花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

感謝 Gratefulness

感謝  Gratefulness


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 あらゆる人に感謝するがいい。なぜならあらゆる人が、あなたが変容するためのスペースを作り出しているからだ――あなたを妨害しているつもりの人々でさえ、あなたが敵だと思っている人々でさえ。

あなたの友人、あなたの敵、良い人々と悪い人々、好ましい環境、好ましくない環境――それぞれが協力して、あなたが変容してブッダになれるような状況を作り出している。

すべてに感謝するがいい。

助けてくれた人々に、邪魔をした人々に、無関心だった人々に。

すべてに感謝しなさい、なぜならそれぞれが協力して、ブッダが生まれる状況を、あなたがブッダになれる状況を作り出しているからだ。



GRATEFULNESS

Be grateful to everyone, because everybody is creating a space for you to be transformed – even those who think they are obstructing you, even those whom you think are enemies. 

Your friends, your enemies, good people and bad people, favorable circumstances, unfavorable circumstances – all together they are creating the context in which you can be transformed and become a buddha. 

Be grateful to all. 

To those who have helped, to those who have hindered, to those who have been indifferent. 

Be grateful to all, because all together they are creating the context in which buddhas are born, in which you can become a buddha.



from osho talks
oshoの講話より

Osho, The Book of Wisdom,  Talk #5


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導師(master)であるoshoの講話の中から少しご紹介しました。


Buddha(ブッダ)というのはサンスクリット語で『目覚めた人』という言葉です。

「目が覚めた人」ですから『覚者』ともいいます。

「目が覚めた」人というのは、「眠り」から「目を覚ました」と人ということです。

暗い夜に眠り、明るい朝に起きて目が覚めるように、

すべての煩悩(欲=エゴego)を手放してなくした時に、真理を言葉(頭)ではなく体感(体)によって完全に理解した者をBuddha(ブッダ)といいます。



A : 眠った状態=すべての煩悩(欲=エゴego)を持った状態で生きている者。

まだ真理を悟っていない者。

暗闇の中を迷いながら手探りで生きる『苦しむ者』=無明な者。


B : 起きて目が覚めた状態=すべての煩悩(欲=エゴego)を手放し、真理を言葉(頭)ではなく体感(体)によって体験し、真理を完全に理解した者。

真理を悟った者。
その真理を生きている者。

明るい光の中で周りがよく見える状態で迷わず生きることができる『至福な者』=光明を得た者。



Buddha(ブッダ)というのはサンスクリット語で『目覚めた人』という言葉は、Bの方の人のことです。



インドの偉大な王の息子であったゴータマ・シッダールタはある日菩提樹の下で悟りを得ました。その時から、ゴータマ・シッダールタではなくゴータマ・ブッダと名前を変えました。

悟りを得た体感の体験をしたため『目が覚めた人』=Buddha(ブッダ)になったからです。


ゴータマ・ブッダは40歳の頃にBuddha(ブッダ)になり、それから約40年間80歳頃までみんなにBuddha(ブッダ)になるにはどうしたらいいのかということを教え続けました。

なぜならば、Buddha(ブッダ)になることが唯一人々が『苦しみから自分を解放できること』だと悟ったからです。


これは今から約二千年ほど前の実話です。


ゴータマ・ブッダはインドの釈迦族の王の息子でしたから、ゴータマ・ブッダが死んだ後ゴータマ・ブッダをお釈迦様とみなが呼ぶようになりました。


ゴータマ・ブッダが死んだ後も彼の教えは彼の弟子たちによって伝えられ、インドから中国に渡り聖徳太子によって日本にも渡ってきましたから、日本人もお釈迦様という名前は知っている人が多いようです。


日本人はBuddha(ブッダ)を「仏陀」と漢字では書きます。


仏陀」Buddha(ブッダ)というのはインドのサンスクリット語で『目覚めた人』という意味です。

真理を悟った人のことです。

ですから、インドの導師(master)であるoshoがここで話す中に出てくるブッダとはそのような『目覚めた人(覚者)』ということになります。




わたしもいろいろなことがあって、暗闇の中を迷いながら手探りで歩いていた長い年月が続き、病に倒れ歩けなくなり助かる方法もわからず、一点の光もない真っ暗闇な絶望感の中にあった時がありました。

