花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

内側の中心は無音②

内側の中心は無音②

 

 

前回は『聞く』ことをとおして
瞑想時に内側の中心は『無・無音』
という体験が予期せず突然起こったことを
oshoの講話と一緒にご紹介しました。

 

蝉の鳴き声のおかげで
中心(魂(源泉))の『無・無音』を
再び「感覚」でとらえる=『思い出す』
ことができ蝉たちに感謝ありがとう(^-^)/
というお話しでした。


今回は『見る』ことをとおして
ゆっくり一休みしているリラックスのときに
内側の中心(魂(源泉))は『無・無音』
という体験が予期せず突然起こったことを
ご紹介します。

 

 

 

鎌倉に鶴岡八幡宮の神社があります。


植物が大好きなのと
植物療法を学んでいたのもあって
大きな樹齢約1000年の銀杏の木が大好きで
何度か訪れたことがあります。


2010年3月10日
その前夜からの雪混じりの強い風により
近所に住む人たちのお話しによると
高さ約30メートル、幹の太さが7メートルの
銀杏の木は大きな音をたてて倒れたそうです。


多くの生き物の生を破壊した
広島の原爆の後
1番はやくその場に芽を出した植物は
銀杏の木でした。
その銀杏の木は
今でも力強く生きているそうです。


人間が地球に誕生するはるか古来から
地球のあらゆる過酷な環境をも乗り越えて
絶滅せず生き延びてきた
生命力の強い遺伝子を持つ銀杏なだけあって、

 

鶴岡八幡宮の倒れた銀杏の木は
倒れた年と同じ4月には
倒れた場所のヒコバエから小さな若芽が出て
それから今まで元気に成長しています。

 

鶴岡八幡宮の銀杏のお話しはこちら…

https://www.hachimangu.or.jp/about/lineage/index.html

 

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鶴岡八幡宮のホームページからお借りした地図です)

 

 


さて、
まだその銀杏の木が倒れる前…

 

今から10年ほど前の
あの蝉の鳴き声の瞑想体験と同じ夏の
雲ひとつない青空が広がる下で
鶴岡八幡宮にある
広い池に生きるたくさんの蓮を
椅子にちょこんと腰をかけて一休みしながら
ぼーと見ていました。

 

すると見はじめたときより、
ものすごくリアルに
色も形もクッキリとした蓮が見えてきました。

蓮とわたしの間にはわりと距離があるのですが
蓮がとても近くにある感じがしました。

 

 

すると、
蓮と1つになった「感覚」になりました。

 

 

これは以前、
蝉の鳴き声と1つになった
あの「感覚」と同じだ!

 

 

とわかったので
その不思議な周り全体と1つになる「感覚」に

 

なんだこれ!?

 

ともうびっくりに思うことなく
ただただ
蓮と1つになった「感覚」を
そして
周り全体と1つになった「感覚」を
心地よく楽しみました。

 


また蝉の鳴き声の瞑想体験のときと同じように
周りに観光客がたくさんいても
周りのさまざまな音が全く消えてなくなり
自分の内側の中心の『無・無音』の状態になりました。

 

 

蓮が自分なのか
自分が蓮なのか
わからなくなっていましたが
その一体感が
内側の『無・無音』が
なんともなんとも心地よいのでした。

 

それは以前の
蝉の鳴き声が自分なのか
自分が蝉の鳴き声なのか
わからなくなった一体感の状態が
なんとも心地よかったのと同じでした。

 

 

『無・無音』の状態になると
なにもかもがとってもキラキラして見えるのですが
そのとてつもなくキラキラした
蓮の池の風景を
なんにも考えず
なんにも思わず
ただただぼーと『見て』ゆっくりしていました。

 

 

それはぼーと無意識になっているのではなく
緊張ではなく
リラックスしているのに
頭が冴え渡るようで
意識が360度へ
ハッキリ、クッキリ、シャッキリ、
している感じです。

それは蝉の鳴き声の瞑想体験のときも同じでした。

 

 

ひんやりとした風が肌にあたり
そろそろ帰ろかな
と思い時計を見たら

 

5分だけしか座っていない
と思っていたのに
1時間も時間が経っていましたσ(^_^;)

 


蝉の鳴き声の瞑想 meditation のときと同じでした。
あのときも
45分間の瞑想 meditation が
5分ほどに感じていましたからσ(^_^;)

 

 

 

 

周り全体と一体感を感じながら
内側がなんにもない空っぽの状態である
『無・無音』の状態になる

 

それは
『時間』(マインド(思考)の動き)
『空間』(肉体の内側と外側の境界線)
を超越すると

 

それは
無意識がなくなり
意識だけの状態になると

 

『時間』は消え去り永遠になるって
こういう「感覚」なのか(・_・;…?

