花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

内側の中心は無音③

内側の中心は無音③

 

 


内側の中心は無音①では

蝉の鳴き声が自分の外側にあった瞑想 meditation のときに

『聞く』

という「感覚」から
内側の中心である『無・無音』の
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こったことをご紹介し、

 

 

内側の中心は無音②では

自分の外側にある蓮をぼーと休憩しながら見ていたときに

『見る』

という「感覚」から
内側の中心である『無・無音』の
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こったことをご紹介しました。

 


この人間の内側にある
『魂(源泉)』の『無・無音』を
再び「感覚」で『思い出す』
それは同時に
自分の周りの自然と一体になったような全体と1つであることを
再び「感覚」で『思い出す』

 

という『コツ』を得た体験から7年後に

 

生まれる前からの人間の本来の状態である
宇宙意識と1つであることを
(宇宙全ての存在と1つ)
再び「感覚」で『思い出す』という
光明 enlightenment が起こりました。

 

 

その光明 enlightenment が起こったきっかけは

『聞く』

『見る』

ではなく

『感じる』

という「感覚」でした。

 

 

今日はその体験が起こるまでの

蝉と蓮の体験後の瞑想 meditation の7年間を

簡単にですがご紹介します。

 

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光明 enlightenment が起こるまでの7年間は
蝉と蓮の体験によって『無・無音』の
究極のリラックスの「感覚」がとても好きなり
なぜなら
その状態の後は心が穏やかになるだけでなく
必ず肉体の体調がよくなるので
毎日朝晩の瞑想 meditation 以外でも
いつでもどこでも誰といても
『無・無音』の瞑想状態であるように…と意識して暮らしました。

 


残念ながら光明 enlightenment が起こる後まで
わたしはとても無知でσ(^_^;)
光明 enlightenment という言葉すら知らなかったので
瞑想 meditation が体調改善にとてもよかったので
心と肉体の健康管理のツールとして
病に倒れた痛みや苦しみをなんとか少しでもなくし
体調を改善しようと思って毎日続けていました。

 

 

 

 

夜寝る前に瞑想 meditation をすると
その日一日の汚れや埃などをお風呂で洗い流すように
その日一日の頭や心の中に溜まったいろいろなゴミを『手放し』
内側をお掃除するようにきれいさっぱりスッキリして
心と身体が軽くなった状態で寝ると
あまり夢を見なくなり熟睡できるようになりました。

 

すると朝スッキリと目が覚めるのです。

 

そして
朝起きてすぐに瞑想 meditation をすると
前夜の瞑想 meditation と熟睡によって
内側にゴミはあまり溜まっていないので
お掃除する必要はあまりないのですが
目が覚めてすぐは『無・無音』の状態なので
それをそのまま瞑想 meditation で
「感覚」でとらえたままにすると
その究極のリラックスの心穏やかな状態が長くキープでき
体調が長くよい状態が続くので
内側にあまりゴミがなくても
朝の瞑想 meditation は毎日続けました。

 

 

 

 

前回もお話ししましたが
幽体離脱ではなくσ(^_^;)

 

この肉体の内側に『魂(源泉)』が在る状態で
『魂(源泉)』の微細な波動である『無・無音』の状態を
再び「感覚」で『思い出した』まんまで生きるということは

 

究極のリラックスなのですが
頭の中と心の中がゴミ(雑音 noise)が空っぽで無の状態だと
不思議と頭がというか意識が360度全体に冴え渡り爽快な感じで
何をしても効率よくはかどるのです。
結果的に
失敗や間違いが少なくなり苦しみが少なくなり
疲れにくくなりました。

 


リラックスの真逆の
集中による緊張の中では
視野が狭くなるので
全体の一部分しか見えないまま行うので
失敗や間違いが多くなると思いましたし、
集中による緊張状態はエネルギー消耗が多く
疲れやすくなることもわかりました。

 

 

リラックスの状態で意識が360度に冴え渡る状態であると、

 

集中による緊張の中で視野が狭くなっていて
一部分だけを見て
一部分だけに働きかけるのではなく、

 

全体を見てから
全体の中のその一部分に働きかける
そして
全体の中のその一部分に働きかけることで
全体のバランスをも崩さないように
つねに全体を見ながら一部分にも全体にも配慮できる、

 

そのように行うことで
失敗や間違いが起こりにくくなり
全体のバランスが崩れることなく

 

崩れたバランスを
全体がバランスのある状態へと戻すことができます。

 

どのようなことにも
リラックスの『無・無音』の意識が360度に冴え渡る状態で
そのように行うと
失敗や間違いや苦しみが少なくなり
疲れにくくなります。

 

 

緊張とリラックスの違いを
瞑想 meditation の体験をとおしてわかってからは

毎日の日常の中で起こるさまざまなことに
痛みや苦しみを少なくするために
瞑想 meditation を使って
リラックスの『無・無音』の状態であるように意識し
心と肉体の健康管理のために続けました。

 

 

 

 

さらに瞑想 meditation になれてくると
日常生活の中の
ほんの数分間でも、10分間でも、
自分の内側を『観る(観照)』そして『手放す』ことで
頭と心の中が空っぽの状態になれ
スッキリし穏やかになり
ストレスが少なくなります。

 

 

 

 

そしてもっと瞑想 meditation になれてくると
瞑想 meditation という時間帯をあえて作らなくても
いつでもどこでも誰といても
自分の内側も外側も『観る(観照)』という
『観照者』であるという瞑想状態になります。

 

無意識で生きず
意識して生きる
それが自然な状態になります。

 

自分の内側や外側で起こるさまざまなことに
「同一化」せず
「執着」せず
『無・無音』の意識の状態のまま
ただただ『観照者』である状態になります。

 

それは
自分の中心(魂(源泉)=観照者)から自分がぶれないまま
それは内側のマインド(思考)の動きが少ないまま
中心に定まった状態であることができるようになります。

 

その状態は
肉体も頭や心も
『魂(源泉)』と同じような『無・無音』の微細な波動の
穏やかな静かなリラックスの意識が冴え渡る状態です。

 

 

 

 

蝉の鳴き声や蓮を見て『無・無音』の体験が起こってから
ただその「感覚」が好きで健康にもよかったので
いつのまにかそのような瞑想状態で生きることが自然になっていたある日、
光明 enlightenment という言葉を知らないまま
突然光明 enlightenment が起こりました。

 


その光明 enlightenment 体験は

 

『聞く』
『見る』

 

ではなく

 

『感じる』

 

という「感覚」から
内側の中心である『無・無音』の
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出し』

 

その究極のリラックスと至福によって
全てへの『感謝』が起こり
続いて
『明け渡し surrender』が起こり
結果
光明 enlightenment が突然起こりました。

 

 

さて、なにを『感じた』のか?

