。

(知識や言葉=マインド(思考))

 

 

真理を知ろうとするならば
1番の近道は
外側の旅ではなく
自分の内側の中心へ…の旅です。

 

 

真理を再び「感覚」で『思い出す』ために…

 


光明 enlightenment が起こる前は
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を生きる…
それは
真理ではないことを実行するので
間違いや失敗を繰り返し苦しむ…
苦しみの輪サンサーラの旅…

 

光明 enlightenment が起こった後は
真理
を生きる…
それは
真理を生きそれをまんま実行すると
間違いや失敗が起こらないので苦しみはなくなる。
苦しみの輪サンサーラからの永遠の離脱…

 


光明 enlightenment が起こると
なぜ
苦しみの輪サンサーラから永遠の離脱ができるのか…

 

その理由の1つに

光明 enlightenment が起こった瞬間から
2度と
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を生きることができなくなり

真理をまんま生きることになるからです。

 


苦しみの輪サンサーラから永遠の離脱をしよう!
と腹をくくった人たちへ
わたしが自分の光明 enlightenment 後の実体験からわかったことから
瞑想 meditation をお勧めするのは
光明 enlightenment が起こった後からは
真理を生きることになり苦しみがなくなるからです。

 


真理は知識で学ぶのではなく『思い出す』です。

 


真理
『魂(源泉)』も
『宇宙全ての存在』と1つである意識も

愛と光の微細な波動であり
自分の内側にすでにあるもので消えてなくなっていないものですから
人間は生まれる前からすでにわかっていることですが

 

ただ自分の内側にある
生まれた後に自分が生み出した
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
に夢中になっていて
一時的に『忘れて』いるだけです。

 


『思い出す』ことに
なんの知識もテクニックも魔術も必要ないことは
誰でもすでにわかっていることです。

 


わたしだけでなく
ゴータマ・ブッダはじめoshoや多くの導師たちが
なぜ瞑想 meditation を伝え続けているのかは
1人1人の
真の苦しみからの解放のためです。

 

 

今日は前回ご紹介した
サハジョの方の
Showering without Clouds 雲なく雨は降りそそぐ
の講話の中の1番最後に
oshoが
みんなに分かち合ってくれた
ゴータマ・ブッダと弟子たちの
自分の内側の中心への旅をサポートする瞑想 meditationの
とても美しいお話しをご紹介します。

 

 

* * *

 

昔、こんなことがあった。
ゴータマ・ブッダが町外れに滞在していた。
その州の皇帝はアジャトシャツルだった。

 

そして皇帝にはよくあることだが、
彼は常に恐れ、
疑念を抱いていた。
彼の大臣たちは言った

 

「祝福されしお方に会いに行くべきです。
彼は到着し、町外れに滞在しておられます。
この時は非常に貴重です。
是非ともそこに行って、彼に会うとよろしいかと」

 

アジャトシャツルは尋ねた、

 

「そこには他に何人いる?
そこには他に誰がいる?
なぜ彼らはそこにいるのだ?」

 

彼は政治家が尋ねそうなことはすべて質問し、
同時にたいそう計算もした。

 

大臣は言った

 

「一万人の僧侶が彼と共におります」

 

ついにあらゆる事実をつきとめ、
アジャトシャツルは出かけた。

 

ゴータマ・ブッダは一万人の弟子たちと共に、
マンゴーの木陰に滞在していた。
そのマンゴーの茂みに到着すると、
彼は突然立ち止まった。
彼は剣を抜くと、大臣たちに言った。

 

「何か陰謀があるような気がするぞ。
おまえはここに一万人の者が滞在していると言ったが、
1人の声もしないではないか。

 

このマンゴーの茂みは、
完全に空っぽに見える。

 

ここには誰もいない。

 

そして、
確かにここには一万人の人間などいない。

 

一万人の人間がいるところには街があり、
市場があるだろうに」

 

大臣たちは笑い始めた。
彼らは言った、

 

「剣をお捨てください。
あなたはゴータマ・ブッダ
その僧侶たちをご存知ないのです。

 

一万人いても、
それぞれは独りです。

 

ここには群衆がいません。

 

おいでください、
恐がらないで」

 

アジャトシャツルは動転し、
恐れながらも足を運び、
一万人の人々が集団で木の下に座っているのを見た…

 

しかし
彼らはみな個人で、独りだった。

 

彼はゴータマ・ブッダの方へ歩み寄った。

 

彼は言った、

 

「こんなことは見たことがない。
この者たちはここで何をしている?
なぜ
この一万人の者たちは、
こんなに静かなのだ?
なぜ彼らは喋らないのか?」

 

ゴータマ・ブッダは言った、

 

「彼らは話すことではなく、
静寂を学びに私のもとにやって来たのです。

 

独りになるためにやって来たのです」

 

 


サットサングとは、
あなたが独りになる『空間』のことだ。

 

あなたを目覚めさせ、
独りにさせるような
仲間を探しなさい。

 

 

 

It happened once that Buddha was staying outside a town.
Ajatshatru was the emperor of that state, and as emperors go, he was always afraid and doubtful.
His ministers said,

 

“You should go to meet the blessed one.
He has arrived, he is staying outside the town.
These moments are very valuable.
It is only proper that you go there to see him.”

