花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

希望 Hope

希望  Hope


希望は生きるための生きがいになる、

などと言われますが…

神さまは7つの悪を箱に詰めましたが、その箱をあけてしまったがために悪は地球に飛び出してしまいたくさんの災いが起こりました。箱を開けた女性パンドラの手の中にあるその箱には最後の一つが飛び出さずに残っていましたが、それは『希望』でした。

7つの悪を箱に詰めた神さま…

では、
箱の中に飛び出さず残っていた『希望』は、

果たして悪なのか…


今日は『希望』に関するお話のカードの絵とoshoが講話でお話してくれた1部をご紹介します。


*  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  


希望の罠に堕ちてはいけません。
自分自身の外側から助けが来ているという考えに囚われてはいけません。
相手があなたを満たすことはありません。
成就は内側にあります。
(これはカードの解説です。)

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以下はoshoの講話の1部です。


ジャングルで道に迷ったハンターのことを聞いたことがある。

三日というもの、
彼は抜け出す道を聞こうにも誰にも出会えなかった。

そして彼はますます恐慌状態に陥った--
食べ物のない三日間、
そして絶えることのない野獣の恐怖の三日間。
三日にわたって彼は眠れな かった。
襲われるのを恐れて、彼はある木の上に坐ったまま起きていた。

蛇がいた、ライオンがいた、野獣がいた。

四日目の朝早く、
彼は木の下に坐っている人間を見つけた。

彼の喜びは想像できる。

彼は駆け寄って、その人を抱きしめると、こう言った。

「うれしいよ!」

すると相手の人も彼を抱きしめて、
二人とも途方もなく幸せだった。

そこで、彼らは互いにたずね合った。

「なぜあなたはそんなに悦んでいるのですか?」

最初の人が言った。

「私は道に迷ってしまい、
誰かに会えたらな、と願っていたのです。」

すると二番目の人が言った。

「私も道に迷ったんです。それで誰かに会えればと願っていました。

でも私たち二人とも道に迷っているのだとしたら…

だとしたら、この悦びはなんにもなりませんな。

いまや私たちは二人して道に迷っているのですよ!」



あなたが孤独で、
相手が孤独な時、
あなたがたは出会い、
このようなことが起きる。

孤独な二人が出会う、
傷ついた二人が出会う、
しかし、
二人はお互いを助け合い、癒すことができない。


二人は助からないまま、癒されないまま困ってしまう。


愛を楽しむことは可能だ、
もし、あなたが独りあることを楽しむすべを知っているならば。

なぜなら、

独りであっても楽しめるならば、
あなたはその楽しみを分かち合うことができる。

そうでなければ、

乞食のように、
愛や楽しみを他者から欲しがるだけの二人が出会った時、
何も分かち合うものがないため、
二人は至福になることができない。

二人は惨めさを生み出してしまう…

お互いに、
ただただ相手から至福がもたらされ満たされると希望するばかりで…。


独りであっても楽しく愛に溢れて生きることができない人は、
同じような他者と出会っても、

分かち合うモノ(愛や楽しみや喜び)が何もない二人では、

お互いを満たすことができない。

お互いを助けることができない。

お互いを癒すことができない。




from osho talks
oshoの講話より
GUIDA SPIRITUALE

from osho transformation tarot
osho transformation tarotより


*  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  〜   *  


希望は生きる生きがいにもなる、

とも言われますが、

パンドラの箱に残った『希望』は

果たして悪なんでしょうか?


