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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

選択せずに中庸を保つ

選択せずに中庸を保つ


*  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  


『無頓着な心よ、中庸を保て。
    …するまで。』


このスートラ(経文)はこれだけだ。
わずか数語ではあるが、
あなたの生を完全に変えることができる。


ゴータマ・ブッダは彼の瞑想の方法論全体を、このスートラの上に発展させた。

彼の道はマッジマ・ニカーヤ(中道)として知られている。


『つねに中庸にとどまれ。すべてにおいて』


マインド(思考)は極端から極端へと動く。

それがマインドの習性だ。
だからそれは毎日起こる。

富の追求に狂奔していた人間が、すべてを放棄し裸の行者になる。富を敵視するようになる。
セックスだけに生きていた人間は、禁欲者になったり独居生活に入ったりする。セックスの否定だけに生きている。

これは奇跡でもなんでもない。
まったく普通の法則だ。

マインドが極端からもう一方の極端へと振り子のように移っただけだ。

その態度、その姿勢は極端にあるというその狂気はそのままだ。



シュラヴァナ王子がゴータマ・ブッダのサニヤスに入門しサニヤシン(探究者)になった。シュラヴァナ王子は酒と女が彼の世界のすべてだったので彼の王国全体は唖然とした。しかし、ゴータマ・ブッダは彼はマインドの法則により極端から極端へと移動しただけで、シュラヴァナは当たり前のことをしているのでびっくりすることではない、と話した。

シュラヴァナはそれまでの自分の在り方から対極へと動き、ひどく自虐的になった。六ヶ月の間に以前の美しい男とは同一人物には見えないほど、痩せ細り、醜くなり、陽に焼け黒くなった。

ある夜、ゴータマ・ブッダはシュラヴァナのところへ行き、尋ねた。

「シュラヴァナ。聞いた話では、入門する前、王子だった頃、よくヴィーナ(シタール)を弾いたそうだね。そして偉大な楽師だったそうだ。

それで聞きたいんだが、

もしヴィーナの弦がひどくゆるかったら、いったいどうなる。」

シュラヴァナは言った、

「弦がひどくゆるかったら、演奏はできません。」

そこでまたゴータマ・ブッダは尋ねた、

「もしヴィーナの弦がひどくきつかったら、いったいどうなる。」

シュラヴァナは言った、

「そうしたらやはり演奏は無理です。

弦の張り方はその中間にするんです。

ゆるすぎず、
きつすぎず、

ちょうどその中間です。」

シュラヴァナは言った、

「ヴィーナを弾くのは簡単です。

でも、弦を正しく中間に合わせられるのは達人だけです。」

そこでゴータマ・ブッダは言った、

「それこそ私の言いたいことだ。

ここ六ヶ月間、君を観察してきたけれども、

生においてもまた、

音楽が現れるのは、

弦がきついときでも、ゆるいときでもない。

中間にあるときだ。

放棄するのはやさしい。

ただ達人だけが、どうやって中間にとどまるかを知っている。

だから、シュラヴァナ、達人になれ。

そして生の弦を中間に張るんだ。

すべてにおいてだ。

こちらの極端からあちらの極端と動くのはやめなさい。

すべてのものには二つの極端がある。

シュラヴァナ、その中間にとどまるんだ。」



『無頓着な心よ、中庸を保て。
    …するまで。』



極端はマインド(思考)を魅了する。

なぜか。

なぜならば、中間にいたらマインドは死んでしまうからだ。

古い柱時計の振り子を見てごらん。
振り子は極端から極端へと動くから柱時計は一日中動き続ける。

左へ行くときには、右へ行くエネルギーを蓄めている。

右に向かっているときには、
ただ右に向かっているだけでなく、
左へ行く推力を蓄積しているのだ。

その振り子を中間にとどめてごらん!