 

 

それは、太陽の光の暖かさでした。

 

 

その日は1月中旬でまだ寒く
お貧乏さんですからσ(^_^;)
お部屋にある暖房器具は使わずに
天気がよい日だったので
昼間は自然界の太陽光で
暖をとっていました。

 

ポカポカと暖かい太陽の陽射しを
背中全体で『感じて』
凍える寒さから逃れることができ
それはそれはもう
ポカポカの日向ぼっこができることに
ありがたいな〜( ´ ▽ ` )
と感謝をしました。

 

瞑想 meditation はしていませんでしたが
食後にのんびりとリラックスをしていました。

 

すると
あたたかいポカポカの中で
太陽の光の暖かさと『1つ』になった「感覚」になり
まるで自分が太陽の光のポカポカの空気になったようでした。

 

蝉の鳴き声を聞いたときや
蓮を見たときのような
自分と周り全体が『1つ』なったような
内側の中心の『無・無音』を感じる
瞑想状態のような空っぽになり
至福とリラックス100%の状態でゆっくりしていました。


今、生かされていることに感謝が沸き起こり

 

これまでいろいろなことがあったけど
全ては学びだったことが深くわかり

 

全てを許せたから

 

今度は全てに恩返しをしようと思え
(自己犠牲や義務からではなく、純粋に感謝)

 

自分の命も肉体も全てを
存在(神?)に明け渡します…

と自然と明け渡し surrender をしていました。

 

 

すると、いきなり突然、
真昼間の部屋の中で、

 

宇宙全体が見えて

 

その宇宙の大洪水が
内側にどどーと流れ込んで来たのでした。

 

圧倒的な力の宇宙の大洪水が流れ込んで来たことにより
内側がいっぱいになり
満タンで息ができなくて
風船みたいに破裂する!
と、とっさに思ったのでした。

 

そしてとっさに
肉体というマインド(思考)を
ポイっと捨てました。

 

すると
風船が破裂寸前で消え去ったかのように

 

自分の内側と
自分の外側の『空間』が
なんの境界線の壁もなく
『1つ』になったのでした。

 

宇宙全ての広々とした広大な「感覚」でした。

 

 

 

 

これが

「私(自分・エゴ(自我・欲))」と「他(自分以外の全て)」

という「分離(境界線・壁)」のマインド(思考)を『手放し』

「私(自分)」というエゴ(自我・欲)を『手放した』

瞬間でした。

 

 

 

 

これは光明 enlightenment の後にわかったのですが
導師 master osho がいつもお話しするような

 

宇宙の大海の中に落ちた一滴の雫
または
一滴の雫が宇宙の大海に落ちて大海と『1つ』になった

 

それだと思います。

 

 

 


多くの導師 master たちが伝え続けているように
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
の全てを
本当に全てを一切合切捨てなくては
光明 enlightenment は起こらないんだな〜と思いました。

 

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瞑想 meditation で
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を『手放し』
空っぽの『無・無音』となり

 

愛によって
明け渡し surrender が起こることで

 

光明 enlightenment は起こる。

 


導師 master たちが伝え続けるそれは本当にそうでした。

 


瞑想 meditation をして
内側のあらゆることを『手放し』続け
空っぽの『無・無音』に近づくことを意識してしなければ
全てを許すことなんてできなかったから
許すという慈悲の愛である状態になんてなれなかった…

 

愛による自然な明け渡し surrender なんて無理だった…

 


瞑想と愛はどちらも大切なんだな〜

 


と導師 master たちの伝え続けていることが
苦しみの輪サンサーラから永遠の離脱ができた後
身にしみてわかった光明 enlightenment 体験となりました。

 

 

 

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意識の成長の旅で
愛の梯子を1番低い段から高みへと昇ることは
自分の内側にある
あらゆる苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を『手放し』

 

それにより同時に

 

内側の二元性を超越(統合)していき
『本来の自然な中庸の状態』を
再び「感覚」で『思い出し』
(第6チャクラまでのこと)

 

許しが起こり慈悲の愛を
再び「感覚」で『思い出し』
(第7チャクラのこと)

 

自然と明け渡し surrender が
愛によって起こると
頭頂の第7チャクラが千枚の蓮の花が咲いたように咲き
(光明 enlightenment が起こること)

 

第8チャクラから第7チャクラへと
光のエネルギーが流れ込み
そのまま1番低いチャクラまで流れていき
中心の主要なチャクラから全身のチャクラへと
光のエネルギーが流れ渡り
サトルボディ(光の身体)全体に光のエネルギーがいき渡り

 

◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
という苦しみの闇のエネルギーの膜がない光のサトルボディの状態で
(光明 enlightenment の状態で)

 

『魂(源泉)』の本来の微細な光の波動の状態のまんまで
魂の個性と才能をいかし
魂の計画を生きるという
真の至福を生きることがはじまります。

 

光明 enlightenment の状態(真理)のままを生き、
その自身を分かち合うことは
自分だけの至福になるのではなく
周り全体への奉仕にも必ずなります。

  

苦しみの輪サンサーラからの永遠の離脱です。

 

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光明 enlightenment
前々回と前回のブログでお話ししたような
蝉の鳴き声の瞑想 meditation 体験のような
蓮の花を見たときの体験のような

 

自分の周り全体との一体感がある
1時的に起こる『無・無音』の体験ではなく、

 

宇宙全ての存在との一体感という
宇宙意識と『1つ』の「感覚」であり

 

その宇宙意識と『1つ』の「感覚」や
その『無・無音』の沈黙の愛と至福の「感覚」は
1時的ではなく
2度と消えてなくなることがないのです。

 

光明 enlightenment が起こった後の状態は
それが人間の本来の状態だから
1度はっきりと「感覚」で『思い出し』たら
2度と『忘れる』ことはないのです。

 

苦しみの輪サンサーラ

2度と戻ることにはならないのです。 

 

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生まれた後から光明 enlightenment が起こる前に
生まれる前からの光明 enlightenment が起こった状態を
なかなか『思い出す』ことができなくて『忘れて』しまうのは

苦しみの輪サンサーラをぐるぐるして苦しみ続けるのは


生まれた後に
いろいろなことがあって
自分が生み出した
苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
に気をとられて
それらを
どうしても
『手放す』ことができないからです。

 

 

人間はその「本来の状態ではない自分」が苦しいのです。

 

 

生まれる前の宇宙意識のまんまではなく
生まれた後に自分が作り上げた「私(自分)」というエゴ(自我・欲)のまんまを生きることを選択し続けていることで苦しみ続けています。

