花仙人の日記

『全ては1つ』を「思い出す」sammasati

おしゃかさま

おしゃかさま



ゴータマ・ブッダ(おしゃかさま)が地球の人間に貢献したことは、

人は自分で自分を苦しみから救うことができる、
それは本来の自然な状態『魂(源泉)』と『存在全ては一つである』
という真を『思い出す』こと(光明 enlightenment を得る)である

sammasati

と伝え続け、

1人1人の苦しみに耳を傾け
それぞれにわかりやすいように
1人1人の自分自身の内側にある
苦しみの原因(種)である
◯ エゴ(自我・欲)
◯ マインド(思考)
に自分で『気づく』ように導き
それらを自分で『理解』が起こることで
自然と苦しみの原因(種)を『手放す』ことができるように導き
多くの人々が自分で自分を苦しみから救い出せたことです。



ゴータマ・ブッダは自分の体験により
内側から得た真理をみんなも得られるようにと
分かち合い導く慈悲深い導師(master)でした。

ゴータマ・ブッダはみんなの導師となりましたが、
光明 enlightenment が起こるまでの間
彼は自身を導いてくれる導師とのご縁や出会いはありませんでした。
もちろん、その当時にも導師といわれる人達はいましたが
運命なのか彼の導師となる人との縁はなかったのでした。

自分だけで自身を導く運命だったのでしょうか。
彼は手探りで光明 enlightenment が起こるために
自身の内側を1人で探究するしかありませんでした。


ありとあらゆることを何年間も試したゴータマ・ブッダ
全てやりつくし、もうこれ以上やるべきことがない…
と思ったある日
菩提樹の木の下でなにもせずリラックスをして
ゆっくりと眠りました。
その眠りから目が覚めた早朝、
42歳の12月8日の朝、菩提樹の木の下で
光明 enlightenment を得ることが起こりました。


それまでの生まれた後から作り上げた偽りの自分が全て死んで
生まれる前からある本来の自然な状態を『思い出す』光明 enlightenment が起こった…


今日はゴータマ・ブッダと彼の家族とのお話のカードをご紹介します。


ゴータマ・ブッダがなし得たことは素晴らしいことだったのですが、
真理を探究し光明 enlightenment を得る探究者(サニヤシン)になるには難しい立場にありました。
なぜならば、彼は一国の偉大なる王の息子である王子だったのです。

家族のいる宮殿を去り
王の唯一の後継者である自分が王子であることをやめて、
1人の探究者として生きることを父親である王が許すはずもなく、
王族の家族から大反対にあうことは目に見えてわかっていました。

それでも、
彼は自分の内側から湧き上がってくる思いに抗うことはできず、
自分の直感を信頼して、
自分にとって正しいと感じる道を選択しました。

で、
夜逃げ決行です…

今ならば、王子が夜逃げ!?
とワイドショーで騒がれること間違いなしσ(^_^;)
きっと、当時も騒がれたことでしょうσ(^_^;)


ゴータマ・ブッダ
王子ではなく
内側にある真理を得るための探究者になる運命は、
彼が生まれた時、占い師によって父親の王には伝えられていました。

ですから、

父親である王は
息子ゴータマ・ブッダが探究者にならず
王を引き継ぐようにするために、
ゴータマ・ブッダが幼い頃から全てを与えて
なに不自由なく生きれるようにと、
季節ごとに快適に住める宮殿を数箇所に作って住まわせたり、
探究者に興味を持たせないために探究者(サニヤシン)を見せないようにしたり、
また探究心を持たせないために死について学ばないようにさせるために、
老人や病人や枯葉などを見せないように宮殿には美しい若い男女しか住まわせず、
枯葉は常に取り去られて見せないようにしたりと
ありとあらゆることを必死で工夫したのですが…

ある日王子が宮殿の外に出ることがあり、
みんな気をつけてはいたのですが、
その日に限って、
彼は老人を見たり病人や死人や死体を焼く火葬場を見てしまいました。
そして探究者(サニヤシン)をも見てしまったのです。

