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花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

瞑想的な生き方

瞑想的な生き方

 


(カテゴリにある二元性シリーズと意識の成長の旅シリーズを読まれていることを前提に書いていますので、読まれていない人には意味不明な説明になっていると思います…)

 

 

意識の成長の旅をサポートするツールの1つに

瞑想 meditation があることをご紹介しています。

 

 

このブログ内の意識の成長の旅のシリーズの⑥以降の中で

祈り方が間違っているため

それは、祈りという形だけを表面的に儀式として行うだけでは

祈りを何年間も何生もし続けても何にも起こらず…

自分自身の「変容」も何も起こらず…

結果、苦しいまま…

というお話しをご紹介しました。

 

 

瞑想 meditation も同じです。

瞑想 meditation という形だけを表面的に儀式として行うだけでは

瞑想を何年間も何生もし続けても何も起こらず…

自分自身の「変容」も何も起こらず…

結果、苦しいまま…

となります。

 

 

ゴータマ・ブッダ

森の中で

蓮華座で座って

瞑想 meditation をしたから

光明 enlightenment が起こった

だから

それをすれば自分も光明 enlightenment できる…

 

という知識(マインド(思考))を知って

森の中やヒマラヤなどの聖地へ行って

蓮華座に座り

ただ表面的に形だけの瞑想 meditation をする

だけでは

光明 enlightenment は起こらない…のです。

 

 

大切なことは

自分の内側の状態を

『本来の自然な中庸の状態』に再び戻す

それは

空っぽの0(ゼロ)の無の状態に再び戻す

それは

真理のまんまを生きる

というようなことです。

 

生まれた後にいろいろことがあって

生まれる前からの『本来の自然な中庸の状態』を

一時的に『忘れて』しまいアンバランスな状態となり

苦しみ続けていることから

『本来の自然な中庸の状態』(慈悲の愛・真理)を

再び「感覚」で『思い出す』

というようなことです。

 

 

瞑想 meditation は

 

静かな森の中やヒマラヤなどで

蓮華座で座って行うだけでなく

 

騒音のある街中で暮らしながら

蓮華座で座って行うだけではなく

 

毎日のいつもの暮らしの中で

瞑想的な生き方を意識することでもできるものです。

 

 

実際にわたしは

貧乏さんですから

毎日食べていくのが精一杯で

聖地で瞑想をする旅行のお金もなくσ(^_^;)

 

24時間車の騒音があるような…

ときには暴走族の爆音が耳をつんざくような…

お隣さんのテレビの音や屁の音が聞こえるような…

まるで聖地とはいえない環境の中で

毎日朝晩の瞑想 meditation をして

いつでもどこでも、誰といても、何をしていても、

瞑想的な状態で生きることを毎日し続け

結果、光明 enlightenment が起こりましたから

 

光明 enlightenment に場所とか関係ないんだな〜

 

ということは実体験からわかりましたσ(^_^;)

 

 

光明 enlightenment

聖地でも

街中でも

どちらでも起こる

ということです。

 

自分に合った場所ややり方でいいと思いました。

自由が1番です٩( ᐛ )و

 

 

苦しみの輪サンサーラからの永遠の離脱し

光明 enlightenment をしよう!

と腹をくくった人たちへ

お伝えすることは

 

明け渡し surrender ではなく

瞑想 meditation を選択された場合

 

大切なことは

いつでもどこでも、誰といても、何をしていても、

瞑想的な生き方をする…ということです。

 

 

苦しみの輪サンサーラからの永遠の離脱や

光明 enlightenment をしよう!

と考えていない人であっても

 

この瞑想的な生き方は

現代社会の中で心が楽にストレスなく生きるには

参考になる方法かな〜

とも思っています。

 

 

では、

瞑想的な生き方ってどういう感じ?

ということがなんとなく感じとれる

ある商人のお話しを

(しかも光明 enlightenment が起こった)
ウパニシャッドの中から
oshoがお話ししてくれた物語を
ご紹介します。

 

 

◯ ◯ ◯

 

 

ウパニシャッドのとても古い話がある。

商人トゥラダールの話だ。

 

ある苦行者が何年も苦行を積んでいた。
彼の名はジャジャリといった。

 

とても過酷な修行をしたので
彼の身体はほとんど干からび、
まるで死んで乾いた木のようになっていた。

 

彼は動かなかった。
あまりにも動かず立っていたので、
鳥が彼の髪の毛に巣をかけ、
卵を産んだと言われている。

 

その卵が孵り、
雛鳥が出てきて
鳥たちが飛びたったとき、
はじめて彼はその場を動いた。

 