苦しみの輪サンサーラをぐるぐるします。

 

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苦しみの輪サンサーラからの永遠の離脱が起こると

それは光明 enlightenment が起こると

生まれる前から
内側にある『魂(源泉)』とつながり『1つ』である宇宙、
その宇宙意識のまんまを生きる
それは
真理のまんまを生きる
ということであり
そこからさらなる高みへと昇る意識の成長の旅がはじまります。

 

 

 


光明 enlightenment が起こるまでのことは
1人1人違う旅となります。 


わたしの場合は
瞑想 meditation をはじめて半年ほどして

蝉の鳴き声が自分の外側にあった
瞑想 meditation のときに
『聞く』

そして

自分の外側にある蓮をぼーと休憩しながら見ていたときに
『見る』

という「感覚」から
内側の中心である『無・無音』の
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こったことをご紹介しました。


しかし


瞑想 meditation をはじめる
さらに7年前から
臨床心理士さんとの心理カウンセリングをとおして
自分の内側を『観る』『手放す』
自分の内側にある二元性の1つである
『光と闇』の統合を体験していました。

 

もしかすると
その体験があったので
1人であっても
瞑想 meditation で
自分の内側を『観る(観照)』ことが
無理なく自然とできたのかな…とも思っています。


そして


瞑想 meditation をはじめて半年後くらいに
蝉の鳴き声や蓮の花を
『聞く』『見る』
という「感覚」から
内側の中心である『無・無音』の
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こり

その『無・無音』の「感覚」がとても心地よくリラックスできるので
わたしは瞑想 meditation がさらに大好きになり
毎日朝晩続けました。

 

 


痛いとか苦しいとか
大っ嫌いですσ(^_^;)
ですから
体調を崩して病気になり痛い苦しいから逃れたくて…
瞑想 meditation は健康になれる!
と体験からわかったので毎日していましたが
光明 enlightenment が突然起こってしまいましたσ(^_^;)


そう、何度も書いているように、
あまりにも無知で…
光明 enlightenment っていう言葉すら知らなかったまま
ひたすら瞑想 meditation を健康改善のためにしていましたσ(^_^;)

 

それでも
光明 enlightenment が起こった瞬間に

 

これはそれだ!
それが起こったんだ!

 

と『魂(源泉)』から喜びが湧いたので
『魂(源泉)』ではわかってやっていたんだな〜と
後からよくわかりました…

 


とにかく
いつのまにか
いつでもどこでも誰といても
瞑想状態で生きていました。

 

それがなんだか
光明 enlightenment が起こったことにも
繋がったようです。

 


瞑想状態で生きることは
苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を生み出し持ち歩く『習慣』を
少しづつやめていくことができるようになれました。

 


『無・無音』の瞑想状態の時間を増やしていくことができました。

 


街中での蝉の鳴き声の瞑想 meditation 体験

観光客の多い神社で蓮を見る休憩の体験

周りの環境や状況がどうであれ
自分の内側の中心の『魂(源泉)』の『無・無音』を
「感覚」で『思い出す』ことはできるんだ
という実体験があったからこそ

 

いつでもどこでも誰といても
瞑想状態であることが
楽しくできるようになったのだと
今ならわかります。

 


そして光明 enlightenment も同じく
街中のまるで聖地ではないような部屋の中で
日向ぼっこをしてリラックスをしているときに
突然起こったので
時間帯とか場所とか関係なく
起こるときには起こるんだ!
と思いました。

 


oshoも
日向ぼっこでも起こる…
と『知恵の書』の講話でお話ししていますから
いつなんどき
光明 enlightenment が起こるのかは
誰にも予想できないものだと思います。

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光明 enlightenment までの

意識の成長の旅のおおまかな道は愛の梯子ですが

意識の成長の旅で起こる体験は

1人1人違います。

 

ですからわたしの実体験はみなさんの参考にはならないと思いますが

苦しみの輪サンサーラからの永遠の離脱

光明 enlightenment は実際にあり

夢物語ではない…ということをお伝えしています。

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光明 enlightenment ということを全く知らなくても

わたしに光明 enlightenment が起こったのは

 

瞑想 meditation

明け渡し surrender (愛)

 

によってでしたので

他の方法もあるのかもしれませんが

わたしにはそれしかわかりませんので

このブログでは

瞑想 meditation と 明け渡し surrender を

ご紹介しています。

 

 

 

 

瞑想 meditation

明け渡し surrender 

を2500年ほど前から伝え続けている
おしゃかさまのお誕生日は今日4月8日だそうで
花まつりがあるようです٩( ᐛ )و
甘茶を飲んだりするそうですよ( ´ ▽ ` )

 

 

そのおしゃかさまが

みんなを苦しみから救い出すために

最後に残した言葉は

sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する

 


『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

 

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(osho タロット)

 

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瞑想と愛 meditation & love

 

 

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導師 master や導師 master の指先を見るのではなく

自分の内側にある『魂(源泉)』(満月)を見るのだよ

自分の真の導師 master は自分の内側にある『魂(源泉)』だよ

と外側の光明 enlightenment を得た導師 master たちは伝え続けています。

大切なことは

自分の内側にある『魂(源泉)』を再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

  

苦しみの輪サンサーラから永遠の離脱をしよう!

と腹をくくったみなさんへ…

 

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◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声に従って生きると

必ず間違いや失敗が起こる。

苦しむ。

 

『魂(源泉)』真理

の声に従って生きると

間違いや失敗は起こらない。

苦しみはなくなる。

 

自分の内側にある声が

 

◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声なら

不思議と不安や恐怖心がある。

 

『魂(源泉)』真理

の声なら

不思議と安心や愛に満たされ喜びがある。

 

この内側の声がどちらか…ということを見極めることが

苦しまない人生になる。

 

まず大切なことは

 

自分の内側にある。『魂(源泉)』真理を

再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

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これが全ての光明 enlightenment を得た導師 master たちから

全てのみなさんへの慈悲の愛のメッセージ。

 

みなさんの真の至福のために…

 
『思い出す』

 
sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する

 

 

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瞑想 meditation

 

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男性性と女性性の統合(超越)

 

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

 

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Showering without Clouds
雲なく雨は降りそそぐ

The last morning star
夜明けの星

サハジョとダヤの女性の覚者の詩

 

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The Ultimate Alchemy, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

瞑想はたくさんの種類があります。
ご自身にあった瞑想がみつかるといいですね。

 

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Vigyan Bhairav Tantra, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、

 

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花仙人

 

内側の中心は無音②

内側の中心は無音②

 

 

