花仙人の日記

〈 seed of earth 〉地球を自然のままに…

あなたが本当に欲しいものは何ですか?

あなたが本当に欲しいものは何ですか?
(前回からの続きです)
 
 
 
 
 
”あなたが本当に欲しいものは何ですか?”
 
 
 
 
 
それは
 
過去世で何度輪廻転生をしても
今だに手に入らない欲しいものかもしれません。
 
現世になって生まれた
今だに手に入らない欲しいものかもしれません。
 
 
 
 
 
”欲しいもの”
 
とは
 
”今だに手に入らず『今』満たされていない”
 
から
 
”欲しい”
 
と思うのですよね。
 
 
 
 
 
手に入れて『今』満たされていれば
もう”欲しい”とは思わなくなりますから。
 
 
 
 
 
”自分が本当に欲しいもの”
 
その欲を持っている限り
 
欲しいそれを手に入れることができず
『今』満たされない限り
 
または
 
その欲を『手放す』ことができない限り
 
欲しいと思う飢えと渇きの苦しみを持ち続けます。
 
 
 
 
 
しかし
 
何か1つでも
欲したモノを手に入れることができ
その欲したモノを手に入れることによって
一瞬でも満たされることができるんだ!
 
…ということを知ると
 
人間はその瞬間に
10ほどの新しい欲を生みだすと言われています。
 
1つの欲を手に入れて満たされた瞬間に
新たな10ほどの欲が生まれる…
 
そして今度は1つではなく
その10ほどの新しい欲を満たそうとして努力し
またその欲を手に入れていないことで
『今』満たされていないことから
飢え渇き苦しみ続けます。
 
 
 
 
 
欲は1つであっても持っているだけで
手に入れていなくて『今』満たされていないと
飢え渇く苦しみを持ち、
 
欲を手に入れ満たされたら
さらに多くの欲を持ち
さらに飢え渇き苦しみを持ちますから、
 
1つでも10でも
欲を持つことで
苦しみがはじまります。
 
そして
欲を手に入れて満たすことで
苦しみの連鎖がはじまります。
 
エンドレスに苦しみは続いていきます。
 
無意識 unconsciousness に生きていると
このエンドレスの苦しみの連鎖が続いていき
やめられません。
 
 
 
 
 
苦しみを終わりにしようと思うならば
 
無意識 unconsciousness に生きることではなく
 
意識 consciousness して生きることが大切です。
 
 
 
 
 
”自分が欲を持っている”
 
ことにまず意識 consciousness して
『気づく』aware 必要があります。
 
それに『気づく』aware ことができない限り
エンドレスの苦しみの連鎖を
止めて終わりにすることができないからです。
 
 
”自分が欲を持っている”
ことに『気づく』aware ことは
苦しみから離脱するためには
とても大切なことです。
 
 
そして
 
 
”自分が欲を持っている”
 
その欲とは
 
”いったい何なのか?”
 
それに『気づく』aware ことが大切です。
 
 
 
 
 
”あなたが本当に欲しいものは何ですか?”
 
 
 
 
 
なんとなくこれかな?
と漠然とした感じでは
欲を持つ苦しみの連鎖から離脱できません。
 
ピンポイントで
 
『これだ!これが欲しいんだー!!!』
 
と『気づく』aware ことが大切です。
 
 
 
 
たとえば…
 
”あなたが本当に欲しいもの”
 
それは
 
”ショートケーキが食べたい”
 
ことだとします。
 
 
しかし
 
 
なかなか
”ショートケーキ”というピンポイントのモノに
『気づく』aware ことができなくて
 
漠然となんとなくお菓子の中でも
クッキーやおせんべいではなく
ケーキが食べたい
ということはわかっていたとします。
 
そして
 
ショートケーキ以外の種類の
 
チョコレートケーキや
フルーツタルトなど…
 
ケーキというグループの中の
ショートケーキ以外のケーキを食べたとします。
 
ショートケーキ以外のケーキも
おいしいと思うのですが
 
本当はショートケーキを食べたいと思っていますから
 
なぜだかいまいちしっくりと満たされないのです。
 
 
で、あるとき
ショートケーキを食べたとします。
 
すると、
 
”あ!これだ!これが食べたかったんだー!”
 
と、
ものすごくピンポイントでおいしい!と感じ
とっても満たされ
自分が本当に食べたかったケーキが
ショートケーキであることに
『気づく』aware ことができたりします。
 
すると
 
ピンポイントで食べたかったケーキを
食べることができると
フルに満たされることを知ります。
 
ピンポイントで食べたかったケーキ以外の種類のケーキを食べても
いまいちしっくりと満たされないことを知ります。
 
 
 
全ての種類のケーキを手に入れて食べたのに、
なぜかいまいち満たされない…
まだケーキを食べたい…
飢え渇きが止まらない…
なぜなのだろうか?
 
