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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

二つのチャクラを救う

本 book サマサティ osho
二つのチャクラを救う


前回は愛の梯子の地図でもある7つのチャクラについて簡単にご紹介しました。

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第1チャクラには三つの側面がありますが、
今日はその三つの側面をoshoの講話からの一部分ですがご紹介します。


*  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  


タントラのもっとも基本的なことは、

世界は低いものと高いものとに分けられていないということ、一つのものだということだ。

高いものと低いものは手をつないでいる。

高次のものは低次のものを内にいだき、
低次のものは高次のものを内にたずさえている。

高いものは低いものの中に隠れているのだ。

だから、低いものを否定したり、非難したり、破壊したり、殺したりしてはならない。

低いものは変容されるべきものなのだ。
低いものは上方へと向かうことをゆるされなくてはならない。
すると低次のものは高次のものになる。


この宇宙には二元性の両極が存在している。
そのどちらかに偏ることなく、非難することなく、両極をノーマインドでただありのまま受け入れ、その両極の真ん中である中心に定まること。


毒と甘露は同じエネルギーの二つの相だ。
あらゆるものがそうなのだ。
生と死も同じ…。
昼と夜、
愛と憎しみ、
セックスと超意識…。

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タントラはけっしてなにものも非難してはならないと言う。なにかを非難することで、低いものを進化させていたなら手に入っていたであろう可能性を、あなたは断ち切っている。

泥を非難してはならない。

泥のなかには蓮の花が隠されているからだ。
蓮の花を生みだすために泥を使いなさい。
もちろん泥はまだ蓮の花ではないが、その可能性を秘めている。


しかし、


人間社会は「セックス」と「死」のテーマに関しては長年避けた。


セックスと死の回避ゆえに、
セックスと死の非常な無知が存在し、

その無知ゆえに、
二つのタイプの人間が現れた。

①狂ったように耽溺する者
②非常に嫌悪して逃避する者

セックスと死は、溺れるのでも、避けるのでもなく、『理解』されなくてはならない。


この二つを抑圧したり恐怖心を与えることにより、その反動で、人間はその抑圧されたエネルギーを爆発させるように暴力的で支配的になっている。

この二つを『理解』することにより、多くの問題がなくなる。


人間社会は「セックス」と「死」のテーマに関しては長年避けたことによって、

人間の7つのチャクラの下位の二つのチャクラをひどく傷つけ破壊している。

第1チャクラは性エネルギーのセックス・センターだ。

第2チャクラは死のセンターだ。

第1チャクラの性エネルギーを抑圧し、
第2チャクラの死に対する恐怖心を持たせ、
この二つのチャクラはひどく傷つき破壊されている。


この二つのチャクラは救われねばならない。


7つのチャクラの低いところにある二つのチャクラを非難することなく受け入れ『理解』することができれば、バランスを取り戻しエネルギーは自然な状態で流れるようになり、7つのチャクラ全体がバランスよくエネルギーが正常に流れるようになる。

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なにかを非難することで、
低いものを進化させていたなら手に入っていたであろう可能性を、
あなたは断ち切っている。

泥を非難してはならない。

泥のなかには蓮の花が隠されているからだ。
蓮の花を生みだすために泥を使いなさい。
もちろん泥はまだ蓮の花ではないが、
その可能性を秘めている。


高いものは低いものの中に隠れているのだ。

だから、低いものを否定したり、非難したり、破壊したり、殺したりしてはならない。

低いものは変容されるべきものなのだ。
低いものは上方へと向かうことをゆるされなくてはならない。

すると低次のものは高次のものになる。




さあ、梯子の低い段階にある傷つき破壊された二つのチャクラを救うために、この二つを『理解』することにしよう。


○第1チャクラのムラダーラは性エネルギーのセンターだ。
あるいはそれを生のセンター、誕生のセンターと呼ぶこともできる。
あなたが生まれるのはムラダーラからだ。
あなたがこの肉体を獲得したのは、母親のムラダーラと父親のムラダーラからだ。

ムラダーラとは基本的なもの、根本的なものという意味だ。

ムラダーラのチャクラには三つの側面がある。
第1は口唇(オーラル oral)
第2は肛門(アナル anal)
第3は生殖器(ジェニタル genital)



子供はその生を口、オーラル oralとともにはじめる。
そしてまちがったしつけのために、多くの人たちがオーラル oralにとどまっている。

それゆえに、喫煙、チューインガム、たえまないつまみ食いが起こっている。

これはオーラル oralへの固着だ。
彼らは口にとどまる。

実際、子供がすんなり成長すればキスはなくなる。キスは人間がオーラル oralにとどまっていることを示している。さもなければ、性のどこが唇に関係あるというのだろう?

