読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

存在していいんだよ

osho タロット サマサティ
存在していいんだよ


ある事件が起こり、
それによって、多くの障害者の人達が
自分は生きている価値がないと思い込み
自分を肯定できなくなっているという
記事を最近読みました。


わたしは30歳のころに、
遺伝による難病の甲状腺機能低下症の合併症により、
心臓が停止し、臨死体験を3度しました。

それにより、足に障害が出てしまい、自分の足で歩くことができなくなりました。どんなに病院で検査をしても足の障害の原因はわかりませんでした。

甲状腺機能低下症は今では治療法もありますが、わたしの場合はどのお薬も治療法も効果はなく、逆に悪化してしまったので、医者からは薬も治療もやめて、これ以上急速に症状が悪化しないよう工夫して生きるしかないとアドバイスがありました。

その後すぐに、ハーブ療法や野口整体の先生との出会いがあり、長い年月はかかりましたが、甲状腺機能低下症の症状が改善され楽になり、野口整体によってギプスや杖なしでも歩けるようになれました。

何年間におよぶリハビリにより、ギプスや杖をはずして歩けるまでにはなりましたが、1度壊れてしまった身体の部品は交換しなければ正常に機能することはありませんから、今でも健常者の人達と同じ状態の身体ではありません。

痛みを軽減するような歩き方などを工夫しながら、ゆっくりと歩くことしかできません。

歩くことが困難になっただけでなく、わたしの場合は甲状腺機能低下症により妊娠と出産ができない身体になりました。

病に倒れた当時は仕事もして結婚もしていましたが、仕事はやめることとなり再就職は難しくなり、子供を授かることができなくなったので離婚をすることになりました。

元パートナーは健常者の方でしたから、子供を授かることに何の問題もありませんから、子供を欲しいという気持ちが自然と起こるのが自然です。

わたし自身が誰よりも子供を授かりたかったからこそ、元パートナーの子供が欲しいという思いを理解できましたから、健康であり子供を授かるチャンスがあるのだから、ぜひチャンスを生かして至福になって欲しいと応援する思いが込み上げてきて、私たちは7年間の結婚生活を終えて円満離婚をしました。

人間社会の常識と呼ばれる規則や条件付けに振り回されることなく、不思議と2人とも、なにか大きな目に見えない力の流れに導かれるように離婚を選択したので、罪悪感や劣等感はまったくありませんでした。それが不思議と正しい選択であるとわかったからです。

そして、その選択は今から振り返ってみても、やはりそれでよかったんだと確信が持て後悔はないのです。

2人のそれぞれの魂の計画の一つの学びを終えて新たな学びへと出発したような深い感謝の中でさよならを言えた円満な離婚でした。


しかし、その当時、未来への不安はなかったか?と言われれば、もちろんありました。

でも、どんなに未来がどうなるかわからなくても、その選択以外はやはりありませんでしたから、自分が選択した人生を自分の責任として生きる決心と覚悟は自然と湧いてきました。


そのような覚悟とは別に、

再就職も難しい立場であり、女として生まれて妊娠することもできない身体となり、健常者の人達のようにはもう歩くこともできなくなり、

周りに迷惑ばかりをかけて、
まったく何の役にも立たない自分は、
生きている意味があるのだろうか?

なぜ、3度も臨死体験をしたにもかかわらず、自分は死ぬことができず、この身体で生きていかなければならないのだろうか?

早く死んで欲しいと言われたこともあり、
何度、生きていてごめんなさい…と言ってきただろうか。

どうして神様はまだわたしを生かすのだろうか?

あとどのくらい生きていかなければならないのだろう…。

そんなマインド(思考)が自分の内側にいっぱいなままで生きていました。


軽度ではありますが、自分が身体に障害を持って生きることになり、多くの障害者の方たちと知り合う機会がありました。

わたしのような軽度の障害であっても、日常生活を送ることに不便や困難を感じ、周りからの偏見や差別があり、障害者にとってはなかなか生きにくい社会であることは痛感していますから、

今回の事件によって、
多くの障害者の人達が、

自分自身を否定し、
生きている意味がないから死にたい…

という思いは自分のことのようによくわかります。


この事件が起こらなくても、
多くの障害者の人達の胸のうちに
自分を否定してしまい、
なかなか自分が存在していることを肯定できない苦しみを持ち続けている人達はわたし自身がそうであったように、これまでもたくさんいらっしゃると思います。

