読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

三つの愛と愛の梯子

三つの愛と愛の梯子


二元性を超えて中庸の中心に定まると、
愛を高みへと昇る梯子があることに気づきます。

f:id:hanasennin9:20160605112502j:plain

その愛には三つの学びがあると言われています。

愛の梯子の1番低いところは肉体のセックスの愛、

愛の梯子の次の高みのところは無条件の愛、

愛の梯子の1番高いところは慈悲の愛。

肉体のセックスの愛は種、
無条件の愛は花、
慈悲の愛は(花の)芳香。


愛の梯子を昇るようにして
三つの愛を学ぶことは、

愛が種から芽を出し成長し、
花を咲かせ、
その芳香が周り全体に漂うようなものだと、

oshoは話します。


しかし、今現在のところ、
ほとんどの人たちは高みの愛を知りません。

なぜならば、
その学びがまだはじまっていないからです。

なぜならば、
中心から両極に偏り続けているため、
愛の梯子が目の前に存在しないからです。

愛の梯子は中心にあります。

振り子のように二元性の両極を行ったり来たりする動きをやめて、中心で止まると、目の前に愛の梯子が存在しているので、それを昇っていくことが可能になるのです。


愛を高みへと昇る学びをしたいか、したくないかは、個人の自由な選択です。

肉体のセックスの愛の学びだけで終わるもよし、
無条件の愛まで昇るもよし、
さらなる上の慈悲の愛まで学ぶもよし。



ここでは、
慈悲の愛まで学ぼうかな、と思う人に向けて、もう少し書きのこしておきます。

慈悲の愛はいわゆる、天国の楽園です。

この愛の梯子は、
楽園へと帰る地図となります。


アダムとイブは禁じられていた
知恵の木のリンゴを食べてしまったため
楽園から追放されて地上に来たそうです。
神様は2人をおしおきとして楽園から追放しましたが、
楽園に再び帰る地図は、
ちゃんと神様が与えていました。

秘密の地図を…

外側のどこを探しても見つかりません。

なぜならば、
その地図は人間の内側にあるからです。

神様は人間の中に秘密の地図を与えていました(-_^)

神の秘密=神秘



このブログでは、今年の3月あたりから、ずーと、マインド(思考)とエゴ(欲)のお話をタロットカードのお話を通して書いてきました。

毎日たくさんの方たちが読みに訪れてくださいますが、このマインドとエゴに『気づく』お話シリーズは読んでいて大変苦痛であったことと思います。

なぜならば、

自分の内側を観る、
自分のマインドとエゴに気づく、

このことは(瞑想)、
苦しみをなくす一つの方法ですが、

自分が1番見たくないものを観ることは
なによりも勇気が必要であり、
勇敢な人でなければ、
なかなかできるものではないことだからです。

それは十分に理解しています…

ですから、本当によく頑張ってお読みになられているな〜と深く感動をしている毎日でした。


そこで、


まだまだマインドとエゴを全て手放し切れてはいない状態かもしれませんが、

一旦ここで、

マインドとエゴを全てなくし
ノーマインドとなることで、

愛の梯子が目の前に存在していることに気づいた後、

その愛の梯子を上へと昇って行く学びを続けると、

慈悲の愛という楽園へと帰ることができる、

という神秘の地図をご紹介したいと思います。


ここまでお読みになられたみなさんへ、

わたしが1番お伝えしたいことは、

この愛の梯子を昇る学びは、

ゼロから無限の愛の至福の旅である、

ということです。

もう、ゼロ地点までの苦い味と悪臭のマインドとエゴにまみれた苦しみの旅ではなくなる!ということです。


地獄の旅→ゼロ地点→天国の旅


ネガティブなマインドとエゴの苦しみの中を何生も何生もぐるぐるとまわる旅が終わるということは、ゼロ地点への到着です。

二元性の両極を振り子のように行ったり来たりすることをやめて中心であるゼロ地点に定まることは、

ネガティブな苦しみの生き方を全て終わらせゼロ地点に到着した、ということです。


古い自分を脱ぎ捨て、
本来の自然な状態の自分で新たに生きていく(愛の梯子を昇る旅)、
その終わりと始まりのゼロ地点。


わたしの周りにはこのゼロ地点に到着した人達は実際にいらっしゃいます。


そして、ゼロ地点の中心には愛の梯子があります。

振り子の動きが止まった時に、
愛の梯子を昇っていくことが可能になります。


愛の梯子を昇る学びは、
至福の愛を体感する学びであり、
楽園へと帰る学びでもあるのです(-_^)