1人孤独に病気の体で毎日をなんとかすごしていたそんな絶望感の中、ある日夢の中ではるか遠くに光輝くお釈迦様が表れました。

あまりにもリアルな夢で今でもはっきりと覚えています。とてもこの世とは思えないようなきれいな光でその光の周りには七色の光が放っていました。

「はるか遠くにいるお釈迦様のところまで歩いていけば助かるんだ。」

と夢の中で決心した翌日に、知人から東洋医学代替療法などの治療法があると連絡があり、病院では治療法はないから諦めるように言われていて絶望していたのですが、お釈迦様の夢を見ていたこともありすぐに治療を受けに行きました。

そしてその治療以外にも多くの代替療法と次々と導かれるように巡り会い、自分の足で歩けるようになりました。

自分で歩いてお釈迦様のところまで行こう。

と夢の中で決心した後から不思議な導きがあり、十年以上かかりましたが病は改善し、心も体も元気になれ苦しみから解放されました。


そして、

「わたしはこの苦しみを克服し、筋力のパワーだけでなく、心のストレングスの『強さ』を1番手に入れたくて、その『強さ』が欲しくて現世生まれてきて辛い体験をしたんだな…」

と、わかった瞬間、体の奥深くから溢れ出る温かいエネルギーがぐわーと湧き上がり、心の氷山のような氷が一気に溶けはじめ、同時に涙も鼻水もよだれも溢れ出し、自分を忘れるほど泣きました。その時にあらゆるモノが内側から外側へと流れ去りすっきりしました。癒しが起こったのです。

その魂レベルで1番欲しかった心の『強さ』ストレングスはわたしの魂の宝物となりました。

そして、『本来の自分』へと帰還する内側への旅へとさらに進む勇気を与えるものとなりました。

その勇気なくしては内側にある本来の自分である『源泉』までたどり着けなかったと思います。


感謝の気持ちがぐわーと体の奥深くから湧き上がる体感をはじめてした後から、病は急速に改善したのでした。

誰1人にも心を開かず閉ざしきっていたわたしは、この体験後からあらゆる他者に感謝ができるようになり、少しづつ『愛する』ことができるようになりました。


お釈迦様があらわれた夢から15年ほど経っていろいろな不思議な体験もして、幸せや不幸を超越するような至福を体感している今の毎日です。


だからといってわたしは宗教に詳しいわけでもありませんし、どの宗教グループにも属していませんし、これからもどのグループにも属しませんが、お釈迦様であるゴータマ・ブッダや他の導師(master)達が教えることをただそのまま生きているだけです。

それがなんだか自然な感じで心地よいからです。


暗闇の中を迷いながら手探りで生きていた時の苦しむ自分へ、今のわたしが至福であることを伝えるために寿命がくるまでブログにその事実を少し書きのこしていこうと思っています。


「過去の自分よがんばれ。

君ならかならず苦しみから自力で抜け出せるから。

なぜって、人間はみな自分で自分を救えることをわたしは自分の体験から知ったから。

お釈迦様は何も言わなかったが、そのことを夢の中で教えてくれたに違いない。

あのお釈迦様の光を見たから、そこまで歩くと決心できたから、今がある。

今わたしが至福なのは、お釈迦様だけでなく、自分のがんばりだけでなく、ここまで導いてくれた全てみんなのおかげでもあるんだ。

だから、やはり感謝せずにはいられない。
だから、やはり愛することをやめられない。

感謝も愛もただただ溢れてしまうから、
もうどうにもとめられないんだ。

全てを憎み、全てを破壊したかった過去のわたしには今のわたしの感覚はわからないと思うし、信じられないかもしれないが、そのような真逆への変容があったのだからしかたがないな。

