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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

男性性と女性性の超越①

サマサティ 暴力・虐待 osho ursula k. le guin 瞑想 二元性 本 book

男性性と女性性の超越①


2日と3日のアーシュラのオレゴン大学のイベントはどんなんだったかな(-_^)?

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アーシュラはいつもご紹介している導師oshoの一歳年上の1930年生まれです。

 

アーシュラとoshoの共通点はいろいろあるな〜と思いますが、
やはり1番の共通点は2人とも本が大好きなことかな(^-^)。

 

そして、2人とも素晴らしいストーリーテラーでもあります(-_^)。

 

アーシュラもoshoも

「真理は一言でこれです…と言葉で説明できるものではない、だからストーリーで伝えるとよりわかりやすかったりする。」

と、同じことを話しています。

 

確かに大切な教えは逸話などの物語の中に入っていたりします。

愛や思いやりが大切…と一言で言われても、

はっ?(・・?)………

という感じですが…

 

イソップ物語とか…
アンデルセン童話とか…
スーフィーのお話しとか…
まんが日本昔話とかσ(^_^;)

などなどによる
1つの物語の全体を読むことで
愛や思いやりってこんな感じ!
というのを
自身の体験と重ねたりしながら
わかったりします。

 

愛や思いやりだけでなく、
憎しみや怒りや悲しみや恐れなども…。

 

本当に大切なことは
一言の言葉では伝えられないものなのかもしれません。


oshoは人々に直接お話しをする講話をとおしてあらゆることを1990年1月に59歳で肉体を離れるまでの約30年間伝え続け、

アーシュラは人々に物語を本をとおしてあらゆることを今も伝え続けています。


2人とも受け取る側に
知識や情報を頭の中に詰め込んで欲しい…というよりも、
講話や物語をとおして大切なことに
『気づく』きっかけを与えているように思えます。


知識(マインド(思考))ではなく、
知恵(真実 / 愛)を分かち合ってくれているように…。


とてつもなく深く
とてつもなく広い
無限の愛を…


人間が苦しみから
自分で自分を救い出せるための
『気づき』のきっかけとなる
あらゆることを伝え続けている…

 

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前回ご紹介したアーシュラの作品の
ゲド戦記シリーズの1巻の主人公ゲドは
自分を苦しめている苦しみ(影 shadow)に悩まされ怯えながら生き続けましたが、

勇気を出して
自分が生み出したネガティブな感情(影 shadow)と向き合い、

ネガティブな感情(影 shadow)から

 

逃げたり、
嫌悪したり、
戦ったりせず、

向き合い受け止め、
愛し、
許し、

 

ネガティブな感情(影 shadow)と1つに統合しました。

「光」と「闇(影)」の二元性の統合(超越)。


『手放し』とは、

ネガティブな感情を嫌悪し
切って捨てる…のではなく、

受け止め愛し許し、
そこにいてもいいよ、
と自由を与えることで

ネガティブな感情に執着することを
『手放す』ことにより、

自分の生み出したネガティブな感情を
嫌悪し逃げ戦う苦しみから解放されて楽になる…

というものでもあります。


ネガティブの感情に対して
好きとか嫌いとかの両極に偏らず
その真ん中の中庸にあることで
偏るアンバランスな苦しみから解放されて
楽になる…


ゲドは1巻で
自分が生み出したネガティブな感情(影 shadow)との統合、
光と闇の二元性の統合(超越)をしました。

 

ゲドにとっての1つの大きな苦しみを乗り越えた後、
ゲドは
導師オギオンのような
大魔法使いになり、
魔法学校の大賢人になりました。

 

