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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

魂の計画を生きる=至福 & 奉仕

osho 瞑想 本 book サマサティ
魂の計画を生きる=至福 & 奉仕


自分の内側にある『源泉』を『思い出す』ことができると至福になります。

『源泉』は魂であり、

魂の中には現世の自分の人生の計画が入っているそうで、

1人1人の人間は、この魂(源泉)に入っている計画を生きることができている時に至福を感じるのだそうです。


魂(源泉)の計画を生きる=至福


そのためには、まず、自分の内側にある『源泉』(魂)を『思い出す』ことも大切なことです。


『源泉』(魂)を『思い出す』ことができなくても、
「直感」で自分の魂に導かれるようにして魂の計画を実行し、それを生きている人達も確かにいらっしゃいます。

そのような人達は、自身の奥深くから来る「直感」を無視せずに大切に耳を傾け、それを受け取り実行に移します。

そのような人達は、自分の「直感」と「エゴ(欲)」の違いを『理解』していて、識別できるので、「直感」を選択できます。

そのような人達は、エゴ(欲)から生まれたマインド(思考)の「知識」よりも、内側奥深くからやってくる直感の「知恵」を優先します。


マインド(思考)の「知識」よりも、
『源泉』(魂)の「知恵」を

選択し、
信頼し、
実行に移すと、

人生がスムーズにすすみ、
喜びや楽しみがある至福を感じます。


魂(源泉)の計画を生きる=至福


1人1人の魂(源泉)の中に現世の人生を生きる魂の計画が入っているように、

1人1人の魂はそれぞれ異なる「個性」と「才能」があります。


何度輪廻転生を繰り返しても、
その自身の魂の「個性」と「才能」は変わらず、
それぞれの魂はどの生に生まれても、
その自身の魂の「個性」を生きながら、
自身の魂の「才能」を生かしながら暮らし、
さらにその「才能」を成長させるために学び、
体験によって得たものが「知恵」となって
魂の中に残ります。


次に輪廻転生した生では、
それまでの生で学び体験したことが「知恵」となり魂の中に入っているので、それを生かしながら生きることで、新たな生の中でもまた自身の「才能」を生き、学び、体験をしながら得た「知恵」を魂の中に残すことができます。


その魂の「才能」の「知恵」は魂の中に入っているものなので、小さい子供の頃から、ある特定のことが、他者よりも無理なく楽しく夢中になってできたりするものです。

魂の才能は、あまりにも自身にとっては自然なことで当たり前のようになんなくこなせてしまうモノなので、自分ではそれを魂の「才能」であると『気づく』ことができないことがあります。