すると推力はなくなってしまう。
振り子はエネルギーを失う。

そのエネルギーは極端から生じる。

左から右へ、右から左へ、
それは一つの円だ。

振り子を中間にとどめると、
動きは止まってしまう。


マインド(思考)はちょうど振り子のようなものだ。



『無頓着な心よ、中庸を保て。
    …するまで。』



「…するまで」とはどういう意味か。


「無頓着なマインドよ、中庸を保て。
    マインドがなくなるまで。」


ということだ。

マインド(mind 思考)が死ぬ(なくなる)まで中庸を保て。

もしマインド(mind 思考)が(陰陽の二元性の)両極に存在するとしたら、中庸はノーマインド(no mind)だ。



一見するとやさしそうだ。
一見すると単純そうだ。
自分にもできそうに思える。
後悔など必要ないということになれば、
気も楽になる。

試してごらん。
そうすればわかるだろう。

毎日よく観察してごらん。
きっとわかるだろう。

あなたはなにか極端なことを決定する、
それから他極へと移る。


あなたは怒る、
それから後悔する。


そして決心する

「いや、もう充分だ。これからはけっして怒るまい。」

それは極端だ。

だがあなたはそれに『気づかない』。


怒りとは、他極へと移る力を蓄積することだ。

今、あなたは後悔を感じている。嫌な気分だ。自己イメージがそこなわれた。もう自分が良い人間だとはいえない。自分は怒ってしまった。

もう怒るまいと決心することで、あなたは少なくとも、自分の中では安心できる。

あなたは安心する、他極へと移ったわけだ。


「もうけっして怒るまい」と言うマインドは、再び怒る。

そして再び怒るとき、
自分の後悔や決意といったもの全部が、
すっかり忘れられる。

そして怒った後、
また再びその怒るまいの決意が現れ、後悔が現れる。

だが、
あなたはそこにある欺瞞を感じることがない。

今までずっとその連続だった。

マインドは、
怒りから後悔へ、
後悔から怒りへと動く。


もし、怒ったとしても、
そのときには、どうか後悔だけはしないでほしい。

対極へと移らず、中間にとどまるのだ。

「私は怒ってしまった、
私は悪い人間だ、
暴力的な人間だ。
私は怒ってしまった。
これが私の姿だ。」

と言いなさい。

ありのままの怒る自分の姿を受け入れなさい。
否定し拒絶するのではなく。


後悔の対極に移らず、中間にとどまれば、
もはや推力、エネルギーは蓄積されず、
再び怒ることはなくなる。


だから、このスートラは言う、


『無頓着な心よ、中庸を保て。
    …するまで。』


「…するまで」とはどういう意味か。

「無頓着なマインドよ、中庸を保て。
    マインドがなくなるまで。」

ということだ。

マインド(mind 思考)が死ぬ(なくなる)まで中庸を保て。

もしマインド(mind 思考)が(陰陽の二元性の)両極に存在するとしたら、中庸はノーマインド(no mind)だ。


マインドのものでない愛だけが争いなしに存在する。だがそのような愛はまったく別物だ。


ゴータマ・ブッダは愛する…。
それはまったく別物だ。

ゴータマ・ブッダがやって来てあなたを愛したとしても、あなたは嬉しく感じないだろう。

というのも、まったく欠点がないからだ。

それはひたすら甘く、そして甘く、そして甘く、そして退屈だ。

なぜならスパイス(情趣)は争いに由来するからだ。

ゴータマ・ブッダは怒ることができない。
愛することしかできない。

あなたにはその愛が感じられない。

なぜならば、あなたの場合(光明を得ていない場合)、対立関係にあるものしか感じられない。だから、対照物がないと愛は感じられない。

だから、夫と妻は延々と喧嘩を続ける。
愛と憎しみの両極を行ったり来たりしている。

世話役、相談役、偉人というものが存在してきた。そして、どうやって生き、どうやって愛するかを説いてきた。にもかかわらず、夫婦は喧嘩を続ける。

マインド(思考)は必ず反対方向に動く。



ゴータマ・ブッダはマインドの両極に動く振り子をとめ中庸のノーマインドに至った。
光明enlightenmentを得た。

妻と子供のもとを去り12年の月日が経っていた。

ゴータマ・ブッダは光明を得て妻や家族に会うために12年ぶりに故郷の街へと帰った。

妻のヤショダーラは出迎えに行かなかった。
街全体は彼を迎えに集まった。
妻だけがいなかった。
ゴータマ・ブッダは笑った。
そして一番弟子であるアーナンダに言った。

「ヤショダーラは来なかった。私は彼女のことをよく知っている。どうやら彼女はまだ私のことを愛しているらしい。彼女はプライドが高い。そしてプライドが傷ついたのだ。12年という歳月は長い、だからもう私のことを愛していないだろうと思っていた。

だがまだ愛しているらしい。
まだ怒っているらしい。
私を迎えに来なかった。
だから、こちらから家に出向くとしよう。」

そこでブッダは出かけた。
アーナンダも同行した。

アーナンダが入門したとき、彼はゴータマ・ブッダにひとつの条件を持ち出した。
「自分はいつもゴータマ・ブッダと一緒だ」という条件だ。
アーナンダは年長の従兄だった、だからゴータマ・ブッダも譲らざるをえなかった。