そして、3巻の最後では
世界を救うために
全身全霊をかけたため
魔法の力(パワー power)を全て失い
命もかろうじてあるという状態まで弱り

大魔法使いや大賢人などのすべての肩書き(仮面 / ラベル)を捨てて
導師オギオンと愛するテナーの住む故郷の家 home へと帰還しました。


導師オギオンには
どこにいても愛する弟子のゲドの様子を見てとれますから、
ゲドがはるか遠くの場所で命をかけて世界を救う大仕事をなし得たことがわかりました。

導師オギオンは大変喜びましたが、
弟子ゲドが故郷に到着する数日前に
肉体を離れてしまい
深い愛と信頼により繋がった導師と弟子の
2人の再会は起こりませんでした。


全てを失ったと思い込んで心は落ち込み
肉体もかなり衰弱した状態の
ゲドを故郷で待っていたのは
導師オギオンだけでなく
ゲドが導師オギオンに預けた愛するテナーでした。

 

そしてテナーが引き取った幼い女の子テハヌーでした。

 

さらに近所には魔女の年配の女性が…


生まれてすぐに母親と死別をしてから
男ばかりの中で育ち生き、
しかもゲド戦記シリーズの作品の中では
魔法使いは女人禁制らしく、
セックスはしないらしいのですが、

その男ばかりの世界から
一気に
女ばかりが周りにいる環境で暮らしはじめます。


アーシュラは4巻では
セックスはタブーである魔法使いであった
魔法の力を全て失い
魔法使いという肩書きなど全て捨てた
ゲドが
愛するテナーとの愛し合うセックスを描いています。

 

児童書です。

 

そう、
アーシュラは性に関して
隠したりしません。

 

自然界の自然なこととして
自然に語ります。

 

男の極に偏ったゲドの振り子が
女の極に動きはじめ
男女の二元性を統合していく物語がはじまります。

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「光」と「闇」の二元性の統合(超越)の癒しに続き、
「男」と「女」の二元性の統合(超越)の癒しへと
ゲドは導かれていきます。

 

4巻に関しては賛否両論の感想がありますが、
個人的にはゲドが癒されていく姿をみることは本当に嬉しかったです…>_<…

 

1巻から3巻のゲドは特別な大魔法使いでありヒーローですが、
3巻の最後からはじまる4巻からのゲドは
大魔法使いのヒーローでもなく
なんの特別なパワー power をも持たない
『なんでもない人』となります。

 

ゲドは長年とても努力し築き上げた全てを失った

自分に失望し絶望し落胆し自信を失います。

 

ゲドが失ったと思い込んでいたのは
自分のマインド(思考)とエゴ(欲)によって作り上げた
『偽りの〈私(自分)〉』であり、
それを全て失うということが起こったからこそ
『本来の自然な状態』の『魂(源泉)』を再び『思い出す』
内側の旅(癒しの旅)がはじまったのです。

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しかし、
どんなに悲惨で惨めな自分になったと思い込んでいても
やはり「光」と「闇(影)」の二元性の超越をしたことのあるゲドです。

4巻でもゆっくりと
自分の内側と向き合っていきます。


アーシュラはこの心の強さを
ストレングス strength の強さ
と話しています。

 

筋力の強さや権力などの強さは
パワー power の強さ
だと話しています、

 

ゲドは
パワー power の強さと
ストレングス strength の強さの
両方を兼ね備えた
真に強い人だと話していました。

 

その両方の強さを兼ね備えたゲドのパートナーである
ゲドが愛するテナーもまた真に強い人でした。

 

同じような2人が引き寄せあい愛し合うのは自然なことです。

ゲドはテナーと一緒に暮らしながら
自分の内側の「男」と「女」の二元性の統合(超越)の旅をはじめます。


二元性の統合(超越)こそが
真の癒しでもありますから
ゲドのこの癒しの物語の4巻は
あたたかい愛が本から溢れ出続けるようなエネルギーを感じます。

 

二元性の統合(超越)が終わり
中庸の本来の自然な状態に戻ること
光明 enlightenment とは
真に癒された状態、本来の自然な状態です。

 

作り上げた『偽りの〈私(自分)〉』を全て「手放し』
『忘れて』いた
『本来の自然な状態』である『魂(源泉)』のまんまを『思い出す』

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魂には男女という性別はありませんから…

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人間全ての人たちがいつか
男女の二元性の統合(超越)をしたら
全ての人たちは愛と至福で満たされる
光明 enlightenment(魂)の状態を
再び『思い出す』でしょう…

