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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

Ego エゴを手放す

Ego エゴを手放す



エゴ(欲)とマインド(思考)を自分の内側から空っぽにすると光明Enlightenmentな「本来の自分(真理)」の状態を「体感」して『思い出す』。

エゴやマインドってなんなんですかね?
というお話をカードの絵やそれに関するoshoの講話の1部をご紹介しています。


おもしろいなーと思って読んでくださっている方はそのままお楽しみくださいね。


でももし、覚醒(光明)してみようかな…と思われている方は、知識もマインドですから、このブログを読んだ後はそれらのマインドを全て忘れて頭の中からマインドをなくし空っぽにしてくださいね(-_^)

マインドとエゴを内側からなくし空っぽにするために、マインドとエゴがなにやらわからなくてはマインドとエゴを手放すことはできないので、そのマインドとエゴを逸話や物語で何となくわかっていただき、ご自身の内側にあるマインドやエゴに『気づく』ために読んでいただけたら…と思っていますから、

光明を得てみようと思っているならば、このブログを読んでさらに知識を頭の中に増やしたりすることは逆効果となります。


受験勉強などは、知識をプラスプラスしていく足し算のお勉強ですが、

光明を得るためには、知識をマイナスマイナスと引き算して最終的には考えることを頭の中から空っぽな状態にすることですから、従来のお勉強の仕組みとは違います。(-_^)


とにかく頭の中を常にマインドやエゴでいっぱいにしないこと。


ですから、このブログを読むことは、自分の内側にあるマインドとエゴに『気づく』ための逸話や物語だと思ってくださいね。

『気づく』こと。

『気づき』『手放し』『空っぽ』にすることが大切です。


マインドmindのお話も出ていますが、
エゴegoのお話も出てきました。

その流れで、今日はエゴのお話に関する2人の僧のお話をカードの絵とoshoが講話でお話してくれた1部をご紹介します。


*  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  


あなたが他人のなかに見るものは、あなた自身が持ち運んでいるものだということを理解しましょう。
あなたの判断は、実際にはあなた自身の内側で抑圧されたか、あるいは拒絶されたものの反映です。

あらゆる全ての惨めさは、エゴ(欲)からきていることに気づいたことがありますか?

それはあなたを至福にはできません。
それはあなたを惨めにしかできません。

あなたが苦しむ時はいつも、自分の内側にあるエゴ(欲)を探し、観ることと分析することをしてみましょう。そうすればエゴは内側からなくなります。
(これはカードの解説です。)

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以下はoshoの講話の1部です。


二人の僧が河を渡ろうとしていた。彼らは同じように河を渡りたがっているとても若くて美しい女性と出会ったが、彼女は河が深いので1人で渡ることを怖がっていた。そこで、僧の1人が彼女を背負って向こう岸に運んだ。

もう1人の僧は怒り狂った。一言も口には出さなかったが、内側では煮え立っていた。

これは禁じられていたのだ!
仏教の僧は女性に触れてはならない。しかもこの僧は触れるだけではなく、その女性を背負っていた。

河から何マイルもが過ぎた。

僧院に着いて、扉を入るところで、怒っている僧は女性を背負って河を渡ったもう1人の僧の方を向いて言った。

「いいか、このことを私は導師(master)に話さなければならない。報告しなければならない。禁じられているんだぞ?」

もう1人の僧は言った。

「なんのことを言っているのだ?なにが禁じられているだって?」

怒っている僧はたずねた。

「お前は忘れたのか?
お前はあの若くて美しい娘を背負ったのだぞ!」 

もう1人の僧は笑って言った。

「そのとおりだ、私は彼女を運んだ。だが私は渡りきったあの河に彼女を置いてきた。何マイルも後ろに。

お前はまだ彼女を運んでいるのか?」



さあ、この怒っている僧には何が起こったのかね?