それを自身の魂の「才能」である、と『気づく』ことができた人達は、それをさらに生かすことを現世でもはじめますから、至福を感じることができますが、

それを自身の魂の「才能」であることに『気づく』ことができなかった人達は、本来の自身の「才能」以外のモノを見つけようとして探しさまよい苦しみます。


魂(源泉)の計画を生きる=至福

ですから、

『源泉』(魂)を『思い出す』=至福

です。


自身の魂の才能を『思い出す』ことができずに、人生をさまよい歩くように苦しんで生きているならば、

自身の「才能」は外側を探しても見つからないので、

魂の「才能」が入っている自分の内側にある『源泉』(魂)を『思い出す』ことで、同時に自分の「才能」を『思い出す』ことができます。


さあ、自分の「才能」を思い出したら、
その「才能」をいかしながら生きる人生がはじまります。

これまでの過去生で何度もその自身の「才能」を積み重ねて体験しながら学び「知恵」となったモノをいかしながら生きる人生がはじまります。

そのこれまでの「知恵」と自身の「才能」をらに高めるために成長し、さらなる「知恵」を得るための人生がはじまります。


それは、魂が、心から、ワクワクし心地よく感じるものであります。


自分自身を導くのは、自分の魂(源泉)です。


なぜならば、自分の魂の計画は自分の魂(源泉)の中に入っているからです。

自分の魂の「個性」や「才能」や「知恵」はすべて自分の魂(源泉)の中に入っています。


魂(源泉)は生きている限り、人間のおへその少し下にありますから、死ぬまでなくなることはありません。


自分の人生が何かうまくいかなくて、不満ばかりで、苦しく辛いならば、

自分の魂(源泉)の計画を生きていないのかも?しれません。

自分の『源泉』を『思い出す』ことができていないのかも?しれません。


「直感」とは、この魂(源泉)からのメッセージです。

「直感」に従うことは、
自分の魂(源泉)からのメッセージを受け取りそれを実行することです。

「直感」は「知恵」でもあります。

「知恵」は魂(源泉)の中にあるものです。


頭の中にあるマインド(思考)に従うと、
魂(源泉)の計画とは違う道へと歩いていくことになり、
それが自分にとってはなんだか不満でストレスとなり至福ではなくなったりします。


たとえそれが表面的や他人から見たら成功している場合でも、なぜだか、自分の内側は嬉しく感じない場合、それは自身の本来の魂(源泉)の計画を生きていないのかもしれません。


「できること」
魂の「才能」

は違うこともあります。


魂の「才能」を生きているときは至福ですが、
魂の「才能」を生きていないときは、なにかができて成功している場合でも至福感はありません。


その違いに『気づく』ことができないと、
いつまでたっても苦しみからは抜け出せません。


魂(源泉)の計画を生きる=至福

『源泉』を『思い出す』=至福


たとえば、

本来、魂の計画では、自分はミュージシャンになる予定であったのに、親が医者だから、無理やりあとを継がなくてはならなくて、医者になって生きていかなくてはならない場合、

世間的には成功に見える人生であっても、
魂にとっては悲しく怒りがあり不満となって至福感はまったくない人生になることもあります。


その人がミュージシャンとなることにより、
魂の「個性」や「才能」や「知恵」を十分に生かしながら、現世でもその「才能」をさらに学び成長させる魂の計画を生きることができると、自身のさらなる高みへの成長や至福となるだけでなく、

その人の魂から溢れ出る「才能」や「知恵」や愛のエネルギーは、自分以外の他者へも『分かち合う』ことができ、それはすばらしく良い影響を与えることになります。


魂(源泉)の計画を生きる=至福

魂(源泉)の計画を生きる=他者への愛の分かち合い=奉仕


魂の計画を生きることができたときにだけ、
それは他者への奉仕となります。

残念ながら、

魂の計画を生きていないときは、他者への奉仕にはなりません。それがいくら良い行いであっても…、なぜならば、それは偽善になってしまうからです。魂や心がそれを行うことを真に喜んでいない場合、偽善は自分に無理があり、偽りの自分を生きることは必ずいつかは疲れてしまうからです。