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ですから、
アーシュラもoshoも
人間の性に関することを
ちゃんと伝え語っています。

 

性に関することを
隠さず伝え語ることが
人間の持つ多くの苦しみから解放し
怒り、憎しみ、争いなどのネガティブな状態から
愛、至福、平和へと変容できることを
深く『理解』しているからです。


人間は宗教というモノを利用して、
人間は人間に性に関する情報を
「汚れ」と洗脳(マインドコントロール)し、
長年過剰に隠してきました。

 

そうすることにより、
自然界の一部分である人間は
自然界の一部分である性に関して
不自然な状態を強いらてきました。

性エネルギーを抑圧すること…などを。


○自然な状態=バランスがとれている健康な状態=至福

○不自然な状態=バランスが崩れている不健康な状態=苦しみ

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生きている限り命のエネルギーが奥底から自然に湧き出し続けるように、
性エネルギーも同じで奥底から自然に湧き出し続けるのものです。

 

そんな自然なことを
「汚れ」というネガティブな思考(マインド)を与え続け
隠し抑圧するよう洗脳(マインドコントロール)してきました。

 

そのため
人間は性は「汚れ」だ!と思い込み、
自分の性エネルギーを「否定」し
性エネルギーを持つことに「罪悪感」を持ち
そんな自分を「劣っている」と「劣等感」を持つようになりました。


しかし、

性は「汚れ」というマインド(思考)を思い込み、
その性エネルギーを持つことに「罪悪感」や「劣等感」というマインド(思考)を持ち、
性を「見ない」ように隠したり、
性を「抑圧」することにより、

「抑圧」という二元性の極に傾いた状態のままでいると、
必ず反動で振り子は反対の極に動いてしまいますから、

「抑圧」が強い分だけ
火山の噴火のように
蓋をして抑圧した性エネルギーは爆発するように流れ出し
自分でも性のエネルギーをコントロールできなくなり
「抑圧」の反対の極の「耽溺」の状態になります。

 

「耽溺」の状態に傾くとセックスに依存してセックスに強い執着を持ったりします。

 

すると、またそんな自分に「罪悪感」と「劣等感」を持ってしまいます。

すると、また「抑圧」の性の「禁欲」になろうとして、振り子は反対の極へと動いていきます。

「抑圧(禁欲)」と「耽溺」の両極を行ったり来たり…

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「罪悪感」と「劣等感」は増え続けるばかり…

「耽溺」のセックス依存の人たちは性エネルギーを解放していますが、

「抑圧」にも「耽溺」にもなれない人たちはそのコントロールできない性エネルギーを暴力として解放することもあります。

自分でもコントロールすることができない突発的な暴力やレイプ。

そして、また「罪悪感」と「劣等感」に悩み苦しむ…


いつになったら、
自分を「否定」し「嫌悪」しない
自分を「愛せる」『本来の状態』に再び戻れるのでしょうか…

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人間のマインド(思考)とエゴ(欲)によって作られた『条件』は
果たして人間を健康な至福の状態にしてくれるのだろうか?

 

その『条件』によって苦しみ続けているのならば、
その『条件』は
本来の自然界の愛と至福の状態(真理)ではないということです。


真理の中には、魂(源泉)の中には
苦しみの原因となる
マインド(思考)とエゴ(欲)はありませんから。

 

真理の中には、魂(源泉)の中には
愛と至福しかありませんから。

 

真理の中には、魂(源泉)の中には
二元性のどちらの両極もありますが、
そのどちらの両極にも偏らない中庸の状態であることが
愛と至福ですから。


「男」と「女」の二元性があるのは自然だし、
「抑圧」と「耽溺」の二元性があるのは自然だし、
「善」と「悪」の二元性があるのは自然だし、
「光」と「闇」の二元性があるのは自然だし、
「愛」と「怒り(恐怖)」の二元性があるのは自然なこと。


