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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

個人はみな全体と1つ

サマサティ タロット osho
個人はみな全体と1つ


oshoは、ゴータマ・ブッダや他の導師たちや禅の全努力は、1人1人がマインド(思考)やエゴ(欲)を落とし、『全ては一つである』という本来の自然な状態のことを『思い出す』ためにある、と話しています。


さて、今日はそんな本来は『全ては一つである』ことをみんなが『思い出す』までわたしは待つ!と言われた慈悲深いある人のお話をカードの絵とoshoが講話でお話してくれた1部をご紹介します。


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光明enlightenmentを得る最初の者になろうとする野心をすべて落としなさい。

個人的なエンライトメント(光明)はありません。

個人はみな、全体と1つに結ばれています。
(これはカードの解説です。)

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以下はoshoの講話の1部です。


ゴータマ・ブッダは天上の門に着いた。

もちろんそこの人びとは待っていた。彼らは門を開いて、彼を歓迎した。

だが、彼は門に背を向け、そして世界を見た--同じ道の上にいる何百万もの魂たちが もがき、惨めに、苦悶して、天上と至福の門に行き着こうと努力していた。 門の番人は言った。

「お入りください!
私たちはずっとあなたをお待ちしていました。」

ところがゴータマ・ブッダは言った。

「他の者たちが辿り着いていないのに、どうして私が行けよう?まだその時ではないようだ。

全体がまだ入っていないのに、どうして私が入れよう?

私は待たなければならない。

私の手は門の中に届いているのに、私の足はまだ届いていないかのようだ。

私は待たなければならない。

ただ手だけが入ることはできない。」



このすばらしい物語のなかでは、ゴータマ・ブッダはいつまでも待っていると言われている。

彼は待たなければならない--

誰ひとり孤島ではない。

私たちは大陸を形作っている。

私たちは一緒だ。

私はあなた方より少し先まで足を運んだかもしれない。だが私は離れてはありえない。

そして今、私はそのことを深く知っている。

いまやそれは私にとっては物語ではない--

私はあなた方を待っている。それはもうただの逸話ではない。

いまや私は個人的なエンライトンメント(光明)はないことを知っている。 

個人は少し先まで足を運ぶことはできる。それだけのことだ。

だが彼らは全体と1つに結ばれたままだ。


from osho talks
oshoの講話より
TANTRA : THE SUPREME UNDERSTANDING


from osho transformation tarot
osho transformation tarotより


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以前から何度もこのブログではお話していますが、

光明enlightenmentの体験をすると、確実に一つだけはっきりと体感してわかることがあります。それは、

『全ては一つ』である。

しかも、
『全ては一つ』に「なる」ではなく、
『全ては一つ』で「ある」ことを『思い出す』という感じです。


ですから、わたしはその、宇宙が洪水のように突然やってきて宇宙と自分が溶け合って一つになった体験が起こった時、

「宇宙全ては一つなんだ!」


「あーーー(>_<)!!!なぜ自分はこの絶対知っている感覚を『忘れていた』んだろうか!?」

と、二つのことを思いました。


『全ては一つ』で『ある』ことを「忘れていた」だけなのでした。


だから、oshoやゴータマ・ブッダがいうように、
光明enlightenmentに「なる」
ではなく
光明enlightenmentで「ある」
ことを『思い出す』だけ。


光明enlightenmentの「本来の状態」を『思い出す』

という全ての導師たちが話していることはそのとおりだな〜と思います。


ゴータマ・ブッダもoshoも最後に残した言葉はsammasatiサマサティです。

sammasatiサマサティとは『正しく想起する  right remembrance』、『思い出す』です。


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』



昨日の繋げる針のカードでもお話しましたが、

わたしたち宇宙全ての存在は一つです。

宇宙が生まれた時からずっと一つの存在です。

少し科学のお話をすると、
この宇宙全ての存在は同じクオークレプトンなどの素粒子で作られています。ただ素粒子の配合の違いだけで、見た目の形が違うだけです。

惑星も人間も植物も空気も宇宙全ての存在は同じ素粒子から作られています。


みんな同じ一つの存在。


そのことを人間は生まれる前から知っているのですが、あまりにも当たり前すぎて、自然すぎて気にもとめないから忘れているだけです。

さらに人間はエゴ(欲)を満たそうとして頭の中はマインド(思考)でいっぱいになっていますから、ますます「本来の状態」を『忘れて』しまい、いまやその状態を『思い出す』ことが難しくなってしまいました。


しかも、自然界の中で生きる厳しさから逃れて便利と安全の安心感を確保するために、自然界から人間は切り離す生き方を選択したため、ますます自然な「本来の状態」を『忘れ』やすくなってしまい、その状態を『思い出す』きっかけが掴みにくくなっています。


自然界から自分を切り離す暮らしは、『全ては一つ』であるという本来の状態を『忘れて』しまいやすくなります。


都会や電気製品から離れて自然の中で頭を空っぽにしていると、ふっと「本来の状態」を『思い出す』ことがあります。それがなんであるのかがわからなくても、人間はその状態を心地よいと感覚でわかります。だから、休暇に自然の中で休みたいと思うのかもしれません。