彼は病人や老人をはじめて見て、
そのもの達も自分と同じ人間であることに驚き、
はじめて全ての人間が自分をも含めて病気になったり老いて死ぬことを知った瞬間でした。

今までの宮殿内での豊かで穏やかでなんの苦しみのない楽園のような暮らしとは
全く違う世界を知りました。

世の中にはこんなにたくさん苦しんでいる人達がいるのかと…

ゴータマ・ブッダは人々を苦しみから救いたいと強く思いました。
それはもう誰にも止められないほどの揺るぎない思いとなりました。
そして、人々を苦しみから救うための答えを見つけるために
探究者になることを自然と選んだのです。

父親である王が恐れていた占い師の予言が現実となったのです。

長年父親である王は占いの予言どおりにならないように
すっごく頑張ったのですが、
定められた運命には逆らえなかったのか、
探究者になるために息子王子は夜逃げ…

さてさて、
前回に引き続き、導師(master)ゴータマ・ブッダ(お釈迦さま)の
お話のカードの絵とoshoが講話でお話してくれた1部をご紹介します。




commentary(解説)…

あなた自身の感じていることが完全に正しいとされていて
--しかもあなたが、自分はまったく正しい!と感じる--
そのような状況においてすら、
それでもなお、
これまでにあなたが知ってきたあらゆることを超えている、
なにかの可能性に対して開いていなさい。
過去の体験から飛び出して、まったく新しい次元に飛び込みなさい。


osho…

ゴータマ・ブッダ
真理を探究するための探究者(サニヤシン)になるために宮殿から去った頃は
彼の妻ヤショダーラが赤ちゃんを産んだばかりだった。

彼は宮殿から去る前、
最後に一目自分と妻の愛の証である赤ちゃんを見ようとして妻の部屋へと向かった。
妻も赤ちゃんもぐっすりと眠っていた。

赤ちゃんはブランケットに覆われていて顔が見えなかった。
もしかしたら2度と帰ってはこれないかもしれないから
ブランケットをずらして赤ちゃんの顔を一目見たかったのだが、
妻のヤショダーラが起きてしまいどこへ行くのか?と聞かれ、
夜中にぐっすりと眠っている宮殿のみんなを起こし、
そこに父親がよばれ宮殿を去ることができなくなることをおそれてできなかった。

彼はただ去った…

それから長い年月が経った。
ゴータマ・ブッダが42歳で光明(enlightenment)を得て、
最初にしたことは、
自分の家族のもと宮殿に帰ることだった。
そうすることで、 彼になにが起こったかを彼らが知ることができるように…。
そして、以前自分が愛していたそれらすべての人びとを彼が思い出したというのは自然なことだ。

彼はまず最初に父親に会った。
父親である王はとても怒っていた。
父親は光明を得ることが素晴らしいことだとは知ってはいたが、
父親にとっては息子である王子が
自分のあとをついで王になることだけを望みただただ怒った。

その後に妻と息子に会った。
だが彼の妻、ヤショダーラは、非常に怒っていた。
それもまた自然で、人間的だ。

ある夜、この夫は、行くということを告げることすらせずに、突然逃げ出した…。
その傷は深かった。
そして、あなたは驚くだろうが、
その傷は、ゴータマ・シッダルタ(ゴータマ・ブッダが光明を得る前の名前)が
彼女を置き去りにしたからではなかった--それは問題ではなかった。

彼女はこの人を途方もなく愛していたので、
もし彼が自分の内的な探究のために森に行くことを望んでいたのなら、
彼女はそれを許していただろう。

傷は、彼が彼女になにも言わなかったことだった。

彼が彼女を信頼していなかったことだった--それが傷だった。

その違いを見てごらん!

これが彼女を痛めていたことだったのだ--
「なぜ彼は私を信じることができなかったのだろう…?」

そして彼が着いたとき、突然、彼女は怒っていた。
彼女の怒りは爆発した。
彼女は言った。

「なぜあなたは私に言わなかったの?
私はあなたを妨げはしなかったでしょう。
それに、あなたは私を知っているではありませんか--
ほんとうによく知っているのに。
私たちは何年も一緒に暮らしたのよ。
私が一度でも、なにかのことであなたの邪魔をしたことがあったでしょうか?
私はあなたをとても深く、とても広く愛していました…
私があなたの探究の妨げになることはなかったでしょう。
なぜあなたは私に言ってくださらなかったのですか?」

彼女は何度も何度も彼にたずねた。
それから怒って、息子を呼んだ。
ゴータマ・ブッダが去ったとき、その子は生後一ヶ月にすぎなかった。
今では彼は十二歳で、絶えずたずねていた。

「私の父はどこにいるのですか?私の父は誰なのですか?」

彼女はその少年を呼んで言った。

ラーフラ、この人があなたの父親です。
彼は臆病者のように逃げたのです。
この人があなたに生を与えたのです。
さあ、財産を譲ってもらいなさい!」

彼女はあざけって挑発していた。
ゴータマ・ブッダはいまや乞食だったからだ--どんな財産を?
彼はいったいなにを得たのだろう?