どちらの極が善悪か…という
『判断(ジャッジ)』するような
マインド(思考)やエゴ(欲)を持つことは自由ですが、

 

『判断(ジャッジ)』したことに
執着してとらわれて
両極のどちらかに偏ったままでは
苦しみ続ける…というお話しです。

 

真理ではない、
人間の人工的に作られたあらゆる『条件』に振り回されると苦しみ続ける…というお話しです。


性に関することも同じで、
善でも悪でもありません。

 

『条件』に
洗脳(マインドコントロール)されていなければこの真実は明白にわかるはずです。

 

洗脳(マインドコントロール)されていたとしても、これを読むとなんだか腑に落ちるような『理解』が湧き起こるはずです。

 

生まれる前からすでにわかっている
本来の自然界の自然な状態の真理を
奥深いところから『思い出す』はずです。


性に関することは
善悪の二元性のどちらの両極にも偏ったモノではありません。

ただただ自然なことです。

善悪などの二元性の『判断(ジャッジ)』をして『優劣』をつける必要はまったくありません。

「罪悪感」や「劣等感」を持ち
不必要に苦しみ続ける必要はないのです。


理由はこれだけではありませんが、

アーシュラやoshoは

性に関することを
隠さず伝え語ることが
人間の持つ多くの苦しみから解放し
怒り、憎しみ、争いなどのネガティブな状態から
愛、至福、平和へと変容できることを
深く『理解』しています。

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「抑圧」と「耽溺」の両極に傾き続ける苦しみにより、

家庭内でも家庭外でも
性による人間関係の苦しみの問題はあり続け、
暴力やレイプはなくなりません。

 

また、
望まない妊娠、出産、子育てによる苦しみもなくなりません。

子供や夫婦のパートナーを愛せない苦しみもなくなりません。

 

また、
親から愛されない子供たちの苦しみもなくなりません。

 

また、
性病やエイズの急速な広がりの問題も
まだ解決されていません。

 

また、
急激な人口増加による
食糧難の問題や環境破壊の問題も
まだ解決されていません。

 

性に関することを
「汚れ」と洗脳(マインドコントロール)し続け、
過剰に隠し抑圧し続けたことにより
とても多くの問題が生まれました。


あらゆる問題をなくすためには、
これ以上
性に関することを

「汚れ」という思い込むマインド(思考)を『手放す』必要もあり、

人工的なマインド(思考)とエゴ(欲)によって作られた性に関する『条件』に洗脳(マインドコントロール)され振り回されないようにする必要もあり、

性は「汚れ」ではなく、
自然界の本来の自然な状態であることを
再び『思い出す』必要もあります。


性は「汚れ」と思い込むことによる
洗脳(マインドコントロール)により

本来の自然な状態のバランスが崩れたため
苦しみ続けています。


○自然な状態=バランスがとれている健康な状態=至福

○不自然な状態=バランスが崩れている不健康な状態=苦しみ


アーシュラもoshoも
性は善悪のどちらでもない
自然のものだと話しています。

そして、
不自然な状態になったことによる
あらゆる人間が生み出した問題にも
逃げずに、
隠さず、
ちゃんと向き合い
みんなの苦しみに同行しています。


oshoは男性であっても、
性の道具とされる
女たちや
男の子や女の子の子供たちの苦しみを『理解』していますし、

男性の性エネルギーをコントロールする難しさも『理解』しています。

 

oshoは人間の性に関する苦しみを救うものはタントラだと伝えて講話の中でとても詳しく丁寧に語っています。

 

アーシュラも物語の中で男女の性の問題について語っています。

児童書ですが、ゲド戦記シリーズの4巻では、
やっと結ばれたゲドとテナーの愛し合うセックスが描かれています。

 

そして、同じ4巻のはじまりは、
ゲドとテナーが引き取り親代わりとなる
10歳ほどの幼い女の子テハヌー
実の父親とその仲間たちに
レイプと暴力をされて
焚き火の中に投げ込まれ
大怪我と大火傷を負うところからはじまります。

