花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

中心に定まる=意識(愛)の成長

中心に定まる=意識(愛)の成長


たくさん楽しいことをして遊ばれましたか?

日本人は働きすぎになりがちになりますから、せめて土日の週末くらいは頭を使わずにゆっくりのんびりしてたくさん遊んで楽しくおすごしください(^-^)

何かに夢中になりワクワク楽しいことをして無心(ノーマインド)になるとき、人間は幸せや不幸の二元性を超えた至福感でいっぱいになります。

無心になり楽しく遊ぶことは、
毎日頭をたくさん使って生きなくてはならない偽りの不自然な不快な状態から、
本来の自然な至福の状態に一瞬で引き戻してくれます(^-^)

遊ぶことはバランスをとるためにも大切な一つです(-_^)


人間は不幸や死に対する恐怖心が強くあるため、
幸せか不幸か…などをいつも考えてしまい、
不幸にならないように…と思うマインド(思考)が振り子のように、
幸せか不幸かの二元性の両極を行ったり来たりして動くことで、
バランスを崩してしまい、
不安定で落ち着かず、
腹(源泉)が座ることなく、
中心に定まっていないことが、
苦しみの原因となっています。

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苦しみから自分を解放したいならば、
『二元性を超える』

それは、

生きていればいろいろな出来事が起こるのが自然であり、
その出来事を幸せか不幸かと思うのは自分のマインド(思考)が判断しているだけのことであると「理解」し、

両極のどちらの極端にも執着せず偏らず、

両極に動く振り子の動きを止めて、
両極の真ん中である中心に定まることで、

心はいつも波風たつことなく穏やかになり、
腹が座るようにどっしりと構えて落ち着くことが自然とできるようになる、

と、ざっくりいうとこんな感じです。


『二元性を超える』=ノーマインド


悩みや考え事がなくなり空っぽになり、
ノーマインドになる時に人間は
静かで穏やかな沈黙の至福を得ます。


その沈黙の至福で満たされた状態が、
人間の本来の自然な状態です。


いつもは頭の中が悩みや考え事(マインド)でいっぱいで、ガチャガチャとした雑音でうるさい状態なので、本来の自然な沈黙の至福の状態を『忘れて』います。

自分の本来の自然な至福の状態はいつも変わらずそのままあるのです。

ですから、頭の中にあるガチャガチャうるさい雑音のマインド(思考)を全て捨て去ることができれば、ブラウン管テレビのブラウン管の中の真空のような空っぽな無の状態を一瞬で『思い出し』『体感』できるのです(-_^)


その空っぽな状態の本来の自然な状態の至福を『思い出し』『体感』することを、
光明enlightenmentとよばれています。


頭の中にあるガチャガチャうるさい雑音は雲としてたとえられています。

太陽の光を遮る雲があると、暗くなります。

雲一つない青空の状態だと、光り明るくなります。

光明とは雲(マインド)という雑音一つない青空の沈黙の状態です。


光明とは雲(マインド)一つない青空の真空の状態です。

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人間の本来の自然な状態は、
光で明るくなんにもない真空な状態で、
それを人間は心地よい至福と感じます。


とーちゃん仙人は、ブラウン管テレビのブラウン管を作るお仕事をしていました。

ブラウン管の中を真空の状態にしなければ、
ブラウン管の中に放つ3色の光の色(レッド、グリーン、ブルー)がまっすぐに通らないから真空にする必要がある、といつも話してくれました。

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工場見学にも何回か訪れましたし、ブラウン管を真空にする作業の場所も記憶にありますが、
ブラウン管テレビのブラウン管の中をどのように真空にするのか?その技術はわたしには検討もつきませんがσ(^_^;)

でも、そのように物質を真空の状態にする技術を人間は持っているのですから、

人間である自分の内側を真空の状態にする能力はある、ということになります(-_^)

厳密には、本来の真空な自然状態であることを『思い出す』ということなのですが。


この広い宇宙は、一つの小さな真空のエネルギー体が一瞬で大爆発(ビッグバン)をしたことから生まれた、と科学では伝えられています。

真空から生まれた。

人間の本来の自然な状態も真空です。

人間のお臍の少し下にある『源泉』は真空です。

『源泉』は真空のブラウン管σ(^_^;)?