前回は『聞く』ことをとおして
瞑想時に内側の中心は『無・無音』
という体験が予期せず突然起こったことを
oshoの講話と一緒にご紹介しました。

 

蝉の鳴き声のおかげで
中心(魂(源泉))の『無・無音』を
再び「感覚」でとらえる=『思い出す』
ことができ蝉たちに感謝ありがとう(^-^)/
というお話しでした。


今回は『見る』ことをとおして
ゆっくり一休みしているリラックスのときに
内側の中心(魂(源泉))は『無・無音』
という体験が予期せず突然起こったことを
ご紹介します。

 

 

 

鎌倉に鶴岡八幡宮の神社があります。


植物が大好きなのと
植物療法を学んでいたのもあって
大きな樹齢約1000年の銀杏の木が大好きで
何度か訪れたことがあります。


2010年3月10日
その前夜からの雪混じりの強い風により
近所に住む人たちのお話しによると
高さ約30メートル、幹の太さが7メートルの
銀杏の木は大きな音をたてて倒れたそうです。


多くの生き物の生を破壊した
広島の原爆の後
1番はやくその場に芽を出した植物は
銀杏の木でした。
その銀杏の木は
今でも力強く生きているそうです。


人間が地球に誕生するはるか古来から
地球のあらゆる過酷な環境をも乗り越えて
絶滅せず生き延びてきた
生命力の強い遺伝子を持つ銀杏なだけあって、

 

鶴岡八幡宮の倒れた銀杏の木は
倒れた年と同じ4月には
倒れた場所のヒコバエから小さな若芽が出て
それから今まで元気に成長しています。

 

鶴岡八幡宮の銀杏のお話しはこちら…

https://www.hachimangu.or.jp/about/lineage/index.html

 

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鶴岡八幡宮のホームページからお借りした地図です)

 

 


さて、
まだその銀杏の木が倒れる前…

 

今から10年ほど前の
あの蝉の鳴き声の瞑想体験と同じ夏の
雲ひとつない青空が広がる下で
鶴岡八幡宮にある
広い池に生きるたくさんの蓮を
椅子にちょこんと腰をかけて一休みしながら
ぼーと見ていました。

 

すると見はじめたときより、
ものすごくリアルに
色も形もクッキリとした蓮が見えてきました。

蓮とわたしの間にはわりと距離があるのですが
蓮がとても近くにある感じがしました。

 

 

すると、
蓮と1つになった「感覚」になりました。

 

 

これは以前、
蝉の鳴き声と1つになった
あの「感覚」と同じだ!

 

 

とわかったので
その不思議な周り全体と1つになる「感覚」に

 

なんだこれ!?

 

ともうびっくりに思うことなく
ただただ
蓮と1つになった「感覚」を
そして
周り全体と1つになった「感覚」を
心地よく楽しみました。

 


また蝉の鳴き声の瞑想体験のときと同じように
周りに観光客がたくさんいても
周りのさまざまな音が全く消えてなくなり
自分の内側の中心の『無・無音』の状態になりました。

 

 

蓮が自分なのか
自分が蓮なのか
わからなくなっていましたが
その一体感が
内側の『無・無音』が
なんともなんとも心地よいのでした。

 

それは以前の
蝉の鳴き声が自分なのか
自分が蝉の鳴き声なのか
わからなくなった一体感の状態が
なんとも心地よかったのと同じでした。

 

 

『無・無音』の状態になると
なにもかもがとってもキラキラして見えるのですが
そのとてつもなくキラキラした
蓮の池の風景を
なんにも考えず
なんにも思わず
ただただぼーと『見て』ゆっくりしていました。

 

 

それはぼーと無意識になっているのではなく
緊張ではなく
リラックスしているのに
頭が冴え渡るようで
意識が360度へ
ハッキリ、クッキリ、シャッキリ、
している感じです。

それは蝉の鳴き声の瞑想体験のときも同じでした。

 

 

ひんやりとした風が肌にあたり
そろそろ帰ろかな
と思い時計を見たら

 

5分だけしか座っていない
と思っていたのに
1時間も時間が経っていましたσ(^_^;)

 


蝉の鳴き声の瞑想 meditation のときと同じでした。
あのときも
45分間の瞑想 meditation が
5分ほどに感じていましたからσ(^_^;)

 

 

 

 

周り全体と一体感を感じながら
内側がなんにもない空っぽの状態である
『無・無音』の状態になる

 

それは
『時間』(マインド(思考)の動き)
『空間』(肉体の内側と外側の境界線)
を超越すると

 

それは
無意識がなくなり
意識だけの状態になると

 

『時間』は消え去り永遠になるって
こういう「感覚」なのか(・_・;…?

 


oshoや他の導師たちも
そういうことを
伝えていますから
きっとそうなのだな〜と
実体験からも思います。

 

 

 

 

『魂(源泉)』=意識100%
それは
『魂(源泉)』=無意識0%

 

 

 

 

ぼーとしていて
頭と肉体が消えてなくなり
頭も肉体も
究極のリラックスの「感覚」なのですが

意識が360度全てに冴え渡っていて
ハッキリ、クッキリ、シャッキリ、
としている感じです。

 

集中や
緊張は
全くない状態です。

 


『魂(源泉)』は
意識100%で
愛100%の状態ですから

 

集中による緊張感は
愛ではない
愛という究極のリラックスとは真逆状態です。

 

 

究極のリラックスの状態=意識100%

 

 

頭と肉体が消え去った「感覚」は
『魂(源泉)』=究極のリラックスの状態であり
その真逆である
集中や緊張や不安や恐怖などが全くなくなるため
ノーストレスになります。

 

それは
痛みや違和感は全くない状態です。

 

 

 

『魂(源泉)』を「感覚」で感じとる
ことがいつもできると
緊張がほぐれ
究極のリラックスを感じることが
いつでもできるようになります。

 

 


瞑想 meditation は
その『魂(源泉)』を「感覚」で感じとることを
再び「感覚」で『思い出す』ことを
サポートする1つのツールです。


この究極のリラックスの状態を
「感覚」で感じとることができると
緊張や痛みや不安や恐怖心が消えて
癒しが起こるので
瞑想 meditation は
お薬 medicine という言葉が語源となっているように
癒しの1つのツールともいえます。


この究極のリラックスの状態は
熟睡しているときと
同じ状態でもありますから
熟睡できることも
癒しの1つのツールといえます。


だから疲れたり病気になると
眠たくなるのですよね(-_^)

 

 


瞑想 meditation による
『無・無音』の
『魂(源泉)』の波動を「感覚」で感じることは

 

熟睡ではなく(無意識の状態)、
「目が覚めた状態」のまま(意識の状態)

 