 

同じセックスであっても、
愛し合うセックス

暴力とレイプのセックス。

 

セックスの「光」と「闇」の両極の世界を語っています。

 

アーシュラもoshoも
誰もが目を閉ざしたくなる
人間の「闇」の苦しみから
逃げたり、隠したり、無視をせず、
ちゃんと同行して共に歩いてくれる
深い愛のある2人です。


「光」の中にずーといる人間には
「闇」の中は真っ暗でなんにも見えませんし、
自身がいる「光」がなんであるのかもわからないままです。

しかし、

「闇」の中にいる人間には
真っ暗な「闇」の中からはっきり見える「光」がなんであるのか明白にわかります。

 

「闇」を無視して避けて逃げているうちは、
「闇」のこともわからないままだし、
「光」がなんであるのかもわからないままなのですね。


どちらをも『理解』したら、
「光」にも「闇」にも偏りとどまる必要もないことの『理解』が起こります。

その瞬間に、
「光」と「闇」の二元性の統合が起こり超越し
中庸の本来の自然な状態へと戻ります。

 

どちらでもないのが、
愛と至福の静かな沈黙の本来の状態です。

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わたしは
「男性性」と「女性性」の二元性の統合(超越)は
タントラを行って起こったわけではありませんでしたから、
タントラによる超越体験はないので、
タントラに関しては語ることができません。


わたしの場合は独りあることによる
瞑想と明け渡しにより光明 enlightenment が起こり
あらゆる二元性の統合(超越)が起こりました。

 

二元性の統合(超越)や光明 enlightenment の体験は
100人いれば100通りあり、
みんなが同じ体験によりそれが起こるわけではありません。

ですから、この一つだけが正しい!という答えはないのです。

 

しかし、

光明 enlightenment
肉体のオーガズム(ムドラー)を超越した
肉体のセックスのない状態での
宇宙の存在と1つになることで起こる
究極のオーガズム(マハムドラー)の体験でもありますから、

肉体のセックスの愛からはじまり
ハートとハートの愛に昇り
最後に慈悲の愛まで昇る
ムドラーからマハムドラーへの
愛を昇る変容の光明 enlightenment を教えるタントラは
光明 enlightenment への導きであるということは
光明した後に明白にわかりました。


光明 enlightenment をすると
『忘れて』いた魂のエネルギーを『感覚』で『思い出す』ので
『忘れて』いた魂の微細なエネルギー波動を
肉体も含めたサトルボディ(オーラ)全体で感じるようになります。

 

それは肉体のセックスによるオーガズム(ムドラー)の何億倍かと思うほどの究極のオーガズム、まさにマハムドラー(偉大なるオーガズム)という言葉がピッタリの感じです。

 

「闇」から「光」の中に入ったら
うわー明るい!
と感じるように、
「ムドラー」から「マハムドラー」への変容も
「眠った状態」から「目覚めた状態」への変容も
同じで

うわー明るい、
みたいな
すごい愛と至福のエネルギー波動だ!
ビリビリだ〜!
(電気や静電気のビリビリではなく、ものすごく微細なビリビリな感じで究極な至福感があります。)

みたいな『感覚』が起こり
本来の自然な状態を『感覚』で『思い出し』ます。

 

マハムドラーに関してはきっとまったく信じてもらえない体験話しになっていると思いますがσ(^_^;)

oshoの講話の中ではあらゆる導師たちの体験に基づいたたくさんのお話も何度も語られているものですから、マハムドラーに関しては嘘偽りではないと思います。


マハムドラーは置いていて…

 

タントラはあらゆる性の苦しみを救うと思いますし、
性の問題から発生するあらゆる人間の苦しみをも救うのではないかな〜と思います。

 

タントラは
中学、高校、大学の3つの段階をとおして
全ての子供たちが学べると
人間の性の問題や
あらゆる人間の問題が少なくなると思います。


セックスに関してだけでなく、
人間の内側の
男性性と女性性のバランスがとれた
自然で健康で
愛と至福で満たされた状態であることを
『忘れない』ためにも
とても大切な学びが
タントラかな〜と思います。


