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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

罪悪感を捨てる

罪悪感を捨てる


『過去』を変えることはできません。

人間や生き物たちや物に対して『過去』に意識してまたは無意識に酷いことをしてしまい、罪悪感を持ったことがあることは誰もが体験したことがあるものです。

それにより後悔をしたりするなど後味の悪い思いをしてしまいます。


酷いことをされた側より、
酷いことをした側の方が
酷いことをしたことを忘れてしまうものだ。

酷いことをされた側は、
いつまでもそのことを覚えていて痛みを抱えて生きていくものだ。


と昔から言われますが、
実際には、人間は全ての記憶を失うことなく、
全て覚えているのだそうです。

「忘れてしまった」というのは、

それをいつも思い出していることは、
あまりにも苦痛なため生きていくことが辛すぎて狂ってしまい、日常生活を送ることが困難になるからです。


「忘れてしまった」方が都合がいい…


人間は自分が『今』を生きるために、
都合の悪いことは全て
「忘れたこと」
にしてしまう(防衛)本能を持っています。


酷いことをされた側は、
あまりにもその記憶の痛みが辛すぎるために、
自分の内側の奥深い無意識の中に押し込めて
見えないように、
聞こえないように、
感じないように、
隠してしまいます。


酷いことをした側も、
あまりにもその記憶の罪悪感が辛すぎるために、
自分の内側の奥深い無意識の中に押し込めて
見えないように、
聞こえないように、
感じないように、
隠してしまいます。


しかし、それらの記憶による痛みや罪悪感は消え去ることはなく、ずーっと内側の無意識の中にあり続けます。

それを内側から外側に解放しない限り、
それはずーっとあり続けます。


そして、何かのきっかけにより、その隠した記憶が痛みや罪悪感の感覚とともに、ふっと一瞬で湧き上がってくるフラッシュバックという現象が起こることがあります。


「忘れていた」と思っていた感覚が、
一瞬で「思い出される」のです。


記憶とともに湧き上がってくるリアルな痛みや罪悪感などの感覚があまりにも辛すぎて、ビックリするため、また、急いで自分の内側奥深い無意識の中にぎゅーと押し込んで抑圧してしまいます。


それは内側から外側に解放されなくては、なくなることは永遠にないのに…。


それは内側から外側へと早く解放されたがっているのに…。


苦しみを2度と見たくないと思うため、
自分の中にぎゅーと押し込んで抑圧し隠してしまうのですね。


抑圧し隠したその記憶と痛みや罪悪感そのものが、自分を苦しめている傷の「膿」です。

「膿」が外側に流し出されるまで、
心の傷は治りません。


人間の記憶とは、
なくならないものなのです。

自分にとって都合の悪い記憶は、
「忘れたこと」
にしているだけです。


いつもそれを「思い出して」いることで、
『今』を生きることが辛くなるから、
「忘れたこと」にしているだけです。


やってしまった
『過去』を変えることはできません。


誰もが失敗を経験するものです。


oshoはこう話します。

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『失敗はたくさんしたらいい、
失敗からしか学べないことばかりだからだ。

しかし、

同じ失敗を2度繰り返さないようにしなさい。

同じ失敗を2度繰り返さないようになることは成長するということだ。

失敗から学びなさい。

2度と繰り返さないようになるためにも。』


そして、


『罪悪感を捨てなさい。

罪などすべて忘れてしまうがいい、

聖人らしさもすべて忘れてしまうがいい。

どちらもバカげている。

この2つが一緒になって、
人間の喜びをすべて破壊してきた。

罪を犯した人は罪悪感を感じている。

喜びが失われているのはそのためだ。

たえず罪悪感を感じていたら、

自分はこんな悪いことをした、
あんな悪いことをした、
と告白するために、
いつも教会に行って懺悔をしていたら、
どうして「生」を楽しめるかね?

悪いこと、
悪いこと、
悪いこと…

あなたの「生」全体が罪で作られているようだ。

どうしてその状態で『今』を楽しく生きることができるかね?

「生」を楽しむことなど不可能になる。

あなたは重くなる、重荷がかかってしまう。

罪悪感があなたの胸の上に岩のように居座り、あなたを圧してつぶす。

あなたを踊れなくしてしまう。

どうして踊れるかね?

どうして罪悪感が踊れるかね?
どうして罪悪感が歌えるかね?
どうして罪悪感が愛せるかね?
どうして罪悪感が生きられるかね?