子供はオーラル oral的に満たされていない。
母親は子供が必要とするだけ乳房を与えていない。唇は満たされないままになる。

こうしてその子供は、大きくなって煙草を吸うようになる。よくキスをする人になる。ガムをかむようになる。ありはいは大食いになってひっきりなしにあれこれと食べている。

もし母親が子供が必要とするだけ乳房をあたえるなら、第1チャクラのムラダーラはそこなわれない。

あなたが煙草を吸っているのなら、おしゃぶりをためしてごらん。するとじきに驚くだろう。それは多くの人の役にたっている。煙草をやめたいならおしゃぶりを口にふくんでいなさい。煙草が吸いたくなったらおしゃぶりをくわえなさい。それを楽しみにしなさい。三週間以内に、あなたは驚くことになる。煙草を吸いたいという衝動がなくなってしまう。

どこかでいまだに、乳房が興味をひいている。それゆえ、男は女性の乳房にこれほど注意を集めているのだ。どんな理由もないよいに思える。なぜだろう?なぜ男は、これほど女性の乳房に興味をもっているのだろう?

絵画、彫刻、映画、ポルノグラフィ…
どれもこれも乳房志向のようだ!

そして女性はたえず乳房を隠そうとしており、それなのにまた見せようともしている。乳房にシリコンを詰め込むような極端にまで偏っている。

乳房で十分にオーラル oralが満たされなかったがために、乳房をまだ欲しがることを望む者たちのために…。

人はオーラル oralにひっかかっている。

これが第1チャクラのもっとも低い状態だ。



そうして、
いくらかの人たちはオーラル oralから転化し、アナル anal(肛門)で立ち往生する。

二番目のアナル analの重大な損傷はトイレのしつけによって起こるからだ。

子供たちは決まった時間にトイレに行くよう強制される。ところが、子供たちは排泄をコントロールすることができない。それには時間がかかる。コントロールできるようになるには数年かかる。そこで彼らはどうするだろう?彼らはただ強行する。彼らはたんにアナル analのメカニズムを閉ざしてしまう。そしてそのために、アナル analに固着するようになる。

それゆえ、これほどの便秘が世界に存在するのだ。

便秘に悩むのは人間だけだ。どんな動物も便秘に苦しむことはない。野生の状態では、便秘に苦しむ動物はいない。

便秘はより心理的なものだ。

それは第1チャクラのムラダーラの損傷だ。

そして便秘のために、他の多くのものごとが人間の心の中にはびこるようになる。

人間は便を溜め込むように、ためこみ屋になる。

知識のためこみ屋、
お金のためこみ屋、
徳のためこみ屋。

ためこみ屋になり、ケチになる。

彼らは便を手放さないように、なにも手放すことができない!

ひっつかんだものはなんであれ、便でさえ、
かかえて離さない。

そしてこのアナル analが力点となることで、
重大な損傷が第1チャクラのムラダーラに起こる。

なぜなら、男性も女性もジェニタル genital(生殖器)へと進まなければならないからだ。

オーラル oral(口唇)やアナル anal(肛門)に固着すれは、
人はけっしてジェニタル genital(生殖器)へと進むことはない。


これは、あなたが充分に性的になることをゆるさないよう、人間社会がこれまでにしてきたことだ。


こうしてアナル anal(肛門)への固着が人にとってとても重要になるため、
人はジェニタル genital(生殖器)の重要さを減じるようになる。

トイレのしつけは重大で危険なしつけだ。



そうして、
いくらかの人たちがジェニタル genital(生殖器)になると -- どうにかしてオーラル oral(口唇)やアナル anal(肛門)に固着することなくジェニタル genital(生殖器)になると -- そのときには、人間の中に作り出されているセックスに対する大きな罪悪感がある。