その女性は美しかった。彼はチャンスを逃した。彼は怒り、嫉妬し、性的欲求でいっぱいになり、困った立場となった。

もう1人の僧は完全にクリーン(清い)だ。彼は美しい女性を背負って河を渡りそこに置いてきた。それだけだ。それで終わっていた。

抑圧され、拒絶され、地下室(内側の無意識)に放り込まれたあなたのあらゆる感情もまた、あなたの行動に影を投げかけ続ける。


貪欲、エゴ(欲)、怒り、嫉妬、憎しみと戦ってはならない。

あなたはそれらを殺せないし、やっつけることもできないし、戦うこともできない。

できることはそれらに気づいていることだ。

そして、それらが去ることをただ観照(気づいていること)することだ。

気づきとは光。
エゴは暗闇。

暗闇は光があれば簡単になくなる。


from osho talks
oshoの講話より
THE DISCIPLINE OF TRANSCENDENCE, Vol.4, p.22 


from osho transformation tarot
osho transformation tarotより


*  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  


さて、このお話を読んでみて、自分の内側にどんなエゴ(欲)やマインド(思考)や感情に『気づき』ましたか?

それらに『気づく』ことができ、さらにいらないな、と思ったらポイっと手放し捨て去ってしまいましょう(-_^)

無理とはいいませんσ(^_^;)
できるならでいいのです。

エゴやマインドはあなたを苦しめる元なので、それらをポイっとしたら、すっきりして楽になり、苦しみがなくなるはずですが…


この怒った僧は、怒りや嫉妬やあらゆる感情に『気づく』ことができたのでしょうか?

かなりもう1人の僧からズバッと指摘されていますが(-_^)しかも笑いながらσ(^_^;)

え?ふむふむ、もう1人の僧に指摘されて気づいたけれど、なかなかエゴがポイっと手放せないとな?お困りのようですな…

それではこちらをご紹介します(-_^)



◎エゴ(欲)とは。エゴのなくし方。



エゴとは。

○エゴ(欲)は光のない暗闇です。

○『気づき』とは『光』です。

マッチ一本でも暗闇に光が灯れば暗闇は簡単になくなります。

エゴが自分の内側にあることに『気づかない』状態では、内側は暗闇となっています。

しかし、「エゴが自分の内側にあるな…」ということに『気づいた』時点で、その『気づき』が「光」となり、内側のエゴによる暗闇がパッと明るくなるため暗闇はなくなります。

明るくなった内側ではエゴを探しやすくなります。

さあ、『気づき』の光によって明るくなったあなたの内側にはどんなエゴがあるのかな(-_^)


え?「彼女が欲しい!」「彼氏が欲しい!」
「結婚したい!」「車が欲しい!」「旅行に行きたい!」「空を飛びたい!」etc…

「〜したい」というのは全部エゴです。

「世界を平和にしたい!」これも「〜したい」だからエゴです。

目的はポジティブですが「〜したい」というやはりエゴですから、世界平和への執着があったり、世界が平和ではない現実にイライラしたりする場合ネガティブな感情が生まれてしまうため、この「世界を平和にしたい!」エゴがあることにより惨めな気持ちになったり苦しんだりすることもあります。

例えば「世界を平和にしたい!」というエゴを手放したり、現実と理想の違いにイライラする思いを手放したりなどネガティブな思いは手放して、エゴを持たなくても、今自分が世界を平和にできることを一つ一つ楽しく喜んで(ポジティブな思いだけ)取り組むことをするだけで世界平和に近づくことはできたりします。

世界平和はポジティブなものなので、ネガティブな思いや感情が内側にあると、ネガティブな出来事を引き寄せてしまい、なかなかその思いが現実に形にならなかったりします。

ポジティブなものを現実にする場合は、ポジティブな思いだけの方がそれを引き寄せて形にしやすいです。

人間は誰でもエゴを持つものであり、エゴを持つことは良いとか悪いとかの判断のことではないため、罪悪感を持つ必要はないのですが、例えポジティブな思いのエゴでも、それが手に入らない場合、エゴ(欲)は苦しみの元になりやすいということです。