熟睡時と同じ
究極のリラックスの状態が起こる

 

ということです。

 

 

 

さて、

この瞑想 meditation による

肉体が消えた「感覚」になる…

といってもそれは

肉体から魂が出た幽体離脱ではありません。

 

瞑想中にたまに
幽体離脱する人もいることはいますがσ(^_^;)

 

それは
肉体の内側に『魂(源泉)』が在る状態で
『無・無音』の状態の
意識100%になり
肉体が消えた「感覚」になる…

こととはまた違う体験です。

 

ここはお間違えのないように
体験なさってくださいねσ(^_^;)

 

幽体離脱
『無・無音』の意識100%になる状態
ではありません。

単に肉体から『魂(源泉)』が飛び出て
肉体の内側に『魂(源泉)』が「無い」
「死」と同じ状態ですσ(^_^;)


わたしは何度も幼いころから
幽体離脱を体験していますし
30歳のころに3度臨死体験もしていますから
その違いは明白にわかります。

 

 

 

幽体離脱
肉体の内側に『魂(源泉)』が「無い」状態

「肉体」と「心」にかなりダメージがありますし
アンバランスな状態により疲れがどっとくるのと
不安や恐怖心がいつもついてまわり緊張になります。


しかし


◯ 『無・無音』の状態は
肉体の内側に『魂(源泉)』が「在る」状態

肉体が消えてなくなったような「感覚」になり
意識(魂(源泉))だけの状態になるのは
「肉体」も「心」もバランスよく健康になり
安心と至福感で満たされ究極のリラックスになります。

 

 

 

まだ肉体が生きているのに
『魂(源泉)』が肉体から出ることは
ある意味「死」の状態と同じですから
肉体を生かし動かすエネルギー体である
『魂(源泉)』が肉体から離れ出ることは
数秒であっても
肉体がうまく機能できない状態となるので
肉体に負担がかかるのは当たり前のことです。


(このブログ内の意識の成長の旅シリーズの中で
『魂(源泉)』とチャクラとサトルボディの関係を簡単にですがご紹介していますので
今回はその説明ははしょります…)

 


また、

 


肉体の中心に『魂(源泉)』はない
というマインド(思考)を持っていると

 

それは

肉体だけで肉体は生きているという
マインド(思考)を持っていると

 

『魂(源泉)』のエネルギーを
本来の自然な状態でいかせず
溢れ出るエネルギーを少し閉じ込めるような状態となり

 

結果的に


体調があまりよくない状態となってしまいます。

 

 

 

人間は
「肉体」と「心」と『魂(源泉)』の
3つが1つとなって生きていますから
この3つともを
『敬い』『愛し』大切にすることで
自身の健康を保てることができます。

 

 

 

人間は
「肉体」と「心」と『魂(源泉)』の
3つが1つとなって生きていますから

どれか1つが欠けると
アンバランスな状態となり
本来の状態ではなくなるため
人間が生きるためにはうまく機能できない状態になってしまいます。

 

 

ですから
幽体離脱臨死体験後は
人間にはダメージが大きいですσ(^_^;)

 


それが起こってしまった後のケアーの仕方は

◯ 正しい呼吸法

◯ 瞑想 meditation
あとは
◯ 肉体を自由に動かす

これが1番はやく
本来の状態に戻りましたσ(^_^;)

 


oshoのアクティブ瞑想や
野口整体の呼吸法や活元運動などが
わたしにはピッタリでした。

他にもいろいろあると思いますから
ご自身にピッタリなやり方で
お試しください。

 

 

 

なるべく
「肉体」と「心」と『魂(源泉)』
の3つが
バランスの状態であることが
体調も人生も
全てがうまくいく結果につながります。

 

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『魂(源泉)』が真ん中の中心にあり
その周りに「心」
さらにその周りに「肉体」があります。

 

 

 

ですから、

幽体離脱
『魂(源泉)』が人間の中から離れ出ること
なので
それは人間が生きるためには
ダメージが大きいということになります。

 

『魂(源泉)』が内側にない
と思い込むマインド(思考)も
人間が健康に生きるためには
ダメージがある…ということになります。

 

 

 

「肉体」と「心」と『魂(源泉)』
の3つで
1人の人間です。

 

 

 

今日はたまたま鶴岡八幡宮
座って一休みしているときに
突然起こった『見る』ことによる
『無・無音』の
『魂(源泉)』の意識100%の
『本来の自然な中庸の状態』
を再び「感覚」で『思い出した』
瞑想状態になった体験のお話しを
ご紹介しましたが、

 

神道はこの

 

「肉体」と「心」と『魂(源泉)』
の3つが1つで人間である

ということを伝えています。

 

 

 

 

 

自分の内側が
『無・無音』の
『魂(源泉・意識)』だけの意識100%の状態を
再び「感覚」で『思い出す』と
意識が360度全てに
クッキリとハッキリとシャキッと
冴え渡る感じになります。

 


緊張ではなく
究極のリラックスの状態で

 

「過去」も「未来」も『時間』という
マインド(思考)の無い永遠である

 

「今ここ(現在)」を

トータルに生きることができる状態になります。

 


すると

 


無意識ではなく
意識100%の状態であると

 


ストレスがなく
失敗や間違いが少なくなり
苦しみがどんどん少なくなっていきます。

 


いつも
「肉体」も「心」も『魂(源泉)』も
リラックスの中で
愛と至福に満たされ
沈黙の落ち着いた状態で
生きることができるようになります。

 

 

その状態が
人間の『本来の自然な中庸の状態』です。

 

 

生まれた後に
いろいろなことがあって
一時的に
その『本来の自然な中庸の状態』を『忘れて』いるだけです。

 

 

苦しいのは
『本来の自然な中庸の状態』を『忘れて』いることですから

 

自分を苦しめている
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(欲・自我)

を内側から全て『手放し』

 

内側を空っぽの0(ゼロ)の状態にすると

 

再び『本来の自然な中庸の状態』を
「感覚」で『思い出す』ことができます。

 

 

 

瞑想 meditation は
その『本来の自然な中庸の状態』である
内側にある一時的に『忘れて』いる
『魂(源泉)』=意識、愛、真理
を再び「感覚」で『思い出す』ことを
サポートする1つの癒しのツールです。

 

わたしの実体験では
それが現実に起こりましたから
そして
苦しみから自分自身を救い出す方法は
50年近く生きてきた自身の実体験からは
そのやり方しかわかりませんからσ(^_^;)
瞑想 meditation をご紹介しています。

 

 

他のやり方がご自身にぴったりならば

直感にしたがってそちらをお試しくださいねd(^_^o)

 

 