ゴータマ・ブッダはアーナンダに言った、

「今回だけは、ここで待っていてほしい。一緒に来てはだめだ。

彼女はきっと荒れ狂うだろう。

12年ぶりに帰って来るのだ。

私はかつて彼女に一言も告げずに逃げ出した。

彼女はいまだに怒っている、

だから一緒に来ないでほしい。

でないと彼女は思うだろう…

『ものを言うことさえ許してくれなかった』

と。

きっと言いたいことがたくさんあるだろう、だから怒りたいだけ怒らせてやりたい。

一緒に来てはいけない。」

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ゴータマ・ブッダは中に入った。
ヤショダーラはまさに火山の上にいた。
そして噴火した、爆発した。
泣きじゃくりながら、いろんなことを言った。

ゴータマ・ブッダはじっとしていた、待っていた。

彼女は少しづつ冷静さを取り戻した。

そしてゴータマ・ブッダがまだ一言もしゃべっていないことに気づいた。

彼女は目をぬぐってゴータマ・ブッダを見た。

ゴータマ・ブッダは言った、

「言いたいことがあってやって来た。

私はなにかを得た、なにかを知った、なにかを覚った。

もしあなたが冷静になったら、そのメッセージを、わたしの覚った真理を、伝えてあげよう。

私がこうしてじっと待っていたのも、カタルシス(浄化)をさせてあげようと思ったからだ。

12年は長い月日だ。

きっと傷もたくさん蓄めてきただろう。
怒るのもよくわかる、
それは当然のことだ。

つまりあなたはまだ私を愛しているということだ。

だが、その愛を超えた愛がある。

そしてただその愛ゆえに、こうして戻ってきて、あなたに語りかけているのだ。」

だがヤショダーラにはその愛が感じられなかった。

それを感じるのは難しい、

なぜなら、

それはあまりにも静かだからだ。

それはあまりにも静かだ。

まるで存在していないかのようだ。


マインド(思考)がなくなり、
ノーマインドになるとき、
違った愛が起こる。


その愛には反対物がない。

マインドがなくなりノーマインドになるときには、なにが起ころうとも、そこに反対物はない。


マインド(思考)があると、つねに正反対の物がある。

そして、マインドは振り子のように動く。



『無頓着な心よ、中庸を保て。
    …するまで。』



このスートラはすばらしい。

だから試してごらん。

このスートラはあなたの生活全体に適用するものだ。

時々実行するというものではない。
いつも心がけておく。

なにかをするとき、
歩くとき、
食べるとき、
あるいは人間関係において、

すべてにおいて中庸を保つ。


ともかく試してごらん。

そうすればきっと感じるだろう…

ある静けさが成長し、
ある穏やかさが到来し、
ある静かな中心が内側に育っていく…。


たとえ正確に中庸を保てなかったとしても、
とにかく中庸を保つように努めることだ。

そうすれば少しづつ、
中庸の意味が感じ取れるようになるだろう。


憎しみと愛、
怒りと後悔、

ともかくなんであれ、

いつもその両極端を思い出し、
その中間にいるようにする。

そうすれば遅かれ早かれ、
正確な中間点に出くわすだろう。


いったんそれを知ったら、
もう2度とそれを忘れることがない。


なぜなら、
その中間点はマインドを超えているからだ。

その中間点こそ、
神性(スピリチュアリティ)のすべてだ。


from osho talks
oshoの講話より

Vigyan bhairav tantra
ヴィギャン バイラヴ タントラ
「源泉への道」


この講話の日本語に翻訳された本はこちらです。

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英語のPDFダウンロードはこちはです。


Vigyan Bhairav Tantra, Vol 1&2

The Book of the Secrets: A New Commentary, The original series of 80 discourses were simply called ”Vigyan Bhairav Tantra”. For publication as books they were divided up into 5 volumes, called the ”The Book of the Secrets Volume 1 - 5” (16 discourses each).The books were later published as ”Vigyan Bhairav Tantra Volumes 1 and 2”,(40 discourses each). The two volumes also came with a deck of 112 cards to represent the various meditations.

vol.1
Talks given from 01/10/72 pm to 01/03/73 pm English Discourse series
vol.2
Talks given from 25/03/73 pm to 08/11/73 pm English Discourse series


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正しく想起する、

sammasatiサマサティ(right remembrance)


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』



花仙人