その魂レベルの喜びがなく心が苦しい感覚は言葉にしていなくても、他者には伝わりますから、真に奉仕とはならないのです。

奉仕とは愛です。

ハートとハートの愛が奉仕です。

魂と心が喜び至福の時に、
真に他者への奉仕となります。


奉仕が魂の計画から起こるものであるならば、無理はないので疲れることはありません。


魂の計画を生きているときは、
多少疲れてはいても、魂(源泉)からエネルギーが湧き出し続けているので、疲れることはありません。


魂の計画を生きているときは奉仕です。

奉仕をしている自覚がない場合でも、
自分の魂の計画を生きているときは奉仕になっています。

魂の計画を生きることは自分だけの至福ではなく、他者への奉仕となり、自他ともに至福となります。


魂(源泉)の計画を生きる=至福 & 奉仕

『源泉』を『思い出す』=至福 & 奉仕


そこには偽善はありません。
偽善は自他ともに必ず苦しくなります。


ですから、

「良い人に見られたい!」

というエゴ(欲)の罠に人間は陥りがちですが、

「良い人に見られたい!」というエゴ(欲)によるマインド(思考)が働いて、

偽善を演じていることが疲れる苦しみの原因です。

偽善をやめるには、
「良い人に見られたい!」の
エゴ(欲)を落とし、

その偽善を演じるエネルギーの全てを、

自身の魂(源泉)の計画を生きることに全力を尽くすことで、

本当の奉仕活動となり、

自分も他者もみんなで至福となり、

だからこそ平和となります。


魂(源泉)の計画を生きる=至福 & 奉仕

『源泉』を『思い出す』=至福 & 奉仕


ですから、

誰がなんとあなたを支配しコントロールしようとしても、

自他ともの真の至福と平和のためには、

自分の魂(源泉)の計画を生きることなのです。

『源泉』を『思い出す』ことなのです。


ですから、他者が魂(源泉)の計画を生きよう!としていることを邪魔することは…1番の罪となるそうです。

魂(源泉)の計画を生きるということは、
魂(源泉)と繋がっている「存在(神)」の計画を生きることですから、

他者の魂の計画を邪魔することは、
「存在」いわゆるみなさんがよく呼ぶ神さまとかいうそれの計画を邪魔をすることになるので、いわゆる罪となるようです。

わたしは罪とかはよくわかりませんが、

他者にいじわるする邪魔をするエネルギーを、
自身の魂(源泉)の計画を生きることに100%使う方が100%楽しく至福感があることは確かで、それはいじわるの真反対の奉仕にもなるのです。


わたしはoshoのこの言葉が大好きです。

『まず、あなた自身をなんとかしなさい。』

『まず、あなた自身を癒しなさい。』

1人1人が、

自分を自分で癒し、
自分の魂の計画を生きることができ、
『源泉』を『思い出す』ことができたら、

1人1人みんなが至福になるのです。

まず、自分自身をどうにかすることが、

今現在の地球の人間の第一優先することではないかと、わたしも思います。


1人1人が真に至福感で満たされていれば、
どこにも争いは起こらないから平和になるのです。


ものすごくシンプルなことなのです。


でも、人間はエゴ(欲)とマインド(思考)があるから、苦しみを作り出して持ち歩き続けてばかりで、なかなかそのシンプルな生き方ができないのです。


エゴ(欲)とマインド(思考)さえなくなれば、至福感で満たされ続けるシンプルな生き方ができるのです。


エゴ(欲)とマインド(思考)をなくすための一つのやり方が瞑想です。

『源泉』を『思い出す』一つのやり方も瞑想です。


1人1人が魂の「個性」を生き、「才能」を生きて生かし、さらに学び成長し「知恵」を得ることが至福であり、それを周りと分かち合うことが喜びであり、愛である。


無理がある偽善はなく、
自然と起こる奉仕となる。


自分の魂の「個性」や「才能」を尊重し生きることは、
同時に、
他者の魂の「個性」や「才能」を尊重し生きることにもなります。


それが第4チャクラのハートの愛を生きる学びです。

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まだ多くの人間がはじめていないハートの愛の分かち合いの学びです。

でも、『今』から第4チャクラのハートの学びをはじめることはできます。


他者の足を引っ張ったり、出る杭を打つような批判や裁くことやネガティブな競争は、ハートの愛の分かち合いの学びではなくなります。


お互いにお互いの「個性」と「才能」を
認め合い、尊重し、受け容れ、愛し、
それぞれの「才能」を限りなく伸ばすことを喜び楽しみながらさらなる成長と進化をし、
みんなで調和と平和を創っていくのが、
第4チャクラのハートの愛の学びです。

その時代はもうはじまっています。

古い時代の他者の足を引っ張りあうような生き方はもう崩壊しています。

それは『今』の世の中を見ればよくわかると思います。


古い時代は崩壊し終わりました。

ハートの愛を生きる新しい時代がはじまりました。


誰に遠慮することなく、
あなたはあなたの魂(源泉)の計画を自由に生きる至福の人生を生きることができます。


あなたの魂(源泉)の計画を邪魔をする者たちに従うことは苦しみの人生になります。


そのようにあなたの邪魔をする人達は、
自身の魂の計画を生きていないことの不満を他者にぶつけているだけです。

そのような人達は、自身の魂の計画を生きることでしか至福になれないことを知らないだけです。


自分のエゴ(欲)ではなく、
自分のわがままではなく、
自分の直感を信頼して、
勇気を持って
自分の魂(源泉)の計画を生きてもいいのです。

それは必ず自他ともの至福と奉仕になります。


エゴ(欲)やわがままを選択するときは苦しく重くなり、かならず失敗や事故や怪我や病気となり人生がうまくいきません、それが今の自分がエゴ(欲)を生きているかどうかを判断できるメッセージです。自分の魂からのそちらの道は違うよ、というメッセージです。