今日はたくさん説明はしませんが、
神秘の地図だけをご紹介します。

今日は日曜日だから、
みなさんは遊ばねばならないからね(-_^)

遊びは1番大切なバランスを取り戻すことだから(^-^)


神様も人間の中に秘密の地図を与えるなんて、粋なことをされますな(-_^)

自分の中に地図があれば、どうやっても、なくすことはないから、安心だものな(-_^)

水の中や火の中に入っても、生きている限り地図はなくならないのだから(^-^)

生きている限り、
地図がある限り、
1人1人みんな至福になれるのだから(^-^)

至福になる地図はみんな持っているが、
至福になるかならないかは、
自分の選択しだいなんだ。

だから、誰かが至福を持ってきてくれるのを待っていても、決して至福にはなれないんだ。

自分の内側の旅次第なんだ(-_^)


愛の梯子、楽園へ帰るための神秘の地図です。こんな図ですまないσ(^_^;)

f:id:hanasennin9:20160607081557j:plain

この右側の図は、
以前からご紹介している図とチャクラの図を合わせてみたものですから、

人間の右側が過去とネガティブで、
左側が未来とポジティブというわけではありません。

二元性の振り子が両極に動く動きが止まった中庸の中心に定まるゼロポイントにくると、過去でも未来でもない『今』だけに在ることになり、その『今』のゼロポイントと、人間のハートのある第4チャクラを合わせてみるために、二つの図を重ねてみました。

人間の身体にある主要なチャクラは7つです。
(チャクラは東洋だとツボなどとよばれているようです)
頭の上にもう一つチャクラがあります。
各チャクラには波動がありそれぞれの周波数があります。
その周波数は虹色と同じく7色です。
(頭の上にあるチャクラの色は肉眼では見ることができないマジェンタという色と言われていますが、一応色で表してあります。)

f:id:hanasennin9:20160607081634j:plain

肉体と重なる7つの主要なチャクラの真ん中である中心はハートの第4チャクラです。
第4チャクラの
下には3つのチャクラがあり、
上にも3つのチャクラがあります。



人間は1番下にある第1チャクラの肉体のセックスの愛から愛を学びはじめることが多くの人たちに起こるといわれています。

だから、oshoは愛の梯子の1番下にある第1チャクラの肉体のセックスの愛を、愛の学びの最後の段階にするのではなく、はじまりの最初の段階にしなさい、と話します。

楽園への地図の簡単なご紹介です。

第1チャクラの肉体のセックスの愛から愛の学びをはじめて、愛の梯子を上へと昇っていくと、

第4チャクラの無条件の愛を学ぶ段階がやってきます。ハートとハートのコミュニケーションです。さらに上へと昇っていくと、

第6チャクラで二元性を超越する学びがあり、
第7チャクラの博愛の学びをさらに超えて、

第8チャクラの慈悲の愛を学ぶ段階がやってきます。楽園に帰ってきました。

f:id:hanasennin9:20160607081707j:plain

ゴータマ・ブッダやイエスや他多くの導師master達は、この慈悲の愛に到着し、さらにその上にある無限の愛の学びを続けていると言われています。


導師たちは、
この愛の梯子を、楽園への地図を、
自分の内側に見つけ、慈悲の愛までの旅をした体験がありますから、

弟子たちにその地図が内側にあることを、
マインドとエゴが止まってノーマインドになり、中心に定まった時が、愛の梯子を昇って行く旅のはじまりになることを話して伝え続けています。