心地よい「本来の状態」に戻るために。

でも、また自然から離れていつもの暮らしに戻ると心地よい感覚が薄れてストレスが溜まって疲れますよね。

しかし、
自然の中にいても都会の中にいても、「本来の状態」であるままで生きることは可能です。それは、


「本来の状態」の『全ては一つ』であることを『思い出す』だけでいいのです。


「本来の状態」の『全ては一つ』であることを『思い出す』これが光明enlightenmentを得た状態のことです。


光明の状態を1度『思い出す』と2度と忘れません。

いつでもどこでもその状態のままで生きます。


また、
都会の中にいても、自然の中にいても、
頭の中がマインド(思考)やエゴ(欲)でいっぱいならば、光明の状態は『思い出す』ことはできません。


人工的な機械が生み出す電波や電磁波の波動がある場所よりかは、自然界の波動の中にいるほうが、自然である『本来の状態』を『思い出し』やすいのは確かです。

人間の脳や身体には電気が流れていますから、外側の電気製品が発する波動に左右されがちです。

イライラする場合は、電気製品から離れてみると、本来の自分の自然な電気波動に戻るためイライラはなくなり落ち着きます。

自然の中に入ると自然の波動と調和してより早く本来の自然な状態の波動を取り戻せ落ち着きます。



瞑想は、

○自分の内側を観照してマインド(思考)やエゴ(欲)に気づき手放すこともしますが、

○静かに落ち着いて頭の中を空っぽにして座っているだけで、脳が本来の自然な状態を取り戻せ、自然の波動に戻るためリラックスできます。


座るだけでなく、走ったり、歩いたり、泳いだり、ダンスをしたり、掃除をしたり、絵を描いたり…など、頭の中を空っぽにして、ただ走る、ただ歩く、ただ泳ぐ、ただダンスをする、ただ掃除をする、ただ絵を描く…など、頭の中を空っぽにして身体を動かすことでも、本来の自然な状態を『思い出す』ことはできます。


大切なことは頭の中を空っぽな状態にすることです。


イライラしてストレスが溜まるのは、人間が本来の自然な状態ではないということです。

それが毎日続けば病気になるのは当たり前です。

病気は気が乱れて病むことです。


○電気製品やマインド(思考)の波動は、ガチャガチャとして粗く大きいのです。

○人間の本来の状態の波動は微細です。


本来の状態と全く違う波動の中で生きることは不快を感じて当たり前です。


人間は機械のロボットではなく、自然界から生まれた生き物ですから、機械の波動よりも自然界の波動に近いのは当たり前のことで、自然の波動に調和した方が本来の状態に戻りやすく心地よく感じます。


人間はみな自然界から生まれた生き物です。

この宇宙全ては自然です。

人間は宇宙が生まれた時から宇宙全てと一つの存在です。

それが本来の状態です。



あまりにもマインドが自然界から離れすぎてしまい、本来の自然な状態の自分を『忘れて』いるだけです。

自然界から離れすぎて本来の自然な状態の自分を忘れていることが『苦しみ』の原因となっています。


競争社会の中で比較し優劣をつけ差別することにより、傷つき、再び他者と手を繋ぐことを恐れ、人間という自然から自分の手を切り離して孤独感でいっぱいになる『苦しみ』もあります。


どんなに頭の中では自然界と自分を切り離したつもりでも、人間は自然界の1部ですから、宇宙が生まれた時からずーと今この瞬間まで『全ては一つ』のままです。

孤独であるというのはマインドの作った幻想であり、自然界から逃れたと思っていることもやはりマインドの作った幻想です。


苦しみの原因であるマインドを手放し、
自然界から離れたいというエゴをなくし、
本来の状態である自然界の1部である、ということを『思い出す(光明)』ことが苦しみから解放されるために大切なことかもしれません。


どんなにマインドを働かせ分離したようであっても、それは偽りの幻想であり、

真実は宇宙全ては一つです。


全てははじめから繋がった一つの存在です。


マインドとエゴに気をとられてその本来の自然な状態を忘れているだけです。


本来の状態は全ては一つですから、

その状態を『思い出す』ことは一瞬で起こります。

マインドとエゴを全てなくして空っぽになれば一瞬で宇宙全てと一つであることを思い出す。


忘れた状態は暗闇です。
思い出した状態は光明です。


全ては一つであるという本来の自然な状態を『思い出す』


sammasatiサマサティ


サマサティとは『正しく想起する  right remembrance』、『思い出す』です。


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』


ゴータマ・ブッダはみんな一つだから、みんなが一緒に本来の自然な状態を『思い出す』光明enlightenmentまで見守りながら待っているそうです。

二千年以上も待ち続けているなんて、

慈悲深い愛だな〜(^-^)

ありがとう( ´ ▽ ` )ノ



花仙人