わたしにとっては、希望が善でも悪でもどちらでもいいと思うし、そのような比較や判断にはまったく興味はないのです。

そのような判断は個人個人の自由でいいと思っています(-_^)


しかし、
個人的にわかったことは、

自分の至福を他者に持ってきてもらうというような依存心や頼ることをしていると、
やはり、
至福は来ないな。。。

という厳しい実体験の人生の課題から学んだことです(^_^;)


前回、幽体離脱の体験をご紹介しましたが、
わたしはまさしく、
このカードの解説にあるような…

禅の導師であるような知人のKさんを
自分の内側の暗闇の希望の光としてしまい、

〈希望の罠に堕ちてはいけません。〉

自分の外側にいるKさんが暗闇から助けてくれるという考えに囚われてしまい、

〈自分自身の外側から助けが来ているという考えに囚われてはいけません。〉

Kさんが自分を満たしてくれると思い込んでしまい、

〈相手があなたを満たすことはありません。〉

至福を自分の外側に求め、
自分の内側にある至福を探そうともしませんでした。

〈成就は内側にあります。〉



自分の苦しみや痛みを
外側にいる誰かによって、
癒し助けてもらおうとしていました。
そんな希望を持ってしまっていました。

しかし、

Kさんの急な病死によって、
わたしの希望はなくなってしまい、
光を失い真っ暗闇の絶望感のどん底でさまよい歩きました。

まさしくこのカードのお話のように、
誰かに救ってもらおうとしていました。

希望の罠にはまっていたのですねσ(^_^;)


そして、もちろんoshoの言うように、
他者によって癒し救われることはありませんでしたσ(^_^;)


自分の心の苦しみや痛みは、
自分でしか癒し救えないことを、
この幽体離脱後の21年間で思い知る体験をしましたσ(^_^;)


無知で無宗教なわたしは、

ゴータマ・ブッダが弟子のアーナンダに話したような、

『自分の内側に自身の光を灯しなさい。』

という教えなど知らず、

Kさんの死後、
生きる希望を失うショックにより幽体離脱までしてしまい、
その後も次々と親友との死別があり、
暗闇の中を孤独に淋しく思いながら、
ただ死を待つだけの生きた屍のような7年間を送り、
30歳の時に心臓が停止し3度も臨死体験をしました。


どんなに苦しくても自殺をしなかった理由は、
死んだ友達が天国にいると単純に信じていたため、
自殺をしたら2度と天国にいる友達に会えないような気がしたからです。

だから、ただ寿命がくるまで生きるしかないと思っていました。


心臓停止はわたしには喜びでした。
やっと友達に会える…と。

しかし、臨死体験だけでした…。
2度目の臨死体験までは、まだ生きていることに嘆きましたが、
3度目の臨死体験で目覚めた時は、不思議と生きていることに、生かされていることに深く感謝でき、
無知で無宗教なわたしが神さまに自分の命も肉体もすべて明け渡すことを宣言していたのです。