宗教では、このビッグバンのお話を、

混沌(カオス)とした暗闇の中で、
神さまが

『光あれ』

と言った瞬間に、

ピカーと暗闇に光が走りこの世界(宇宙)が生まれた、

と伝えられています。

暗闇が先にあり、
光が後に生まれた。

闇と光は二元性の両極です。

この世界宇宙が生まれた時から二元性は存在していて、一枚のコインのように同じ質の二つの側面があるからこそ、あらゆるモノが生み出され続けているといわれています。

二元性の両極である男と女から新しい人間が生まれるように。

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そして、
闇の中で『光あれ』という神さまの言葉=音が先にあって、その後に光が放たれました。

光より音が先にあるのですね。

暗闇、音、光の順番です。


ビッグバンは、
暗闇にバンという爆発音が先にあり真空のエネルギー体が爆発の光を放ったのかも?しれませんよね。


『過去』のことは実際に『今』見ていないからわかりませんよねσ(^_^;)


人間の卵子精子が受精し、最初の細胞分裂がある時に、ビッグバンのような小さい爆発音があり、光が放たれるというお話を聞いたことがあります。


宇宙のはじまりも、
人間のはじまりも、
暗闇の中のビッグバンから光が放たれて生まれているのかも?しれませんよね(-_^)


わたしは宗教にも科学にもまったく詳しくなく無宗教で無知なのでうまく説明ができなくてすまないσ(^_^;)


難しいことはわからないが、
宇宙も宇宙から生まれた人間も、
本来の自然な状態は真空の無、空っぽな状態であるということです。

宇宙すべては二元性の両極によって生み出されてはいるが、

その両極のどちらにも偏らず、

両極の真ん中の中心に定まることで
バランスをとり、

バランスがとれその状態を保つことで、
全ての存在がうまく存在し続けている。

バランスが崩れた時は、
全ての存在がうまく存在し続けることが難しくなる。

そのバランスが崩れた時に
あらゆる不調和を不快に感じて
人間は苦しくなる。


宇宙から生まれた人間をも含めた
全ての存在が心地よく安定して存在するためには、
バランスをとることが基本なのかもしれません。


人間であれば、
心と身体のバランスをとること。

二元性の両極ではなく
その真ん中の中心に定まること。


1人1人の人間が中心に定まりバランスがとれていると、人間だけでなく、地球に存在する全ての存在や、宇宙全ての存在のバランスにも影響して、全てがバランスのとれた心地よい状態となる。


中心に定まるには、ブラウン管になること。

あ、違ったσ(^_^;)

中心に定まるには、真空の無音になること。

無音とはノーマインド、沈黙。

雲(マインド)一つない青空の光の明かり。

雲とは頭の中にある悩みや考え事のガチャガチャうるさい言葉の音。



愛とは無音です。真空です。光です。

愛の中にはガチャガチャうるさい言葉の音のマインドはまったくありません。

ですから、
自分の内側が無音、沈黙の状態の時にだけ
人間は愛になります。

二元性の両極の真ん中の中庸になった時に、
人間は無音の沈黙の愛になります。

ノーマインド(無、空、真空)=愛

ノーマインド=本来の自然な状態。

ということは、

本来の自然な状態=愛

です。

ブラウン管の中は真空だから愛100%だったのか(-_^)


