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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

価値 worth

価値 worth


光明Enlightenmentな状態を『思い出す』ためにはマインドやエゴを空っぽにしなくてはならない。しかし、マインドとノーマインドの違いってなんだろう?

…というお話の流れで、
競争というゲームをすることによって、自分と他者を「比較」し「優劣」などを付けて「判断」するというマインドが働くことを前回までにほんの少しだけお話しました。

そのゲームを楽しめるならば問題はないのですが、苦しむならばゲームを自分からやめることでしかその苦しみから自分を楽にすることはできない…。

多くの人間たちが集まる社会の中での競争のゲームの中にはただ単に優劣の優越感が欲しいというものだけでなく、
人間は「役に立つ」「役に立たない」という二極のどちらに自分があるのか?という「判断」もしてしまいがちです。

でもこちらは優劣の優越感とは少し違い、「役に立つ」時、人間は損得の判断は関係なしに、なんだか自分の奥深くから温かいものが広がりいっぱいになる感じがして奉仕(慈悲の愛)のような心になる感じに似ています。

その反対にある「役に立たない」時、なんだかひどくがっかりして落ち込み、自分は生きている意味がないのではないか…という疑問まで持ったりします。

でも…「役に立つ」「役に立たない」という判断の基準はなんでしょうね?

さて、今日は昨日のカード「判断」のお話と同じ中国の老子がお話した『価値』に関するお話をカードの絵とoshoが講話で話してくれたお話の1部をご紹介します。


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自分の価値を証明しようとして、自分自身を商品におとしめてはいけません。生の最も偉大な体験は、 あなたがすることを通してやって来るのではなく、愛を通して、瞑想を通してやって来ることを覚えておきましょう。
(これはカードの解説です。)

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以下はoshoの講話の1部です。


老子が弟子たちとともに旅をしていた。

彼らは、何百人もの樵たちが木を切っている森にやってきた。 森全体は、何千もの枝を張っている一本の大きな木を残して、ほとんど切り倒されていた。その木は一万人の人びとが木陰に坐れるほど大きかった。

老子は自分の弟子たちに、なぜその木は切られていないのか尋ねてくるようにと言った。彼らは樵のところに行って尋ねた。すると彼らは言った。

「この木はまるで役に立たない。枝という枝に節が多すぎて、これからはなにも作れない--まっすぐな枝がひとつもないのだ。燃料にすることもできない。 煙が目の毒だからね。この木はまったくの役立たずだ。だから切らなかった。」

弟子たちは帰ってきて老子に伝えた。彼は笑って言った。

「この木のようになるがいい。もしお前たちが役に立つようなら、切られてしまい、誰かの家の家具になってしまうだろう。もしお前たちが美しかったら、市場で売られてしまうだろう、商品になってしまうだろう。 

この木のようになるがいい。まったくの役立たずに…。そうなったらお前たちは大きく、広大に成長して、何千もの人びとがお前たちの下に陰を見いだすだろう。」



老子はあなたとはまったくちがった論理をもっている。

彼は最後の者でいるがいいと言う。

世界の中をまるで自分がいないかのように動くことだ。

競ってはいけない、

自分の価値を証明しようとしてはいけない--その必要はない。

役立たずのままでいて楽しむがいい。


from osho talks
oshoの講話より
TAO : THE THREE TREASURES, Vol.1, pp.69-71



その人がどのように有益かということで私たちは人びとを計る。

だが私は、私たちはなにも役に立つことをしないと言っているのではない--役に立つことをするがいい。

だが覚えておくことだ。

生とエクスタシーの偉大な体験は役に立たないことをすることから生じる。 

それは詩を通して、
絵を描くことを通して、
愛を通して、
瞑想を通してやってくる。

商品におとしめることのできないなにかをする能力があって初めて、最も偉大な喜びがあなたを押し流す。

報酬は内側にある。

もともと備わっている。

それは行ないから湧き起こる…。


だから自分は役立たずだと感じても心配することはない。

私はあなたの役立たずも使う。

私はあなたを大きな葉むれのある巨大な木にするつもりだ。

それに、
役に立つ活動にたずさわっている人びと…彼らにはときとして木陰で休む必要がある。


from osho talks
oshoの講話より
THE WISDOM OF THE SANDS, Vol.2, pp.308-309, 311-312 


from osho transformation tarot
osho transformation tarotより


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さて、こちらも大きく育ちました。

今日はとーちゃん仙人から「東岡崎奥山田1300年の枝垂れ桜」のお写真と解説(太文字)をお届けするよ( ´ ▽ ` )ノ

今日は天気もよいので、名鉄東岡崎へ向かった。
奥山田は、東岡崎駅から名鉄バスで約30分、畑の中を10分強歩くと、満開の桜が見えてきた。
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岡崎市の天然記念物に指定された、エドヒガン桜の逸品です。
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およそ1300年前に持統天皇が村積山へ行幸した際に、お手植えされたと、伝えられています。
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大きく広がった枝、太い幹は堂々としていて、すごいの一言です。
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一軒ほど有る茶屋で、300円の抹茶を飲みながら、淡紅白色の桜をのんびりと眺めるのは、心安まるいっときでした。
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老子が弟子たちと一息休んだ大きな木の下のように、この枝垂れ桜の木の下にもたくさんの人たちが毎年訪れて、春に花開く桜を眺め、とーちゃん仙人みたいにお抹茶をいただきながらほっとした「心安まるいっとき。」を味わっているのでしょうね(^-^)

すてきな桜のお写真をありがとう( ´ ▽ ` )ノ



誰1人存在してはいけない人はいないんだよね。

そして人間だけでなく宇宙すべてに存在するものは存在していい。

みんなお互いにそれぞれの個性や才能を分かち合って共存共生している。

それぞれのお役目がある。

だから、「役に立たない」というものは本当は一つも存在していないんだよね。

あなたはあなたのままでいい。

老子のお話の大きな木も1300年の枝垂れ桜の木も、他の誰かになろうとするのではなく、「本来の自分」をありのまま生きているだけで、何にも言わなくても、そこに生きていることで、こんなに周りみんなをほっと安心させたり、感動を与えている。

自然界から生まれたものはすべてみなすばらしいのです。


わたしはこのお話と出会った時に「役に立たない」と思い込んでいた自分の苦しみにやっと「気づき」その苦しみにしがみついていた手をやっと「手放せ」ました。

自分が長年持ち続けたしつこいマインドを一つ内側から自然と手放せたのです。それからは生きることが楽になりました〜(-_^)

2人の導師(master)老子とoshoに感謝です(^-^)



「競ってはいけない、

自分の価値を証明しようとしてはいけない--その必要はない。

………

自分は役立たずだと感じても心配することはない。

私はあなたの役立たずも使う。

私はあなたを大きな葉むれのある巨大な木にするつもりだ。

それに、
役に立つ活動にたずさわっている人びと…彼らにはときとして木陰で休む必要がある。」


本来の自分のままで、のびのびと大きく育ってね( ´ ▽ ` )ノ

あなたは言葉にならないくらいすてきだよ。


sammasatiサマサティ


花仙人

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