もちろん、全ての障害者の方たちがそうであるとは思いません。

自分自身を受け入れて生きている障害者の方たちもいらっしゃると思います。



わたしの場合は、ネガティブなマインド(思考)に偏っていました。そんな絶望的な暗闇の中を彷徨うように歩いているときに、oshoとの出会いがありました。

他者から言われる全ての言葉は、
自分の内側にあるマインド(思考)。

それは、

他者は自分の内側を映し出す鏡であるということ。

他者から何かを言われて傷つくのは、
自分の内側にそのようなマインド(思考)があるから、それに『気づき』なさいよ、というメッセージであることを、oshoの講話から『理解』が起こりました。


今の自分が苦しい原因は
自分の内側にあるマインドとエゴ。


それがわかってからは、
あらゆる全てを他者や周りのせいにせず、
全ての自身の責任を他者や社会になすりつけることはやめました。


そのようなネガティブな行為にエネルギーを使うことを一切やめて、

自分の内側にある、
自分が生み出したマインド(思考)とエゴ(欲)を毎日の瞑想によって全てを捨て去ることにエネルギーを注ぎました。


その結果、
瞑想により自分の内側にある『源泉』を『思い出す』ことができ、
その中に入ったままの暮らしをしながらさらに瞑想を続けた7年後のある冬の日に日向ぼっこをしていると、

突然、宇宙の大洪水がやってきて、
全ての存在と一つになる出来事が起こりました。


『宇宙全ての存在は一つである。』

この『理解』が感覚により起こったとき、

全ての存在は存在していていいんだ!

全ての存在は生きていてもいいんだ!

と深く『理解』できたのでした。


以前は、頭で言葉(マインド)によってそれを知ったつもりでいても、
それを、
真に体感により感覚で『理解』が起こらないかぎり、『理解』はできないものなんだ、ということもわかりました。


それからは、
今、生きて存在していることに、
罪悪感はなくなり、劣等感もなくなり、自己否定もなくなりました。

自己証明をしたいという自分を肯定するようなエゴ(欲)もなくなり、

自分自身を肯定も否定もどちらもしなくなりました。


『ただただ存在し生きているだけでいい。』


その『理解』が起こりました。


『自然界の存在が自分を生み出したのだから、
自分や他者の人間たちのマインド(思考)が何と言っていても、
自分は存在していてもいいんだ。

今、自分が等身大で無理なくできることを、
楽しく愛しながらすることで、
存在の1部として成り立っているんだ。

全ての存在は独立でも依存でもなく、
相互依存によって成り立っているんだ。

必要のない存在は一つもないんだ。』


それが『理解』できてからは、

『全ての存在は一つである』という体験があってからは、

「私」という意識は消え去り、
存在への完全なる明け渡しが起こり、
「宇宙全ての存在の意識」の一つとして
毎日を生きる至福に満たされています。


それは、
これまで地球に光明enlightenmentをして臨在した導師たちが話伝え続けてきた通りでした。


自己否定や罪悪感や劣等感は必要ありません。
みんな存在していいのです。

それが自然です。

存在がそのようにこの宇宙全てを創っているのだから。


光明enlightenmentの状態を『思い出す』までは、何度もくじけましたが、そんな中でいつも存在や全ての導師たちやoshoの深い慈悲の愛によって、勇気を得て一歩一歩歩いてくることができました。