だから、
自分はなにか悪いことをやっていると思っている人は、罪の意識を抱いている。

重荷を背負い、
死より先に死んでいて、
すでに墓に入っている。』

(osho zen tarotカード罪悪感より抜粋)

と話します。


大切なことは、

自分のした失敗で自分を罰するかのように罪悪感を持ち後悔し続けて絶望し苦しむことよりも、

oshoが話すように、
失敗をすることにビクビク恐れず、
失敗はたくさん経験してもいい。
失敗をしたら、失敗から学び、
その教訓を生かして、
同じ失敗を2度繰り返さないようにすることです。

同じ失敗を繰り返してしまうならば、
その自分が失敗するパターンをよく観察して知ることも、同じパターンを繰り返して失敗しないようにするためにも大切なことです。

(人間は意識的に生きることによって、
必ず自分で自分を改善できるのです。
そういう能力を持って生まれてきています。)

それが自分を成長させることです。

「過去」の自分よりも
『今』の自分は成長できるのです。




傷つけた方も、
傷ついた方も、
その傷の「膿」が流れ出て傷が癒えるまで、
それは

痛み、
怒り、
憎しみ、
復讐心、
悲しみ、
罪悪感、
後悔、
劣等感など

が、自分の内側からなくなるまで、
重く疼くような痛みがあり続け苦しみます。


「忘れていた」ようでも、
それは自分の内側にあるのですから、

その痛みなどの思いの波動は自分から出ていて、同じような痛みの体験をまた引き寄せてしまうため、

内側にある傷に『気づく』まで、
エンドレスに
同じような痛みの体験を繰り返してしまいます。


傷つけた人は、
自分の中にいる罪の自分を消し去りたくて、
自分を罰するように大切にしなかったりします。

そして、傷つけた人を再び見ると、
自分の罪の苦しみが疼くため辛くなり、
自分の内側にある罪悪感をなくすことを知らない人は、
また、
疼く苦しみを消そうとして、その相手や相手に似たタイプの人を傷つけてしまいます。

自分の内側にある罪悪感による苦しみがあるのは、
傷つけた相手を見るから辛いと思い込み、
相手を再び見たくないと思い、
相手を視界から消し去ろうとして追い払ったり、
相手を消し去ろうとしたりして殺してしまうこともあります。


そうやって、
自分をどんどん責めていき、
自分をどんどん他人から引き離し、

自分の悪い自分を否定するため、
聖人のような自分を演じようとしたりします。

偽りの自分という仮面をかぶって演じ続けて緊張し疲れきってしまい、

またそのストレスが爆発して他人に酷いことをしてしまったりします。


悪循環です。


他人に酷いことをしたり暴力をしてしまい後悔や罪悪感や劣等感を持ってしまったならば、

そのような悪い自分を「見たくない」と

奥深い無意識の中にぎゅーと押し込んで抑圧し隠し続けるのではなく、

なるべく早いうちに、

苦しくてもそれと向き合い、
受けとめ、
観て、
気づき、
理解し、

それを自分の内側から外側に解放してあげることが、

それを全て捨て去ることが、

自分を愛し大切にすることです。

そして、同じ失敗を繰り返さなくなると、

他人をも愛し大切にすることにもなります。




『過去』を変えることはできません。

しかし、失敗から学べることはたくさんあります。

罪悪感や劣等感や後悔などは捨て去りましょう。

それがあらゆる悪循環を自分と他人にもたらす問題の原因です。

『今』を楽しく生きることができない原因です。


罪悪感や劣等感などのネガティブなマインド(思考)に偏る自分をやめましょう。

だからといって、

聖人のようになろうとしてポジティブなマインド(思考)に偏ることもやめましょう。


ネガティブやポジティブのどちらの両極でもない、

振り子が止まった
その真ん中の中庸の状態であることを意識しましょう。

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極端ではなく、
普通が1番自然体で心地よいと人間は感じます。


罪人でも聖人でもなく、
その真ん中でいいのです(-_^)


真ん中の状態が本来の自然な状態の自分ですから、無理なく自然とそうあることができるものです。だから難しいことではありません。


罪人と聖人であり続けることは極端ですから、努力が必要であり、緊張し疲れ果てます。自然ではないので…。


罪人でも聖人でもなく、
自然なリラックスした状態に戻りましょう(-_^)


それは必ず沈黙の至福を感じます(^-^)


決して難しくはないのです。
ありのままの自分ですから(^-^)
振り子を止めるだけでいいのです。


良い人にも
悪い人にも
ならなくていいのです。


普通が1番の至福です(-_^)


失敗だらけの人生でしたσ(^_^;)
そんなわたしでも至福になれたのですから、わたしの実体験からも確かです(-_^)

自由を愛するわたしですから、
けっして無理にとはいいません。

罪悪感を持ち続けたいのであればそれは自由ですから。

もし興味があれば、よかったら、
罪悪感を捨て去る、
劣等感を捨て去る、
お試しくださいね(^-^)

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「過去」でもなく「未来」でもなく、
『今』を真に楽しく生きることはできるのです。


真に自由の愛の至福になるために、

正しく想起する、

sammasatiサマサティ(right remembrance)


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』



花仙人
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