花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

思考と闘う必要はない

思考と闘う必要はない


自分の内側にたくさんの

マインド(思考)
エゴ(欲)
あらゆる感情

などが生まれ続けます。
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これらは苦しみの原因です。


しかし、

これらを嫌い追い出そうとして闘うと、
痛みがさらに増し、
エネルギーを消耗し疲れます。

すると、

これらが内側からなくならないことをあきらめたり、失望したりしてさらに苦しみます。


これらを自分の内側からなくすためには、

『闘う』のではなく『観る』こと。


自分が『観照者』となって、
これらをただ『観る』こと。

すると、ただ『観る』だけですが、

これらは消えてなくなります。


『観照者』となってただ『観る』だけで
これらは内側から消えてなくなりますから、

『闘う』こととは違い、
体力は消耗しませんから疲れません。

これらが消え去らないことをあきらめたり失望することもありません。


たとえば、
自分の内側に『怒り』があらわれたら、

○『怒り』を見たくなくて
自分の内側の無意識の中にギューと押し込み溜めるか、

○自分の外側の他者や物に怒りをぶつけて傷つけるか、

どちらかになると思いますが、

もちろん、それを選択するのは個人の自由ですが、

○これらを内側に抑圧し溜め込み自分を苦しめ続ける問題や、

○これらを他者や物にぶつけて関係性の苦しみの問題を持つなど、

苦しみはなくならないままとなります。



瞑想では、

このどちらの両極にも偏ることはしません。

二つの両極の真ん中を生きます。

「抑圧」や「闘い」をせず
『観る』をします。


なぜなら、
『観る』ことで自然と『怒り』が消えるからです。


『怒り』が自分の内側にあらわれたら、

『怒り』から逃げずに、無視せず、
向き合い、
それを『観る』ことをして、

空を流れ去る雲のように、

『怒り』という雲が自分の内側の空から流れ去るのをただ『観る』ことをします。

自分が『観照者』となって
『怒り』をただ『観る』だけで
不思議と『怒り』は消えてなくなります。


『怒り』を無視しないことです。
『怒り』を自分の内側に溜め込まないことです。
『怒り』は動かないものではなく、
流れる動きがあるものですから、
自然と流れ去るので、

『怒り』を無視し内側に抑圧し動かさない、
「心を動かさない」

ようにするのではなく、

自然に流れる雲のように『怒り』も流します。

人間は同じ思考や感情を24時間365日ずーと続けることはできません。

なぜなら、思考や感情は流れ動く雲のようなモノだからです。

それらは必ず流れ去ります。

なぜなら、
それらは自分自身ではないから
流れ去りなくなります。

本来の自分『源泉』は決して内側からなくなることはありません。


あなたがそれらの苦しみに『執着』してしがみついていない限り、
『手放し』ていれば、
必ず内側から流れ去るものです。


もしそれらが内側にあるのだとしたら、
あなた自身がそれらに無意識に『執着』ししがみついているのかもしれません。

そして、それらと無意識に『同一化』しているのかもしれません。

そうだとしたら、苦しいはずです。

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瞑想とは、
それらに
『執着』せず『同一化』せず、
『闘う』ことなく、
ただそれらを『観る』だけです。
自分が『観照者』となるだけです。


『闘う』ではなく『観る』


自分の
マインド(思考)
エゴ(欲)
あらゆる感情
他者
などと
『闘いたい』人は闘っていいのです。
選択は個人の自由ですから。


しかし、
『闘う』ことに疲れた人には瞑想をご紹介しています。

瞑想は、
緊張や苦しみから自分を自由に解放したら
内側が空っぽになるため
リラックスし元気や健康を取り戻せ、
自分の『源泉』から知恵が沸き溢れ出し、
頭が冴え渡り、
優れた洞察力を得るなど、
自分の人生を至福に生きるための
1つのツールです。


マインド(思考)は闘うという『分離』をします。
『分離』は「切り分ける」という痛みがありますから苦しみます。

人間の本来の状態である
『源泉』は愛100%ですから『統合 all one』ですから、
「切り分ける」痛みのある『闘い』はしませんから苦しみはありません。


瞑想はマインド(思考)をなくし、
『源泉』を『思い出す』ための一つのツールです。


瞑想は『闘う』ではなく『観る』です。

瞑想は緊張ではなくリラックスです。


oshoはこう話します。


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思考と闘う必要はない


思考には根がない、
思考には帰るべき家がない。

思考は雲のようにさまよう。

だから思考と闘う必要はない、
思考と対立しなくてもいい、
思考を止めようとすらしなくていい。


これはあなたのなかで深い理解となるべきだ、

なぜなら、

人が瞑想に興味をもつようになるとき、  
彼はかならず思考を止めようとしはじめるからだ。


そして思考を止めようとしても、
思考はけっして止まらない、

なぜなら、

止めようとする努力そのものが思考だから、
瞑想しようする努力そのものが思考だから、
ブッダの境地へ到達しようとする努力そのものが思考だから。


1つの思考をどうやって
別の思考で止められようか? 


別の心をつくりだすことで、
どうして心を止められようか? 


あなたはもう一方にしがみついているだけだ。


それがどこまでも続いていく、
うんざりするぐらい。
もはや終わりというものはない。


闘ってはいけない、

というのも、

だれが闘うのかね? 

あなたはだれだろう? 

