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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

幽体離脱



心臓停止による3度の臨死体験や、
3人のお友達の死の3日前に目撃したお腹から光の球体が放たれる不思議な体験を、
以前ブログでご紹介しましたが、
今日は30歳の時の3度の臨死体験
さらに7年前に体験した幽体離脱についても書きのこしてみようと思います。


23歳の当時はまだ美大の学生でカリフォルニアのパサディナに同じ大学の知人とアパートの部屋をルームシェアーをして住んでいました。

この1994年の1月17日の早朝にパサディナが震源地のロサンジェルス地震があり、それは311の東日本大震災よりは被害は少なかったのですが、震源地の真上にいたので縦揺れはすごくて、わたしの人生の中では死を一瞬で覚悟し受け入れた体験となりました。

311の地震も体験しましたが、この地震はロスの大地震の体験があったためか、あまり動揺はありませんでした。

このパサディナ地震の体験や311の地震のお話しはまた今度するとして…

この地震ではわたしは幽体離脱にはなっていませんが、
この1994年1月のパサディナ地震から一週間後に訪れた大切な友人Kさんの急な他界の知らせにより幽体離脱は起こりました。

パサディナの大地震では一瞬で死を覚悟したものの、幽体離脱するほどの動揺はありませんでしたが、Kさんの死の知らせではそれが起こったほどの絶望感でした。

つまり、わたしのマインド(思考)では、
生きている理由がなくなった…
と思った瞬間だったということです。

若くして禅の導師のようなKさんは、
当時のさまよい歩くわたしには生きるための心の松葉杖のような支えとなる暗闇の中の一筋の光の導師のような大学の先輩でした。

まだ若いしお元気でしたから急に病に倒れて死ぬなんて思いもしませんでした。


休日の昼間のパサディナの部屋で知らせを受け、
頭の中が真っ白になって床に座っていました。

するとふっとした瞬間に、
わたしは部屋の天井から真下にいる自分と部屋全体を見下ろしていました。

自分の肉眼で自分の手や足などを直接見ることは可能ですが、鏡に映った自分ではなく、自分の肉眼で自分の顔や頭や首や背中などを直接見ることが不可能なのが普段の状態であり、自分の頭頂から身体全体を見ることなんてありえませんから、その自分の全体を自分で見るという体験は少し恐いと思いました。

自分を自分で見る体験は、
自分の姿が鏡に映った自分を見る体験とは、
感じ方が全く違ったのです。

少し恐いと思いながらも、
床に力なく座っている絶望感のどん底にいる自分の姿を天井から見下ろしながら、

あ〜ショックで落ち込んでるな〜、
早く元気を取り戻してね…。

と…かなり冷静に温かい思いでまるで他者を観察するように自分の肉体に話しかけていました。

天井から見下ろす部屋の風景や自分の肉体など全てがまるで無機質なモノに感じました。

いつもはあらゆるモノに命が宿っているように温かみを感じていたのに。

そして、
時間がまるで止まっているかのようで、不思議な感覚でした。


天井から見るとこんな風に見えるんだ〜と、
ゆっくりと冷静に天井から周りを観察していると、
ふっとまた一瞬で自分の肉体の中に入っていました。

重い…

肉体が重い、と重力を感じたのです。

幽体離脱の時に天井にいた自分は絶望感はなくなって温かい思いだけだったのに、
肉体に入ったとたんに絶望感のどん底を体感していました。


あまりにもの悲しみの絶望感だと、
涙が全く出なくて、
涙を流す力もないようで、
究極の悲しみを一瞬で冷凍保存して氷山にしてしまったかのようでした。


この究極の悲しみの氷山を癒すには、
20年ほどの月日がかかりました。

どんなセラピーを受けても試しても癒されることはありませんでしたが、『全ては一つ』を体感したら癒されたのでした。


23歳で幽体離脱を体験し、
30歳で3度の臨死体験をし、
37歳で内側にある『源泉』を『思い出し』、
44歳で『全ては一つ』を『思い出し』…

(なぜか、7年おきに不思議な体験があった…と書きながら今知ったよ…)