 

Ajatshatru asked,

 

“How many other people are there?
Who else is there?
Why are they there?”

 

He asked everything that a politician would ask, making a thousand calculations at the same time.

 

The ministers said,

 

“Ten thousand monks are with him.”

 

Finally, knowing all the facts, Ajatshatru started out.

 

When he reached the mango grove where Buddha was staying with his ten thousand disciples under the shade of the mango trees, he suddenly stopped.

 

He pulled out his sword and said to his ministers,

 

“I feel there is some conspiracy.
You told me that there were ten thousand people staying here, but there is not the voice of a single person.
This mango grove seems as if it is totally empty.
There is no one here.
And certainly there are not ten thousand people here.
Where there are ten thousand people there will be a whole colony, a marketplace.”

 

The ministers started laughing.
They said,

 

“Put your sword away.
You don’t know Buddha and his monks.
There are ten thousand, but each one is alone.
Here there is no crowd.
Come on, don’t be afraid.”

 

Panicked and afraid,
Ajatshatru went on and saw ten thousand people sitting there under the trees in groups - yet they were all individuals, alone.
He walked towards Buddha. He said,

 

I have never seen such a thing.
What are these people doing here?
Why are these ten thousand people so silent?
Why don’t they talk?”

 

Buddha said,

 

“They have come to me to learn silence, not to learn talking.
They have come to me to be alone.”

 


Satsang means the space where you become alone.

 

Search for the company of one who will wake you up and make you alone.

 

 


from osho talks
oshoの講話より

 

Showering without Clouds
雲なく雨は降りそそぐ

 

サハジョとダヤの女性の覚者の詩

 

CHAPTER 10: MEDITATION: THE SOUL OF DEVOTION
チャプター10: 瞑想…献身の魂

 

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* * *

 

 

瞑想 meditation は

自分の内側の旅 inner journey です。

 

自分の内側には自分1人しか入れません。

 

内側の旅は1人旅ですが

 

同じように

内側への1人旅をしている仲間たちは

地球にはたーくさんいます。

 

 

寂しい依存状態

から

独りであっても寂しくなく愛と至福で満ち溢れている自立状態への『変容』

 

loneliness

から

aloneness への『変容』の意識の成長の旅…

 

苦しみ

から

愛と至福への『変容』の意識の成長の旅…

 

 

空っぽの 0(ゼロ)の状態に再びもどり

本来の自然な状態を再び「感覚」で『思い出す』ことで
真の愛と至福の旅がはじまります。

 

 

sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する


『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

 

瞑想と愛 meditation & love

 

 

花仙人

 

 

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男性性と女性性の統合(超越)

 

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

 

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oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、

 

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花仙人

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サハジョとダヤ・女性の覚者の詩

サハジョとダヤ・女性の覚者の詩

 

 

チャランダスには2人の女性の弟子がいた…

サハジョとダヤだ。

 

チャランダスは言った

 

「彼女たちは、わたしの2つの目のようだ」と。

 

 

光明 enlightenment を得た女性ミーラと同じラジャスタン地方に住む

サハジョとダヤの2人は

導師チャランダスのもとで光明 enlightenment を得て

たくさんの詩を記しました。

 

導師oshoはこの光明 enlightenment を得た2人の女性の詩を

講話の中で分かち合ってくれました。

 

サハジョの講話のシリーズの題名には

ダヤの詩からとり

Showering without Clouds とし

………

ダヤは言う

そこには光ることもないおびただしい光がある

そして、それは雲ひとつなく降り注いでいる

絶え間なくこれを見て

わたしのハートは歓喜に震える

 

There is much light without lightning,
And it is showering without clouds.
Watching this, ceaselessly
My heart is delighted, says Daya.

………

 

 

ダヤの講話のシリーズの題名には

サハジョの詩からとり

The Last Morning Star としました。

………

世界は夜明けの最後の星のよう

サハジョは言う

それはすぐに消えてしまう露の真珠のよう

掌に受けた水のよう

 

The world is like the last morning star.
Sahajo says: It is fast disappearing
Like a pearl of dew,
Like water held in the hollow of your hands.