思考にすぎない、

だから

自分を1つの思考が
もう1つの思考と闘う戦場にしないことだ。

それよりも、

『観照者』になり、

思考が漂っていくのをただ見守っていなさい。

それらは止まる、が、あなたが止めたからではない。

それらはあなたがもっと『気づく』ようになれば止まる、

それらを止めようとするあなたのどのような『努力』によってでもなく。



YOU NEED NOT FIGHT THOUGHTS

Your thoughts have no roots, 
they have no home; 
they wander just like clouds. 

So you need not fight them, 
you need not be against them, 
you need not even try to stop thoughts.


This should become a deep understanding in you, because whenever a person becomes interested in meditation he starts trying to stop thinking. 

And if you try to stop thoughts they will never be stopped, because the very effort to stop is a thought, the very effort to meditate is a thought, the very effort to attain buddhahood is a thought. 

And how can you stop a thought by another thought? 

How can you stop mind by creating another mind? 

Then you will be clinging to the other. 

And this will go on and on, ad nauseam; then there is no end to it.


Don´t fight – 

because who will fight? 

Who are you? 

Just a thought, 

so don´t make yourself a battleground of one thought fighting another. 


Rather, be a witness, 

you just watch thoughts floating. 

They stop, but not by your stopping. 

They stop by your becoming more aware, not by any effort on your part to stop them.

(思考・・ ・mind,  thought)




oshoの講話より
from osho talks

Tantra: The Supreme Understanding

Discourses on Tilopa’s Song of Mahamudra , Dutton edition called ”Only One Sky”

Talks given from 11/02/75 am to 20/02/75 am 

English Discourse series

CHAPTER 2 The Root Problem

12 February 1975 am in Buddha Hall

この英語の講話のpdfダウンロードはこちら。


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もう一つご紹介します。


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非同一化


これをあなたの鍵にするがいい--

次に怒りがやってくる時、
ただそれを『観る』ことをしなさい。

「私は怒っている」

と言ってはいけない。

「怒りがそこにあり、私はそれを『観る』ことをしている」

と言いなさい。


そして、その違いを見るがいい! 

違いは膨大だ。

突然、あなたは怒りの支配から自由になっている。

あなたが

「私はただ『観る』者(観照者)であって、怒りではない」

と言うことができたら、
あなたは支配から自由になっている。


悲しみがやってきた時、ただその脇に座り、それを見て言うがいい、

「私は『観る』者(観照者)であって、悲しみではない」


そして違いを見てごらん。

あなたは直ちに、悲しみの根そのものを切っている。

それはもはや栄養を与えられていない。
それは餓死するだろう。

私たちは同一化することによって、
これらの感情に餌を与えている。



NON-IDENTIFICATION

Let this become your key - next time when anger comes, just watch it. 

Don´t say, “I am angry.” 
Say, “Anger is there and I am watching it.” 

And see the difference! 

The difference is vast. 

Suddenly you are out of the grip of anger. If you can say, 

“I am just a watcher, I am not anger,” 

you are out of the grip. 


When sadness comes, just sit by the side and look at it and say, 

“I am the watcher, I am not sadness,” 

and see the difference. 

Immediately you have cut the very root of sadness. 

It is no more nourished. 
It will die of starvation. 

We feed these emotions by being identified with them.




oshoの講話より
from osho talks

The Madman's Guide to Enlightenment

Talks given from 1/6/78 to 30/6/78, 

Darshan Diary

30 Chapters

CHAPTER 30
Chapter title: None

30 June 1978 pm in Chuang Tzu Auditorium

[true religion – Satdharma.]

That is the meaning of satdharma. 
One cannot be born into a religion; religion has to be born into one – one has to allow it to enter one.


この英語の講話のpdfダウンロードはこちら。


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そして、もう一つ。


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アシュタヴァクラ


アシュタヴァクラは使者だ。

意識の使者
観照の使者だ。

純粋な観照、
ただ見守っていることの使者だ。


不幸があれば、それを観察する。
幸福があれば、それを観察する。


不幸のなかで不幸に同一化しない。
幸福のなかで幸福と同一化しない。


どちらも来させ、去らせなさい。


夜が訪れるなら観察しなさい。
昼が訪れるなら観察しなさい。


夜には、自分が夜になったと思わないように。

昼には、自分が昼になったと思わないように。



ASHTAVAKRA

Ashtavakra is a messenger, 
a messenger of consciousness, of witnessing. 

Pure witnessing, just watching. 

If there is unhappiness, observe it. 
If there is happiness, observe it. 

In unhappiness don’t become identified with unhappiness. 
In happiness don’t become identified with happiness. 

Let both come, let both go. 

Night has come, observe it. 
Day has come, observe it. 

At night, don’t think you have become night. 

In the day, don’t think you have become the day. 
 



oshoの講話より
from osho talks


Chapter 2
Chapter title: The Only Revolution

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人間は目の前にあるものと同一化しやすい…

本来の自分を見失いやすい…


マインド(思考)
エゴ(欲)
あらゆる感情
などに執着したり同一化しないように
意識して生きる…


瞑想的な生き方をし、


自分の内側が空っぽになる瞬間…


自分の内側にある『源泉(愛)』を『思い出す』瞬間…


「私」さえも消え去る瞬間…


全ては一つであることを『思い出す』瞬間…


それが真の状態であることを『思い出す』瞬間…


全てを正しく想起します、サマサティ…


sammasatiサマサティ(right remembrance)
正しく想起する。


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』


瞑想と愛 meditation & love



花仙人



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花仙人