 


oshoや他の導師たちも
そういうことを
伝えていますから
きっとそうなのだな〜と
実体験からも思います。

 

 

 

 

『魂(源泉)』=意識100%
それは
『魂(源泉)』=無意識0%

 

 

 

 

ぼーとしていて
頭と肉体が消えてなくなり
頭も肉体も
究極のリラックスの「感覚」なのですが

意識が360度全てに冴え渡っていて
ハッキリ、クッキリ、シャッキリ、
としている感じです。

 

集中や
緊張は
全くない状態です。

 


『魂(源泉)』は
意識100%で
愛100%の状態ですから

 

集中による緊張感は
愛ではない
愛という究極のリラックスとは真逆状態です。

 

 

究極のリラックスの状態=意識100%

 

 

頭と肉体が消え去った「感覚」は
『魂(源泉)』=究極のリラックスの状態であり
その真逆である
集中や緊張や不安や恐怖などが全くなくなるため
ノーストレスになります。

 

それは
痛みや違和感は全くない状態です。

 

 

 

『魂(源泉)』を「感覚」で感じとる
ことがいつもできると
緊張がほぐれ
究極のリラックスを感じることが
いつでもできるようになります。

 

 


瞑想 meditation は
その『魂(源泉)』を「感覚」で感じとることを
再び「感覚」で『思い出す』ことを
サポートする1つのツールです。


この究極のリラックスの状態を
「感覚」で感じとることができると
緊張や痛みや不安や恐怖心が消えて
癒しが起こるので
瞑想 meditation は
お薬 medicine という言葉が語源となっているように
癒しの1つのツールともいえます。


この究極のリラックスの状態は
熟睡しているときと
同じ状態でもありますから
熟睡できることも
癒しの1つのツールといえます。


だから疲れたり病気になると
眠たくなるのですよね(-_^)

 

 


瞑想 meditation による
『無・無音』の
『魂(源泉)』の波動を「感覚」で感じることは

 

熟睡ではなく(無意識の状態)、
「目が覚めた状態」のまま(意識の状態)

 

熟睡時と同じ
究極のリラックスの状態が起こる

 

ということです。

 

 

 

さて、

この瞑想 meditation による

肉体が消えた「感覚」になる…

といってもそれは

肉体から魂が出た幽体離脱ではありません。

 

瞑想中にたまに
幽体離脱する人もいることはいますがσ(^_^;)

 

それは
肉体の内側に『魂(源泉)』が在る状態で
『無・無音』の状態の
意識100%になり
肉体が消えた「感覚」になる…

こととはまた違う体験です。

 

ここはお間違えのないように
体験なさってくださいねσ(^_^;)

 

幽体離脱
『無・無音』の意識100%になる状態
ではありません。

単に肉体から『魂(源泉)』が飛び出て
肉体の内側に『魂(源泉)』が「無い」
「死」と同じ状態ですσ(^_^;)


わたしは何度も幼いころから
幽体離脱を体験していますし
30歳のころに3度臨死体験もしていますから
その違いは明白にわかります。

 

 

 

幽体離脱
肉体の内側に『魂(源泉)』が「無い」状態

「肉体」と「心」にかなりダメージがありますし
アンバランスな状態により疲れがどっとくるのと
不安や恐怖心がいつもついてまわり緊張になります。


しかし


◯ 『無・無音』の状態は
肉体の内側に『魂(源泉)』が「在る」状態

肉体が消えてなくなったような「感覚」になり
意識(魂(源泉))だけの状態になるのは
「肉体」も「心」もバランスよく健康になり
安心と至福感で満たされ究極のリラックスになります。

 

 

 

まだ肉体が生きているのに
『魂(源泉)』が肉体から出ることは
ある意味「死」の状態と同じですから
肉体を生かし動かすエネルギー体である
『魂(源泉)』が肉体から離れ出ることは
数秒であっても
肉体がうまく機能できない状態となるので
肉体に負担がかかるのは当たり前のことです。


(このブログ内の意識の成長の旅シリーズの中で
『魂(源泉)』とチャクラとサトルボディの関係を簡単にですがご紹介していますので
今回はその説明ははしょります…)

 


また、

 


肉体の中心に『魂(源泉)』はない
というマインド(思考)を持っていると

 

それは

肉体だけで肉体は生きているという
マインド(思考)を持っていると

 

『魂(源泉)』のエネルギーを
本来の自然な状態でいかせず
溢れ出るエネルギーを少し閉じ込めるような状態となり

 

結果的に


体調があまりよくない状態となってしまいます。

 