わたしの光明体験は
瞑想と明け渡しによる体験なので、
タントラの体験によるものではなかったので
実際に語ることはできませんが、

アーシュラのゲド戦記シリーズはわかりやすく男女の二元性の統合(超越)について書いてあったりしますし、
oshoのタントラの講話はものすごく詳しく丁寧に語っています。

 

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なぜ自分はセックスを「嫌悪」し「抑圧」するのか、
なぜ自分はセックスに「耽溺」し「依存」するのか、
などのセックスの問題をなくすためだけではなく、

 

自分自身の男性性と女性性の二元性の統合(超越)によって
バランスを取り戻す
愛と至福と健康のためにも
タントラを一つのサポートツールとして使うのもいいかも?しれません。

ゲドがテナーとのタントラ?により
少しづつ癒されて二元性の統合(超越)をしていくように…

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でもとにかく、
無理はしないでくださいね。
あくまでも興味がある方のみお試しください。

 


それから男女の二元性の統合(超越)は
わたしのように独りで行うタイプの人もいれば
タントラのように2人でパートナーと共に行うものもあります。

 

恋人や結婚パートナーと男女の二元性の統合(超越)を行うタイプの人もいますし、
結婚していても独りで、
または離婚して独りで、
または離婚して新しいパートナーと共に行うタイプの人もいてさまざまです。

 

oshoは結婚は学びであると話しています。

そして、
osho は1回の結婚の失敗で落胆することはないと話しています。
何事もはじめてのことは不慣れでわからないことばかりだからと。
何事も2回、3回と回を重ねるごとに失敗しなくなる知恵がつくものだからと。

 

そして昔の結婚は、
2人の間に愛があろうがなかろうが
結婚がまず先にあり
ハートとハートで愛し合うことは後回しにされてきたので
結婚をしても
死ぬまでハートとハートで愛し合わないままの夫婦もたくさんいたのだと。

 

でもこれからの時代は
愛が先にあり
結婚が後になるような世界になり、

 

しかも、
真に愛があれば、結婚という『契約』はなくなると!

 

結婚という
「相手が逃げないように所有するため」の『契約』すら必要のない
真に愛と信頼でハートとハートが結ばれた
束縛や支配による所有ではない


真に自由な2人の
愛の生き方になるだろう

とも話しています


お互いに愛し合って信頼し合っているのに、
なぜ『契約』という『条件』が必要なんでしょうか?
わたしにはそれが子供の頃から不思議なんです。


結婚=幸せ?
結婚していても憎しみあっている夫婦はとても多くいます。
それを長年続けることはものすごくストレスとなり不健康になる原因です。

 

離婚=不幸?
離婚をして体調改善し元気に人生を楽しく生きている人たちも多くいます。


結婚や離婚は
「幸せ」か「不幸」
「善」か「悪」という二元性の両極のどちらか?という
「判断(ジャッジ)」をされるものではありません。

 

大切なことは
結婚か離婚か…の善悪の判断(ジャッジ)の犯人探しのようなことではなく

 

結婚をする、または結婚をした2人が
一緒に生活をすることで
心と身体に無理がなく健康であることができるか?
ということだと思っています。

 

わたしには
結婚や離婚などの世間体などはどーでもいい。


そのことよりも
1人1人の健康が1番大切だと思うから…

 

みんなが健康に暮らせるにはどうするのか?
大切…

 


では
oshoの講話より…

 

結婚は、大いなる教え…

それは、何かを学ぶ為の機会だ。

それは「依存は愛ではない」ことを…

依存することは、

争い、
怒り、
激情、
憎しみ、
嫉妬、
所有欲、
支配、

を意味することを、学ぶことだ。

 

人は「依存しない」ことを学ばなければならない。

だがその為には、

自分だけで、あまりにも至福に満ちていて

相手を必要としない程の、

大いなる瞑想性が必要となる。

 

