花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

男性性と女性性の超越⑦

男性性と女性性の超越⑦

 


前回からの続きです。
(カテゴリにある二元性シリーズを読まれていることを前提に書いていますので、読まれていない人には意味不明な説明になっていると思います…)


このブログでは何度もお話ししていますが
このブログは
本当に苦しみから自分を解放したい…と思われている人たちへ
わたしの長年の実体験のお話しを簡単にですが書き残しているものです。

 

実体験からわかったことは、
自分で自分を苦しみから救い出す方法は
光明 enlightenment を得る
という
生まれる前からの
人間の『本来の自然な中庸の愛の状態』を
再び「感覚」で『思い出す』
というものですが

 

そのためには

 

自分の内側にある
苦しみの原因(種)であり
『本来の自然な中庸の愛の状態』を
再び「感覚」で『思い出す』ことの邪魔をしている

 

◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)

 

に『気づき』『手放し』

 

自分の内側にある
あらゆる二元性の統合(超越)が起こる

 

などの
自分の内側を『観る』
という瞑想のようなことが必要である場合もあり…
(瞑想 meditation は主にマインド(思考)タイプ…)

 

または

 

明け渡し surrender の
愛と信頼により
一気に一瞬で
光明 enlightenment が起こる場合もありますが、
(明け渡し surrender は主に愛のタイプ…)


瞑想 meditation のマインド(思考)タイプ、
明け渡し surrender の愛のタイプ、


どちらのタイプの人にしても

光明 enlightenment を得るには

自分のエゴ(自我・欲)を『手放す』=無我になる

ことは必然のようです。

 


禅とは光明 enlightenment を得ることを伝え続けています。

 


わたしは禅の僧ではありませんが
以前から何度も書いていますが
結果的に坐禅のようなヴィパッサナ瞑想を毎日朝晩続け
瞑想だけでなく瞑想的な生き方を毎日送り
最終的には
わたしは愛のタイプだったようで
明け渡し surrender によって
ある日突然光明 enlightenment を得ました。


しかし、
わたしの体験からも思いますが
人間はなかなか自分のエゴ(自我・欲)を『手放す』ことはできないもの。

 

以前もこの二元性のシリーズで書きましたが
かつてわたしも強いエゴ(自我・欲)を持っていて
なかなかそれを『手放す』ことができず
苦しみ続けたので
それはそれはエゴ(自我・欲)を『手放す』ことが
難しい〜ことだと痛いほどわかります。

 

光明 enlightenment より
自分のエゴ(自我・欲)の方が大切だったわたしですから。

 

しかし、

 

あまりにもの苦しみにより
わらをも掴む思いで瞑想と出会い
oshoと出会い


瞑想 meditation と
最後には明け渡し surrender によって
自然と光明 enlightenmentが起こりました。

 

『本来の自然な中庸の愛の状態』を
再び「感覚」で『思い出し』ました。

 

苦しみはなくなり
愛と至福のみが残りました。


瞑想 meditation は
不思議と
いつのまにか
強いエゴ(自我・欲)に執着する自分を
無理なく『手放せる』ことができていました。

 

それは皮膚の皮を剥ぎ取るような痛みはなく、
まるで服を脱ぎ去るような

 

ごく自然の脱皮のような感じでした。


そんなふうに
自分の内側にある
苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)
を次々と
いつのまにか自然と脱ぎ去るように『手放し』ていき

 

同時に
内側にあるあらゆる二元性の統合(超越)がどんどん起こっていきました。

 

結果的にいつのまにか
『本来の自然な中庸の愛の状態』を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こり
それはつまり
内側の『源泉(魂)』を『思い出し』
宇宙『全ての存在と1つ』であることを
再び「感覚」で『思い出す』
光明 enlightenment の体験が起こり

 

それから何年経っても
その状態が変わらないままなので
実体験をブログに書き残しておこうと思いました。

 

とくに
女性体を持った光明 enlightenment 体験のお話しが
「過去」には少なかったので
書くのは下手なので本では残せないので
ブログなら下手でも書いて残せる…と思い書いています。


光明 enlightenment には
女性体も男性体も
全く関係なく起こることが
光明 enlightenment をしたらわかりました。
そのお話しも以前にしたので今回は書きません。


今回お話しする大切なことは、
苦しみから自分を救い出す方法は
光明 enlightenmentだな…
とは実体験からも思います、


が、しかし、


何度もこのブログではお話ししていますが、
無理にエゴ(自我・欲)を『手放す』ことはありません。

 