お貧乏さんですからσ(^_^;)
0(ゼロ)円で
0(ゼロ)の空っぽの『無・無音』の状態を
再び「感覚」で『思い出す』ことができ

 

しかも

 

街中でも聖地でも
いつでもどこでも
関係なく

 

性別や年齢も
関係なく

 

できてしまう
完全なる癒しのツールである
瞑想 meditation は
わたしにはピッタリな
ありがたい救世主のようなツールでした(-_^)

 

 

蝉の鳴き声のときの瞑想 meditation では
『聞く』
という「感覚」から
『無・無音』の
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こりました。

 


蓮をぼーと休憩しながら見ることでは
『見る』
という「感覚」から
『無・無音』の
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こりました。

 


この7年後に
宇宙意識と1つであることを
再び「感覚」で『思い出す』
光明 enlightenment が起こりました。

 

その体験では

 

『聞く』
『見る』
ではなく
『感じる』

 

という
瞑想 meditation をしていない
またぼーとリラックスをして
日向ぼっこの太陽の光の暖かさを肉体で
『感じる』ことにより
『無・無音』になり
『魂(源泉)』の意識と宇宙の意識が1つであった
ことを『思い出す』体験が起こりました。

 


『聞く』
『見る』
『感じる』

 


「感覚」によって
『魂(源泉)』=意識100%の状態を
『思い出す』ことも
実際にはあります。

 


それは
いつ突然やってくるのか…
予期できないものです。


でも、


なんにもしないまま
それが起こることは
やはりないのでは…

 

と体験からはわかります。


それが起こるには
瞑想状態を
「感覚」で
『コツ』でとらえる
ことが大切ですから

 

鈍らないためにも
瞑想 meditation は
毎日する方がいいのかも?しれません。

 


なんでも
練習を1日でも怠ると
その「感覚」が鈍ってしまい
以前の「感覚」を取り戻すためには
3日かかる…
といわれます。

 


瞑想 meditation もそれと同じだと思います。

 

 

でも、

そのような体験をしたい!

という欲(エゴ(自我))を『手放す』ことは大切です。

欲(エゴ(自我))がその体験を遠ざける原因です。

 

 

ただただ瞑想 meditation するのです。

 


自分の内側にある
苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(欲・自我)

『気づく』
『観る(観照)』
『手放す』

それと

「感覚」でとらえる

 


いろいろな瞑想 meditation 方法がありますから
ご自身にあったやり方がみつかるといいですね(-_^)

 

 

瞑想 meditation は

愛の梯子を昇る

意識の成長の旅をサポートする1つのツールです。

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導師 master や導師 master の指先を見るのではなく

自分の内側にある『魂(源泉)』(満月)を見るのだよ

自分の真の導師 master は自分の内側にある『魂(源泉)』だよ

と外側の光明 enlightenment を得た導師 master たちは伝え続けています。

大切なことは

自分の内側にある『魂(源泉)』を再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

 

 

苦しみの輪サンサーラから永遠の離脱をしよう!

と腹をくくったみなさんへ…

 

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◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声に従って生きると

必ず間違いや失敗が起こる。

苦しむ。

 

『魂(源泉)』真理

の声に従って生きると

間違いや失敗は起こらない。

苦しみはなくなる。

 

自分の内側にある声が

 

◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声なら

不思議と不安や恐怖心がある。

 

『魂(源泉)』真理

の声なら

不思議と安心や愛に満たされ喜びがある。

 

この内側の声がどちらか…ということを見極めることが

苦しまない人生になる。

 

まず大切なことは

 

自分の内側にある。『魂(源泉)』真理を

再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

これが全ての光明 enlightenment を得た導師 master たちから

全てのみなさんへの慈悲の愛のメッセージ。

 

みなさんの真の至福のために…

 


『思い出す』

 


sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する


『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

 

瞑想と愛 meditation & love

 


花仙人

 

 

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男性性と女性性の統合(超越)

 

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

 

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Showering without Clouds
雲なく雨は降りそそぐ

The last morning star
夜明けの星

サハジョとダヤの女性の覚者の詩

 

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The Ultimate Alchemy, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

瞑想はたくさんの種類があります。
ご自身にあった瞑想がみつかるといいですね。

 

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f:id:hanasennin9:20170403100617j:image
Vigyan Bhairav Tantra, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、



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花仙人

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内側の中心は無音①

内側の中心は無音①

 

 

『内側の中心は無音だったんだ〜』
という
大人になって
再び「感覚」で『魂(源泉)』を『思い出した』
ある夏の体験と
最近見つけたoshoの講話の中で
『音の中心にある沈黙を見つける』
というお話しをご紹介します。

 

 

 

中心は無音…

 

 

 

ある夏の昼間に瞑想 meditation をしていました。
まだ瞑想 meditation をはじめて半年ほどのことでした。

 

24時間車の往来が多い騒音のある
街中で暮らしていますが、
その日は近くの木にとまっている
蝉たちの大合唱があり
蝉の鳴き声以外なにも聞こえないほどでした。

 

蝉の鳴き声の音の振動で
全身の皮膚の表面がじんじんしていました。


あまりにもの蝉たちの鳴き声が耳の鼓膜を振動し続ける違和感に
うるさいな〜と最初は思ったのですが、
子供のころに読んだ図鑑の中に
蝉は地上に出てきてからは
ほんの一週間ほどしか生きることはできないと
書いてあったことを思い出しました。
それを思ったら胸がいっぱいになり
うるさいなんてもう思えなくなり

 

生きている間に自由に好きなだけ鳴いたらいい…

 

と、ふっと
蝉の鳴き声をただただそのまんま受け入れよう…

 

と、あたたかい気持ちになった瞬間に、
全身が蝉の鳴き声になったように感じました。

 

ミ〜ンミ〜ンという蝉の鳴き声と1つになったような
不思議な「感覚」でした。

 

さっきはうるさいと思ったのに
受け入れた後はそのミ〜ンミ〜ンの音の振動が心地よくジ〜ンと感じたのです。

 

マインド(思考)は自分にとって都合のいいように
外側の音をとらえるもんだな…と思い
自分勝手な自分に
蝉たちに申し訳なく思いました。

 

 


その全身が蝉の鳴き声になったかのように感じてまもなくすると

 

今度は
まるで自分が空気になり
周り全体と溶け合い

 

蝉の鳴き声と1つになっただけでなく

その場の周り全てと1つの空間になった「感覚」がしました。

 

それはまるで
肉体がなくなったかのような
不思議な「感覚」でした。

 

 

 

しかしその不思議な「感覚」は
子供のころに感じていた「感覚」と
同じであることをその瞬間に『思い出し』ました。

 

 

 

毎日家の周りの田畑や森の中や川の自然の中で
草木や動物や虫や爬虫類などと一緒に
遊んでいるときに
周りの自然全体と自分の間に
空気の壁のような境界線がまるでない
肉体を感じないような
周りの自然全体と1つである「感覚」と同じでした。

 

 

 

知っている懐かしい「感覚」だ〜!

