花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

盤珪の怒りのお話

盤珪の怒りのお話


昨日も書きましたが、このブログを読んで楽しいな〜と思われる方はそのまま楽しくお読みになってくださいね。

もしも、覚醒(光明)してみようかな…と思われているならば、光明Enlightenmentな状態を『思い出す』ためにはマインド(思考)やエゴ(欲)を自分の内側から空っぽにしなくてはならないので、知識もマインドになりますから、読んだことを全部忘れて頭の中を空っぽにするくらいの気持ちでいる方がいいかもしれません。


このブログでご紹介する逸話や物語などを読むことは、自分の内側にあるマインドやエゴに『気づく』ことを助ける一つのツールとして利用していただければと思っています。

改心することやドグマ(教義)を得るために読む必要は全くなく、

『気づく』こと、

『気づき』『手放し』『空っぽ』にすることが大切です。


精神分析に執着したりそのゲームにはまり陥ることもありません。精神分析はあくまでも、マインドとエゴに『気づき』『手放し』『空っぽ』にするための一つのツールなだけです。


これまでご紹介したカードの逸話や物語の中には、
マインドmindのお話や、
エゴegoのお話もあり、
その真逆にある愛loveをハートから与える(分かち合う)お話もありました。

今日は怒りangerのお話に関する導師盤珪のお話をカードの絵とoshoが講話でお話してくれた1部をご紹介します。


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怒りを感じるときは、それを誰か他の人に投げつけても、抑圧してもいけません。それは、ポジティブな方向に変容させることのできるすばらしい現象です。
(これはカードの解説です。)

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以下はoshoの講話の1部です。


禅の学生が導師盤珪 ( ばんけい ) のところに来て言った。

「導師(master)、私には自分ではどうしようもない怒りがあります。どうしたらそれを鎮めることができるでしょうか?」

「その怒りを私に見せてごらん。」
盤珪は言った。
「おもしろそうではないか。」

 「今はそれはありません。」
と学生は言った。
「ですから、お見せできません。」

「そうであれば」
盤珪は言った。
「それがある時に私のところにもって来るがいい。」

  「ですが、たまたまそれがある時に、それをもって来るわけにはゆかないのです。」
と学生は抗議した。
「予期せぬ時にそれは湧いてきます。そして、それをあなたのところにもって来る前に、私はまちがいなくそれを失ってしまうでしょう。」

「そういうことであれば」
盤珪は言った。
「それはあなたの本性の一部ではありえない。

もしそれがあなたの本性の一部であれば、あなたはいつであれ、それに私に見せることができたはずだ。

生まれた時、あなたはそれをもっていなかった--
だから、それは外側からあなたのところに来たにちがいない。

私は提案しよう、
いつであれ、それがあなたの中に入って来た時は、
その怒りが耐えきれなくなって逃げ出すまで、
自分を棒で打つがいい。」



今度あなたが怒りを感じたら、
家のまわりを七回走り回り、
その後で樹の下に坐って、
その怒りがどこに行ったのかを見守るがいい。

あなたはそれを抑圧しなかった。
あなたはそれを操らなかった。
あなたはそれを他の誰かに投げつけなかったのだ…。

怒りは精神的な嘔吐にすぎない…。

それを誰かに投げつける必要はまるでない…。

ジョギングを少しするか、
枕を取って、 その枕をあなたの手と歯がリラックスするまで叩くがいい。 

変容の中では、あなたはけっして操らない。

あなたはもっと醒めるだけだ。

怒りが起こっている--
それはすばらしい現象だ。
それはちょうど雲のなかの電気のようだ…。


怒りが起こっているさなかでも、
あなたが突然意識するようになったら、
それは落ちる。

それを試してごらん!

自分が熱くなっていて、人を殺したいそのさなかに--突然醒める。

すると、あなたは何かが変わったのを感じる。

内側のギア、そのカチッという音をあなたは感じることができる。

なにかが変わったのだ。

あなたの内なる存在がリラックスした。

あなたの外側の層がリラックスするには時間がかかるだろう。

だが、内側の層はすでにリラックスしている。

協力が壊された…もうあなたは怒りと同化していない。

肉体が冷めるには少し時間がかかる。
だが、中心深くでは、あらゆることがクールだ…。

クールなとき、あなたは全世界を楽しむことができる。

ホットなとき、あなたは失われている。

それと同化している。

あなたはそのなかでどうしようもなく混乱している。

どうしてそれを楽しむことができるだろう?

これは矛盾して聞こえるかもしれない。

だが私はあなたに言おう、
覚者だけがこの世界を楽しむ。


from osho talks
oshoの講話より
AND THE FLOWERS SHOWERED, pp.50-72 


from osho transformation tarot
osho transformation tarotより


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自分の内側に湧き上がってきた『怒り』は、

自分の内側に溜め込まず、
抑圧して内側に隠したりせず、
怒りと同一化をせず、
他者にぶつけて八つ当たりもせず、

外側に流し出しましょう。

盤珪は「自分を棒で打つがいい」と話していますが、それは実際には痛いし身体に悪いのでやめておきましょう。

導師盤珪が言う自分を棒で打つという意味は、実際に棒で自分を打つことかもしれませんし、怒りがある時はそれが自分の内側にあることやそれが内側から流れ去るまで怒りに『気づいていなさい』という意味での自分を打つということかもしれませんね。