まずは自分の内側にどんなエゴがあるのか、に『気づく』ことでエゴを手放せる次の段階に進めます。




エゴのなくし方(手放し方)

○エゴ(欲)は『本来の自分』ではありません。

内側にあるエゴに『気づく』ことができたら、

エゴ(欲)にギュッとしがみついてエゴと自分が「同一化」して自分が振り回されないようにしましょう。


エゴ(欲)が内側にある時には、それと戦ったり、抑圧したり、執着したり、無視をするのではなく(そうすると内側がどんどん暗闇になります。)

もしエゴに執着しているならば、そのエゴ(欲)にギュッとしがみついている手をパッと放し(非同一化)、

ただそのエゴが内側にあることに『気づき』、
それを観照し、
それが内側から流れ去るのをただ観ていましょう。

エゴは自分自身ではないので、内側から流れ去ればなくなります。



この「エゴ(欲)とは。エゴのなくし方。」のことが『瞑想』です。



『瞑想』とは、

エゴ(欲)だけでなく、
自分の内側に浮かび上がったあらゆる感情と自分を『同一化せず』、
そのあらゆる感情に『気づき』、
『観照』し、
『流れ去るのをただ観る』

それだけです。

とてもシンプルです。

そして、いつでもどこでもできます。


特別に目を閉じて坐る必要はなく、
歩きながらでも、話しながらでも、バスや電車に乗っている時でも、お風呂に入っている時でも、感情が内側に浮かび上がった時にはすぐにできるものです。


このお話の中の怒った僧のように、あらゆる感情を内側に抑圧して溜め込むと、いつかはそれらが爆発して怒りとなって吹き出します。

怒りで吹き出された場合は、人間関係の問題となったり、
怒りを出さずに溜め込んだ場合は、鬱になったり、肉体に病気として表れます。


このお話の中では、怒った相手が僧だったこともあり、怒った僧の内側にネガティブな感情があることを見抜いて、怒った僧の内側にあるマインドやエゴや感情を指摘し(しかも笑っていたし…)、喧嘩にはなりませんでした。




あらゆる感情と同一化せず、『瞑想』をして、内側から流し去れば、人間関係にも肉体にも問題はないまま、健全に感情を解放できます。


『瞑想』は僧侶の修行のためだけにあるのではありません。

『瞑想』は人間の感情を健全に内側から解放する一つのツールです。それはリラックスにもなります。


エゴやあらゆる感情だけではなく、
マインドも同じように『瞑想』によって、
内側から流し出せます。


「あ、内側にマインドやエゴやあらゆる感情が浮かび上がったな…」

と『気づいた』時に、

すぐに『瞑想』をしてそれらを流し出すだけです。


あらゆる感情と書きましたが、喜びや楽しい感情は笑ったりして普通に自然に解放しているならばそれでいいのです。

わたしは一時期、一年間ほど言葉が出なくなり話すことができなかったことがあり、また何年間も笑うことすらできなくなったことがありました。(今は話せますし笑えます。)

そのように、喜怒哀楽すべての感情を内側に溜め込む人は瞑想をしてそれらを観照し自然に流し去ることをするだけで、内側は空っぽになり楽になれます。

瞑想が苦手な場合は、絵を描いたり楽器を演奏したりスポーツやダンスなどをして、言葉以外のもので表現すると、あらゆる感情を解放できたりもします。


心が健康になれば、肉体も健康になります。


瞑想は、
お金は一切かからず、
目を閉じて坐る必要もなく、
特別な場所も必要なく、
特別な時間も必要なく、
あなたの身一つで、
心身共に健康になれるのです。

0円で(-_^)


わたしはいつでもどこでも、内側に浮かび上がったあらゆる感情やマインドやエゴを『瞑想』で流し出すお掃除をして10年ほどになりますが、不思議と年々瞑想が好きになりました。