セックスを罪として考える宗教もある。

セックスはきわめて非難されているため、あなたはセックスを楽しむことができない。

そして、そのために、
オーラル oral(口唇)
アナル anal(肛門)
ジェニタル genital(生殖器
のどこかでエネルギーは固着してしまう。

それは7つのチャクラの上方へと向かうことができない。

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タントラは、
人間はこれら三つのものから解放され、
解きほぐされる必要があると言う。

だから、タントラによると、
最初は大きなワークは第1チャクラのムラダーラにおいて起こらなくてはならない。


オーラル oral(口唇)の固着から解放するためには、
絶叫し、笑い、大声を出し、叫び声を上げ、泣いたりすることがとても役に立つ。
エンカウンター、ゲシュタルト、プライマルといったタイプのグループ・セラピーを私(osho)が採用しているのはそのためだ。
それらはすべて、オーラル oral(口唇)の固着を解放するのに役に立つ。


アナル anal(肛門)の固着から解放するためには、
プラーナヤーマが、早く混沌とした呼吸であるバストゥリカがとても役に立つ。それは直接アナル anal(肛門)のセンターを打ち、アナル anal(肛門)のメカニズムを解放し、解きほぐすことができるようにするからだ。


ジェニタル genital(生殖器)セックス・センターの固着から解放するためには、
セックス・センターは、やましさや非難の重荷から解放されなくてはならない。
あなたはそれを再び学ばなくてはならない。
そうしてはじめて、損傷を受けたセックス・センターが健全なかたちで機能できるようになる。
どんなやましさも感じることなく、それを楽しむことを学びなおさなくてはならない。


セックスを抑圧するのはエネルギーを溜め込む便秘であり、
セックスに耽溺することはエネルギーを放出し続ける下痢のようだ。


セックスはいい。それはすばらしい。
だが、最終的なものではない。

それはアルファ(始まり)であってオメガ(終わり)ではない。

人はそれを超えてゆかなければならない。

だが、それを超えてゆくということは、非難することではない!

人は超えてゆくために、それを通りぬけなければならない。

タントラはセックスにたいするもっとも健全な姿勢だ。セックスはいいものだし、健康的で自然なものだ。

だが、セックスには、ただの生殖以上の可能性がある。

そして、セックスには、ただの楽しみ以上の可能性がある。

セックスはその中に、究極なるもののなにかを、サマーディのなにかをたずさえている。

泥の中には蓮の花になる種をたずさえている。

泥を非難してはいけない。

蓮の花が開花するためには泥という基盤は大切だ。

第1チャクラのムラダーラは解放されなくてはならない。便秘から解放され、下痢から解放されなくてはならない。

第1チャクラのムラダーラは最大限に、100%機能しなければならない。
そのときエネルギーは動きはじめる。




○第2チャクラのスヴァディシュターナは死のエネルギーのセンターだ。
それは自己の住処を意味する。
肚だ。日本で肚(ハラ)として知られているセンターだ。それゆえ日本では、自殺が「ハラキリ」- ハラのセンターを通じて死ぬこと、自分自身を殺すこと - と呼ばれている。