雛鳥が傷つくかもしれず、
卵が落ちるかもしれないと思い、
彼は同じ場所に立ち続けていた。

 

動かず、
食事を請いにも行かなかったので、
彼は何ヶ月も空腹でいた。

 

雛鳥たちが飛び立って、
やっと彼は動いた。

 

しかしその日、
強い自負心と
大きなエゴ(欲・自我)が彼の中に芽生えた…

 

「いまや、
私より偉大な苦行者がいるだろうか?
私より偉大な非暴力の人間がいるだろうか?」

 

大きなエゴ(欲・自我)が生まれた。


独り言を言っていると、
誰もいない森の中で
誰かが笑っているのが聞こえた。

 

そして目に見えない誰かの声がした、

 

「ジャジャリ、
そんなにエゴ(欲・自我)で
いっぱいになってはいけない!

知る人に会いたければ、
商人トゥラダールの足許へいって座るがいい」

 

彼は理解できなかった、

 

「トゥラダール、商人だって?

これほどの苦行者ジャジャリが、
彼の足許に座るだって?

 

偉大な苦行者ジャジャリ、
髪の上に鳥が巣をかけても動かなかった、
偉大なる非暴力、
哀れみと慈悲のジャジャリが?

 

しかし、それにしても
商人トゥラダールとは何者なのか、
行ってみないといけない」

 

彼はその人を捜しに出かけた。


商人トゥラダールは、カーシーに住んでいた。

彼は会いに行った。


ジャジャリには信じられなかった…

トゥラダールは、ただの平凡な商人だったのだ!

 

日がな1日、
彼は秤を持って物を売っていた。

だから彼の名はトゥラダール「秤を持つ者」になった。

 

彼はいつも物の重さを量っていた。

 

ジャジャリがやって来たとき、
彼はごったがえす客を相手に、
売ったり量ったりしていた。

 

トゥラダールはジャジャリの方を見向きもしなかった。

彼は言った、

 

「ジャジャリ、お座りなさい。
髪の毛に鳥が巣をかけたからといって、
鳥たちが成長して飛び立つまで動かなかったからといって、
そんなに鼻を高くしてはいけないよ。
まあ、静かにお座り。
まず、このお客さんたちの相手を終わらせておくれ」

 

トゥラダールがそう言うのを聞いて、
ジャジャリは驚いた。
彼は思った、

 

「さて、
これはとても弱ったことになった。
この男は確かに何かを知っている。

 

確かに私より先を行っている。

 

もはや彼は、
すべてをぶち壊してしまった。

 

しかも私には、
彼がどんなアート(技)や
霊的修行法を手中に収めているのか、
わからないのだ」

 

彼は座ったが、
エゴ(欲・自我)は粉々になってしまった。


彼は注意深く見始めた。

 

善良な人が来たり、
邪な人が来たりして、

 

トゥラダールにいろいろなことを言った。

 

感じよく話す人もいれば、
罵る人もいた…

 

それが
店というもの、
商売というものだ!


しかし
トゥラダールは、

どの人にも平等に、
同じように答えていた。

 

怒るでもなく、
感情的になるでもなく、
誰かに愛想よくするでもなく、
誰かにそっけなくするでもなく。


ジャジャリは見つめ続けた。


彼の秤には、
ほんのわずかな変化もなかった。

 

親戚が来ても、
見知らぬ人が来ても、

彼の量り方は
どの人にも同じだった。

 

夕方になって店が閉まると、
ジャジャリは尋ねた、

 

「どんな助言をいただけますか?」

 

トゥラダールは言った、

 

「私は平凡な商売人にすぎません。

学のある人間ではないのです。

私が知っているのはこれだけです…

 

秤の両方の受け皿が等しいと
バランスが生まれるように、

 

「怒り」と「柔和さ」、
「愛」と「憎しみ」、
「好き」と「嫌い」

 

といった
マインド(思考)の2つの側面が
釣り合っていると、

内なるバランスが達成されます。

 

そしてその瞬間、
サマーディが起こるのです」

 

彼は言った、

 

「秤のバランスをとっていたら、
自分自身のバランスがとれていったのです。

 

他には何もしていません。

 

私の髪に、
鳥は巣をつくったりしませんでした。

 

私は苦行者ではなかったのですから。

 

ジャジャリ、
私は平凡な商売人で、
苦行者ではありません。

 

私の秘密は、
秤のバランスをとることで、
自己のバランスをとる技(アート)を学んだことだけです。

 

私は、
内側に完全なバランスがあるとき、

エゴ(欲・自我)が消えることを
理解しました。

 

