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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

沈黙の言語&言葉の言語

沈黙の言語&言葉の言語


oshoはマインド(思考)とエゴ(欲)を
自身の内側からすべて落とし空っぽにし、

自身の内側を静かな沈黙にすることを
伝え続けました。

そうすることで、
自身の内側にある『源泉』を『思い出す』ことが自然と起こるからです。

『源泉』を『思い出している』状態が
人間の自然な状態であり、
沈黙の至福で満たされ溢れ出ている状態です。

『源泉』を『忘れて』いるために、
人間はあらゆる問題を生み出し苦しんでいます。

人間のあらゆる苦しみをなくすためには、
『源泉』を『忘れて』しまう原因である、
マインド(思考)とエゴ(欲)をすべて落とし、
『源泉』を再び『思い出す』ことです。

oshoだけでなく、これまで地球に臨在した多くの導師たちは同じことを伝え続け、弟子たちが『源泉』を『思い出す』ことができるよう導きました。



言語は知識でありそれはマインド(思考)です。

マインド(思考)を落とすということは、
言語にだけ頼らないということでもあります。

人間には感覚というものがあります。

五感だけでなく、第六感も含めた感覚です。

スポーツや音楽や芸術をされている人たちはこの感覚がなんであるかをとらえやすいと思います。

それは、言葉ではあらわせない感じる何かです。



今日は言語にだけ頼らず、
人間や全ての存在と一つであることを『思い出す』ための沈黙の言語のお話をoshoの講話から少しご紹介します。


マインド(思考)とエゴ(欲)を落とすことが、どれほど人間にとって大切なことか。


oshoは知識を頭の中に詰め込むために講話を話し続けたのではないのです。

逆に、知識などのマインド(思考)やエゴ(欲)を落とすための講話をしました。


実際にoshoの講話を耳で聞いていただければわかると、感じると思いますが、oshoの講話を聞いていると、頭の中の雑音が消え去り、静かになり、空っぽになるのがわかります。


そう、oshoの講話は講義ではなく瞑想です。


マインド(思考)とエゴ(欲)が落とされていき、空っぽな状態になります。


それはoshoの内側が空っぽな静かな沈黙の状態だからです。


導師たちはこの沈黙へと弟子たちを導くのです。

言語を通してではなく。
知識を通してではなく。
マインド(思考)を通してではなく。


言語や知識のマインド(思考)は雑音です。

沈黙は無音です。

『源泉』も無音です。

だからこそ『源泉』を『思い出す』ためには無音の沈黙になる必要があるのです。


沈黙を伝え導くには、
導師たちがすでにそれだからできるのです。

言語を通さずにそれができるのです。

導師がそこに在るだけで、
周りの人たちは何かを感じて沈黙を全体で理解していくのです。

だから、マインド(思考)では沈黙は絶対に理解できないのです。

感覚で悟る感じです。


oshoの本を読むことでも、
頭の中が空っぽになっていき沈黙になりますが、

oshoの沈黙の声の波動(ヴァイブレーション)を身体全体で受け取り聞く方が、より瞑想が深まり沈黙へと導かれます。


oshoは書いて本などを残しませんでした。

(全ての講話を文字として記録してくださったのはoshoのお弟子さんたちです。)

oshoは弟子たちに直接会って話すという講話を何十年間も続けました。


導師が直接会って話すということが、
弟子が直接会って聞くということが、
どれだけ大切なことかをよーく理解していたからです。


では、沈黙の言語とは何かを少しご紹介します。



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oshoの講話は瞑想の基礎


These discourses are the foundations of your meditation.


これらの講話は、あなたの瞑想の基礎だ。


Sitting with me in these discourses is nothing but creating more and more meditativeness in you.


これらの講話の間、私とともに座ることは、
あなたの中により一層の瞑想性を創り出すことに他ならない。


I don't speak to teach something;
I speak to create something.


私は何かを教えるために話すのではない
私は何かを創り出すために話している。


These are not lectures; 
these are simply a device for you to 
become silent.