わたしの心理カウンセリングを担当してくださった臨床心理士の先生はそんなわたしの変容過程を何年間も見てきたから…。何年間も見守ってくれたことに本当に感謝している。


人間は他者を救うことはできない。

人間は今の自分しか救うことができない。

そのお釈迦様ゴータマ・ブッダの教えは今ならば身にしみて痛いほどわかる。

だから、過去の自分をも直接助けることすらできない。

今目の前にいる他者をその者の苦しみから救うこともできない。

自分でしか自分を苦しみから救うことしかできない。

という真実を伝えることしかできない。

しかし、今のわたしが過去のわたしの結果の全てをあらわしているのだから、かならず苦しみから自力で克服できることは事実だから。


自分で自分を救うための内側の一人旅には、
忍耐と根気も大切だが、
リラックスと笑いは同じくらい大切だった。

怒りから愛への変容には、

自分を苦しめ怒る嫌だなと感じるネガティブな方へと自分を導き歩いて行くのではなく、

180度真逆の、

自分を楽しませ笑う心地よく感じるポジティブな方へと自分を導き歩かせる学びも必要だった。


でも、それは自分の苦しみからただ現実逃避するということではなく、苦しみと向き合いながら(内側を旅しながら)、楽しいこともするというバランスのとれたものだ。

苦しみからの現実逃避は苦しみから永遠に抜け出せないから。

外側の娯楽に現実逃避するのではなく、
それは煩悩(エゴ=欲)だけを満たすためだけに生きるということではなく、

そのエゴを満たすためにどうしたらいいのかを考える思考(マインド)を働かすためだけに生きるのではなく、

自分の内側と向き合い、
その内側の旅先にある至福を目指して歩いていこう。


過去のわたしに今の自分の全てを送るよ。

わたしは今ここで待ってるよ。

いつも見守っているから。

いつも隣で一緒に歩いて内側の旅をしているから。

ここまでおいで。

わたしのhomeまでおいで。

わたしのhomeは内側にある『源泉』だぞ、
大ヒントをあげたからな。

光輝く温かく心地よい温泉のような場所だぞ。

幸せを探し外側のはるか遠くまで行きさまよい歩く過去のわたしよ、くるっと180度向きを変えて、

内側に還っておいで過去の苦しむわたしよ。

ともに『源泉』につかって至福を味わおう。

『全ては一つ』を体感して至福を超越する感覚をともに味わおう。

いつまでもhomeでまっているよ。」



夢の中のお釈迦様ゴータマ・ブッダのように、

暗闇の苦しみの夢から目覚めて、
明るい中で至福に生きて行こうと、

今のわたしには過去のわたしにそう語りかけ祈ることしかできませんが、

全ては一つですから、

1人1人のみなさんがBuddha(ブッダ)となる癒しと至福を祈っています。


仏陀」Buddha(ブッダ)というのはインドのサンスクリット語で『目覚めた人』という意味です。


そして導師(master)oshoが話すように、
今のわたしがあるのは全てのおかげです。

生きていてはいけない人や生き物は何一つ存在しません。

みんなが今生きていることは必然なんです。

苦しいのは何かを学ばなくてはならなくて、
それに『気づけない』ために苦しい状況や環境があるだけです。

『気づく』ことから逃避していてはいつまでたってもそれに『気づけ』ません。

それに『気づく』ことができたら、
苦しみは自然と去っていきます。

『気づく』ためには
外側ではなく
自分の内側を旅してそれを探すしかありません。

あなたの内側にはあなたしか入れません。

だから、内側の旅は一人旅になるのです。

だから、自分を救えるのは自分だけなんですね。

一人旅ですが、内側を旅している旅人は世の中にたくさんいます。

外側には本来の自分である『源泉』はありません。外側を探しても至福にたどり着きません。

内側には本来の自分である『源泉』があり、そこへの帰還が至福への旅です。

暗闇の苦しみのもとであるエゴやマインドを捨てて、
あなた本来の自分である心地よい温泉のような『源泉』につかり『目を覚まし』て明るい中で至福を感じながらBuddha(ブッダ)として生きる生き方もあります。


どの生き方を選ぶかは個人の自由ですが、


生きていてはいけない人や生き物はこの宇宙には一つもありません。

苦しくても今を生きていてくれてありがとう。

ご自分を大切に…。

みんなに感謝しています。
本当にありがとう。



花仙人
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