今を生かされていることに感謝でいっぱいです。
ありがとう…。


そんな慈悲の愛でいっぱいのoshoの講話からほんの1部ですが、
カードの絵と一緒に今日は2枚ご紹介します。


全ての導師たちが伝え続けているように、

自分で自分を癒し救うことはできることを、
自分の長年の体験から知りました。


少しでも、今を苦しんでいる人達が、
自分自身を否定するマインド(思考)を手放せ、
自分のマインド(思考)から自由になれますように…



f:id:hanasennin9:20160731085319j:plain
存在


あなたは人間は偶然の産物ではない。

存在があなたを必要としている。

あなたがいなければ、

存在の中でなにかが見失われ、

あなたの代わりをつとめることは誰にもできない。

そのことが、

自分がいないと全存在が寂しく思うということが、

あなたに尊厳をあたえるのだ。

星や太陽や月、樹や鳥や大地--宇宙のあはゆるものが、

あなた以外の誰かではけっして埋めることのできない小さな空白を感じるだろう。

これが、

自分は存在とつながっていて、

存在は自分の面倒をみてくれているという途方もない喜び、満足をあなたに与えてくれる。

ひとたびあなたがきれいになり、澄み渡ったら、

あらゆる次元から自分に降りてくる途方もない愛を見ることができる。


Existence


You are not accidental.

Existence needs you.

Without you something will be missing in existence and nobody can replace it.
That's what gives you dignity, that the whole existence will miss you.

The stars and sun and moon, the trees and birds and earth -- everything in the universe will feel a small place is vacant which cannot be filled by anybody except you.

This gives you a tremendous joy, a fulfillment that you are related to existence, and existence cares for you.

Once you are clean and clear, you can see tremendous love falling on you from all dimensions.

(osho zen tarot 存在より)



f:id:hanasennin9:20160731085358j:plain
Worth


Worth / 価値

On the Virtues of Uselessness

役に立たないことの美徳




commentary(解説)…

自分の価値を証明しようとして、自分自身を商品におとしめてはいけません。

生の最も偉大な体験は、 
あなたがすることを通してやって来るのではなく、
愛を通して、瞑想を通してやって来ることを覚えておきましょう。




osho…

ある物語がある…

老子が弟子たちとともに旅をしていた。
彼らは、何百人もの樵たちが木を切っている森にやってきた、なぜなら、大きな宮殿が建てられていたからだ。

それだから、森全体はほとんどの木が切り倒されていたが、何千もの枝を張っている一本の大きな木だけは残っていて、その木は一万人の人々が木陰に坐れるほど大きかった。

老子は自分の弟子たちに、森全体の木々が切られて荒野になっているのに、なぜその木は切られていないのかを尋ねてくるようにと言った。

彼らは樵たちのところに行って尋ねた。

「なぜ、この木はまだ切られていないのですか?」

樵たちは言った。

「この木はまるで役に立たない。どの枝も節が多すぎて、それからはなにも作れない。まっすぐな枝が一本もないのだ。柱にすることはできない。家具にすることはできない。燃料にすることもできない、なぜなら、その煙が目にとても毒だからね…盲目になるだろうから。この木はまったくの役立たずだ。だから切らなかった。」

弟子たちは帰ってきて老子にそのことを伝えた。老子は笑って言った、

「この木のようになるがいい。
もしお前たちがこの世界で生き延びたいのならば、この木のようになるがいい。そうすれば、誰1人お前たちに危害を加えないだろう。

もしお前たちがまっすぐの枝や木で役に立つようなら、切られてしまい、誰かの家の家具になってしまうだろう。

もしお前たちが美しかったら、市場で売られてしまうだろう、商品になってしまうだろう。 

この木のようになるがいい、まったくの役立たずに。すると、誰1人もお前たちに危害を加えることはできない。そして、お前たちは大きく、広大に成長して、何千もの人々がお前たちの木陰を見いだすだろう。」


老子はあなたのマインド(思考)とはまったく違った論理をもっている。

彼は言う、最後の者でありなさい。

まるで自分がいないかのように世界を動くことだ。知られていない状態のままでいることだ。

1番になろうとはしないこと、さもないとあなたは陥るだろう。

競わないことだ、自分の価値を証明しようとしないことだ。

その必要はない。役立たずのままでいて楽しむがいい。

もちろん彼は役に立たないだろう。

だが、もしあなたが彼を理解できるならば、彼がより深い層で役に立つことを発見するだろう、その深みの中で…なぜならば、生とは楽しんで祝うことだからだ、生とは役に立つモノになることではないからだ。

生とは、市場の商品よりも詩のようだからだ。生とは道の脇にある詩や、歌や、ダンスや、花のようであるべきだ。開花は誰1人の役にも立たない、宛先もなく花の香りが風によって届けられることは誰1人の役にも立たない、ただそれ自身を楽しむ、それ自身であることを。

