花仙人の日記

『全ては1つ』を「思い出す」sammasati

ゲド戦記『影との戦い』

ゲド戦記影との戦い




'You want to work spells,'

Ogion said presently, striding along.

'You've drawn too much water from that well. Wait. Manhood is patience. Mastery is nine times patience. What is that herb by the path?'

'Strawflower.'

'And that?'

'I don't know.'

'Fourfoil, that call it.'

Ogion had halted, the copper-shod foot of his staff near the little weed, so Ged looked closely at the plant, and plucked a dry seedpod from it, and finally asked, since Ogion said nothing more, 

'What is its use, Master?'

'None I know of.'

Ged kept the seedpod a while as they went on, then tossed it away.

'When you know the fourfoil in all its seasons root and leaf and flower, by sight and scent and seed, then you may learn it's true name, knowing it's being : which is more than its use. What, after all, is the use of you? or of myself? Is Gont Mountain useful, or the Open Sea?'

Ogion went on a halfmile or so, and said at last, 

'To hear, one must be silent.'



「魔法を使いたいのだな。」

オギオンは大股に歩を運びながら言った。

「だが、そなたは井戸の水を汲みすぎた。
待つのだ。
生きるということは、じっと辛抱することだ。辛抱に辛抱を重ねて人ははじめてものに通じることができる。
ところで、ほれ、道端のあの草は何という?」

「ムギワラギク。」

「では、あれは?」

「さあ。」

「俗にエボシグサと呼んでおるな。」

オギオンは立ちどまって、銅をうった杖の先をその小さな雑草の近くにとめた。ゲドは間近にその草を見た。それから、乾いたさやをひとつむしり取った。オギオンは口をつぐんで、あとを続けない。ゲドはたまりかねてきいた。

「この草は何に使える?」

「さあ。」

ゲドはしばらくさやを手にして歩いたが、やがて、ぽいと投げ捨てた。

「そなた、エボシグサの根や葉や花が四季の移り変わりにつれて、どう変わるか、知っておるかな?

それをちゃんと心得て、一目見ただけで、においをかいだだけで、種を見ただけで、すぐにそれがエボシグサかどうか、わかるようにならなくてはいかんぞ。

そうなって、その真の名を、そのまるごとの存在を知ることができるのだから。

用途などより大事なのはそっちのほうよ。

そなたのように考えれば、では、つまるところ、そなたは何の役に立つ?

このわしは?

はてさて、ゴント山は何かの役に立っておるかな?海はどうだ?」

オギオンはその先半マイルばかりも、そんな調子で問いつづけ、ようやく最後にひとこと言った。

「聞こうというなら、黙っていることだ。」





導師(master)であるオギオンが弟子(disciple)となったばかりのころのゲドに伝えたこのおはなしは、アーシュラ・K・ルグインさんのゲド戦記シリーズの1巻『影との戦い』にあります。
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植物の種が子供のころから大好きだったので、オギオンの植物を知るという学びがその種をよーく見て感じとることも含めて大切なことだと話したことがとても嬉しくて心を動かされ感動し、勝手にオギオンへ弟子入りしましたσ(^_^;)


なぜこのような2人の会話になったのかの詳しいことは本を読んでいただくとして、簡単に説明すると、ゲドはすごい大魔法使いの弟子となったのに、オギオンはいつまでたっても魔法の呪文(spell)をちっとも教えてはくれず、ただ自然界の中で自然とともにある暮らしばかりをして何にも教えてくれない…と不満を募らせていたからです。


オギオンにもゲドのいらだちはわかっていましたが、ゲドは魔法を使うために大切なことをわかっていなかったので、オギオンはそれをゲドに『無言』で教えていたのです。


しかし、ゲドはまだ何もわからないため、オギオンが『無言』に教えようとしていることが何なのか?がわかりません。何がなんだかわからないからイライラしているのですね。




教師と生徒の関係は、知識をこちらからあちらへと言葉によって手渡しする関係です。

導師と弟子の関係は、知識よりも体感を重視します。本来の自分を知ることや、真理を知ることや、森羅万象すべてを知ることなど、言葉では伝え教えることができないことを弟子が『体感』によって『知る』とか『悟る』ことを『導く』人が導師(master)です。