これらは講義ではない、
ただあなた方が静かになるための方便だ。


osho




沈黙の言語


I have to start with your language, and slowly, slowly, you will start learning my language.


私はあなた方の言葉で始めなければならない
そして、ゆっくり、ゆっくりと
あなた方は私の言語を学びはじめる。


I am bilingual and I will make you also bilingual.


私はバイリンガルだが
あなた方もバイリンガルにするつもりだ。


These are two languages: the language of words and the language of silence.


二つの言語がある

言葉の言語と
沈黙の言語だ。


Right now I have to use the language of words to translate the poetry of silence, the music of silence.


今の時点では、
私は沈黙の詩を
沈黙の音楽を
翻訳するために
言葉の言語を使わなくてはならない。


osho




Communion

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Communion / コミュニオン(交感)

Harmony Without and Within

調和の外側と内側




commentary(解説)…

人は一つの島のように生きている、
そして、
それはすべての惨めさが生じることからだ。

数世紀に渡り人は存在(existence)から独立して生きようと試みている- それは物事の本質では可能ではない。

人は独立でもなければ依存でもない。

存在(existence)は相互依存の状態だ、
全てのものは全てのものに依存している。

誰かより低くはなく、
誰かより高くはなく、
階級構造はない。

存在はコミュニオン(交感)であり、
永遠の愛の情事だ。

だが、
より高くあらねばならない、
優れていなければならない、
特別でなければならない、
というアイデア(考え)はトラブルを生む。

人は無(空)にならなくてはならない!

人は物事に全面的(トータル)に溶け込まなくてはならない。

そして、
すべてのバリアを落とす時、
コミュニオン(交感)は起こる、

そして、
コミュニオン(交感)は祝福である。


『全てと一つ』であることがすべてだ。

それは宗教の核心だ。




osho…

ヘラクリトゥスは言う…

もし物事がまさに人の望み通りならば、
それはあまりよくはないだろう。

あなたが予期せぬことに期待しない限り、
あなたは決して真実を発見することはないだろう、
それは発見することが難しく、
そして達成することが難しい。

自然は隠すことを愛する。

デルフォイの神のお告げは
話すことでも、隠すことでもない、
だが、
サイン(signs)を与える。


存在は言葉を持たない…


もしあなたが言葉に依存すると、

存在とのコミュニケーションはできないだろう。


存在はミステリーだ、

あなたはそれを翻訳できない。

もし、あなたが翻訳すると…あなたは逃す。


存在は生きることはできる、
だが、考えることはない。

それは詩のようであり、
哲学的ではない。

それはサイン(signs)だ、
それが扉だ。

それは表れる、
しかし、それは何も言わない。


マインドを通すと、
存在へのアプローチ(近づくこと)はなくなる。

もしあなたがそれについて考えると、
あなたは考え、そして、考え続けることができる、
しかし、あなたは決してそれに至ることはできないだろう…

なぜならば、
それはまさに、思考とはバリアだからだ。


思考はプライベートな世界だ、
それはあなたに属する、
そして、あなたはあなた自身の中で
閉ざし、
包み、
拘束する。


何も考えない(no-thinking)、

するとあなたはもういない、
あなたはもう閉ざれていない。

あなたは開いている、
あなたは通りになる、
存在はあなたに流れ込む
そして
あなたは存在に流れ込む。



聞くということを学ぶことだ、

聞くという意味は
開いている(open)、
影響される(vulnerable)、
受け入れる(receptive)、

だが、
それはなんの考えも無しに聞くということだ。
(考えたり、批判したり、判断したり、他のことを考えたり…などを全くしないで、空っぽの状態で聞くということ。)



考えるというのは積極的な行動だ。

聞くというのは受動的だ、

あなたは谷のようになり受け入れる。

あなたは子宮のようになり受け入れる。



もしあなたが聞くということができれば、

すると、自然は話す、
だが、
それは言語ではない。

自然は言葉を使わない。

では、自然はなにを使うのか?

ヘラクリトゥスは言う…

サイン(signs)を使う。



花がある、

そこにはどんなサインがある?

