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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

おしゃかさま&はな〈苦しみの種と根〉

osho サマサティ おしゃかさま&はな 瞑想 本 book 癒し

おしゃかさま&はな〈苦しみの種と根〉

 

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エゴ(欲)とマインド(思考)の種と根っこを

根こそぎ取り去ると

苦しみから解放された…

 

それ以来苦しみが生まれてきません。

 

魂の計画を生きることが

自然とはじまり

至福感で満たされています。

 

これはわたしの実体験です。

 

この体験後にoshoのこの講話と出会い、

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この講話の中に

 

エゴ(欲)とマインド(思考)を

根こそぎ取り去ると

苦しみがなくなる…

 

というお話がありました。

 

あ〜〜やっぱりそうなんだ〜〜と思いました。

 

 

自分のエゴ(欲)とマインド(思考)の種や根っこは

自分でもなかなか見たくないモノだったりするので

マインド(思考)はそれを「避けようとする」ため

なかなか

自分でそれを見つけ出すことが困難だったりします。

 

木の種や根っこが土の中にあるように、

自分の内側の奥深くにそれは埋もれていて

なかなか見えないので

なかなか「気づく」ことができなかったりします。

 

しかし、

それこそが苦しみのモトです。

 

瞑想やカウンセリングやヒーリングなどをして

最初は苦しみの枝や葉っぱを剪定するように

切り落とすとスッキリはしますが、

 

それは一時的なことで、

 

苦しみのモトである種と根っこを根こそぎ取り去らない限り、

 

いつまでたっても

苦しみは自分の内側から消え去ることはありません。

 

大切なことは、

 

「この苦しみの種と根っこを捨てるぞ!」

 

という覚悟というか決心というか…が必要です。

 

そうしなければ、

人間のマインド(思考)は

ずーとその苦しみの種と根っこを

うまく「避けて」生きようとしますから…

 

苦しみから本当に解放されたいならば、

 

自分が苦しみの種と根っこを

「避けよう!」

と考えるマインド(思考)

「避けたい!」

と思うエゴ(欲)

という自分

 

との戦いになります(-_^)

 

「避けよう」とする

自分のマインドとエゴよりも

 

「苦しみの種と根っこを捨てるぞ!」

の自分の方が強くなったとき、

(勇気=愛100%)

 

不思議と自然に恐怖心もなく

ただただ愛100%で

苦しみの種と根っこと真正面から向き合い

ただただそれを見つめる観照者となると

その苦しみの種と根っこが

自分の内側奥深くから

自然と消え去っていきます。

 

(苦しみは愛100%で包み込むと消え去ります。)

(↑これはわたしの癒し方ですが…)

 

 

苦しみの種と根っこを内側からなくすことは、

 

切って捨てる「戦い」ではなく、

 

自分の内側から溢れ出る「愛」のみで

 

自分の苦しみの種と根っこを

 

ただ優しく暖かい目で抱きしめ見守るだけです。

 

すると自然とそれは消えてなくなります。

 

 

苦しみの種が消え去るとき、

 

必ずその苦しみから学んだあらゆる宝物を置き土産をしてから消え去ります。

 

苦しみのモトは「本来の自分(源泉)」ではないので

ずーと持っていて苦しむことはないのですが、

その苦しみを「理解」し「手放した」とき、

いわゆる苦しみを克服をしたときに、

 

苦しみの種は宝物を必ず置き土産します。

 

それは自分の魂が1番嬉しい宝物です。

 

その宝物を得るために

現世生まれてきて辛い思いをしたんだな、

と深く理解が起こります。

 

この理解が起こったときに「全てを許せます」。

 

なぜ苦しかったのかが理解できたときに

あらゆる全てを「許す」ことが自然と起こります。

 

愛が源泉からゴーと湧き上がって

愛が溢れて愛の大洪水が起こります。

 

全ては必然であり学びであることが理解できます。

 

苦しみの種や根っこを持ってしまったことも

学びであり必然だったのでしょうね。

 

(その自分の理解と許しが起こったときに、

他者が苦しみを持つ苦しみの理解が起こり、

他者の苦しみを許せるようになります。

 

自分も他者も苦しみを持っていることを

自然なこととして暖かく見守れるようになります。)

 

しかし、ずーと苦しむ必要はありません。

 

苦しみの種や根っこは「手放し」ていいものです。

 

それを手放すまでが学びかもしれません。

 

自分の苦しみのエゴとマインドの種や根っこは

根こそぎ取り去っていいのです。

 

すると苦しみは2度と生えてきません。

 

苦しみの種が残した素晴らしい置き土産を得て、

魂の計画を生きる喜びと至福を生きていきます。

 

 

これがわたしが長年瞑想をしながら

自然と身についた癒しのやり方です。

 

刀やナイフで苦しみを切り取るという「戦い」より、

愛で見守る観照者の感じです。

 

自分の苦しみは自分でなくせる。

それは

自分を自分で癒せる。

 

瞑想は誰からも習ったことはありません。

 

ただただ

自分の内側をくまなく見てまわり、

自分のエゴ(欲)とマインド(思考)に

「気づき」

「理解し」

「手放し」

を毎日しました。

 

ただただ瞑想が好きだっただけです。

 

それだけで

苦しみはなくなりました。

 

それ以来

沈黙の至福がずーと続いています。

 

「源泉」のまんま

「全ては1つ」の宇宙の大洪水の体験が起こったまんま

ずーと生きています。

 

すべての導師たちやoshoのお話のとおりでした。

それは夢物語ではありませんでした。

 

1人1人の内側には「源泉」があります。

それを「忘れて」いると苦しくなります。

 

「忘れる」原因は

自分のエゴ(欲)とマインド(思考)です。

 

苦しみの種と根っこです。

 

それを自分で自分の内側からなくしたら

「源泉」を「思い出し」ます。

自然と思い出します。

 サマサティです。

 

サマサティとは正しく想起(思い出す)する。

 

ブッダとoshoが最後にみんなへ残した言葉は

サマサティ…

 

誰でもみな

自分を自分で苦しみから解放できる、

「思い出す」だけで、サマサティ…

 

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sammasatiサマサティ(right remembrance)

正しく想起する


『The last word of Buddha was, sammasati.

Remember that you are a buddha – sammasati.』


瞑想と愛 meditation & love

 

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花仙人