花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

生と死

生と死


生と死の二元性の超越が
わたしには1番難しいものでした。

 

とても辛い人生だったことプラス、
大切な親友が次々に他界し、
独りぼっちになった孤独感により
もう何も感じたくないと思い
自分のあらゆる感覚を閉ざして麻痺させていました。

 

肉体は生きてはいるのですが、
心はここにはなく、
親友たちのいる天国にありました。

 

死別はショックが大きい…

 

というのは自身の体験からもよくわかります。

克服するのは不可能だな…と
oshoとの出会いまでは
そう思い込んでいました。

 

でも、
oshoと出会い、
瞑想を何年間も続けたある日の
植物療法を学んでいた頃、
植物を観察していると
植物の生と死を感覚的に
ふっと腑に落ちるような
『理解』が起こり
その瞬間、

 

生も死もどちらもあるのが自然で
どちらもあっていいんだ、
生も死も恐くないことなんだ。

 

とわかったのです。

 

その瞬間、
生と死の二元性を超越したのです。

 

生と死への恐怖心がなくなり、
すると不思議と
生にも死にも執着がなくなりました。

 

生と死の二元性の両極に
振り子が動く動きが止まったので、
恐怖心がなくなり、
静かな沈黙の至福の愛が
無限に広がりました。

 

あ〜やっと楽になれた〜。
と感じほっとしました。

 

わたしの場合は
生きることに恐怖心があり、
死にたいというエゴ(欲)が強くありました。

 

死にたいというエゴ(欲)は
死に執着しているということなので、

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生きていたくないというエゴ(欲)があり
生にも執着していることになりますから、

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生と死の二元性の両極を
行ったり来たりする振り子の動きがあったのです。

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その振り子の動きがあるうちは苦しみました。

 

二元性の両極の
どちらにも執着せず、
どちらもあっていいんだと『理解』が起こり、
両極の真ん中で振り子が止まると
苦しみはなくなり
愛の至福感が静かに広がりました。

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わたしの場合はこの世は生き地獄だと思い死に執着が強かったので、
子供の頃に見たフランダースの犬というテレビアニメの最終回で、主人公のネロと犬が一緒に死ぬシーンをハッピーエンドだと思い、よかったねネロやっと幸せになれて、と思っていましたが、
ほとんどの人の場合、
あの最終回は、ハッピーエンドではない!と思われていることを知り、
ほとんどの人たちは、
生きたい!という方に執着があるのだな〜とわかったこともありました。

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そして、死にたくない!という執着があるんだな〜とわかりました。

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生きたくない!死にたい!

生きたい!死にたくない!

どちらにしても、
生と死に対する『恐怖心』から、
生と死に『執着』していることがわります。

 

そして、
その執着により
二元性の両極に動く振り子が動いているうちは、苦しみは続く、ということです。

 

わたしの体験からは、
生と死の二元性の振り子が止まった瞬間から
生と死への執着や恐怖心がなくなったため、
苦しみはなくなりました。

 

うまく説明はできませんが、
生きていても死んでいても同じなんだという
『理解』が起こり、
それは諦めとか妥協ではなく、

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また、
生きることへの恐怖心がなくなったので、
『今』この瞬間を穏やかに楽しく生きることができるようになりました。

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そして、

親友たちが他界していった孤独感の悲しみは、
わたしが親友たちに一緒に生きていて欲しかったというエゴ(欲)があって、
そのわたしのエゴ(欲)が満たされなかった苦しみだと『理解』が起こると、
そのエゴ(欲)に執着して手放さない自分が苦しみを手放していないだけだから、
そのエゴ(欲)を『手放し』たら、
もう苦しみも孤独感の悲しみも消え去り、

 

oshoの話す
『独りあること』aloneness

の『理解』が起こりました。

 

徹底的にaloneness『独りあること』の学びがあった現世でしたσ(^_^;)

 

しかし、

その苦しみの体験の学びにより

それの『理解』が起こると、

 

aloneness『独りあること』は
孤独ではないことがわかりました。

 

なぜならば、
わたしたち『すべては一つ』だという
体感が起こり『理解』できたからです。

 

生きていても死んでいても
肉体は個別であっても
みんなの魂は一つ。

 

魂『源泉』はすべてと一つで繋がっている。

 

それを体感する体験が起こった瞬間に
孤独感は消えてなくなってしまいました。


肉体は別々に分かれているから、
自分と他者が分離している感覚になりがちですが、

 