悟り(enlightenment)とは知識によっては到達できないものですから『体感』することが大切になります。


いわゆる、エゴ(欲)やマインド(思考)が一切ない『無(空など)』の状態になると、ある時突然悟りを体感する体験がやってきます。


それはまさしくenlightenmentの言葉のような、光明、または覚醒のような日本語が使われるように、暗闇の中に光があらわれるような『わかった!これだ!』みたいな体感のことです。


暗闇から光へ。

無明から光明へ。

眠りから覚醒へ。





悟りを開いた導師(master)は、1人1人の違いを見抜けるので、その弟子(disciple)にあったやり方で慈悲深く叡智により導いていきます。

オギオンにはゲドに何を教えなくてはならないのかがわかっていました。

森羅万象すべてのことや真理のこと、そして本来の自分のことを、まず知らなくては、魔法を使うということがどういうことなのかを理解することができないため、自然界の中で自然とともに暮らすことでゲドに体感してわかることができるよう、それを毎日『無言』によって教え、ゲドがそれを『体感』してわかるまで忍耐強く見守っているのですが、ゲドは教師と生徒の関係しか知りませんでしたから、導師の導き方を理解できず不満になってイライラしていました。


ゲドはオギオンの導き方ではなく、教師と生徒の関係である学校へ行くことを選択します。オギオンもそのロークの魔法学校で学びましたから、愛する弟子の選択を見守ることにしました。


ゲドの『魂の才能』が魔法であるように、魔法学校では、ゲドのように魔法が使える青年たちが世界中からたくさん集まっていました。

そんなある日、ゲドはあまり仲のよくないライバルとなった青年と戦うために、1番強力な魔法を使って大失敗しました。


キキの本の紹介の時にも書きましたが、自分の『魂の才能』を自他とものために生かす生き方をすると、ポジティブなご縁やサポートが引き寄せられてきて、まわりと調和的に平和にお互いを尊重し補完しあって生きていく道へと進んでいきます。


しかし、『魂の才能』を自分の
○エゴ(欲)のためや
○不安や恐怖心によるマインド(思考)によって作った計画のために
使おうとすると、

ネガティブなご縁や争いなどを引き寄せてしまい、お互いの競争による優劣や差別から生まれた劣等感により、怒りや憎しみや悲しみの関係性がはじまり、周りから自分を切り離し分離していき、真に愛し合う喜びを失い孤独で寂しくなる生き方の道へと進んでいきます。


スターウォーズの映画はこのゲド戦記を参考にされたそうですが、素晴らしいフォースの才能を持つ心優しく賢いジェダイアナキン・スカイウォーカーが闇の世界のダークヒーローのダースベイダーへと変容していったのも、愛する者を守りたい失いたくないという恐怖心により自身の『魂の才能』をエゴとマインドのために使った結果によるものでした。(詳しくはエピソード1〜3を観てね。)


ゲドは、自分の『魂の才能』がどれほど強いかを知りたいとか、ライバルを打ち負かしてやりたいというエゴ(欲)があり、まだ魔法がどのようなものかをわからないまま、1番強力な魔法を使い、大変な大失敗をしてしまいます。

オギオンが心配していたことが起こったのです。

人は失敗からしか学べないところがあります。

ゲドは大変辛い思いをしましたが、この大失敗から多くを学び、オギオンが何を自分に教え導こうとしていたのかをはじめて知ります。


それからゲドは1人静かに謙虚に地道にあらゆることを学んでいきながら、自分の『魂の才能』を自他とものために生かす生き方をしていき、ネガティブからポジティブへとみごとな大変容を成し遂げ、大賢人とよばれる世界一の大魔法使いとなりました。


このゲドの大変容の過程は大変な苦労なのですが、その克服ぶりが本当にすばらしく、

『自分で自分を癒す』(自分を救済する)

ことがどういうことであるか、を深く見ることができます。

この大変な体験を通して、ゲドは本来の自分を深く知っていき、真理を知り、森羅万象が何であるかを体感して理解していきます。

ゲドはゴントに住む導師オギオンのそばを離れて魔法学校に入りましたが、

どんなに長い年月オギオンと離れていても、導師と弟子の深い繋がりはなくなることはなく、弟子であるゲドは体験を重ねるごとに導師が何を教え導こうとしていたのかを深く体感を通してわかっていきます。



魔法を今ここで使うということは、ここではないどこかにその影響が出てしまうことになり、それは自然界の森羅万象の均衡(バランス)を崩してしまうことになることを、充分に理解しなくてはならないと本の中で教えています。


