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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

チャレンジ

osho サマサティ タロット
チャレンジ


桜の花は散りはじめ、それと同じくして他の植物の花々が咲きはじめました。

植物は家という建物の中には住んでいないし、服も着ていないので、いつもありのままで自然界とともにあります。

自然界のあらゆる天候や出来事をあるがままに受け入れながら『今』を生きています。

そんな中で根をはり、葉をしげらせ、花を咲かせ、実がなり、種を落とし、土の中で待ち、種から芽と根が出て、成長しながら生きています。

植物からは言葉にはならないあらゆることを学べます。

さて、今日は神さまが人間たちと一緒に地上に住んでいたころの古い古いお話のカードの絵とoshoが講話でお話してくれた1部をご紹介します。


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少しのチャレンジは必ず必要なことです。私たちは嵐--稲妻、雷鳴、そして悲しみ--を経験することで、それと同時に喜びと幸せを経験することでも、より豊かになってゆきます。
(これはカードの解説です。)

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以下はoshoの講話の1部です。


私はある古い寓話を聞いたことがある--非常に古いにちがいない、というのも、そのころ神は地上に住んでいたからだ…。

ある日、1人の年老いた農夫の男が来てこう言った。

「いいですか、あなたは神かもしれないし、世界を創ったかもしれない。でも、私は1つのことだけはあなたに言わなければなりません、あなたは農夫ではありません。あなたは農業のいろはさえ知らないのです。少しは学んだらどうですか。」

神は言った。

「どうすればいいのかね?」

農夫は言った。

「私に一年という時間をください。そしてものごとをただ私の言うとおりにしてください。それでどうなるか見てほしいのです。貧困はすっかりなくなっているでしょう!」

神は喜んでそうした。

そしてその農夫には一年が与えられた。当然、彼はもっとも良いものを求めた。もっとも良いこと--雷鳴はない、強い風はない、穀物に危険はないといったことだ。

あらゆることが快適で、心地よかったので、彼はとても幸せだった。小麦はとても背が高く育っていた!太陽が欲しいときには、太陽が照った。雨が欲しいときには、雨が降った。しかも彼の望みに応じて。この年はすべてにまちがいがなかった。数学的(マインド)に正しかった。 

小麦は非常に背高く育っていた…農夫はよく神のところに行って、こう言った。

「見てください!今度の穀物は、たとえ人々がこれから先十年は働かなくても充分なほどになるでしょう!」

だが、穀物が収穫されると、中には小麦がなかった。農夫は驚いた。彼は神にたずねた。

「どうしたのでしょう?なにがうまくいかなかったのでしょう?」

神は言った。

「チャレンジがなかったからだ。

お前の解釈(マインド)での悪いものをすべて避けたために小麦は能力がないままだった。

少しのチャレンジは必ず必要なものだ。嵐は必要だ。雷鳴、稲妻は必要だ。彼らは小麦の中の魂を揺り起こす。」



この寓話には途方もない価値がある。

もしあなたが幸せで、幸せで、ただ幸せなだけだったら、幸せはすべての意味を失う。

それはまるで、誰かが白い壁に白いチョークで書いているようなことになるだろう。けっして誰もそれを読むことはできないだろう。

黒い壁に白いチョークで書かなくてはそれを読むことはできない。

その対比においてのみ白が目立ち、はっきりする。

夜は昼と同じだけ必要だ。

ある時は確実に有害で有毒なものに見えたとしても、それを否定すべきではない。それを投げ捨てるべきではない。

なぜならば、もし何かを捨ててしまったら、後々、途中であなたが賢明になるにつれて後悔するだろうからだ。というのも、ある状況においてそれが必要になるからだ。

毒が薬として必要になる瞬間がある。

まさに賢者に触れると、毒が甘露(ネクター)になるという知恵の瞬間がある。

全ては二元性である。
ノーもイエスも、陰も陽も、闇も光も、悪も善も否定するのではなく、どちらも受け入れる。

そして悲しみの日々は、幸せの日々と同じように欠かすことができない。

これを私は理解と呼ぶ。

1度これを理解すれば、あなたはリラックスをする--明け渡しというリラックスを。

そして、徐々に徐々に、生のリズムを、二元性のリズムを、両極性のリズムを見れば見るほど、それだけあなたは求めるのをやめる、選ぶのをやめる。
あなたは秘密を見出したのだ!

この秘密とともに生きることだ。
そしてその美しさを見なさい。

そうすれば、あなたは突然驚くだろう。

生の祝福はなんと偉大なのだろう!

瞬間ごとに、 いかに多くがあなたに注がれていることだろう!