自分の内側にある『源泉』魂が、
すべての存在と繋がっていて一つである
ことを『思い出す』体験が起こると、

 

自分と他者が分離している、
というのはマインド(思考)であり、
そのマインドは偽りであり、

 

真実は
すべての存在ははじめから今まで分離したことなどはなく、
はじめから今までずーっと一つだったんだ、
ということでした。


肉体が別々だから、
分離していると思い込んでいた、
分離しているというマインド(思考)を持っていて、それを信じ込んでいた。


でも、それは偽りだった。

 

『源泉』魂はすべてと一つであり、
すべてと繋がっている、
これが真実だった。


生と死の二元性の超越と、
孤独感が消え去り
『全ては一つ』であることがわかったのは
同時でした。


わたしたちは『全てと一つ』
ただ、それを『忘れて』いるだけなんだ、

自分の内側にある『源泉』魂を感覚で『思い出す』体験が起こり、

『源泉』魂は『全てと一つ』を感覚で『思い出す』体験が起こると、

魂に死はないこともわかり、
魂は分離しておらず、
宇宙すべてと一つであることがわかりました。

 

これがわたしの体験した
究極の至福でした。

 

宇宙すべてと一つなんだと感覚でわかったら、
すべてを嫌うことはもうできません。

 

ただただ愛が溢れ出て止まらなくなります。

それはもう、自分ではせき止めておくことはできないほどのものです。

それは人間の本来の状態です。

 

わたしだけではありません。

1人1人みんなその状態なんです。

 

ただ、自分のエゴ(欲)を満たそうとして忙しいために、

本来の状態を『忘れて』いるだけです。

 

ノーマインド
ノーエゴ
になったら、

すべての二元性の振り子が止まったら、

誰もが必ず体験します。

 

本来の状態を『思い出す』ことが起こります。

 

そして、それは究極の至福の体験です。

 

そして、あなたは2度とマインド(思考)とエゴ(欲)を持てなくなります、

それは、あなたは2度と苦しみを持てなくなるということです。

 

マインド(思考)とエゴ(欲)は苦しみです。

 

すべての二元性の振り子が止まり、
ノーマインド、ノーエゴになったら、
空っぽになったら、
誰もが必ず
本来の状態を『思い出す』体験をします。

 

生まれる前から知っていた
本来の状態を『思い出し』ます。

 

そして、

 

自分の魂の才能と個性を『思い出し』
自分の魂の計画を生きていく
喜びと至福を体験するでしょう。


まずは自分の内側にある『源泉』魂を『思い出し』ましょう。

そこからすべての究極の至福体験がはじまります。


うまく説明ができなくて申し訳ありませんが、
oshoやゴータマ・ブッダやイエスや多くの導師たちが伝え続けてきたことは、
夢物語ではないんだな〜と体験からわかりました。


『源泉』を体感して『思い出す』体験が起こることをサポートする1つのツールに『瞑想』があります。


『瞑想』は安全に真に人間を『源泉』に導きます。

それは
『瞑想』は真の至福に人間を導くということです。

それは
『瞑想』で真に至福になった1人1人により
地球は平和へと導かれるということです。


救世主メシアは、
自分以外の他の誰かではありません。

1人1人みんなが
自分で自分を苦しみから救い出せる
救世主メシアなんですね(-_^)

 

わたしの家族や友達は『それ』がはじまっています。

そして年齢や性別は全く関係なく『それ』は起こります。

とーちゃん仙人は70歳ですが、『それ』が飛躍的に起こっています。

出産や子育て中の女性や、子供を産んでいない女性の友達も『それ』が起こっています。
わたしだけの体験ではないので嘘ではないと思います。

 

どうやら夢物語ではないようです。


1人1人みんなが『源泉』を『思い出す』体験が起こり至福に導かれることをいつも祈っています。

 

 

 

sammasatiサマサティ(right remembrance)
正しく想起する。

『The last word of Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha – sammasati.』

 

瞑想と愛 meditation & love


花仙人

 

oshoの死に関する本もあります。

生と死とは…

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『それ』の体験の講話はこちら

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『瞑想』が人間を救い平和へと導く講話はこちら

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瞑想はたくさんの種類があります。
ご自分にあった瞑想がみつかるといいですね(*^_^*)


oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、

http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、

 

 

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花仙人

 

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