花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

駿河の白隠



駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠

毎年いまごろの春になると、沼川沿いに白隠誕生300年を記念して植えられた2000本の染井吉野の「白隠ざくら」とよばれている桜が満開になります。

駿河で富士山と並んで有名な臨済宗の禅の導師(master)白隠は静岡県沼津市原で生まれました。この土地には200年以上たった今でも白隠が住職を務めた松蔭寺(白隠菩提寺でもある)や、松蔭寺から歩いて数分ほどのところにある産湯井戸など、ゆかりの場所が残されています。

白隠の産湯井戸も白隠菩提寺の松蔭寺もJR東海道線「原駅」から徒歩15分ほどのところにあります。

白隠は15歳の時に出家されその後全国を行脚しました。そして白隠菩提寺でもある松蔭寺で1717年、33歳の時から住職を務めました。

白隠は多くの弟子たちがいる禅の導師でしたが、とても多才であり、画家、書家、作家、そして健康指導家でもありました。

松蔭寺には、今でも多くの白隠が描いた禅画や達磨絵が所蔵されていて、一般公開は年に1度だけの毎年4月29日だそうです。(今もそうだと思いますがお出かけされるのでしたら、事前にお調べになってくださいね(^-^)。)

そして健康指導家。
白隠は「内観(ないかん)の法」という療法で自分の病気を治し、多くの弟子たちや人々を健康に導いたそうです。その体験を元に書いた「夜船閑話(やせんかんわ)」は、江戸時代から読み継がれていて、今でも本があるほど日本では有名な健康法です。わたしも試してみましたが冷え性がすぐに治りました(^-^)


それから、松蔭寺の山門は白隠が考えた山門と言われています。
この山門の瓦は全部で108枚あります。白隠はお寺におとずれる人々がこの山門をくぐる時に瓦と同じ数だけあるといわれる108の煩悩を鎮めることができるように…との思いを込めて作ったそうです。


さて、ではその山門をくぐって、今日は松蔭寺であった白隠のお話のカードの絵とoshoが講話でお話してくれた1部をご紹介します。


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生をあるがままに受け容れることです。
どんな理由ももたずに、楽しみなさい。
(これはカードの解説です。)

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以下はoshoの講話の1部です。


偉大な禅の導師(master)白隠が住んでいた村で、ある娘が妊娠した。彼女の父親は、彼女をおどしつけて、恋人の名前を知ろうとした。そしてついに、彼女は罰を逃れようとして、子供の父親は白隠だと告げた。

父親はそれ以上なにも言わなかった。

だが時が満ちて、子供が生まれると、彼はすぐに白隠のところに連れて行って、子供を放り出した。

「これはお前の子供のようだが。」

と彼は言い、 ことの不名誉に対してあらゆる侮辱とあざけりをまくしたてた。

白隠は、ただ一言、

「ほお、そうか。」

とだけ言って、その子を腕に抱いた。

それからというもの、彼は、その子供を、ぼろぼろになった長衣のたもとにくるんで、どこへでも連れて行った。

雨の降る日も、嵐の夜も、彼は近所の家々にミルクを貰いに出かけたものだ。

弟子の多くは、彼は堕落したと思って、反発して去って行った。が、白隠は一言も言わなかった。

一方、その子供の母親は、自分の子供から離れている苦しみに耐えられなくなっていた。

彼女は本当の父親の名前を明かした。 彼女の父親は白隠のもとに駆けつけて、ひれ伏し、何度も何度も許しを乞うた。 白隠は、

「ほお、そうか。」

とだけ言って、彼に子どもを返した。



これが受け容れることだ。

これが " タタータ " だ。

生がもたらすものはなんでもオーケーだ。完全にオーケーだ。

これが鏡のような質だ--なにも良くはなく、なにも悪くはない。すべてが神性だ。

生をあるがままに受け容れるがいい。

それを受け容れることで欲望が消える。

緊張が消える。不満が消える。

それをあるがままに受け容れることで、人はとても楽しく感じ始める。まったくなんの理由もないのに。

喜びに理由があると、それは長くは続かない。

喜びになんの理由もなければ、それは永遠にそこにある。 



from osho talks
oshoの講話より
ZEN : THE PATH OF PARADOX, Vol.3, pp.175-176 


from osho transformation tarot
osho transformation tarotより


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oshoは他の講話でもこの白隠の「ほお、そうか。」のお話をしています。

普通ならば、自分の子供ではない子をおまえの子供だな、と言われたら、違うと言うでしょう。

もし、本当に自分の子供であっても、立派な僧という肩書き(ラベル)や名誉に執着している人ならば、その子は自分の子供ではないと言う人もいるでしょう。

もしかしたら、その子供を殺して他の土地に移り住み知らぬ顔をして立派な僧をやり続ける人もいるかもしれません。

でも、白隠はただその子供の命をつなぐために腕に抱いて子供に必要なミルクなどを探してまわりました。

周り全ての人達が白隠をなんと言って噂をしても…。

白隠は自分の肩書き(ラベル)や名誉よりもその子供の命を大切に思うことが自然とできる人でした。


自分のエゴ(欲)やマインド(思考)に振り回されず、『今』目の前にある大切なことをやる、白隠のこの生き方は、真理を理解した自然な生き方です。


育児放棄する親、子供を暴力により虐待する親、子供を殺す親、『今』日本でも当たり前のようにそのようなことが起こっています。


セックスをするのは個人の自由です。
子供を生むのも個人の自由です。

それはやってはいけないことではありません。

性欲は生きるためのエネルギーでもありますから、性欲を無理やり抑圧し我慢するのは、生きる活気が失われて元気はなくなります。


今問題となっているのは、出産後の子育てのことです。


生まれてきた子供たちには罪はないのです。


今の世の中の人達のマインドやエゴによる、「勝ち組」になりたい!という理由だけで、本当には望んではいない結婚や出産はどうでしょうか?

子供を育てるのは大変なことです。



本当に愛した人と結婚できましたか?

本当に育みたくて子供を産みましたか?



愛されない子供も苦しみますが、

子供を愛せない親も苦しみます。



たとえ愛し合って結婚した夫婦であっても、子育ては大変な長い年月の学びとなります。

子育てを楽しめるのならば問題はありませんが、心に無理を感じるならば、

「勝ち組」でありたい…
「世間に認められるために」…

という理由だけで結婚や出産をして、後で苦しむのは自分と自分の子供です。



自分と自分の子供が後で苦しまないように、
結婚や妊娠の前に今一度、

『今』の自分の内側にある本当の声をちゃんと聞いてみてください。

『今』の自分が結婚も妊娠も本当は嫌だな…と感じたら、それがあなたの真の答えです。



今は嫌だなと思っていることも、何年か後になれば、前向きに受け入れることができるようになるかもしれません。

焦ることはありません。

どうかご自分の本当の思いを大切に…
どうかご自身を大切に愛してください…


自分を大切に愛する人には、
かならず、
あなたを大切に愛する人とのご縁があります。

逆に、

自分を大切にしない人には、
かならず、
あなたを大切にしない人がやってきます。


男の人にとっても、
女の人にとっても、


本当に愛する人と、
本当に育みたい子供と、
出会えますように…


また、結婚も子供もなく1人で生きることに至福を感じるならばそれが自分の内側からくる真の答えです。


1人1人に真の至福がありますように…


まずは、自分の『今』の内側にある本来の声に耳を傾け、自分を大切に愛しましょう。

すると、他者を愛することは自然とできるようになります。

白隠のように…


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love


sammasatiサマサティ(正しく想起する  right remembrance)


花仙人
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