バランスは「無」を生み出し、

その「無」の中に全体が降りてくるのです」

 


「でも、
私は商売人にすぎません。

 

あなたは偉大な学者だ。

学があり、苦行者でもある。

 

たぶん、このことは
あなたの助けになるかもしれないし、
ならないかもしれません。

 

私にわかるのはこの程度です。

 

そして、
これがあなたに言えることです…

 

たとえ森(神聖な場所)にいても、
エゴ(欲・自我)があなたを捕らえて放さないなら、

あなたは世間(俗世)に戻っている
ということです。


世間(俗世)にいても
自分の(内側の)秤のバランスがとれているなら、
あなたは森(神聖な場所)の中にいるのです。

 

依然として
世間(俗世)にいながら、
ヒマラヤ(神聖な場所)にいるのです。


それは

 

どこへ行き、
何をするか

 

という問題ではありません。

問題は、

あなたが

 

「何である」か

 

なのです」

 

 

from osho talks

oshoの講話より

 

Showering without Clouds
雲なく雨は降りそそぐ

サハジョ女性の覚者の詩

 

このお話しの英文は1番最後に載せています。

 

 

◯ ◯ ◯

 

 

ジャジャリは森の中から出て
街中にいるトゥラダールに会いに行って
たくさんの『気づき』がありました。

 

 

どこへ行き、
何をするか

ではなく

「何である」か

 

 

瞑想という形だけを「無意識」に行う

ではなく

瞑想を「意識」して行う

 


瞑想という形だけを「無意識」に行うだけでは
聖地であっても
街中であっても
何年たっても、何生たっても
内側の「変容」は起こらないため
それは
意識の成長がないため
(愛の梯子を高みへと昇らないため)
光明 enlightenment は起こらない…
ということです。

 


いつでも
どこでも
何をしていても
誰と出会っていても
自分の内側を『観る(観照)』ことをして
自分の内側の二元性のバランスをとるために
瞑想 meditation 的に生きることを
「意識」すると

内側のバランスがとれていき
意識の成長があり
(愛の梯子を高みへと昇る)
本来の中庸の自然な状態に戻れ
光明 enlightenment が起こる…
ということです。

 

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『観る(観照)』ことをする『観照者』である生き方

 

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自分の内側の二元性のバランスをとることを

サポートするツールの1つが瞑想 meditation です。

 

それは愛の梯子を昇る意識の成長の旅をサポートするツールでもあります。

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光明 enlightenment の起こり方は
人それぞれですから、

 

聖地で瞑想をすることで
光明 enlightenment が起こることもあれば、

街中で瞑想をしても
光明 enlightenment が起こることもあります。

 


場所は自分に合った場所でいいと思います。


光明 enlightenment という肩書き(ラベル)を持つことはすごいよ!

というエゴ(欲・自我)を持つことを
お勧めしているのではなくσ(^_^;)

 

街中で生きるトゥラダールのように

現代社会を生きる中で


本当に生きやすくなり
苦しみが少なくなるので
瞑想 meditation や
光明 enlightenment

苦しみの輪サンサーラから永遠の離脱をしよう!

と腹をくくった人たちへ
ご紹介しています。

 


そして
わたしのように
聖地で瞑想ができない状況にあったり
癒しのセミナーやセラピーを受けることができない状況にあったりする人たちも
たくさん地球にはいらっしゃいますから、

 

貧乏なわたしの光明 enlightenment の実体験からわかったことは

光明 enlightenment の起こり方は
人それぞれですが

その中の1つに

 

自分の身1つさえあれば
0(ゼロ)円で
瞑想 meditation は
いつでもどこでもでき

0(ゼロ)の空っぽの無に再び戻れ
光明 enlightenment が起こることは
現実にありますよ、

ということをご紹介しているブログですσ(^_^;)

 

昔話や夢物語ではなく

現実に起こること…

 

 

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導師 master や導師 master の指先を見るのではなく

自分の内側にある『魂(源泉)』(満月)を見るのだよ

自分の真の導師 master は自分の内側にある『魂(源泉)』だよ

と外側の光明 enlightenment を得た導師 master たちは伝え続けています。

大切なことは

自分の内側にある『魂(源泉)』を再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

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◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声に従って生きると

必ず間違いや失敗が起こる。

苦しむ。

 

『魂(源泉)』真理

の声に従って生きると

間違いや失敗は起こらない。

苦しみはなくなる。

 

自分の内側にある声が

 

◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声なら

不思議と不安や恐怖心がある。

 

『魂(源泉)』真理

の声なら

不思議と安心や愛に満たされ喜びがある。

 