それは
本当に欲しい”ショートケーキ”を
食べていないからです。
 
 
 
”あなたが本当に欲しいものは何ですか?”
 
”ショートケーキ!”
 
 
 
ショートケーキを食べたら
 
”あーこれだった!これが食べたかったー!”
 
と一気に一瞬で欲が満たされます(-_^)
 
一瞬、飢え渇きが消えます。
 
 
 
 
みたいなσ(^_^;)
 
 
 
 
または、
 
”自分が本当に欲しいもの”が
”ショートケーキ”であることに『気づき』aware 
ショートケーキが目の前にあったとしても
 
”あ、自分はショートケーキを食べたい
という欲を持っていたんだな、
それがわかったから
もういいや。
食べなくてもいいや。”
 
と、
食べる前に
”自分が本当に欲しいもの”
を『手放す』let go ことで
 
欲が消え去り
飢え渇きが消え去り
苦しみから離脱できることもあります。
 
 
 
 
どちらの場合でも
大切なことは
 
ピンポイントで
”自分が本当に欲しいもの”に
『気づく』aware ことが大切になります。
 
”自分が本当に欲しいもの”に
『気づく』aware ことができなければ
 
それを
 
”手に入れて満たす”ことも
”『手放す』let go”ことも
 
どちらもできないまま
 
ずーっと
欲しい、欲しい、
満たされない、満たされない、
と飢え渇く苦しみが続くため
苦しみは終わりません。
 
 
 
 
 
”あなたが本当に欲しいものは何ですか?”
 
 
 
 
 
漠然と…ではなく、
ピンポイントで(-_^)
 
 
 
 
 
この
”自分が本当に欲しいもの”を
 
すでにピンポイントで『気づき』aware 知っている人もいますし、
 
なかなかピンポイントで『気づく』aware ことができない人もいます。
 
 
 
すでにピンポイントで『気づき』aware 知っている人の場合は

その欲を手に入れ自分を満たそうとしているか
または
その欲を『手放す』let go ことをするか

どちらかだと思います。
 
 

しかし
 

 
なかなかピンポイントで『気づく』aware ことができない人は
 
何かで自分を満たしたいけど
その何かがわかないから
何をどうしたらいいのかわからない…
 
と、不安になりながら
苦しみの暗闇の中を
手探りでさまよい続けます。
 
こちらの人の状態の方が
苦しみは大きいかもしれません。
 
なぜなら
苦しみの解決方法がまったくわからない
暗闇に一筋の光さえもない状態だからです。
 
 
”なにをどうしたらいいのかわからない…”
 
 
…苦しみです。
 
 
そうして
 
本当に欲しいショートケーキではなく
やみくもに
さまざまな種類のケーキを食べていき
 
なんだか違う、
なんだか満たされない、
全てを手に入れて食べたのに
飢え渇きは止まらなくて
なんだか苦しい…
 
 
”なにをどうしたらいいのかわからない…”
 
 
 
 
 
しかし
 
”自分が本当に欲しいもの”が
 わからない…
 
と思い込んでいるだけで
 
人間はみんな
”自分が本当に欲しいもの”を
知って know います。
 
ただ
 
自分の内側の奥深くに隠して
見ないようにしているだけです。
聞かないようにしているだけです。
 
または
 
『忘れた』ことにしているだけです。
 
 
”自分が本当に欲しいもの”は
自分だけにしかわからないものです。
 
なぜなら
 
それは自分の内側の奥深くにあるものであり
自分の外側にはありませんから
 
他者には見えないのでわからないものなのです。
 
自分の内側の
無意識の暗闇の奥深くに
無意識に隠してしまい
一時的に『忘れて』しまうと
 
なかなか『思い出す』ことができなくなります。
なかなか『気づく』aware ことができなくなります。
 
クッキーやおせんべいではなく
漠然とケーキというところまでは
『思い出す』ことができても
ピンポイントで”ショートケーキ”とまでは
『思い出す』こと
『気づく』aware こと
ができなくなってしまいます。
 
 
 
無意識の暗闇の奥深くに
無意識に隠した
 
”自分が本当に欲しいもの”を
 
探し見つけることは
 
苦しみの連鎖から離脱するためには
大切なことです。
 
 
 