 

 

人間は
「肉体」と「心」と『魂(源泉)』の
3つが1つとなって生きていますから
この3つともを
『敬い』『愛し』大切にすることで
自身の健康を保てることができます。

 

 

 

人間は
「肉体」と「心」と『魂(源泉)』の
3つが1つとなって生きていますから

どれか1つが欠けると
アンバランスな状態となり
本来の状態ではなくなるため
人間が生きるためにはうまく機能できない状態になってしまいます。

 

 

ですから
幽体離脱臨死体験後は
人間にはダメージが大きいですσ(^_^;)

 


それが起こってしまった後のケアーの仕方は

◯ 正しい呼吸法

◯ 瞑想 meditation
あとは
◯ 肉体を自由に動かす

これが1番はやく
本来の状態に戻りましたσ(^_^;)

 


oshoのアクティブ瞑想や
野口整体の呼吸法や活元運動などが
わたしにはピッタリでした。

他にもいろいろあると思いますから
ご自身にピッタリなやり方で
お試しください。

 

 

 

なるべく
「肉体」と「心」と『魂(源泉)』
の3つが
バランスの状態であることが
体調も人生も
全てがうまくいく結果につながります。

 

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『魂(源泉)』が真ん中の中心にあり
その周りに「心」
さらにその周りに「肉体」があります。

 

 

 

ですから、

幽体離脱
『魂(源泉)』が人間の中から離れ出ること
なので
それは人間が生きるためには
ダメージが大きいということになります。

 

『魂(源泉)』が内側にない
と思い込むマインド(思考)も
人間が健康に生きるためには
ダメージがある…ということになります。

 

 

 

「肉体」と「心」と『魂(源泉)』
の3つで
1人の人間です。

 

 

 

今日はたまたま鶴岡八幡宮
座って一休みしているときに
突然起こった『見る』ことによる
『無・無音』の
『魂(源泉)』の意識100%の
『本来の自然な中庸の状態』
を再び「感覚」で『思い出した』
瞑想状態になった体験のお話しを
ご紹介しましたが、

 

神道はこの

 

「肉体」と「心」と『魂(源泉)』
の3つが1つで人間である

ということを伝えています。

 

 

 

 

 

自分の内側が
『無・無音』の
『魂(源泉・意識)』だけの意識100%の状態を
再び「感覚」で『思い出す』と
意識が360度全てに
クッキリとハッキリとシャキッと
冴え渡る感じになります。

 


緊張ではなく
究極のリラックスの状態で

 

「過去」も「未来」も『時間』という
マインド(思考)の無い永遠である

 

「今ここ(現在)」を

トータルに生きることができる状態になります。

 


すると

 


無意識ではなく
意識100%の状態であると

 


ストレスがなく
失敗や間違いが少なくなり
苦しみがどんどん少なくなっていきます。

 


いつも
「肉体」も「心」も『魂(源泉)』も
リラックスの中で
愛と至福に満たされ
沈黙の落ち着いた状態で
生きることができるようになります。

 

 

その状態が
人間の『本来の自然な中庸の状態』です。

 

 

生まれた後に
いろいろなことがあって
一時的に
その『本来の自然な中庸の状態』を『忘れて』いるだけです。

 

 

苦しいのは
『本来の自然な中庸の状態』を『忘れて』いることですから

 

自分を苦しめている
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(欲・自我)

を内側から全て『手放し』

 

内側を空っぽの0(ゼロ)の状態にすると

 

再び『本来の自然な中庸の状態』を
「感覚」で『思い出す』ことができます。

 

 

 

瞑想 meditation は
その『本来の自然な中庸の状態』である
内側にある一時的に『忘れて』いる
『魂(源泉)』=意識、愛、真理
を再び「感覚」で『思い出す』ことを
サポートする1つの癒しのツールです。

 

わたしの実体験では
それが現実に起こりましたから
そして
苦しみから自分自身を救い出す方法は
50年近く生きてきた自身の実体験からは
そのやり方しかわかりませんからσ(^_^;)
瞑想 meditation をご紹介しています。

 

 

他のやり方がご自身にぴったりならば

直感にしたがってそちらをお試しくださいねd(^_^o)

 

 

お貧乏さんですからσ(^_^;)
0(ゼロ)円で
0(ゼロ)の空っぽの『無・無音』の状態を
再び「感覚」で『思い出す』ことができ

 

しかも

 

街中でも聖地でも
いつでもどこでも
関係なく

 

性別や年齢も
関係なく

 

できてしまう
完全なる癒しのツールである
瞑想 meditation は
わたしにはピッタリな
ありがたい救世主のようなツールでした(-_^)