そしてゴータマ・ブッダはどうしたか、
あなたはわかるかね?

彼はその子を弟子にイニシエートした。
彼は、その子に自分の乞食用の鉢を与えて言った。

「私はほんとうはこのために来たのだよ。
私は見い出した。
そして私の息子にも見い出してほしい。
そしてヤショダーラ、この怒りはもう終わりにしなさい。
今ではもう意味がない。
お前が怒っているその男はもういないからだ。
私は死んで、再び生まれている。
私はお前の激しい怒りを理解することはできるが、
あの夜にお前を置き去りにしたその男はもういない。
もう一度私をみてごらん!」

目は涙でいっぱいになっていたが、彼女は見た…そして認めた。

彼女の怒りはすべて消えた。
彼女はゴータマ・ブッダの足もとにひれ伏した。
イニシエーションを求め、彼の弟子になった。


from osho talks
oshoの講話より

The Perfect Master vol.2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちらです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=10

The Book of the Secrets vol.5
この講話の英語のPDFダウンロードはありません。

from osho transformation tarot
osho transformation tarotより


* * * * * * * * * * * * *


ゴータマ・ブッダは純粋に多くの人々を苦しみから救いたいと思い、
その答えを得るためだけのために、
その揺るぎない自分の思いだけを信頼して
愛する家族や豊かな暮らしのある宮殿から去り
探究者となるために森へ行きました。
(ここからはoshoが講話で語ったお話をご紹介します。)



ゴータマ・ブッダは自分の宮殿を後にした。
彼は臆病者でもなければ逃避者でもなかった。

ではなぜ、彼は宮殿を去ったのだろう?

ラビンドラナートは、それについて美しい詩を書いている。

彼は宮殿を去った。
12年間、彼は森林を歩き回り、修行して瞑想した。
そして究極の悦びの日が訪れた。
彼は光明 enlightenment を得た。

当然、彼が思い出した最初の事は、
彼が愛した女性、後に残してきた子供、
今なお彼が戻ることを望んでいる老い父親に、
良い知らせを伝えるために宮殿に戻ることだった。

それはとても人間的だ。それはハートに触れる。
12年後に彼は帰って来た。

どの父親もそうであるように、彼の父親は怒っていた。
父親は彼が誰なのか、彼がどうなったのかわからなかった。

とても大きくて、とても清み切った彼の個性が、見えなかった。
全世界がそれに気づくようになっていたが、彼の父親はそれに盲目だった。

父親はいまだに彼を、
すでにもう存在していない人格、
彼が宮殿を去った日に放棄した人格として考えていた。
(人格=生まれた後に作り上げた性格、偽りの自分、仮面。
個性=生まれる前から持っている性格、本来の自分。)

事実、ゴータマ・ブッダ
ただ自分の人格を放棄するためだけ、
宮殿を去らねばならなかった。

彼は他人が彼について考えているものではなく、
あるがままの自分(個性=本来の自分)を知りたかった。

しかし今、父親は12年前の目で、
彼の顔を覗き込んでいた。
彼は再びゴータマ・ブッダに言った。

「わしはお前の父親だ。わしはお前を愛している--
たとえお前がわしを深く傷つけ、深く痛めつけようとも…。
わしは老いた、そしてこの12年間は拷問だった。
お前はわしのただ1人の息子だ。
お前が戻って来られるように、わしはどうにか生きていこうとした。
今お前は帰って来た。
帝国の統治権を受け継いで王になるのだ!
さあわしを休ませてくれ。もうわしは休息すべき時だ。
お前はわしに反抗する罪を犯した。
そしてお前は、わしにほとんどむごい仕打ちをした。
しかしわしはお前を許そう、
王になる機会はまだ開かれているぞ。」