無理にエゴ(自我・欲)は『手放せない』ものですから…

 

エゴ(自我・欲)の『手放し』は自然に起こるものです。

 

人間の身体の一部分である
皮膚の皮を剥ぎ取るものではなく、

 

人間の身体の一部分ではない
服を自然と脱ぎ去るようなことです。

 

エゴ(自我・欲)もマインド(思考)も
本来の人間の一部分ではありませんから、

 

人間の身体の一部分ではない
服のような取って付けたようなものです。

 

エゴ(自我・欲)もマインド(思考)も
人間の空想・幻想であり
『現実』にはないものです。

 

『現実』にはないものを
取り去ることはできません。

はじめからそこには何もないのですから…

 

ただ、

 

『あ〜、エゴ(自我・欲)もマインド(思考)も
はじめから無かったんだな〜、
自分の作り出した空想・幻想だったんだな〜。

はじめから無の中庸の状態だったんだな〜。』

 

という真実を目の当たりにして『気づく』

これが光明 enlightenment が起こったときに
『理解』が起こるものです。

 

 

ただ、
人間は『現実』を受け入れることができるきない状態の場合
空想・幻想などを想像して持つものですから

エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を
持ってしまうのです。


『現実』逃避をすることでしか
今を生き延びることができない場合もあります。

 

わたしは以前そうでした。

現実逃避大好きでした。

そうしていないと生きることがあまりにも辛かったから。

 

現実逃避期間があって生き延びたから

今のわたしが在るのです。

 

ですから『現実』逃避をして
エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を持つことは自由です。

苦しいけどねσ(^_^;)

 

それは悪いことではありません。

それは善いことでもありません。

どちらでもありません。

 

それは善悪など優劣をつける判断や差別をすることではありません。

 

ですから
それらを持っていることに対して
「罪悪感」や「劣等感」を持つ必要は決してないのです。


もし
エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を
持っていることに
「罪悪感」や「劣等感」を持っているならば

まずその「罪悪感」や「劣等感」を『手放し』ましょう。

 

エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を
持つことは自由なのです。

 

もちろん、
エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を持つことは
苦しみの原因(種)となり本当に苦しみ続けますが、

 

以前のわたしのように、
苦しくても
どーーーーーーーーーーしたって
エゴ(自我・欲)を手放せない時だってあるのです。

 

エゴ(自我・欲)を生きることも自由なんです。

だからエゴ(自我・欲)を生きてもいいのです。

 

ただ自分が苦しみ続けるだけです。

自分が苦しみを選択することも自由です。

 

ですから

エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を持っていることに

「罪悪感」や「劣等感」は持つ必要はまったくありません。

悪いことではないのですから。

善いことや悪いことではなく、

ただ自分が苦しみ続けるだけなのですから。

エゴ(自我・欲)を自由に生きていいのです。

 

自分の「過去」の体験からわかるので

わたしは他者がエゴ(自我・欲)を生きることに
反対も賛成もしません。

 

それは他者の選択の自由なのですから。

 


わたしは他者がエゴ(自我・欲)を生きることに
反対も賛成もしませんし
他者がエゴ(自我・欲)を生きることは自由だと思いますが、

 

他者がエゴ(自我・欲)を生きることで
必ず苦しむことがわかっていて
他者のエゴ(自我・欲)を支えることは
もう胸が痛むのでできませんから

他者のエゴ(自我・欲)を支えることはできません、

 

と正直にそのつどお話ししています。

 

他者はわたしが正直にそうお話しすると
不思議といつもちゃんとわかってくれます。

 

わたし以外の誰かに自身のエゴ(自我・欲)を支えてもらおうとするか、
自身のエゴ(自我・欲)に『気づき』苦しむことがわかるからやめる、

 

というどちらかのケースになります。

 


光明 enlightenmentを得る前は、
わたしはノーと断れないタイプで
他者のエゴ(自我・欲)のために
自分が利用されることがわかっていても
ノーと断れなく
しなくてもいい苦労をたくさんしました。

 

しかし、

 

光明 enlightenmentの後は
もうどうしても
他者のエゴ(自我・欲)を支えることができなくなりました。

 

それは嫌だからノーと言えるようになったとかそういう感じではなく、

 

他者のエゴ(自我・欲)を支えることで
他者が本当に苦しみ続けさらに落ちてしまう…
自分が他者に苦しみをさらに与えてしまうことになる…
それがわかってしまうと
他者が苦しみ続けることはとても胸が痛むので
他者のエゴ(自我・欲)を支えることがどうしてもできなくなるのです。