中心に定まる=愛


oshoやタントラの祖師サラハはこう話します。

『ノーマインドになり中心に定まった時に愛になり、その時はじめて、愛を高みへと昇ることができる。

最初に知る愛は肉体のセックスの愛、
次に知る愛は無条件の愛、
最後に知る愛は慈悲の愛、

肉体のセックスの愛は種であり、
無条件の愛は花であり、
慈悲の愛は花の芳香だ。

肉体のセックスの愛を愛を知る最後の段階にしないで、
愛の高みへと昇る学びの最初の段階にしなさい。

愛の学びはマインドの動きの時間の平行軸ではない。

愛の学びは中心に定まった時からはじまる上下の動きの梯子を昇るような学びとなる。

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左右ではなく上下の動きとなる。

だから、愛の中に時間はない。

上下の動きとは時間はなくなり、
あるのは『今』だけになる。

愛はいつも『今』この瞬間にしかない。

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「過去」でも「未来」でもなく、

愛はいつも『今』この瞬間にある。

明日になれば愛を得られると思ってはいけない。

愛は『今』ここにあるのだから。

愛は『今』ここのあなたの本来の自然な状態の自分なのだから。

「過去」と「未来」はマインドが想像している幻想であり、『今』ここにある現実ではない。

愛はマインドの想像の中には存在しない。

愛は現実の『今』にしかないのだ。

愛は本来の自然な状態の自分だ。

愛はいつも『今』ここの自分自身だ。

それを『忘れて』いるだけだ。

『今』にありなさい。

そうすれば『思い出す』。

肉体のセックスの愛を最後の段階にしないで、それを愛の高みへと昇る学びのはじめの段階にしなさい。

種から成長し高みへと昇り育っていきなさい。

愛には限界はなく無限であることを知るだろう。』


中心に定まってからが、
真の至福である愛を昇る学びがはじまります。

それは究極の至福の愛を体感する学びです。

人間は肉体のセックスの愛しかまだ知りません。

ほんのわずかな人達だけが無条件の愛を体感して知っています。

もし、みんなが無条件の愛を知っていれば、争いは一瞬でなくなり、調和の平和が一瞬で訪れます。

慈悲の愛になれば…この地球は天国の楽園となるでしょう。


肉体のセックスの愛から慈悲の愛へと…。

種から花を咲かせ花の芳香へと…。


人間はまだ肉体セックスの愛しか知りません。

そこから長い時間が過ぎましたが次への進化へとなかなか進んではいません。

なぜならば、

セックスと死を非難して拒否することを人間社会が教え続けているからです。

セックスも死も自然なことであり、
極端に否定するものではありません。

極端にあると、バランスが崩れます。

大切なことは中心に定まったバランスをとることです。

拒否するでもなく、
耽溺するでもなく、

その真ん中の中心にあることがバランスがとれている状態です。

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中心に定まり、そこからさらなる高みへと愛の梯子を昇って、意識を高みへと変容させ、進化することができるのです。


oshoやタントラの導師サラハは、

死とセックスを否定したり非難したりはしません。

なぜならば、

そこから真の愛の高みへと昇る学びがはじまるからです。


愛の高みを「体感」しなければ、
真の愛と至福を「体感」しなければ、
真に満たされませんから、

満たされないという思いを持ってしまい、
満たしたいというエゴ(欲)を持ち、
満たすためにはどうするかというマインド(思考)が働き、
自分の幸福のために他人を利用するようになり、
その愛のない関係性が苦しみとなり、
人間は争いあうことをはじめてしまい、
調和で平和な生き方がなかなかできない状態になっているのが現実です。


人間は愛を高みへと学ぶ学びがまだはじまってはいないのです。


本来の自然な愛の状態の自分を『忘れて』しまったために…。


誰もが一瞬で本来の自然な状態の自分=愛の状態を『思い出す』ことができるのに。


愛を高みへと昇る学びは『今』この瞬間からはじめることができるのに。


『今』この瞬間から至福の愛を生きることができるのに。


肉体のセックスの愛を知っただけで死にたいですか?

無条件や慈悲の愛を体感して至福の極みを体験してから死にたいですか?


選択は自由です(-_^)

わたしは自由を愛します(^-^)


それから、
無理にセックスをする必要はありません。

セックスにただ溺れて終わることも選択の自由ですし、
セックスの愛から高みへと昇る学びもあるというお話です。


セックスをしなくても、
パートナーがいなくても、
恋愛をしなくても、
1人であっても、
中心に定まり、
愛が溢れ出し、
瞑想と愛することをすることによって、
愛を高みへと昇ることもできるのですから(-_^)

わたしは1人であることの学びの瞑想と愛の生き方で愛を昇る学びをしています(^-^)


わたしの体験からは、

慈悲の愛は…

言葉にならないほどです(-_^)

言葉にはできないものが真の愛です。

だから、体感して知ってください(^-^)

ゴータマ・ブッダやoshoの愛のような、
それは甘く…甘く…甘く…さらに甘く…
甘い愛です(-_^)

究極の慈悲の愛の蜜の味を知ってしまったら、もう、エゴの愛には戻れません。

苦いエゴの愛の関係にはもう、戻れませんσ(^_^;)

それは確かです(-_^)



さあ、
たくさん遊んで楽しい週末をおすごしください(-_^)


中心に定まる=愛を高みへと昇るはじまり


自分の内側の中心(源泉)を『思い出す』


真に自由の愛の至福を『思い出す』

正しく想起する、

sammasatiサマサティ(right remembrance)


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』



花仙人



タントラの愛の高みへと昇るお話はこの本からもわかります。
弟子たちからの恋人や夫婦の問題などにも丁寧に答えています。

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英語のダウンロードPDFはこちらです。

The Tantra Vision, Vol 1&2




中心である源泉に定まるには…

というoshoの講話の本もあります。

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『あなたの内側には、
〈存在〉とつながっている一点(源泉)、
〈存在〉と一つになっている一点がある。

いったんこの中心を知れば、
自分が我が家にいるということがわかる。

〈存在〉はあなたの母となる。』



英語のPDFダウンロードはこちはです。


Vigyan Bhairav Tantra, Vol 1&2

The Book of the Secrets: A New Commentary, The original series of 80 discourses were simply called ”Vigyan Bhairav Tantra”. For publication as books they were divided up into 5 volumes, called the ”The Book of the Secrets Volume 1 - 5” (16 discourses each).The books were later published as ”Vigyan Bhairav Tantra Volumes 1 and 2”,(40 discourses each). The two volumes also came with a deck of 112 cards to represent the various meditations.

vol.1
Talks given from 01/10/72 pm to 01/03/73 pm English Discourse series
vol.2
Talks given from 25/03/73 pm to 08/11/73 pm English Discourse series



花仙人