相手を必要としない時、

依存は消えてなくなる。

 

相手を必要としなくなったら、

あなたは自分の喜びを分ち合うことが出来る

 

そして、分かち合いは美しい。

 

from osho talks

 

 

男女の関係性
結婚の関係性
家族の関係性
いろいろなマインド(思考)とエゴ(欲)が入り込み
なかなか
自分の苦しみから離脱できない問題だと思います。

 

しかし、全ての自分の苦しみは
家族との関係性の中から生まれたものでもあります。

 

家族との関係性の問題が
家族以外の人たちとの関係性の問題にもなっています。

 


自分の苦しみの原因はなんだろう?…

 


ゲドもテナーもそうでした。
自分が育った環境と状況の中で

作り上げた『偽りの〈私(自分)〉』と
他者との関係性が
自分の苦しみの原因となっていました。

 

だから自分の苦しみの原因を見つけるために
自分の内側へと旅に出たのでした。

 

そしてその苦しみから逃げずに向き合った結果…


2人とも自分で自分の至福を再び取り戻しました。

 

本来の自然な状態に戻った
依存ではなく自立した2人は
その自分の至福をお互いに分かち合いました。

 

そして2人だけで分かち合うのではなく
お互いに持つ
愛と知恵をみんなへと分かち合いました。

 

最終巻の最後には
みんなでお互いの持つ愛と知恵を分かち合いながら


みんなで世界の苦しみの原因と向き合い


マインド(思考)とエゴ(欲)の壁を壊し去り
風通しをよくして


本来の状態に戻し


新しい時代をむかえました。

 

アーシュラからの
世界を救うメッセージは
oshoや多くの導師たちのメッセージのそれと同じでした。

 


作り上げた『偽りの状態』
から
『本来の自然な状態』
に再び戻すこと…

 


ゲドとテナーの住むアースシーの世界は今はどうなっているのかな?


アースシーの世界だけでなく
わたしたちが住むこの世界も同じです。


真にみんなが愛と至福で満たされるためには
生まれた後に作り上げた『偽りの〈私(自分)〉』を全て『手放し』
生まれる前の『本来の自然な状態』を『思い出し』
その『真』を生きること…


本物の宝物は決して捨て去ることはできずに、
最後に残ったものです。
生まれる前からすでに内側にあったものです。

 

その宝物を
『忘れて』いるだけ…
『思い出す』だけで再び…


ここに書いてあることは
生まれる前からすでにみんながわかっていること、
ただいろいろあって『忘れて』いるだけ…

 

新しいことは何一つ書いてはいません。

それもみんな奥深いところでわかっている。

このブログは『本来の状態』を『思い出す』きっかけとなってくれればそれでいいから。

 

説明が難しくてうまく書けなくてすみません…
ただ夢物語ではなく
あらゆる二元性の超越や
光明 enlightenment は本当に起こるものですよ…という体験話しです。

 

あ〜もう説明は無理σ(^_^;)おしゃかさま〜今回はこれで…
アホですまないσ(^_^;)
専門家にバトンタッチ(^-^)/

 

アーシュラやoshoやタントラの本や講話が
みなさんの苦しみがなんであるのか?
に『気づく』きっかけになれれば…
『本来の状態』を『思い出す』きっかけになれれば…
と思いご紹介しました。

 

1人1人の真の健康と至福を祈っています。

 

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

 

sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する

 

『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

 

瞑想と愛 meditation & love


花仙人



瞑想は『源泉(魂)』を『思い出す』ことをサポートする1つのツールです。

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The Ultimate Alchemy, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

瞑想はたくさんの種類があります。
ご自身にあった瞑想がみつかるといいですね。

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Vigyan Bhairav Tantra, vol 1,2は
タントラの講話でもあり
112の瞑想法を紹介している講話でもあります。

この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

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The Tantra Vision, Vol 1&2
この講話もタントラの講話です。
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=13

 

oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、


 

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花仙人