ゴータマ・ブッダは笑い、そして言った。

「国王陛下、あなたが話している人物に、もう少しよく気づいてください。
宮殿を後にした男はもういません。
彼はだいぶ前に死にました。
私は別人です--私をよく見てください!」

すると父親はさらにひどく怒った。

「お前はわしを欺くつもりなのか?
わしがお前を知らないだと?
わしはお前のことを、お前が自分自身を知っているよりもよく知っているのだ!
わしはお前の父親だ。
わしがお前を誕生させたのだ。
お前の血の中にはわしが流れている--
それなのに、わしがお前を知らないだと?」

ゴータマ・ブッダは言った。

「それでも私はお願いします、殿下…。
あなたは確かに私を誕生させてくださいました。
私はあなたを通してやって来ました。それは本当です。
しかしあなたは、ただの乗り物だったのです。
ちょうど、ある人が馬に乗っているという理由だけで、
馬が乗り手のことを知っていることにはなりません。
私はあなたの身体の扉を通過しました。
しかしそのことで、あなたが私を知っていることにはなりません。
実際のところ、
12年前、私は自分が誰であるかすら、知らなかったのです。

今、私は知っています!
私の目の中を見てください。
どうか過去を忘れてください--
今と、ここにいることです!」

しかし、父親にはできなかった。
彼の老いた目、怒りと喜びの涙で一杯になった目では、
彼はゴータマ・ブッダに何が起こったのか見ることはできなかった。

「あいつは何と馬鹿げたことを話しているのだ、
あいつは死に、再び生まれただと?
あいつは全く違った個人であるだと?
あいつはもう人格(パーソナリティ)ではなく
個(インディヴィジュアリティ)であるだと?」

辞書では、
人格「パーソナリティpersonality」と
個「インディヴィジュアリティindividuality」は
同義語だ。
それらは生においては同義語ではない。

人格は偽物、見せかけ、外観だ。
個であることがあなたの真実だ。

なぜ私たちは、
自分に注意を払ってもらうために、
とても多くの人々を欲しがるのだろうか?

なぜ私たちは、これを強く望むのだろうか?

それは人格を作るためだ。

そして自分自身の周りに人格を作れば作るほど、
あなたの個が知られる可能性は少なくなる。
(人格=生まれた後に作り上げた性格、偽りの自分、仮面。
個性=生まれる前から持っている性格、本来の自分。)

そしてゴータマ・ブッダが彼の妻に会いに言った時、
彼女はもっと怒っていた。
彼女はたった一つの質問をした。
非常に意義深い質問をした。
彼女は言った。

「聞きたいことが一つだけあります。
長い年月、私は待っていました。
そこでたった一つ質問があります。
その質問は単純です、しかし正直でいてください。」

彼女はまだ、ゴータマ・ブッダがごまかすだろうと思っていた。

「正直でいてください。真実であってください。
そして私に、一つの事だけを言ってください。
あなたが森の中で達成したものが何であれ、
それは宮殿のここで達成することは不可能だったのでしょうか?
神は森の中にだけいて、
この市場にはいないのでしょうか?」

彼女の質問は、途方もなく意義深い。
ゴータマ・ブッダは言った。

「そう、真理は森の中にあるのと同じくらいここにもある。
しかし、それをここで知ることは、私にとっては非常に難しかっただろう。
なぜなら
私は人格の中で自分を見失っていたからだ。

王子という人格、
夫という人格、
父親という人格、
息子という人格の中で…。

自分が誰であるかを私に思い出させる者が誰もいないように、
そして私が「自分は誰か?」という問題に自分で答えられるように、
自分の人格を後へ残して去って行っただけだ。

私は自分自身と対面したかった。
私は他人の応答には興味がなかった。」

しかし、
他の誰もが他人の応答に興味がある。
誰かが「あなたはとても美しい」と言う時を、
あなたはどれほど愛することだろう。

人格(パーソナリティ)は展示品だ。
それは
他人を欺けるが、
あなたを欺くことはできない、
少なくとも長い期間においては…。

自分の個(インディヴィジュアリティ)を楽しむことができると、
あなたは自由だ--他人への依存から自由になる。

もし彼らの注目を求めるなら、
代わりに代価を支払わねばならない。
それは束縛だ。
人々に自分への注目を求めれば求めるほど、
あなたは商品(販売して購入できる物)になってしまう。


oshoの講話、the book of wisdom / アティーシャの知恵の書より抜粋
この講話の英語のPDFダウンロードはこちらです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=2