○怒りは歯と手にエネルギーが溜まりやすい

怒っている犬や猫などの動物を身近で見たことがある人は気づいていると思いますが、人間も含め動物はみな怒りのエネルギーが『歯や指(手)』に行き溜まりやすいので、噛むことをしたり、手や指をバンバンと物を叩いたり殴ったりして動かしたりする動作をして、怒りのエネルギーを発散しようとします。

以前実家にいた犬も、怒った時は何かを加えて振り回しながらウ〜〜〜!とうなりながら激しく噛むことをしていました。

噛んだり、バンバン叩くなどをして歯や手から怒りのエネルギーを発散させようとします。

ですから、今日ご紹介したカードの絵のように、枕やクッションや座布団や布団などを手と歯がリラックスするまで叩くと怒りが手と歯から発散されてなくなっていくというのはとてもよく理解できます。

また、なんらかの理由や病の原因もなく歯や手が痛む時は、怒りが発散されず溜まっている場合もあります。それに『気づいた』ら枕などを叩いて発散させましょう。

スポーツやジョギングや散歩やダンスなどをして身体を動かして怒りやあらゆる感情を発散する方法もあります。

怒りを発散するには身体を好きなように動かすことで解放できるようです。


怒りがある時に、静かに坐って瞑想や坐禅をするのが難しく感じる場合があります。

その場合は、好きなだけ身体を動かした後に静かに坐って瞑想や坐禅をすると無理なくできたりします。(散歩やジョギングを15分でもするとエネルギーが発散されるため、静かに坐ることが無理なくできたりします。)


あと子供たちはエネルギーがいっぱいで発散させたくてじっとはしてはいられません。

ですから、瞑想でなくても、静かに座る必要がある場合は、15分間でもいいので思いっきり身体を動かして遊ばせます。すると、どの子供もエネルギーが発散されたため静かに座ってお話を聞いたりすることができたりします。


内側に溜まったエネルギーは、外側に自然に発散させる方が心や身体の健康には良いようです。



○怒りは本性ではない

導師盤珪もお話したように、
怒りやあらゆる感情やマインドやエゴなどは『本性』ではないと教え説いています。

『本性』とは生まれる前からの『本来の自分』のことです。

怒りは自分自身ではなく、
ただ自分の内側に湧き上がったモノ(エネルギー)です。

ですから、自分ではないモノである、怒りやあらゆる感情やマインドやエゴと自分を『同一化』しないように、同一化してそれに振り回されないように、と教え説いています。



昨日も書きましたが『瞑想』とは、

○自分の内側に浮かび上がったあらゆる感情やマインド(思考)やエゴ(欲)などと自分を『同一化』させず、

○あらゆるそれらに『気づき』、

○ただ『観照』し、

○それらが内側から『流れ去るのをただ観る』

それだけです。



とてもシンプルです。

そして、いつでもどこでもできます。



怒りをさきほどお話したように身体を使って発散させる方法もありますが、怒りを『瞑想』によって流し去る方法もあります。



わたしは10年ほど前から、体調改善のために瞑想を朝起きた時と夜寝る前に1時間ほど静かに坐ってします。すると朝はすっきり目覚め、夜は熟睡でき夢を見なくなりました。

脳内にリラックスの脳波が流れるからか、自律神経や内臓の働きやバランスが良くなりました。

そして、朝晩の瞑想だけでなく、内側にあらゆるマインドやエゴや感情が生まれた時はすぐに瞑想をしてそれらを流し出すようにしています。

もちろんその場合は坐って瞑想するのではなく、目を開けたまま、歩きながら、バスや電車に乗りながら、お風呂に入りながらなどいつでもどこでも瞑想をして内側をお掃除して空っぽな状態を保つようにしています。


人間ですから、マインドやエゴや感情が生まれるのは自然なことであり、それらが内側に湧き上がったり持ったりすることを善悪などの判断をする必要はなく、

それらが内側に湧き上がったり持ったりしたら、ただそれらに気づき瞑想して流し去るまで観照するだけで、内側からは自然となくなっていきます。


ですから、
あらゆる感情やマインドやエゴが湧き上がったり持ったりすることを優劣をつけて悪い人と思い、劣等感を持つ必要もなく、

また、

それらがまったくない人いわゆる「聖人」や「いい人」のように自分を演じて、あらゆる感情やマインドやエゴを内側に抑圧して隠し溜め込む苦しい生き方をする必要もありません。



内側に湧き上がったあらゆる感情やマインドやエゴは、

自分の内側に溜め込まず、
抑圧して内側に隠したりせず、
それらと同一化せず、
他者にぶつけて八つ当たりもせず、

身体を動かしたり、
瞑想をするなどして、

外側に流し出すだけでいいのです。


とても簡単で健全な方法で、
自分の内側にある苦しみを解放できます。


内側をとりあえず空っぽにしたら、
リラックスできるので、

空っぽになった脳と
ゆとり(スペース)のある心で、

今ある問題を解決するために、フルに脳を使い働かせることができるため、たくさんのアイデアや閃きが浮かび、それを行動におこしていくための手順が見えてきたりして、効率があがり仕事がはかどったりします。



怒ってはいけない、
泣いてはいけない、

そんな風に人間は昔から条件付けをされて育ちましたが、

感情を抑圧して溜め込むことは、
まったく不健全であることがわかった今、

怒りを他者にぶつけるのではなく、
自分の内側に抑圧して隠すのでもなく、

ただただそれを健全なやり方で内側から解放してあげればよいだけです。



導師である盤珪やoshoのお話は1人1人をそのような苦しみから解放する方法を伝えています。



もしよかったらお試しください。
すっきりさわやかな気分になります(^-^)



花仙人