そのためには
無意識 unconsciousness に生きることをやめて
意識 consciousness して生きることが大切です。
 
 
 
意識して
内側にある無意識の暗闇の奥深くに入っていき
 
”自分が本当に欲しいもの”に
 
『気づく』aware ことは
 
”自分が本当に欲しいもの”に
 
光があたり
 
それが意識して
はっきり見える、聞こえる、ということです。
 
 
 
それは
 
無意識の暗闇の中の
 
ショートケーキに
 
光があたり
 
それが意識して
はっきり見える、聞こえる、ということです。
 
『気づき』 aware が起こると
 
”あ、ショートケーキがピンポイントで食べたかったものだった!『思い出した』”
 
となります。
 
 
 
 
『気づき』aware は暗闇の中の『光』です。
 
 
 
 
『気づく』aware ことによって
苦しみ(暗闇)の問題は99%解決します。
 
 
あとの1%は
その欲を
自分はどうしたいか?です。
 
手に入れて満たすのか?
『手放す』let go のか?
 
それは個人個人の自由選択です。
 
 
 
 
ですが、
先ほどもお話したように
1つの欲が満たされる瞬間に
10ほどの欲が生まれてしまいます。
 
欲の苦しみのエンドレスの連鎖を終わりにして
離脱しようと思うならば…
 
全ての欲を『手放す』let go ことで
全ての苦しみを終わりにして
苦しみのエンドレスの連鎖から離脱することができます。
 
 
どのような選択も
個人個人の自由な選択です(-_^)
お好みの方で…
 
 
 
 
 
 
さて、
 
今年の夏休み期間は光明 enlightenment 漫画である
ひかわきょうこさんの『彼方から』を
わたしの光明 enlightenment 体験のお話と重ねて
ご紹介する流れになりました。
アホで無知なわたしではなかなかうまく説明できないので
もう、大変助かっています。
感謝しています。
 
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この作品の2人の主人公である
典子とイザーク
自分の内側と外側の両方の現実から逃避せず
内側の奥深くまで入り向き合うことで
意識の成長の愛の梯子を昇ることで
光明 enlightenment が起こりました。
 
その典子とイザーク
闇の存在に追われる身であり
その闇の存在の支配下にある人たちの
ボスであるラチェフは2人の敵です。
 
闇の存在から巨大な闇のパワーを受け取ることで
闇の存在に与えられた仕事をしながら
ラチェフ自身、欲しいものを次々と手に入れていきます。
 
しかしラチェフは典子に言います。
 
 
 
 
『私は満たされたいのだ。』
 
 
 
 
いつも…何かが足りないのだ…と。
 
全てを手に入れても欠落感は消えない…と。
 
 
 
 
全てを手に入れても満たされない…
 
ラチェフはなにやら
”自分が本当に欲しいもの”
をピンポイントで
手に入れていないようなのです。
 
いわゆる
先ほどお話した
ショートケーキが本当に欲しいものなのに
ショートケーキ以外のケーキ全てを手に入れ食べたけど
ショートケーキを食べていないから
いまいちピンとこなくて真に満たされない…
飢え渇きが止まらなくて苦しい…
だから
『私は満たされたいのだ。』
という状態です。
 
 
というのも
ラチェフは無意識 unconsciousness に生きていて
自分の内側の現実から逃避し続けているため
自分の外側に自分の欲しい理想郷を作ることに夢中になっているため
自分の内側の無意識の奥深くに自分が隠した
”自分が本当に欲しいもの”に『気づく』aware ことができない状態です。
 
 
”自分が本当に欲しいもの”に
『気づく』aware ことができないと
ピンポイントで満たされず
または
それを『手放す』let go もできず
飢え渇く苦しみは終わりません。
 
 
ラチェフが真にエンドレスに続く苦しみの連鎖を終わりにしたければ
無意識 unconsciousness に生きることをやめて
意識 consciousness して生きて
内側をよく『観る(観照)』ことをして
”自分が本当に欲しいもの”に
『気づく』aware ことが必要です。
 
 
しかし
 
 
内側を『観る(観照)』
ということを知らないラチェフは
内側ではなく
外側にばかり意識を向けて
外側ばかりに気をとらわれています。
 
 
内側の無意識の奥深くにある
”自分が本当に欲しいもの”に
『気づく』aware ことができないので
 
 
ラチェフはいつまでたっても
『私は満たされたいのだ。』と言い続け
 
全てを手に入れても
 
なぜ自分がいつまでも満たされないのか?
飢え渇き苦しむのか?
 
わからないのです。
 
 
 
 
 
ラチェフ、
”あなたが本当に欲しいものは何ですか?”
 