人間が死ぬ時、大量のエネルギーをスヴァディシュターナから放出する。死のうとしているのだから、放出しなければならない。

抑圧されていたすべてのエネルギーが解放される。それを解放することなしに死ぬことはできない。

人が死ぬ時、エネルギーの突然の噴出があたり一面を満たす。

あなたが側にいれば、あなたは死を味わうことができる。

それは大いなるくつろぎをもたらす。

肉体の死は起こるが、
エネルギーは放出され、誰も死にはしない。

そう、
死は起こるが、
実際には死はけっして起こらない。


人間の肉体はムラダーラから生まれ、
スヴァディシュターナによって奪い去られ死をむかえる。
肉体は生まれて死ぬ。

だが、実際には死はけっして起こらない。


愛を交わしているとき瞑想しなさい。
セクシュアリティの中にサマーディのなにかが浸透しているのを知ることができるように…。

死の側にいるとき瞑想しなさい。
それとともに深く入ってゆきなさい。
不死なるもののなにかが死の中に入りこんでいるのを見ることができるように…。

この二つの体験は、
きわめて楽に梯子の上方へと向かうために役立つだろう。


7つのチャクラの梯子の1番下から順番に上方へと通って進まなければならない。


ムラダーラとスヴァディシュターナの二つのセンターはひどくそこなわれている。

なぜなら、

人はセックスを恐れ、死を恐れているからだ。

それで死は避けられている。

タントラは言う。

セックスを避けてはならないし、
死を避けてはならない。

それゆえ、タントラの祖師サラハは、瞑想するために火葬場に行ったのだ。死を避けないために…。

そして、サラハは、
健康的で最大限の性、
最高度の性の生活を生きるため、
矢作の女性とともに行った。

火葬場で、女性とともに生きることで、

死を受け入れてそれを恐れなくなれば、
ひとたび性を受け容れてそれを恐れなくなれば、

二つの下位のセンターはくつろぎリラックスしている。

二つの下位のセンターはバランスを取り戻しエネルギーは正常に動き流れはじめる。



人間の肉体は
第1チャクラのムラダーラのセンターから生まれ、
第2チャクラのスヴァディシュターナのセンターで死が起こる。

この二つのチャクラはすべての人の生の中に存在する。


しかし、
生きる基盤となるこの二つのチャクラは、人間社会によってひどく傷つけられ破壊されてきた。

この二つのチャクラに固着するゆえに、本来の自然な状態で正常に機能することができなくなっている。

それゆえに、心にも身体にもあらゆる問題が生まれている。


この二つのチャクラは救われねばならない。


そうすれば、エネルギーは動きはじめる。


7つのチャクラの梯子を第1チャクラから順番に上方へと昇り進むことが楽にできるようになる。


愛の梯子を昇る、高みの愛を学ぶ旅がはじまり、サハスラーラで蓮の花を開花させることができるようになる。

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だから、
「セックス」と「死」を避けてはならない、
泥を非難してはならない。


愛と死を、あなたの瞑想の二つの対象にしなさい。


from osho talks
oshoの講話より
The tantra vision vol.1&2より抜粋


*  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  


わたしの3度の臨死体験や、
3人のお友達の死の3日前に目撃したお腹のあたりから光の球体が放たれた不思議な体験がなんであるのか?長年わからないままだったのですが、タントラの講話を聞いているうちに、なんとなくそれがなんであるのかが理解できました。

自分のそのような体験からも、

肉体は死ぬけど、
けっして死は起こらない。

というoshoやサラハのお話は
なんとなく、納得ですσ(^_^;)


そして、臨死体験後から、導かれるように、
瞑想と愛を分かち合うことをし続けてきたことも、
知らず知らずのうちに愛の梯子を昇る旅をしていたこともわかりました。


愛の梯子を昇れば昇るほど、
なぜ死ぬことはなく生き返ったのか…
なぜ生まれてきたのか…
その自分の答えが明確にわかりました。


生きながらにして愛の梯子を昇ることは、夢物語ではなく、現実なんだと体験からわかりました。


なにも考えずただ生きているだけでいいのだということもわかりました。

ノーマインドでただ普通に生きることが、
真の至福であることを愛の梯子を昇る体験から理解しました。


今、生かされていることに感謝…
全てにありがとう。


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love


真に自由の愛の至福を『思い出す』


正しく想起する、

sammasatiサマサティ(right remembrance)


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』



花仙人



タントラの愛の高みへと昇るチャクラのお話はこの本からもわかります。
弟子たちからの恋人や夫婦の問題などにも丁寧に答えています。

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英語のダウンロードPDFはこちらです。

The Tantra Vision, Vol 1&2




中心である源泉に定まるには…

というoshoの講話の本もあります。

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『あなたの内側には、
〈存在〉とつながっている一点(源泉)、
〈存在〉と一つになっている一点がある。

いったんこの中心を知れば、
自分が我が家にいるということがわかる。

〈存在〉はあなたの母となる。』



英語のPDFダウンロードはこちはです。


Vigyan Bhairav Tantra, Vol 1&2

The Book of the Secrets: A New Commentary, The original series of 80 discourses were simply called ”Vigyan Bhairav Tantra”. For publication as books they were divided up into 5 volumes, called the ”The Book of the Secrets Volume 1 - 5” (16 discourses each).The books were later published as ”Vigyan Bhairav Tantra Volumes 1 and 2”,(40 discourses each). The two volumes also came with a deck of 112 cards to represent the various meditations.

vol.1
Talks given from 01/10/72 pm to 01/03/73 pm English Discourse series
vol.2
Talks given from 25/03/73 pm to 08/11/73 pm English Discourse series



花仙人