 

そのように
他者が苦しむさまを見ることが胸が痛い…と正直にお話しすると
他者はハッとして
自身のエゴ(自我・欲)に気づかれることがあり
エゴ(自我・欲)をやめよう!と思われることがあるのです。

 


もちろん、
他者に対して
エゴ(自我・欲)を生きることをやめて…など言いません。

 

他者がエゴ(自我・欲)を生きたいのに

それを無理やりさせないで

欲を抑圧させ我慢させる支配やコントロールはしません。

 

ちゃんとエゴ(自我・欲)を生きる選択の自由はあるのです、
と正直にお話ししています。


わたしに他者の人生の選択の権利はありませんから。

 

 


そんなわけで、
このブログでは
実体験のお話しとして
光明 enlightenmentを得ることで
『本来の自然な中庸の愛の状態』を
再び「感覚」で『思い出す』ことで
苦しみから自分を救い出すことができる
ということを書いていますが、

それは

本当に苦しみから自分を救い出そう!
と思っている人たちへ…のお話しであり、


以前のわたしのように
光明 enlightenmentよりも
自分のエゴ(自我・欲)を生きたい!
という人たちへは
それでいいんだよ( ´ ▽ ` )ノ

自由選択でいいんだよ!

エゴ(自我・欲)を生きることに
「罪悪感」や「劣等感」を持つ必要はないんだよ!

 

というお話しは
もう一度今回書き残しておこうと思いました。


わたしはエゴ(自我・欲)を精一杯生きたことに
全く後悔はしていません。

すっごく苦しかったけどσ(^_^;)

 

うんざりするほどエゴ(自我・欲)を生きて堕ちて…

ドン底まで行ったから
もう昇るしかなかった。

失うものはなんにもないほどのドン底だったから。

 

ドン底生活は聞くとほとんどの人たちは吐くから書きませんがσ(^_^;)
臨床心理士さんと出会ってからは
臨床心理士さんお一人以外の方にはお話ししてはいません。

でも
そのドン底体験があるからこそ
光明 enlightenmentのありがたさがわかる。


ドン底でoshoと出会った。
瞑想と出会った。

 

だから今がある。

 

それまで支えてくれた全てのみんなに
本当に感謝しかない。

 

ありがとう…

 

 

 

というわけで、

自分の内側に
エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を
持つことに
「罪悪感」や「劣等感」を持たず

 

エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を
無理やり剥ぎ取る必要もなく

 

エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を
自然に『手放せる』ときが
いつか
いつのまにかやってくるから…

 

エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を持ちたい!
それを生きたい!
状態のときは
苦しみはあると思いますが
それを生きてください。

 


いつか
あまりにも苦しくなって
ドン底にまで堕ちたら…

もう苦しみはやめよう…
エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を『手放そう』…

 

腹をくくったら、

 

このブログを読んだことがある人はこのブログを『思い出す』か?
わたしは導師でもなんでもないので
わたしが導師oshoと出会ったように
多くの導師の中の1人と出会うか?
(導師は肉体が生きていても死んでいても導師です。
師弟関係に導師の肉体の生死は全く関係ありません。
師弟関係になったらそれは絶対にわかるから。
これ重要。)

このブログはたぶん?残しておきますから

苦しみをやめよう…と腹をくくった人のみ、

 

このブログを読まれてみて、

自分の内側にある
苦しみの原因(種)である

 

◯ マインド(思考)
◯ エゴ(自我・欲)

 

を全て『手放す』ことを

はじめてみてもいいかも?しれません。

 

 

瞑想 meditation は
わたしには素晴らしい癒しのツールとなりました。

しかし

わたしはマインド(思考)タイプではありませんでした。


マインド(思考)タイプの人には瞑想が
光明 enlightenment には適していると
oshoはお話ししています。

 

わたしは明け渡し surrender のタイプでした。
愛と完全なる信頼の明け渡し surrender タイプです。

このお話しはこのブログには書いてはいませんが
自然に明け渡し surrender が起こったことによって
導師から直接言葉無しの伝授があり
光明 enlightenment が起こりました。


明け渡し surrender の光明 enlightenment
言葉によって
伝授することはできないものです。

 

一切の言葉は無く

ただ目と目が自然に見つめ合うことにより
起こるものでした。

 

わたしではうまく説明ができませんが

このカードのお話しみたいなことが起こりました。

(この絵のように手首を切ったわけではありませんσ(^_^;))

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この日のブログにこのカードの説明があります。

http://hanasennin9.hatenadiary.jp/entry/2016/04/28/080124

 


今思えばありがとうくらい言えばよかった…
と思いますが
言葉が無い、出なかったのだから、しかたがなかったな…
と思っています。

 

今ひたすらありがとうを送信してますσ(^_^;)

 

 

◯ 瞑想のマインド(思考)タイプか?