この『全ては一つ』を体感して『思い出した』時に、
あらゆるすべてを「体感」によって「理解」できた時に、

「死」をはじめて「理解」できたので、

Kさんの「死」を一瞬で癒すことができたようです。

愛による「理解」は苦しみを手放せ癒せるんだ!という深い体験をしました…。

瞬間冷凍保存をした氷山が一瞬で解凍されてなくなりました。


Kさんとの死別の感情だけでなく、
『全ては一つ』であることを体感した瞬間に、
あらゆる心の傷が一瞬で解凍されてなくなってしまいました。

愛の大洪水であらゆるものがきれいに流れ去ったように…。


この時にはじめて『空っぽ』な空とか無を体感しました。


それは、
幽体離脱のように、肉体から魂が飛び出したような、肉体の中に魂が入っていない『空っぽ』の状態ではありません。

肉体の中に魂が入った状態で、自分のマインド(思考)やエゴ(欲)がまったくない状態という『空っぽ』な状態です。


この二つの『空っぽ』の違いを知るために、
この二つの体験があったのではないか…

と後付けですが思ったほどです。


幽体離脱をした時の天井にいた魂のわたしは、とても温かみのある心の状態でした。
あの絶望感のどん底な状態だったのに…。

『全ては一つ』を『思い出した』感覚は、
そんな温かみのある心の状態です。

ネガティブやポジティブなマインドが全くない、中庸の静かで落ち着いた心地よい温かみのある至福感しかありません。


そして、
幽体離脱ではなく、
肉体に魂が入ったまま、
眠ってもいなくて目が覚めた状態で、
その心地よく温かみのある
『全ては一つ』の状態が、

本来の自然な状態の自分である

ということも直感で確かなことだと『理解』できたのです。


『全ては一つ』という本来の自然な状態を
『体感』してわかると、

その感覚は2度と消え去ることはありません。

なぜならば、それが生まれる前からの本来の自然な状態の自分であるからです。


普段は、マインド(思考)とエゴ(欲)でいっぱいで忙しいからその『全ては一つ』という「本来の自然な状態」本性を『忘れて』いるだけです。


肉体から魂が飛び出したような『空っぽ』ではなく、

肉体の中に魂が入った状態で、
マインド(思考)とエゴ(欲)が『空っぽ』な状態になると、
『源泉』や『全ては一つ』の「本来の自然な状態」を『思い出す』ことができるようです。


わたしの体験からすると、

幽体離脱の空っぽな状態
『全ては一つ』の空っぽな状態
全く違ったものでした。


幽体離脱の絶望感100%
『全ては一つ』の至福の愛100%


この二つの違いの『空っぽ』のお話はやはりブログでのこしておこう…と思いました。




以前、双子の漫才師さんが幽体離脱をシンプルな芸でご披露されていたのを見て、双子だからできる芸だな…と感心して笑えましたがσ(^_^;)

実際は、
幽体離脱は肉体の健康にはあまりよい影響はあたえません。

前回ご紹介したようなチャクラの働きが悪くなるので、元気が一気になくなります。

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人間の魂はやはり肉体の中のおさまるべき場所に定まってこそ、健康を維持でき元気でいることができるんだな〜と思いました。

ですから、幽体離脱臨死体験などを体験した後は、以前ご紹介した禅の導師白隠丹田呼吸法などが魂が『源泉』に定まり、再びチャクラが正常になれ、元気を取り戻せると思います。

心やチャクラなど目に見えないエネルギーは呼吸でかなりコントロールできるものなのです。パニックの時に深呼吸をすると心も身体も落ち着いたりするように。


お臍の少し下にある『源泉』を『思い出す』

『源泉(ハラ)』に定まる。


心と身体の元気を再び取り戻すためには、
この『源泉』homeへの帰還が1番効果があると感じました。




わたしは若い頃に心の支えとなる親友との死別を次々と体験しました。病気だったり事故だったり自殺だったり…

若いから死なない、というマインドは一気に捨て去りました。

死に年齢は関係ないんだ…と。

そして、

明日はないのだと理解しました。

『今』しかないのだと。

『今』できることを『今』する。

自分の臨死体験も含めて、次の瞬間に自分や他者が死んでも後悔しない生き方をするようになりました。

『魂(源泉)の声』を聞き、
その導きを信頼して生きる生き方を…

自分の心の声に偽らない生き方を…


自分の人生は一度きりです。


自分の『魂(源泉)の声』に逆らわず、
自分の魂の本来の自然な状態のまま、
自由に『今』を楽しく生きてみてくださいね。


今、生かされていることに感謝…
全てにありがとう。


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love


真に自由の愛の至福を『思い出す』


正しく想起する、

sammasatiサマサティ(right remembrance)


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』



花仙人



死と生の神秘をタントラの生理学7つのチャクラを通してoshoはお話しています。
弟子たちからの恋人や夫婦の問題などにも丁寧に答えています。

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英語のダウンロードPDFはこちらです。

The Tantra Vision, Vol 1&2




中心である源泉に定まるには…

というoshoの講話の本もあります。

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『あなたの内側には、
〈存在〉とつながっている一点(源泉)、
〈存在〉と一つになっている一点がある。

いったんこの中心を知れば、
自分が我が家にいるということがわかる。

〈存在〉はあなたの母となる。』



英語のPDFダウンロードはこちはです。


Vigyan Bhairav Tantra, Vol 1&2

The Book of the Secrets: A New Commentary, The original series of 80 discourses were simply called ”Vigyan Bhairav Tantra”. For publication as books they were divided up into 5 volumes, called the ”The Book of the Secrets Volume 1 - 5” (16 discourses each).The books were later published as ”Vigyan Bhairav Tantra Volumes 1 and 2”,(40 discourses each). The two volumes also came with a deck of 112 cards to represent the various meditations.

vol.1
Talks given from 01/10/72 pm to 01/03/73 pm English Discourse series
vol.2
Talks given from 25/03/73 pm to 08/11/73 pm English Discourse series



花仙人
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