花はなにも言わない、

だが、あなたは花は何も言わないと本当に言うことができるだろうか?

それはたくさん言っている、

だが、どんな言葉も使ってはいない、

無言のメッセージだ。


無言を聞くためには、
あなたは無言にならなくてはならない、

なぜならば、

同じもの同士だけがお互いを聞くことができるからだ、

同じもの同士だけが同じことに関係することができるからだ。



花のそばに座るなら、
人になってはならない、花になりなさい。

木のそばに座るなら、
人になってはならない、木になりなさい。

川で沐浴をするなら、
人になってはならない、川になりなさい。

そうすれば、とても多くのサインがあなたに与えられる。

そして、
それは伝達communicationではない、
それは交感communionだ。

すると、自然は話す、
千と一つの舌で話す、
だが、
言語ではない。




Communion 


Harmony Without and Within


commentary…

Man is living as an island, and that's from where all misery arises.  

Down the centuries man has been trying to live independently from existence - that is not possible in the very nature of things.  

Man can neither be independent nor dependent.  

Existence is a state of interdependence : everything depends on everything else.  There is no hierarchy, nobody is lower and nobody is higher.  

Existence is a communion, 
an eternal love affair.  

But the idea that man has to be higher, superior, special, creates trouble.  

Man has to be nothing! - man has to dissolved into the totality of things.  

And when we drop all the barriers, communion happens and that communion is a benediction.  

To be one with the whole is all. 

That is the very core of religiousness.



osho…

Heraclitus says: It would not be better if things happened to men just as they wish.  Unless you expect the unexpected you will never find the truth, for it is hard to discover and hard to attain.  

Nature loves to hide.  

The lord whose oracle is at Delphi neither speaks nor conceals - but gives signs.  

Existence has no language ... 

and if you depend on language there can be no communication with existence.  

Existence is a mystery, you cannot interpret it.  If you interpret, you miss.  

Existence can be lived, 
but not thought about.  

It is more like poetry, less like philosophy.  

It is a sign, it is a door.  
It shows, but it says nothing.  


Through mind, there is no approach to existence.  If you think about it, you can go on thinking and thinking, about and about, but you will never reach it - because it is precisely thinking that is the barrier.  

Thinking is a private world, it belongs to you - then you are enclosed, encapsulated, imprisoned within yourself.  

Nonthinking, 

you are no more; 
you are enclosed no more.  

You open, you become porous, existence flows into you and you flow into existence.


Learn to listen - listening means you are open, vulnerable, receptive, but you are not in any way thinking.  

Thinking is a positive action.  

Listening is passivity: you become like a valley and receive; you become like a womb and you receive.  

If you can listen, then nature speaks - but it is not a language.  

Nature doesn't use words.  

Then what does nature use?  

Says Heraclitus, it uses signs.  

A flower is there: what is the sign in it?  It is not saying anything - but can you really say it is not saying anything?  It is saying much, but it is not using any words - a wordless message.  

To hear the wordless you will have to become wordless, because only the same can hear the same, only the same can relate to the same.

Sitting by a flower don't be a person, be a flower.  
Sitting by the tree don't be a person, be a tree.  
Taking a bath in a river don't be a man, be a river.  
And then millions of signs are given to you.  

And it is not a communication - 
it is a communion.  

Then nature speaks, 
speaks in thousands of tongues, 
but not in language.




from osho talks
oshoの講話より

from osho transformation tarot
osho transformation タロットより




『源泉』を『思い出す』。




sammasatiサマサティ(right remembrance)
正しく想起する。


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』


瞑想と愛 (^-^)  meditation & love




花仙人




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oshoの講話は文字としてだけでなく、
録画されて残っています。

日本語に翻訳された本も購入できます。

日本語は全部の講話の全ての翻訳はまだされてはいませんので、oshoの英語になれてきたら英語の講話をお読みになられてもいいかもしれません。

英語の文字データのダウンロードpdfはこちら。


YouTubeでも見れますし、
DVDなどでも購入して見れますし、
iTuneでも購入できます。

OSHOInternational




花仙人