老子は言う、
もしあなたがとても賢くあろうとしたり、もしあなたがとても役に立とうとすると、あなたは使われる。

もしあなたがとても役に立とうとすると、どこかで誰かがあなたを利用しようとする、なぜならば、世界は役に立つ人をじゃまをしないで放ってはおくことができないからだ。

老子は言う、
これらの全てのアイデア(考え)を落としなさい。

もしあなたが詩になりたかったり、エクスタシーが欲しいならば、役に立つことを忘れなさい。

あなたはあなた自身の真実のままでいい。

あなた自身でありなさい。

ヒッピーは言う、あなたのことをしなさい。

老子は世界の中で最初のヒッピーだ。


老子は言う、
あなた自身でありなさい、
あなたのことをしなさい、
他のあらゆることを気にしないことだ。


あなたは売られるためにここにいるわけではない。


だから、役に立つことは考えなくてもいい、

ただあなたの至福について考えなさい。


至福でありなさい、
そして、もし至福があなたから溢れたらそれでいい、それを分かち合いなさい。


だが、あなた自身を役に立つように強いらないこと、なぜなら、そのようにして自殺が起こるからだ。

それはそれ自身を殺す。

自殺的(自滅的)にならないことだ。

(Tao: The Three Treasures, Vol 1)




その人がどのように有益(役に立つ)かということで私たちは人々を計る。
そうやって人々を商品に落としめる。

私は役に立つことをしないようにとは言ってはいない。

私は役に立つことをしなさいと言っている、

しかし、覚えておきなさい、生とエクスタシーの本物と最も偉大な経験はなにか役に立たないことから生じる。


それは詩を通して、
絵を描くことを通して、
愛を通して、
瞑想を通してやってくる。


素晴らしい喜びがあなたから溢れるのは、あなたがなにか役に立たないことをする能力があるときだけだ、役立たずはこの世の目の中にある。
なぜなら、それは商品に落としめることができない、だからこそ、彼らはそれを役立たずと呼ぶ。

さて、もしあなたが何かを発明したり、気の利いた小道具や装置など、それらの特許をとって、お金を儲けたりできるとする。

しかし、もしあなたが美しい詩を書いてもあなたはお金を儲けたりできない、それはただの消耗だ。人々は言う、

「何をしてるの?なぜ生を無駄にしてるの?」

しかし、詩を書くことは-もし本当にそれにのめり込んでいたら-それ自身が素晴らしい喜びだ、他に何もいらない、あなたはすでに報われている。それ以外の本質的でない報いは重要ではない。

報い(報酬)は内側にある、本来もともと備わっている、それは行ないから湧き起こる…。


だから自分は役立たずだと感じても心配することはない。

私はここにいるすべてのあらゆる人々が必要だ、役に立つものも、役に立たないものも。

私はここにいるすべてのあらゆる人々が必要だ。

だから自分は役立たずだと感じても心配することはない。

私はあなたの役立たずも使う。

私はあなたを大きな葉むれのある巨大な木に するつもりだ。

それに、役に立つ活動にたずさわっている人々…彼らにはときとして木陰で休む必要がある。

私たちには詩人や絵を描く者やミュージシャンが必要だ。

だから、自分は役立たずだと感じても心配することはない。

(The Wisdom of the Sands, Vol 2)

 

Worth



commentary…

Don't reduce yourself into commodities for trying to prove your worth.

Remember, the greatest experience of life comes through love and meditation.

It doesn't come through anything useful.



osho…

There is a story:

Lao Tzu was passing with his disciples and they came to a forest where hundreds of carpenters were cutting trees, because a great palace was being built. 

So the whole forest had been almost cut, but only one tree was standing there, a big tree with thousands of branches – so big that ten thousand persons could sit under its shade. 

Lao Tzu asked his disciples to go and inquire why this tree had not been cut yet when the whole forest had been cut and was deserted.

The disciples went and they asked the carpenters

”Why have you not cut this tree?”

The carpenters said, 

”This tree is absolutely useless. You cannot make anything out of it because every branch has so many knots in it. Nothing is straight. You cannot make pillars out of it. You cannot make furniture out of it. You cannot use it as fuel because the smoke is so dangerous to the eyes – you almost go blind. This tree is absolutely useless. That’s why.”