だがあなたは、自分の期待のなかで、自分の小さな取るにたりない欲望のなかで、ずっと生きている。そしてものごとがあなたの欲望にかなっていなかったら、あなたは惨めだ。

惨めとはただあなたの欲望にそわないということではない。それはけっしてあなたの欲望にはそわない。それはできない。ものごとは単に自然に従っているだけだ。

あなたがものごとの自然に従うときは、どのような影も投げかけられていない。そのときには、悲しみすらも輝いている。 悲しみすらも美しくある。

悲しみが来ないというのではない--それはやってくる--だがそれはあなたの敵ではない。あなたはその友だちになる。 

なぜなら、その必要性がわかるからだ。

あなたはその優美さを見ることができる。

そしてあなたは、
なぜそれがそこにあるのか、
そして、
なぜそれが必要なのかを見ることができる。

そしてそれなしでは、
あなたはもっと少ないだろう、
もっと多くはない。



from osho talks
oshoの講話より
THE PERFECT MASTER, Vol.2 pp.307-311 


from osho transformation tarot
osho transformation tarotより


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信頼

もし信頼することができたら、つねに何かが起こり、あなたの成長を助ける。あなたは与えられるのだ。

ある特定の時期に必要なものは何であろうと、あなたに与えられる。決してそれ以前にではない。

それが必要なときにしか得られない。そして、一瞬の遅れすらない。それが必要なときに、あなたはそれを得る、すぐに、即座に!

それが信頼の美しさだ。

徐々にあなたは、存在があなたに与えつづけているやり方を、存在があなたの面倒を見つづけているそのやり方を学んでいく。

あなたは無関心な存在の中で生きているのではない。それはあなたを無視しないのだ。

あなたは無用な心配をしている。

すべては与えられる。信頼のコツを一度学んだら、心配はすべて消える。



TRUST

If you can trust, something or other will always happen and will help your growth. You will be provided for. Whatsoever is needed at a particular time will be given to you, never before it. You get it only when you need it, and there is not even a single moment´s delay. When you need it you get it, immediately, instantly! 

That´s the beauty of trust. 

By and by you learn the ways of how existence goes on providing for you, how existence goes on caring about you. You are not living in an indifferent existence. It does not ignore you. You are unnecessarily worried; all is provided for. 

Once you have learnt the knack of trust, all worry disappears.


Oshoの講話より
The Wisdom of the Sands, Vol. 2, Talk #1

 

この農夫は自分のマインド(思考)とエゴ(欲)により、自分にとって都合のよい欲にそった天候となるように神さまに指示しました。

神さまは一年間だけはそのようにしました。

しかし、小麦は中身がなく育った。



チャレンジから得るものは、苦しみだけではなく、自分をさらに強く賢くしますよね。

その苦しみの体験から得た理解は、
知恵となり後にいつも自他ともに役に立つものとなり、
また、同じ苦しみを味わっている人たちへその苦しみを理解できる「思いやる心=愛」を持つ優しさ、強さと勇気となります。


その「思いやる心=愛」こそが力強く咲かせる花でありその芳香といわれています。


人間は、ただ物質的なものだけを摂取して肉体を成長させるためだけに生きているのではないことが、この寓話からわかります。


心も肉体と同じように養うことにより、周り全てを「思いやり」ながら、お互いを尊重して調和的に全てと共生共存できるようになります。


チャレンジは苦しいですが自分の敵ではなく、
チャレンジからはとても多くを学べ、
心をさらに強く高みへと成長させてくれる友なんですね。


苦もあり楽もあり、その二元性のどちらもがあるのが自然なんだ、ということが体感して理解できると、チャレンジに対して必要以上に恐れたり悩んだりしなくなります。


存在は、あなたの肉体的な成長だけでなく、心の成長にも必要な全てを与えています。


必要な時に必要なものを必然的に与えています。


辛く苦しいというマインド(思考)にばかり偏り心配ばかりに振り回されるのではなく、

なにを与えてくれているのか?に『気づく』ことも大切な学びです。



なぜそれが今の自分に起っているのか?

それから来ている自分へのメッセージは何なのか?

なぜ自分はそれによって苦しんでいるのか?

なにに苦しんでいるのか?


などなど、
あなたの内側にある「本当の気持ち(声)」にそっと耳を傾けてみてください。


その内側にある本来の自分の声だけが、あなたを苦しみから救う唯一の答えでもあります。


○「本来の自分の声」は内側奥底から湧き上がってくるものです。至福に導くものです。

○「エゴ(欲)の声」は頭からやってくるマインドの声です。不幸に導くものです。


この二つの違いを慎重に見分けることができますように…。


そのためには、落ち着いてゆっくりと自分の内側を観照してみましょう。

本来の自分の声はかならずそこにあります。


存在(本来の自分)の声を『信頼』できるようになると、不思議と不安や心配は消えていきます。


この農夫は存在(神)を『信頼』できなくて、数学的なマインドによる計算により神さまに頼んで天候を操りました。しかし、結果は、穀物の収穫はゼロでした…。


自然界は厳しくもありますが、だからといって自然界を否定するのではなく、自然界とともに調和して生きることは、結果的に人間だけでなく、全ての生き物たちが生き延びることができるのですね。


自然界とともに調和して生きるってどういうことなんだろう?

その答えも1人1人の内側の本来の自分がもうわかっています。

答えを知りたい人は内側の本来の自分の声に耳をそっと傾けてみて…


なんだか、
風の谷のナウシカのような寓話でしたね(^-^)


わたしにとっては苦しくてもチャレンジを克服したことによって得たモノは、魂の宝物となっています。


sammasatiサマサティ(正しく想起する  right remembrance)


花仙人

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