 

 

 

自然と一体の『無』の「感覚」はなんて至福の境地なんだ!

 

 

 

あ〜〜〜なんでこんな素晴らしい「感覚」を『忘れて』いたんだろうか!

 

 

 

というすごい感動と
子供のころには当たり前のように感じていた
その素晴らしい自然との一体感の『無』の「感覚」を
『忘れて』いた残念な自分にがっかりする思いが
同時にありました。

 

でも、すぐに
その素晴らしい「感覚」を
再び「感覚」で『思い出し』たことは宝物だな٩( ᐛ )و
と思いました。

 

この懐かしい自然との一体感の「感覚」のまんま
自然の中で子供のころのように
遊びまくろう٩( ᐛ )و
とすぐ思いワクワクしました。

 

 

 

全身が蝉の鳴き声になったような
肉体がなくなり空気になったような
その周りとの一体感の「感覚」を
懐かしむように感じていると…

 

今度は
突然、
蝉の鳴き声や外側の音全てが
消えてなくなったのでした。

 

 

 

音がまったくない無音…

 

 

 

外側の音も
内側の音も
消えてなくなっていました。
内側と外側が無音で1つになって全体になっていました。

 

 

 

完全なる無音の世界…

 

 

 

音がなくなった!!
なんだこれ!?
と思いましたが、

 

無音の状態があまりにも
究極に心地よくて
優しく温かいようなリラックスの「感覚」だったので
抵抗せず安心したままゆったりとしていました。

 

 

外側にはたくさんいろいろな音があるけど、
内側は無音なんだな〜と
なぜかその体験の最中に思ったのでした。


内側は無音なんだな〜
無音は究極のリラックスだな〜と思いました。


その究極のリラックスの無音の中では
『肉体』が消え去り空気なったような
『時間』がないような止まったような感じで
その時の45分間の瞑想 meditation は
一瞬で終わったように感じました。

 

 

 

え?もう45分経ったの?
なんだこれ!?

 

 

 

なんだこれ!?
ばかりの不思議な瞑想 meditation 体験となりました。

 

 

 

『音』と『時間』と『肉体』のない無の空間。

 

 

 

大人になってはじめての不思議な『無』の体験でしたが、
その『無』の「感覚」は
子供のころに当たり前にあった自然な「感覚」だったことを
再び『思い出し』たことは宝物だな〜と思いました。

 

 

 

すぐにその自然との一体感の「感覚」のまんま
外に飛び出して木に登ったり蝉を見に行ったりして遊ぼう!
と思っていましたが、

 

あまりにもの
究極のリラックスと
究極の静かな状態となっていたため
動くことすら忘れてしまい
ただゆっくりと足を崩し
その場でのんびりしました。

 

ただただ何も考えられず
ボーと心地よさに浸っていました。

 

 


まるで天国にいるような至福の感じでした。

 

 


そしてその究極のリラックスの「感覚」は
それ以来もう10年以上になりますが
なくなったことはありません。

 

 

 

わたしはお薬がことごとく体にあわず
もう20年近く飲んだことはありませんし
もちろんドラッグなどもしていませんから
お薬などの副作用によって
このような究極のリラックスの体験が起こったのではないことは確かです。

 

瞑想 meditation によって自然に起こったことですから
脳に変な副作用や後遺症などは全くなく
究極のリラックスによって自律神経のバランスが正常な状態になり
体調がよくなったのは確かです。

 

 

 

この体験から7年後に光明 enlightenment が起こったのですが
光明 enlightenment が起こった後に
いろいろ調べてみてわかったことは


その蝉の鳴き声の瞑想 meditation による『無・無音』の体験が
自分の内側にある『魂(源泉)』の無音の波動を
再び「感覚」で『思い出した』体験であったことです。

 

 

oshoがお話しする
中心は無音…ということの初めての体験でした。

 

 

 

蝉の鳴き声が周りにいっぱいにあったからこそ
自分の内側の中心が無音であることに『気づく』ことができた体験でした。

 

oshoの講話を読んでいきわかったことは
わたしはどうやら外側にある音を
瞑想 meditation に使ったようです。

 


お貧乏さんですからσ(^_^;)
静かな森の中に住む状況でもなく…
聖地で瞑想 meditation など旅ができる状況でもなく…

 

街中の騒音まみれの中に住んでいて
まるで聖地ではないような環境の中での毎日朝晩の瞑想 meditation …

 

車の往来の騒音…
お隣さんのテレビの音や屁の音…
カラスなどの多くの鳥の鳴き声の音…
犬や猫の鳴き声の音…
横断歩道のアナウンスや音楽の音…
ヘリコプターの音…
などなど

 

外側には音がいっぱいです。

 

 


でも
蝉の鳴き声の中で『無・無音』を体験した瞑想 meditation の日以来
外側の音がまったく気にならなくなりました。

 

自分の中心が静かな沈黙の状態であることが「感覚」でわかったから
外側の音がまったく気にならなくなりました。

 

ただただ外側の音をそのまんま受け入れている感じです。

 

うるさいとか好きな音とか
判断したり差別したりせず
ただ音としてあるということを
ただ受け入れているだけです。

 


自分の内側にあるマインド(思考)やエゴ(自我・欲)などの雑音 noise は
瞑想 meditation をしてきれいさっぱりお掃除すればなくなるので
こちらもまったく気にならなくなりました。

 

マインド(思考)やエゴ(自我・欲)を
良いとか悪いとか
判断したり差別したりせず
ただ雑音 noise としてあるということを
ただ受け入れているだけです。

 

 

 

中心(魂(源泉))は無音…

音は中心(魂(源泉))の周りだけにある…

 

 

 

それを「感覚」で再び『思い出した』ことは
光明 enlightenment へと昇る
意識の成長の旅の途中では
大切な体験となりました。

 

蝉のおかげです♡(=´∀`)人(´∀`=)ありがとう♡

 

そしてその体験以来

子供のように自然の中で

草木や動物や昆虫や爬虫類など

風や雨や太陽や月の光と一緒に

遊んでいますσ(^_^;)

 

(この体験から7年後の光明 enlightenment が起こった体験は、いつも書いていますから今日ははしょります。)

 

では、ここ最近見つけたoshoの講話の
中心は無音のお話しをご紹介します。

 

この講話を蝉の鳴き声の瞑想 meditation 体験前に

知っていれば…

なんだこれ!?