世界のあらゆることをなにも知らずにむやみやたらに魔法を使うと、世界のあらゆる場所でバランスが崩れ、すべての生き物たちがこれまでのような生き方ができなくなる可能性があります。


だからこそ、どんなに小さな魔法を使うにしても、自然界の森羅万象すべてを理解し、そのバランスを崩さないように、魔法は使われなくてはなりません。


魔法だけではなく、森羅万象を理解していない人達による科学技術の乱用も自然界のバランスを崩しているので同じ課題のようですね。

人間はもう少し自然界に傾くことが全体のバランスを取り戻すためにも必要なことかもしれません。


オギオンは魔法の呪文(spell)をたくさん覚えることよりも、自然界のバランスを崩さない魔法を使えるようになることの大切さをゲドに自然界の中で自然とともに暮らし生きる中で、森羅万象や真理を『体感』して学びとってもらうために『無言』により導こうとしました。


それは知識によって学べるものではありません。

自然界の中で自然とともに生きることによって『体感』してわかるものです。


「そなた、エボシグサの根や葉や花が四季の移り変わりにつれて、どう変わるか、知っておるかな?

それをちゃんと心得て、一目見ただけで、においをかいだだけで、種を見ただけで、すぐにそれがエボシグサかどうか、わかるようにならなくてはいかんぞ。

そうなって、その真の名を、そのまるごとの存在を知ることができるのだから。

用途などより大事なのはそっちのほうよ。

そなたのように考えれば、では、つまるところ、そなたは何の役に立つ?

このわしは?

はてさて、ゴント山は何かの役に立っておるかな?海はどうだ?」

オギオンはその先半マイルばかりも、そんな調子で問いつづけ、ようやく最後にひとこと言った。



'To hear, one must be silent.'

「聞こうというなら、黙っていることだ。」



導師と弟子の関係になった瞬間から、弟子は自分のエゴもマインドも一切なくし、空っぽな状態となり、導師の教えをただ『聞く』ということだけをしていきます。

なぜなら、コップの中に満タンに水が入っていたら、新しい水を注いでも溢れ出るばかりだからです。

新しい水をコップに満たしたければ、コップは空っぽな状態にしなくてはなりません。

導師からの教えを自分の中に注ぎたいならば、自分の中を空っぽな状態にする必要があります。


たとえ無言であっても、導師は弟子を導き教えているのですね。オギオンのように。


マインド(思考)の言葉による知識ではなく、
導師の慈悲深い愛と叡智により、弟子は悟りを『体感』で体験する瞬間がやってきます。


オギオンの慈悲深い愛と叡智が、ゲド戦記シリーズ全巻に花の香りのように漂い溢れています。


ゲドの親からのひとり立ちは早くに訪れましたが、オギオンによって弟子と見込まれこよなく愛され導かれ、大きな失敗もありましたが『魂の才能』を種から大木にまで育て花を咲かせ実をたくさんつけみんなに分かち合うまでに成長しました。


キキやゲドの物語は空想や夢の世界のおはなしではありません。

キキやゲドのように、
本来の自分でありながら、
『魂の才能』を自他とものために生かし生きている人達は現実にいて、
そのような人達がお互いに引き寄せあって、お互いの才能を尊重し補完しながら、調和して平和に暮らしている人達はたくさんいます。



子供のころに、
ワクワク心地よく感じて
多少疲れても夢中になれるモノ
無理なくなぜか得意なモノ
それが『魂の才能』といわれています。


無理なくできてしまうので、それが自分の『魂の才能』であると気づかないことがあります。


それは朗らかに微笑む笑顔かもしれませんし、静かに無言でいることかもしれませんし、お話することかもしれませんし、走ることや泳ぐことかもしれませんし、歌ったり踊ったり、お掃除やお料理かもしれません。


キキやゲドのように、私は自分の『魂の才能』にまだ気づいていません。でも、今自分ができることでワクワク心地よく感じるものを一つ一つこなしていくことで、何か『魂の才能』と関係していることをしているかもしれないし、いつか『魂の才能』はこれだ!みたいなことに気づけるのかも?しれないので、いやいやではなく、ワクワクすることを小さなことでもやるようにしています(*^_^*)


冬休みの読書にご紹介する、きっと至福に導かれるであろう、でもって大好きな植物の種に関係する本3回目はゲド戦記シリーズでした( ´ ▽ ` )ノ




花仙人