 

 

蝉の鳴き声のときの瞑想 meditation では
『聞く』
という「感覚」から
『無・無音』の
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こりました。

 


蓮をぼーと休憩しながら見ることでは
『見る』
という「感覚」から
『無・無音』の
『魂(源泉)』を
再び「感覚」で『思い出す』体験が起こりました。

 


この7年後に
宇宙意識と1つであることを
再び「感覚」で『思い出す』
光明 enlightenment が起こりました。

 

その体験では

 

『聞く』
『見る』
ではなく
『感じる』

 

という
瞑想 meditation をしていない
またぼーとリラックスをして
日向ぼっこの太陽の光の暖かさを肉体で
『感じる』ことにより
『無・無音』になり
『魂(源泉)』の意識と宇宙の意識が1つであった
ことを『思い出す』体験が起こりました。

 


『聞く』
『見る』
『感じる』

 


「感覚」によって
『魂(源泉)』=意識100%の状態を
『思い出す』ことも
実際にはあります。

 


それは
いつ突然やってくるのか…
予期できないものです。


でも、


なんにもしないまま
それが起こることは
やはりないのでは…

 

と体験からはわかります。


それが起こるには
瞑想状態を
「感覚」で
『コツ』でとらえる
ことが大切ですから

 

鈍らないためにも
瞑想 meditation は
毎日する方がいいのかも?しれません。

 


なんでも
練習を1日でも怠ると
その「感覚」が鈍ってしまい
以前の「感覚」を取り戻すためには
3日かかる…
といわれます。

 


瞑想 meditation もそれと同じだと思います。

 

 

でも、

そのような体験をしたい!

という欲(エゴ(自我))を『手放す』ことは大切です。

欲(エゴ(自我))がその体験を遠ざける原因です。

 

 

ただただ瞑想 meditation するのです。

 


自分の内側にある
苦しみの原因(種)である
◯ マインド(思考)
◯ エゴ(欲・自我)

『気づく』
『観る(観照)』
『手放す』

それと

「感覚」でとらえる

 


いろいろな瞑想 meditation 方法がありますから
ご自身にあったやり方がみつかるといいですね(-_^)

 

 

瞑想 meditation は

愛の梯子を昇る

意識の成長の旅をサポートする1つのツールです。

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導師 master や導師 master の指先を見るのではなく

自分の内側にある『魂(源泉)』(満月)を見るのだよ

自分の真の導師 master は自分の内側にある『魂(源泉)』だよ

と外側の光明 enlightenment を得た導師 master たちは伝え続けています。

大切なことは

自分の内側にある『魂(源泉)』を再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

 

 

苦しみの輪サンサーラから永遠の離脱をしよう!

と腹をくくったみなさんへ…

 

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◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声に従って生きると

必ず間違いや失敗が起こる。

苦しむ。

 

『魂(源泉)』真理

の声に従って生きると

間違いや失敗は起こらない。

苦しみはなくなる。

 

自分の内側にある声が

 

◯ マインド(思考)

◯ エゴ(自我・欲)

の声なら

不思議と不安や恐怖心がある。

 

『魂(源泉)』真理

の声なら

不思議と安心や愛に満たされ喜びがある。

 

この内側の声がどちらか…ということを見極めることが

苦しまない人生になる。

 

まず大切なことは

 

自分の内側にある。『魂(源泉)』真理を

再び「感覚」で『思い出す』こと。

 

これが全ての光明 enlightenment を得た導師 master たちから

全てのみなさんへの慈悲の愛のメッセージ。

 

みなさんの真の至福のために…

 


『思い出す』

 


sammasati サマサティ(right remembrance)
正しく想起する


『The last word is Buddha was, sammasati.
Remember that you are a buddha - sammasati.』

 

瞑想と愛 meditation & love

 


花仙人

 

 

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男性性と女性性の統合(超越)

 

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内側にある『源泉 source (魂 soul )』と
『全ての存在は1つ』all one であることを『思い出す』

 

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Showering without Clouds
雲なく雨は降りそそぐ

The last morning star
夜明けの星

サハジョとダヤの女性の覚者の詩

 

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The Ultimate Alchemy, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

瞑想はたくさんの種類があります。
ご自身にあった瞑想がみつかるといいですね。

 

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Vigyan Bhairav Tantra, vol 1,2
この講話の英語のPDFダウンロードはこちはです。
http://www.oshoworld.com/e-books/eng_discourses.asp?page_id=15

 

oshoアクティブ瞑想に関してはこちら、
http://www.osho.com/ja/meditate/active-meditations/why-active-meditations

 

oshoの瞑想音楽はこちら、



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花仙人