と…ばかり思うことなく

瞑想 meditation ができたかも?と思ったりしていますσ(^_^;)

 

 

 

◯ ◯ ◯

 

 

 

音の中心にある沈黙を見つける

 

 

 

目を閉じて、
宇宙全体が音で満たされていると感じなさい。

 

すべての音があなたに向かって動いていて、
あなたが中心であるかのように感じなさい。

 

あなたが中心であるというこの感覚は、
とても深い平和を与えてくれるだろう。

 

宇宙全体が円周になり、
あなたが中心だ。

 

そしてすべてがあなたに向かって動き、
あなたに向かって落ちている。                  

           

 

 

中心は、無音だ。

 

 

 

だからあなたは、音を聞くことができる。

音には、別の音を聞くことはできない。

 

 

 

中心は絶対的な沈黙だ。

 

 

 

だからこそあなたは、
音があなたに入り、
あなたのところに来て貫き、
取り囲むのを聞くことができる。

 

 

センターがどこにあるのか、
すべての音がそこにやって来る、
あなたの内なる場所がどこにあるのか、
もし見つけることができたら、

 

 

突然音は消え、
あなたは無音の中に入るだろう。

 

 

すべての音が聞かれる中心を、
あなたが感じることができたら、
突然の意識の移動が起こるだろう。

 

 

一瞬、
あなたは全世界が音で満たされるのを聞いていて、


そして次の瞬間、
あなたの意識は突然内側を向き、


あなたは無音を、
生の中心を聞く。

 

 


この音は良く
あの音は悪いとか、

これは妨害で、
あれはとても美しく調和しているなどと、

音について考え始めてはならない。

 

 

 

単に中心について考えなさい。

 

 

 

あなたが中心で、
すべての音があなたに向かって動いていることを、
ただ覚えていなさい…

 

 

 

ひとつ残らず、
あらゆる種類の音が、
あなたに向かっている…。

 

 


音は耳で聞かれるのではない。

 

耳はそれらを聞くことはできない。

 

耳は伝達の仕事だけをする。

 

 

 

そしてその伝達において、
あなたにとって無用な多くのものを切り捨てる。

 


それはえり抜き、選択し、
そしてそのあとの音があなたに入って来る。

 


今、どこにあなたの中心があるか、
内側に見つけ出してごらん。

 

 

 

耳は中心ではない。

 

 

 

あなたはどこか深いところから聞いている。

 

 

 

耳は選択した音を、
単にあなたに送っている。

 

 


あなたはどこにいる?

 

あなたの中心は、どこにある?

 

 


FINDING SILENCE IN THE CENTER OF SOUND


Close your eyes and feel the whole universe filled with sound.

Feel as if every sound is moving toward you and you are the center.

This feeling that you are the center will give you a very deep peace.

The whole universe becomes the circumference and you are the center, and everything is moving toward you, falling toward you.


The center is without sound, that is why you can hear sounds – a sound cannot hear another sound.

The center is absolute silence.

That is why you can hear sounds entering you, coming to you, penetrating you, encircling you.


If you can find out where is the center, where is the field in you to where every sound is coming, suddenly sounds will disappear and you will enter into soundlessness.

If you can feel a center where every sound is being heard, there is a sudden transference of consciousness.

One moment you will be hearing the whole world filled with sounds, and another moment your awareness will suddenly turn in and you will hear the soundlessness, the center of life.

 

Do not start thinking about the sounds –
that this is good and that is bad,
and this is disturbing and
that is very beautiful and harmonious.

 

Simply think of the center.

 

Just remember that you are the center and all the sounds are moving toward you – every sound, whatsoever the sort.

 

Sounds are not heard in the ears,
the ears cannot hear them.

 

The ears only do a transmission work,
and in the transmission they cut out much which is useless for you.

 

They choose, they select, and then those sounds enter you.

 

Now find out within, where is your center.

 

The ears are not the center,
you are hearing from somewhere deep down.

 

The ears are simply sending you the selected sounds.

 

Where are you?

Where is your center?

 

 


from osho talks
oshoの講話より

 

The Book of Secrets

Chapter 25

 

 

 

◯ ◯ ◯

 

 

 

(カテゴリにある二元性シリーズと意識の成長の旅シリーズを読まれていることを前提に書いていますので、読まれていない人には意味不明な説明になっていると思います…)

 

 

 

人間の中心は無音です。

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人間の外側や

人間の内側の中心以外には音(雑音 noise )があります。

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人間の内側の中心以外の雑音 noise は

人間の苦しみの原因ですが

本来の中心の音ではないので

それらは全て内側から『手放す』ことができます。

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全ての内側の雑音 noise が内側からなくなれば

(苦しみの原因がなくなれば)

再び「感覚」で中心の『無音』を『思い出す』ことができます。

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瞑想 meditation は

この本来の人間の中心の『無・無音』を

至福の本来の状態を

再び「感覚」で『思い出す』ことを

サポートするツールの1つです。

 

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導師 master や導師 master の指先を見るのではなく

自分の内側にある『魂(源泉)』(満月)を見るのだよ

自分の真の導師 master は自分の内側にある『魂(源泉)』だよ

と外側の光明 enlightenment を得た導師 master たちは伝え続けています。

大切なことは

自分の内側にある『魂(源泉)』を再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

 

 

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◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声に従って生きると

必ず間違いや失敗が起こる。

苦しむ。

 

『魂(源泉)』真理

の声に従って生きると

間違いや失敗は起こらない。

苦しみはなくなる。

 

自分の内側にある声が

 

◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声なら

不思議と不安や恐怖心がある。

 

『魂(源泉)』真理

の声なら

不思議と安心や愛に満たされ喜びがある。

 

この内側の声がどちらか…ということを見極めることが

苦しまない人生になる。

 

まず大切なことは

 

自分の内側にある。『魂(源泉)』真理を

再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

これが全ての光明 enlightenment を得た導師 master たちから

全てのみなさんへの慈悲の愛のメッセージ。

 

みなさんの真の至福のために…

 

 

 

『思い出す』

 

 

 

sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する


『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

 

瞑想と愛 meditation & love

 

 

花仙人

 

 

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男性性と女性性の統合(超越)

 

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

 

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Showering without Clouds
雲なく雨は降りそそぐ

The last morning star
夜明けの星

サハジョとダヤの女性の覚者の詩

 

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The Ultimate Alchemy, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

瞑想はたくさんの種類があります。
ご自身にあった瞑想がみつかるといいですね。

 

 

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Vigyan Bhairav Tantra, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、

 

 

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花仙人

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