なんらかの障害が目の前にやってきたときは、それがエゴ(欲)か?魂の計画か?をよーく自分で見極めるタイミングであるというメッセージです。

それを無視をしてエゴ(欲)を通すと、かなり大変な体験が起こります。。。


自分のエゴ(欲)だけでなく、

他者のエゴ(欲)を支えるために自分を犠牲にして生きることは、

自他ともの真の至福と平和にはけっしてなりません。

自他ともに苦しみ続けます。

この場合もあらゆる障害が目の前に立ちはだかるはずです。その魂からのメッセージは無視をせず早めに受け止めて軌道修正されるとあまり大変な苦しみを味わうことなくすみます。


偽善ではなく奉仕。
犠牲ではなく愛の分かち合い。


今苦しく辛く不幸だな…と思っているのであれば、自分のおへその少し下にある魂(源泉)を感じてみてください。それか瞑想をしてみてください。
(瞑想の仕方は前回のブログ「本当の問題は一つだけ」http://hanasennin9.hatenadiary.jp/entry/2016/07/06/184713 にも書いてありますし、ご自身にあった瞑想法でもかまいません。)


必ず、魂(源泉)からのメッセージはあります。

それが真に自身を至福に導くメッセージです。

頭のマインド(思考)からのメッセージは偽りです。魂の計画を知らないのですから。

魂の計画が入っているのはお腹のおへその少し下にある『源泉』の中ですから。



1人1人のみんなが、
自身の魂(源泉)の計画を生きることが真の自由です。至福です。喜びです。祝祭です。

他者の邪魔をしないことが愛であり、
嫉妬をせず尊重し敬うことが調和と平和です。

愛とは他者と自分に自由を与えることです。

愛とは他者と自分と全てを愛することです。

魂『源泉』は愛100%のエネルギーです。

『源泉』を『思い出す』ことは至福です。



説教くさくて大変申し訳ないですσ(^_^;)

書く才能は持ち合わせていないので読みにくいとも思いますから申し訳ないですσ(^_^;)

日本語はすごく難しいしσ(^_^;)

稚拙な文章ですみません…

自分の地獄のような苦しみから解放されたのは、こういう変容があったから…という実体験しか書けませんが、

1人でも多くの人達が苦しみから解放されるための一つのヒントになるかも?しれないと思い…アホを恥じながら勇気を出してブログに書き残しておきますσ(^_^;)

詳しくはoshoの講話の本を読まれるか聞いてみてください、大変詳しく丁寧にお話しています。




sammasatiサマサティ(right remembrance)
正しく想起する。


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love




花仙人




中心である『源泉』とはなにか、
中心である『源泉』を『思い出す』ためには、
中心である『源泉』に定まるには…

というoshoの講話の本もあります。

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『あなたの内側には、
〈存在〉とつながっている一点(源泉)、
〈存在〉と一つになっている一点がある。

いったんこの中心を知れば、
自分が我が家にいるということがわかる。

〈存在〉はあなたの母となる。』



英語のPDFダウンロードはこちはです。


Vigyan Bhairav Tantra, Vol 1&2

The Book of the Secrets: A New Commentary, The original series of 80 discourses were simply called ”Vigyan Bhairav Tantra”. For publication as books they were divided up into 5 volumes, called the ”The Book of the Secrets Volume 1 - 5” (16 discourses each).The books were later published as ”Vigyan Bhairav Tantra Volumes 1 and 2”,(40 discourses each). The two volumes also came with a deck of 112 cards to represent the various meditations.

vol.1
Talks given from 01/10/72 pm to 01/03/73 pm English Discourse series
vol.2
Talks given from 25/03/73 pm to 08/11/73 pm English Discourse series




花仙人