30歳の3度の臨死体験は、
死ねないのならば、
もう生きた屍のような苦しい生き方はしたくない、

独りであっても、孤独であっても、

『今』を楽しく生きていこう。

と思ったのでした。


それがわたしの内側の暗闇に灯したはじめての明かりでした。


もう、外側の誰かを希望の光として求めませんでした。


幽体離脱の時からの絶望感100%の暗闇の『空っぽ』から、

『今』を楽しく生きていくという至福の愛100%の光へ向けての新しい旅となりました。


辿り着くゴールもわからないまま、
『今』目の前にあることを一つ一つこなしていくことを地道にしました。

痛く苦しい病を改善するために、

病は気から…という言葉を頼りに、

なにかわからない信頼できる大きな力に導かれるように、

毎日瞑想と感謝をし続けました。


Kさんが他界してから21年後、
ある日突然『全ては一つ』の体験が起こりました。

宇宙すべての愛が大洪水のように押し寄せて、わたしという一雫が宇宙の愛の海に溶け込んでしまい、「私」はいなくなりました。

この宇宙の愛の大洪水により、
Kさんとの死別の痛みの氷山が一気に解凍されてなくなりました。

その痛みや苦しみだけでなく、
あらゆる内側にある痛みや苦しみが愛の大洪水により流し出されました。

『空っぽ』になりました。

その『空っぽ』は幽体離脱の時のような絶望感による『空っぽ』とは全く違う『空っぽ』でした。

『空っぽ』は愛100%の『空っぽ』でした。


癒しの薬は愛だけだ、と言われますがまさしくそのとおりだな〜と『全ては一つ』の体験からわかりました。


その宇宙の大洪水により、

『全ては一つ』を『思い出した』瞬間から、

ずーとその至福の愛の感覚が消え去ることはありません。

やっと、『全ては一つ』という本来の自然な状態を『思い出した』のでした。


独りあることを以前は淋しく思っていましたが、

今は、

独りあることを楽しく生きています(-_^)


独りですが、本当は独りではないことに
『全ては一つ』を体感して『気づく』ことができたから、
みんな繋がっていつも一つなんだと『理解』したから。

淋しいというマインド(思考)はもうありません。

それは不思議と死んだ友達とも一つの状態なのです。


生きていても死んでいても、
一つであることは同じなんだ、
と『理解』したのです。


孤独感や淋しさは吹き飛んでしまいました。


ただただ沈黙の愛の至福で満たされています。


死別という厳しい人生の課題が訪れたことにより、
希望というマインドを捨て去ることができました。


至福は外側を探しても見つからないわけです。

至福はいつも自分の内側にあるのですから。

その本来の自然な至福の愛で満たされている状態が生まれる前から当たり前であることを再び『思い出す』ことができるには、

自分の内側にあるマインドとエゴのすべてを捨て去るしかありませんでした。

マインドとエゴが『全ては一つ』の本来の自然な至福の愛の状態を『忘れる』原因でした。


希望の光を外側に求めず、

『自分の内側に自身の光を灯しなさい。』

それは、
至福の愛の梯子が見つかる旅にもなりました。

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愛の梯子を昇ることにより、
二元性の愛と憎しみのコインのような愛ではなく、
二元性を超えたところにある、
両極の真ん中にある、
本来の愛を体感し学び理解することになることもわかりました。

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自分の人生は一度きりです。


どんな生き方を選択するのも
個人の自由だと思います。


わたしは自由を愛します。
だからあなたの自由を愛します。


自分の『魂(源泉)の声』に逆らわず、
自分の魂の本来の自然な状態のまま、
自由に『今』を楽しく生きること。


死んだら天国に行くというマインドではなく、
『今』が天国なんだと『気づく』こと。


今、生かされていることに感謝…
全てにありがとう。


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love


真に自由の愛の至福を『思い出す』


正しく想起する、

sammasatiサマサティ(right remembrance)


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』



花仙人



死と生の神秘をタントラの生理学7つのチャクラを通してoshoはお話しています。
弟子たちからの恋人や夫婦の問題などにも丁寧に答えています。

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英語のダウンロードPDFはこちらです。

The Tantra Vision, Vol 1&2




中心である源泉に定まるには…

というoshoの講話の本もあります。

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『あなたの内側には、
〈存在〉とつながっている一点(源泉)、
〈存在〉と一つになっている一点がある。

いったんこの中心を知れば、
自分が我が家にいるということがわかる。

〈存在〉はあなたの母となる。』



英語のPDFダウンロードはこちはです。


Vigyan Bhairav Tantra, Vol 1&2

The Book of the Secrets: A New Commentary, The original series of 80 discourses were simply called ”Vigyan Bhairav Tantra”. For publication as books they were divided up into 5 volumes, called the ”The Book of the Secrets Volume 1 - 5” (16 discourses each).The books were later published as ”Vigyan Bhairav Tantra Volumes 1 and 2”,(40 discourses each). The two volumes also came with a deck of 112 cards to represent the various meditations.

vol.1
Talks given from 01/10/72 pm to 01/03/73 pm English Discourse series
vol.2
Talks given from 25/03/73 pm to 08/11/73 pm English Discourse series



花仙人
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