◯ 明け渡しの愛のタイプか?

この自分のタイプの見極めは

oshoは大切だとお話ししています。

以下で本の写真をのせている

『究極の錬金術』The Ultimate Alchemy, vol 1,2

の講話の中で

その詳しいお話しをされていますので

興味があるかたはどうぞ…

 


そんなわけで…

導師との出会いや

光明 enlightenment が起こった実体験からわかったのですが、

わたしは明け渡しタイプであり
マインド(思考)タイプではないので、
子供のころから数字や文字は図形にしか見えないので
お勉強はまったくできなく
足し算ですらもう異次元の世界だからあきらめ…
必死で読んだり書いたりするのが精一杯で…
言葉での表現が下手ですから書くのも下手で…
ブログがうまく書けなくて
読まれている方には大変申し訳ないのですが、


いつか
苦しみをやめよう…と
腹をくくって
自分の内側を『観て』癒そう!
エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を手放し
二元性の統合(超越)をし中庸のバランスを取ろう!
『本来の自然な中庸の愛の状態』を再び「感覚」で『思い出そう』!
光明 enlightenment しよう!

と、
シンクロでこのブログに辿りついた方の

なにかのきっかけになれれば…

と思い書いてのこしておきます。


このブログを読んでも
知識や情報はマインド(思考)だから
癒しも起こらなければ
光明 enlightenment も起こりません。


そのことは何度も書いておきます。


癒しや光明 enlightenment
言葉のマインド(思考)とは無関係な
体験のみ…
実践あるのみ…です。

 

知識や情報などのマインド(思考)を頭の中に詰め込み

『理解』「しよう」とすると、見逃し、間違えます。

 

実践し実際の体験によって

「コツ」を得るように

『理解』が「起こる」と本物で、真をとらえます。

 

oshoは『理解』は「する」ものではなく『起こる』もの

と話しますが、確かにそうです。

 

ですから

わたしが体験したことを書き出したら

それはわたしの知恵ではあっても

言葉にした段階ですでに知識というマインド(思考)になってしまいます。

 

マインド(思考)は

頭で『理解』「しよう」とします、

また

マインド(思考)は

自分が不確かと思う時、外側の何かを「信じよう」とします。

不安だから「信じよう」とする…

それをしないためにも
このブログを読んだら
読んだこと全てを忘れてください。

 

頭で『理解』「しよう」とするのではなく

「信じる」のではなく

自分の体験で『理解』が「起こった」ことを『信頼』すること

が大切です。

 

大切なことは頭の中を空っぽの状態にする

ノーマインド

ノーエゴですから…


なるべくノーマインドの状態であるために…

 

読むのは自由ですが

「信じよう」とせず

読んだ後は全部忘れて

ノーマインドを実践することが大切…

 

実践の体験をとおして

『理解』が「起こる」ことが大切。


ノーマインド
ノーエゴ

は光明 enlightenment には大切ですよ〜

それは、真に苦しみから離脱するためには大切ですよ〜
というきっかけのためだけに書いています。

 


で、
エゴ(自我・欲)やマインド(思考)を
まだ苦しくても生きたい!

という人たちは

その自分の自由選択に「罪悪感」や「劣等感」を持たず
自由に生きてくださいね( ´ ▽ ` )ノ

 

 

このブログは
本当に苦しみから離脱したい人のために…

なにかのきっかけになれれば…と

実体験をほんの少しご紹介しているだけです。

 

 

みなさんの真の自由を祈っています。

自分のマインド(思考)とエゴ(自我・欲)からの真の自由を…

 

 

男性性と女性性の統合(超越)

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

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sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する
『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

瞑想と愛 meditation & love

花仙人

 

 

瞑想は『源泉(魂)』を『思い出す』ことをサポートする1つのツールです。

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The Ultimate Alchemy, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

瞑想はたくさんの種類があります。
ご自身にあった瞑想がみつかるといいですね。

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Vigyan Bhairav Tantra, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

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The Tantra Vision, Vol 1&2
この講話もタントラの講話です。
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=13

 

oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、

 

 

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花仙人