They came back. Lao Tzu laughed and he said, 

”Be like this tree. 
If you want to survive in this world be like this tree – absolutely useless. Then nobody will harm you. 

If you are straight you will be cut, you will become furniture in somebody’s house. 

If you are beautiful you will be sold in the market, you will become a commodity. 

Be like this tree, absolutely useless. Then nobody can harm you. And you will grow big and vast, and thousands of people can find shade under you.”


Lao Tzu has a logic altogether different from your mind. 

He says: Be the last. 

Move in the world as if you are not. 
Remain unknown. 

Don’t try to be the first, otherwise you will be thrown. 

Don’t be competitive, don’t try to prove your worth. 

There is no need. Remain useless and enjoy.

Of course he is impractical. 

But if you understand him you will find that he is the most practical on a deeper layer, in the depth – because life is to enjoy and celebrate, life is not to become a utility. 

Life is more like poetry than like a commodity in the market; it should be like poetry, a song, a dance, a flower by the side of the road, flowering for nobody in particular, sending its fragrance to the winds, without any address, being nobody in particular, just enjoying itself, being itself.

Lao Tzu says: If you try to be very clever, if you try to be very useful, you will be used. 
If you try to be very practical, somewhere or other you will be harnessed, because the world cannot leave the practical man alone. 

Lao Tzu says: Drop all these ideas. If you want to be a poem, an ecstasy, then forget about utility. 

You remain true to yourself. 

Be yourself. 

Hippies have a saying: Do your thing. 

Lao Tzu is the first hippie in the world. 

He says: Be yourself and do your thing and don’t bother about anything else. 

You are not here to be sold. 

So don’t think of utility, just think of your bliss. 

Be blissful, and if something flows out of your bliss it is okay – share it. 

But don’t force yourself just to be a utility because that is how suicide happens. 

One kills oneself. 

Don’t be suicidal.

(Tao: The Three Treasures, Vol 1)



We measure people by their utility. 
We reduce people into commodities. 

And I’m not saying don’t do anything useful. I’m saying do useful things, but remember the real and the greatest experience of life and ecstasy comes out of doing something useless. 


It comes through poetry, 
it comes through painting, 
it comes through love, 
it comes through meditation. 


The greatest joy floods you only when you are capable of doing something useless, useless in worldly eyes. Because it can’t be reduced into a commodity, that’s why they call it useless.

Now if you invent something, a gadget, you can patent it and you can earn money out of it. But if you write a beautiful poem you can’t earn any money out of it; it is just wastage. People say, 

”What are you doing? Why are you wasting your life?” 

But writing poetry – if you really have been into it – is a great joy in itself; nothing else is needed, you are already rewarded. No other extrinsic reward is going to make any difference to you. 

The reward is inward, intrinsic; it arises out of the activity. 


So don’t be worried. 

I will need all kinds of people around here – useful, useless. 

I will need all kinds of people here. 

So, if you feel useless don’t be worried. 
I will use your uselessness too. 
I will make you a huge tree with great foliage. 

And the people who are engaged in useful activities, they will also need sometimes to rest under the tree, in the shade. 

We will need poets and painters and musicians. 

So, if you feel useless don’t be worried. 

(The Wisdom of the Sands, Vol 2)




from osho talks
oshoの講話より

from osho transformation tarot
osho transformation タロットより

Tao: The Three Treasures, Vol 1

Talks on Fragments from Lao Tzu’s Tao Te Ching . Originally the ”Three Treasures” series was published as two volumes, later republished as four volumes.

Talks given from 11/06/75 am to 20/06/75 am English Discourse series

CHAPTER2. ORDINARINESS

12 June 1975 am in Buddha Hall

英語のダウンロードpdfはこちら。





The Wisdom of the Sands, Vol 2

Discourses on Sufism

Talks given from 02/03/78 am to 10/03/78 am English Discourse series

CHAPTER8. EASY IS THE FLOW

9 March 1978 am in Buddha Hall

英語のダウンロードpdfはこちら。





sammasatiサマサティ(right remembrance)
正しく想起する。


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』


瞑想と愛 meditation & love



f:id:hanasennin9:20160731085509j:plain



花仙人