この内側の声がどちらか…ということを見極めることが

苦しまない人生になる。

 

まず大切なことは

 

自分の内側にある。『魂(源泉)』真理を

再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

これが全ての光明 enlightenment を得た導師 master たちから

全てのみなさんへの慈悲の愛のメッセージ。

 

みなさんの真の至福のために…

 

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『思い出す』

 

 

sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する


『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

 

 

瞑想と愛 meditation & love

 

 

花仙人

 

 

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男性性と女性性の統合(超越)

 

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

 

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Showering without Clouds
雲なく雨は降りそそぐ

The last morning star
夜明けの星

サハジョとダヤの女性の覚者の詩

 

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The Ultimate Alchemy, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

瞑想はたくさんの種類があります。
ご自身にあった瞑想がみつかるといいですね。

 

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Vigyan Bhairav Tantra, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、



 

今日ご紹介したウパニシャッドのお話しの英文です。

 

There is a very ancient story in the Upanishads, the story of the merchant Tuladhar.

 

An ascetic was practicing asceticism for years. His name was Jajali. He did such extreme practices that his body was almost dried out, it became like a dead, dry tree. He did not move. It is said he stood so unmovingly that birds built their nests in his hair and laid their eggs. Jajali only moved from that place when the eggs had hatched, the baby birds had come out and the birds had flown away.

 

Thinking that the baby birds might suffer, that the eggs might fall, he remained standing in the same position. He didn’t move, he didn’t even go to beg for food so he remained hungry for months. Only when the baby birds had flown away did he move. But on that day great pride and great ego arose in him: “Now who is a greater ascetic than I am? Who is a greater non-violent person than I am?” A great ego arose.

 

While he was talking to himself he heard the sound in the lonely forest of someone laughing. Then a voice of some invisible person said, “Jajali, don’t be so filled up with ego! If you want to see a man who knows, go and sit at the feet of the merchant Tuladhar.”

 

He could not understand: “Tuladhar, a merchant? - and such an ascetic as Jajali should sit at his feet? The great ascetic Jajali, in whose hair birds built nests and still he would not move, so great is his non-violence and his mercy and compassion? But even so I will have to go and see who is this merchant Tuladhar.” He went in search of him.

 

The merchant Tuladhar lived in Kashi, so he went to see him. Jajali could not believe it - Tuladhar was just an ordinary merchant! Day and night he was selling goods, holding his scales. That’s why his name became Tuladhar, “one who holds the balance.” He was always weighing things. He was selling and weighing with a crowd of customers when Jajali arrived. Tuladhar did not even look at Jajali. He said, “Jajali, sit down. Don’t be so proud that the birds made their nest in your hair, that you didn’t move until the birds were grown up and had flown away. Sit, sit silently; first let me finish with all the customers.”

 

Hearing Tuladhar say this, Jajali was amazed. He thought, “Now this has become a big problem. This man certainly knows something, certainly he is ahead of me. Now he has spoiled everything. And I also cannot see what art he has, what spiritual discipline he has.”

 

He sat down, but his ego was shattered. He began watching. Good people came, bad people came, they all spoke differently to Tuladhar; some spoke nicely, some insulted him - it was a shop, and the business of a shop! But Tuladhar responded evenly and equally to all, neither with anger nor with any emotion, neither in someone’s favor nor against someone. Jajali went on watching. There was not the slightest change in his balance: relatives came, strangers came, his weighing remained the same for everyone.

 

When it was evening and the shop was closing Jajali asked, “What is your advice for me?”

 

Tuladhar said, “I am just an ordinary shopkeeper. I am not a learned man. I know only this: just as when both pans of a scale are equal there is a balance, in the same way, when there is parity between both sides of the mind, between anger and non-anger, love and hate, like and dislike, then an inner balance is achieved. And in that moment samadhi happens.”

 

He said: “Balancing the scales, I have myself come to a balance. I have done no more than that. Birds have not built their nests in my hair, I have not been an ascetic. Jajali, I am an ordinary shopkeeper, I am not an ascetic. My whole secret is that by balancing the scales I have learned the art of balancing the self. I have understood that when there is a perfect balance within, the ego disappears. Balance creates a void, and in that void descends the whole.

 

“But I am just a shopkeeper. You are a great scholar. You are learned, you are an ascetic. Perhaps this may help you or it may not. I know only this much, and this is what I can tell you: that even if you are in the forest and your ego takes hold of you, then you are back in the world. And if you remain in the world and even there your scale is balanced, then you are in the forest, then you are in the Himalayas while still in the marketplace.

 

It is not a question of
where you go and
what you do.

 

The question is
what you are.

 

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花仙人

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