………

 

 

少しづつお金をためて

やっとおとといサハジョとダヤの

oshoの講話の本がやってきました( ´ ▽ ` )ノ

 

おひなさまの女の子の日に届いた

2人の女性の覚者の本。

 

 

男性であり光明 enlightenment を得ているoshoの内側の

もっとも深いところでは

すでに男性と女性(二元性)はひとつですが

それでもoshoは光明 enlightenment を得た女性について語るのは

光明 enlightenment を得た男性について語るよりも

少しばかり難しいことになる…

と言いながらもとてもとても丁寧にわかりやすくお話ししています。

 

 

 

そしてoshoはこうも言っています。

 

「私は英語だと、ヒンディ語ほど詩的になれない。

だから、サハジョのことはヒンディ語で話した。

 

サハジョについて語ったことが、

いつの日か全世界に知られることを願うばかりだ。」

 

 

大丈夫です、導師osho、

ちゃんと日本でも

日本人のサニヤシン(弟子)の方が頑張って翻訳されて本が出ています!

 

英語でもやっと読めるくらいなのに…

ヒンディ語となるとσ(^_^;)…さっぱりわからん…

翻訳してくださって本当にありがとうございます( ´ ▽ ` )

 

 

意味がわからなくても

oshoのヒンディ語の講話は好きだから聴くと

話すというより

歌うというような音楽を奏でているようで

ふわふわとうっとり溶けてしまいますから

oshoが詩的っていうのは

どんだけ詩的なんだろか…

と…もう…意味がわからなくても

ワクワクしてしまいます٩( ᐛ )و

(アホや…)

 

 

女性の覚者のお話しですが

女性だけでなく

男性にもお勧めです。

oshoが語る女性の覚者のお話しは

自分の内側の二元性の男性と女性の統合(超越)の

なにかのきっかけになるかも?しれませんから…

 

 

おひなさまの日にご紹介しようと思っていましたが

読むのが遅くてσ(^_^;)

今日のご紹介となってしまいました。

 

 

 

 

oshoはまじめなお話しをしていますが

ジョークが大好きで

この2冊の本の講話の中でも

ジョーク盛りだくさんで

笑いなしには終われませんσ(^_^;)

 

本だとわからないのですが

映像を見ると

ジョークを言う寸前の一瞬の間の

oshoの目が…波動が…

今からおもしろいこと言うぞ!言うぞ!

と言っていて…

もうその一瞬からわたしは

なに、なに、どんなジョークが飛び出すの!?

…と、ワクワクゲラゲラが止まりませんσ(^_^;)

 

期待を裏切らない最強のジョークが

まじめなお話しの合間合間に飛び出してきて

 

天才だな…(*゚▽゚*)

 

とまた惚れてしまいます♡

 

ジョークがまじめなお話しを

より一層わかりやすく理解できるものだったりするのです。

そういう意味でも

 

天才だな…(*゚▽゚*)

 

とまたまた惚れてしまいます٩( ᐛ )و

 

今日本にoshoがいたら

よしもとからスカウトされるかもね٩( ᐛ )و

よしもと新喜劇の舞台で

日本中の茶の間に笑いの爆弾をドッカンドッカンと落とす

お笑い界の核兵器になれるよσ(^_^;)

 

 

oshoの最強ジョークは

本を読んでお楽しみください٩( ᐛ )و

 

 

このブログで

『本来の自然な中庸の状態』

と書くと

自然って動物的なこと?

と聞かれることがあります。

 

わたしの言っている自然な状態とは

本来の状態…

宇宙意識の状態…

みたいな「意識100%の状態」という意味であって

動物的な…という「無意識100%の状態」とは真逆な意味です

とお話しするのですが

うまく説明ができなくて困っていましたが…

この講話の中でoshoがわかりやすくお話しされていますから

それを少しご紹介します。

 

ではサハジョの講話から…

 

自然でありなさい。

率直でありなさい。

 

自然になれば、真実になるだろう。

 

「自然な」という言葉は、

「神聖な」という言葉と同義語であるのを理解しなさい。

 

あなたの不自然さが消えると、

あらゆる病が消え、

あらゆる欺瞞が消える。

 

そしてサンサーラ …… 生と死の車輪が消える。

 

その日、あなたは自然になる。

 

あなたの生には甘露が降りそそぎ、

雲もなく雨が降りそそぐ。

 

雲もなく雨が降りそそぐ…

それは宗教的な心の究極のあり方だ。

 

宗教的な心は理由を必要としない。

 

理由が何になるというのかね?

 

すべてはただ起こり、

出来事はそれ自体で完結している。

 

何の理由もなく起こることだけが、

物質を超えた世界へとあなたを連れていける。

 

oshoの講話 シャワリング ウィズアウト クラウズ より

 

 

苦しみの輪サンサーラから永遠に離脱しよう٩( ᐛ )و

と腹をくくった人たちへ…

おひなさまの日が過ぎてしまいましたが

女性の覚者の詩の講話のお勧めの本のご紹介でした。

 

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sammasati サマサティ

right remembrance
正しく想起する


『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

 

瞑想と愛 meditation & love

 


花仙人

 

 

 

 

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男性性と女性性の内なる統合(超越)

 

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

  

oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、

 

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 花仙人