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自分で自分を苦しみから救うためには

光明 enlightenment が起こる必要があり、

光明 enlightenment が起こるためには、

自分の人格である

自分の内側にある
◯ エゴ(自我・欲)
◯ マインド(思考)
を全て根こそぎ『手放し』
空っぽの0(ゼロ)の無にしなくては、
その本来の自然な状態である個の光明 enlightenment
再び「感覚」で『思い出す』ことはできません。

そして明け渡し surrender が必要です。


人格(ペルソナ)は生まれた後に
◯ エゴ(自我・欲)
◯ マインド(思考)
によって作り上げた性格であり、

人間の本来の自然な状態の『魂(源泉)』の愛と至福ではありません。

ですから、
やはり人格(ペルソナ=エゴとマインド)である
◯ エゴ(自我・欲)を捨てなくては
光明 enlightenment が起こることはありません。

なぜならば、
光明 enlightenment の『本来の自然な状態』『魂(源泉)』とは
「偽りの私(自分)=人格」(ペルソナ)の状態ではないからです。


ゴータマ・ブッダは生まれた後に周りの環境や状況によって条件付けをされ、
あらゆる人格を身につけて生きてきました。

それを全部落としなくすためには、
宮殿を去ることをしなくては『本来の自然な状態』を取り戻せないほど
周りの人間たちからの圧力が強かったのでしょうね。


ゴータマ・ブッダだけでなく、
これは全ての人間に起こっていることです。


人間は人格と個性のギャップ(違い)が大きいほど、
本来の自然な状態(個性)『魂(源泉)』を見失い、
それは大変苦しむ原因となっています。


今も二千年前の昔も人間の持つ苦しみの原因は変わらないものなのですね。


なぜいまだに
二千年前に人間を苦しみから解放する答えを得た
ゴータマ・ブッダの導きが大切に伝え続けられているのか…
がわかる気もします。


息子には王になって欲しい!
というエゴとマインドで雁字搦めになっていた父親王には
本来の自然な状態のゴータマ・ブッダが見えなかったのです。


人はみなそれぞれの生き方がありますから、
父親王は父親王の人生を生きたのでしょうね。

ゴータマ・ブッダは彼の人生を生きたのです。

親子といえども、
人生の道は違って当たり前で、
それが自然です。


父親王以外の多くの人達は、
光明 enlightenment が起こった
本来の自然な状態に生まれ変わったゴータマ・ブッダの導きにより、
『気づき』が起こり
苦しみの原因(種)である
◯ エゴ(自我・欲)
◯ マインド(思考)
を『手放す』ことができ
自分で自分を苦しみから解放でき喜んでいました。

ゴータマ・ブッダは弟子となった
妻ヤショダーラや息子ラーフラ
他たくさんの弟子たちとともに
80歳になるまで村から村へと歩いて周り、
1人1人を苦しみから導くことや
弟子になったも者たちを光明 enlightenment へと導きました。



人は自分で自分を苦しみから救うことができる、
それは本来の自然な状態『魂(源泉)』と『存在全ては一つである』
という真を『思い出す』こと(光明 enlightenment を得る)である


ゴータマ・ブッダが最後に残した言葉は、
sammasati サマサティ




内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』



sammasati サマサティ
right remembrance
正しく想起する

『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

瞑想と愛 meditation & love



花仙人



瞑想はたくさんの種類があります。
ご自身にあった瞑想がみつかるといいですね。



『ヴィギャン・バイラヴ・タントラ』シリーズ

シヴァによって与えられたという五千年前の112の瞑想技法集
『ヴィギャン・バイラヴ・タントラ』の
導師 master osho が講話です。
和訳された本は全部で10巻です。

第一巻 内なる宇宙の発見
第二巻 源泉への道
第三巻 第三の眼
第四巻 沈黙の音
第五巻 愛の円環
第六巻 覚醒の深みへ
第七巻 光と闇の瞑想
第八巻 存在とひとつに
第九巻 生の神秘
第十巻 空の哲学

(わたしは第七と九巻をまだ持っていないのでこの写真の中にその2冊の本はありません。)


Vigyan Bhairav Tantra, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15


oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations


oshoの瞑想音楽はこちら、





花仙人