旅をするのは自分自身ですが、

導師たちは自分が旅した地図のありかを、1人1人の内側にあるということを伝えているのです。


oshoはこう話します。


『この三つのことに気をつけなければならない。

もっとも低い愛はセックスの肉体の愛、
もっとも高く洗練されたものが慈悲の愛。

セックスは愛(無条件の愛)より低く、
慈悲の愛は愛(無条件の愛)より高い。

愛(無条件の愛)はまさにその中間にある。


愛とはなにかを知っている人びとは、
ほとんどいない。

99%の人びとは、
不幸なことに、性欲が愛だと思っている。

そうではないのだ。

性欲はひじょうに動物的なものだ。

たしかに、性欲には愛へと成長する潜在能力がある。

だが、本当の愛ではなく、潜在能力にすぎない…。


あなたが気づき、油断せず、瞑想的になったら、

セックス(性欲)は愛へと変容することができる。

そして、あなたのその瞑想的であることが完全なものに、徹底したものになったら、

愛は慈悲へと変容することができる。


セックスは種、
愛(無条件の愛)は花、
慈悲は(花の)芳香だ。


ゴータマ・ブッダは慈悲を『愛プラス瞑想』と話した。


あなたの愛が相手を求めるただの欲望ではないとき、

あなたの愛が分かち合いであるとき、

あなたの愛が乞食(愛を欲しがる人)の愛ではなく皇帝(愛を与える人)の愛であるとき、

あなたの愛が見返りになにかを求めているのではなく、ただ与えるための…

与えるという純然たる喜びから与えるための準備が整ったとき、

そのときに、

愛に瞑想を加えると、

純粋な芳香(香り)が放たれる。


それが慈悲だ。

慈悲こそが最高の現象だ。』


(osho zen tarot のカードの恋人たちよりoshoのお話を抜粋)


こちらはカードの絵です。

f:id:hanasennin9:20160605114216j:plain

いつもお話するように、
無理にセックスをする必要はありません。

セックスを非難するでもなく、耽溺するでもなく、その真ん中の中庸にあるということが自然で心身ともに無理がなく、

愛の梯子を昇る学びがはじまる、というお話です。


人間社会は、あまりにも死とセックスを非難し抑圧してきたため、その反動で暴力的になり、支配的になり、愛とは真逆の行為ばかりにおよんでいるのが今の現実です。


両極に偏った生き方ではなく、
中庸にある生き方をすると、
人間は愛の梯子を高みへと昇る学びがはじまり、
暴力が少なくなり、
愛を分かち合う平和な楽園のような
地球になることができる、

というお話です。


セックスをする学びが必要ではない人達もたくさんいます。

セックスをしなくても、
中心に定まることができれば、
第1チャクラから愛の梯子を昇る学びははじまります。

ですから、無理なセックスは必要はありません。

楽園への地図はみな同じですが、
愛を昇る学び方は1人1人違って当たり前なのですから(-_^)


セックスをしなくても愛することは誰にでもできることです。


愛と瞑想が慈悲の愛へと自分を導いてくれます。


わたしは16年間1人で愛と瞑想により、
慈悲の愛へと愛の梯子を昇る学びをしています(-_^)


昨日もお話しましたが、
慈悲の愛は、
甘く…甘く…甘く…そして甘く…

究極に甘い蜜であり、

その蜜の味を味わってしまったら、
もう、
苦いエゴの愛の味には戻れなくなりますσ(^_^;)

それは、エゴの愛の関係が2度とできなくなるということでもあります(-_^)

それは、苦しみからの離脱です(-_^)

ぜひ、究極に甘い蜜を体感してみてください(-_^)



真に自由の愛の至福を『思い出す』

正しく想起する、

sammasatiサマサティ(right remembrance)


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』



花仙人



タントラの愛の高みへと昇るお話はこの本からもわかります。
弟子たちからの恋人や夫婦の問題などにも丁寧に答えています。

f:id:hanasennin9:20160605114248j:plain

英語のダウンロードPDFはこちらです。

The Tantra Vision, Vol 1&2




中心である源泉に定まるには…

というoshoの講話の本もあります。

f:id:hanasennin9:20160605114322j:plain

『あなたの内側には、
〈存在〉とつながっている一点(源泉)、
〈存在〉と一つになっている一点がある。

いったんこの中心を知れば、
自分が我が家にいるということがわかる。

〈存在〉はあなたの母となる。』



英語のPDFダウンロードはこちはです。


Vigyan Bhairav Tantra, Vol 1&2

The Book of the Secrets: A New Commentary, The original series of 80 discourses were simply called ”Vigyan Bhairav Tantra”. For publication as books they were divided up into 5 volumes, called the ”The Book of the Secrets Volume 1 - 5” (16 discourses each).The books were later published as ”Vigyan Bhairav Tantra Volumes 1 and 2”,(40 discourses each). The two volumes also came with a deck of 112 cards to represent the various meditations.

vol.1
Talks given from 01/10/72 pm to 01/03/73 pm English Discourse series
vol.2
Talks given from 25/03/73 pm to 08/11/73 pm English Discourse series



花仙人