内側が空っぽな状態は心地よく、心身共に軽く楽になるから体調がよくなるからです。

わたしの場合は、いつでもどこでも『瞑想』だけでなく、朝起きてすぐと夜寝る前の1時間を目を閉じて坐る瞑想にあてています。(時間がない場合は30分とか15分です。)

内側になんにもなく空っぽな状態でもとりあえず目を閉じて坐ってゆっくりリラックスします。

すると、リラックス脳波が出て脳の左右のバランスが良くなり、自律神経のバランスも良くなり、自律神経のバランスがよくなると内臓の働きが正常になるので体調がよくなります。

リラックスしているのですが、頭がスッキリ冴え、意識がはっきりします。

朝はすっきり目覚め、夜はそのまま熟睡します。


わたしの10年間の『瞑想』体験によると、心と頭の中が空っぽな状態でいる方が、いろいろなメリットがあることがわかりました。


ただ不安や心配をして迷っていても、問題は解決しません。外側の状況や環境は今すぐに自分の理想通りに変えることはできません。なぜなら、みんな1人1人心を持っているので、他者の心は触れないので手で動かしてよいしょっと変えることはできないのです。

それより、自分の不安や心配のマインドや感情やエゴを内側から一掃することは自分でできます。

内側が空っぽになることで、問題を解決することを考える脳のスペースや心にゆとり(スペース)ができるため、焦りや緊張感がなくなりリラックスすることで良い閃きやアイデアが浮かびやすくなり、洞察力を得るなどして問題をさくさく解決でき、したがって不安や心配はなくなっていきます。

不安や心配は体調を悪くするストレスの元でもあります。


わたしの場合は病に倒れたことで、自分の体調や心配性を改善したくてはじめましたが、毎日続けていると、瞑想の良さを実感できましたから10年間も続いているのかもしれません。

生きているといろいろな出来事がありますよね。それらにより自分から生み出された感情に左右されない安定した心(精神力の強さ)を持つことは、毎日の瞑想により得ることができます。

なにより0円ってとこが貧乏なわたしには魅力的です(-_^)

お金がかからず、身一つで、毎日瞑想するだけで、苦しみから解放されてリラックスでき至福になれるのだから、瞑想ってすごいな〜と思うこのごろです。


自分の生み出したエゴによりお困りの怒った僧にはやはり「瞑想」をお勧めします(-_^)


美しい女性と河で別れた後から何マイルも歩いている時間の中で、歩きながら瞑想をし、自分の内側からエゴやマインドや感情を観照し流し出す作業をしていれば、僧院までの長い距離と時間、その女性に関するエゴや怒りなどを背負って苦しむ必要はなかったかもしれませんね(-_^)


マインドは常に他の誰かに責任を転嫁しようとしますから、

怒った僧はもう1人の僧に、自分の内側のエゴや怒りなどの『影』を投影してしまい、

瞑想をすることを忘れ、他者の僧に怒りをぶつけて八つ当たりをしました。


怒りを誰かに八つ当たりをする前に、

『自分の内側にある怒りやエゴ(欲)はなんだろうか?』

に『気づく』ための『瞑想』をすると、人間関係に問題はなくなるかもしれません。



「お前はまだ彼女を運んでいるのか?」

と言われたように、
いつまでも未練がましく過去の満たされなかった未消化の思いにギュっとしがみついたまま執着し長い年月苦しむことはなくなるかもしれません。


過去に生まれたあらゆる感情や思いをずーと未消化のまま自分の内側に隠し抑圧し執着することは、自分自身を苦しめ続けます。


マインドやエゴや感情が内側にあることに『気づいたら』それを『瞑想』で流し出して内側をきれいさっぱりお掃除して空っぽにしたら、苦しみはなくなりますd(^_^o)


マインドやエゴや感情をギュっと掴んで執着して苦しむのが好きな方にはお勧めはしませんが、

苦しみを手放し心身ともに健康に暮らすことを思っている方には瞑想はお勧めです。

難しくはなく誰にでもできる簡単なものです。0円だしね(-_^)



花仙人


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