 
 
 
 
”自分が本当に欲しいもの”は
自分の内側にありますから
自分が1番よく知っているものです。
 
 
しかし
 
 
ラチェフには
 
なんらかの理由があり
 
”自分が本当に欲しいもの”を
 
内側の奥深くの無意識の暗闇の中に
押し込み隠して
閉じ込め蓋をしてしまうため
 
それを見ないように、聞こえないように
自分でしているのです。
 
 
 
 
 
なぜラチェフは
”自分が本当に欲しいもの”を
内側の奥深くの無意識の暗闇の中に
押し込み隠して
閉じ込め蓋をして
それを見ないように、聞こえないように
しているのでしょうか?
 
 
 
 
 
”自分が本当に欲しいもの”が
ピンポイントでわかれば
それを手に入れて満たすことは可能かもしれないし、
その欲を『手放す』ことで
欲を持つ飢え渇きの苦しみを終わりにできる可能性もあるのに。。。
 
 
 
 
 
”自分が本当に欲しいもの”を
内側の奥深くの無意識の暗闇の中に
隠してしまう理由は
ラチェフの子供の頃にありました。
 
 
 
「おまえさえいなかったら、
わたしは幸せになれたのに…」
 
 
 
ラチェフは
母親からそう否定され続け
そのあまりにも辛い現実を受け入れることができなかった子供のラチェフは
母親を自らの手で殺した体験がありました。
 
 
 
”母親から愛されず否定され続けた。”
 
 
 
それは子供には大変辛い現実です。
 
 
 
ラチェフが本当に欲しいものは
 
 
 
”母親から愛され、否定されないこと”です。
 
 
 
しかし
ラチェフの母親は死んでいて
生きていたとしても
ラチェフの母親が心変わりをして
ラチェフを否定せず愛することになるかどうかは誰にもわからないことです。
 
 
 
こればかりはラチェフにも誰にもどうすることができません。
 
 
 
ただラチェフの母親に
意識の『変容』が起こることだけが
もしかしたら
ラチェフを受け入れ愛せることができるようになることです。
 
 
ラチェフにはどうすることもできない。
 
 
子供でもそれは知識として学んでいなくても
感じとりわかること。
 
だから
 
母親との関係の現実を受け入れることができなかった
子供のころのラチェフは
自分を苦しめる…と思い込み
母親を殺してしまいました。
 
 
母親は死んだことで
もしかしたら起こったかもしれない
自身の意識の『変容』の機会はなくなりました。
 
 
母親が死んだことで
”母親から愛され、否定されないこと”
という
ラチェフの本当に欲しいものは
母親の死後2度と手に入ることができない
満たされることのできないものとなりました。
 
 
そのようなラチェフの「過去」があり
”母親から愛されず否定された”という
深い傷と共に
ラチェフは
”自分が本当に欲しいもの”それは
 
”母親から愛され、否定されないこと”を
 
内側の奥深くの無意識の暗闇の中に
押し込み隠して
閉じ込め蓋をして
それを見ないように、聞こえないようにして
 
自分がその辛い記憶を
深い傷の痛みと共に思い出して
 
2度と傷つき苦しまないように
自己防衛しているのでした。
 
 
 
そして
 
 
 
”母親から愛され、否定されないこと”
という
”自分が本当に欲しいもの”は
隠して
『気づかない』ように無意識にしていますが、
 
意識では
 
母親のように自分を否定したこととは真逆の
 
”自分を否定しない”
”誰もが自分を肯定する世界を作る”
 
ということははっきりわかっていて
 
自分の頭の中にあるマインド(思考)で作り出した理想郷を作り
 
自分の思い通りに全てを支配する
 
生き方を実行して生きてきました。
 
 
 
ラチェフの行手に塞がる者たち
ラチェフの思い通りに動かない者たちを
すべて殺したり排除して
欲しいもの全てを手に入れながら
ラチェフの頭の中にある夢の理想郷を作ろうとしました。
 
 
 
ラチェフは言います、
 
闇の存在と共に
この世のすべてを思いのままにして
手に入れれば
私のはこの飢え渇きの苦しみから解放される、
だから
私の作り見つけた世界を壊さないでくれ、
何をしても得られなかった
心の平安を…
やっと手に入れることができたんだ。
 
…と。
 
 
 
飢え渇く苦しみから解放される
心の平安が欲しかった…と。
 
 
 
ラチェフはとても癒されたいと望んでいるのです。
 
 
 
しかし
ラチェフは
自分の内側にある深い傷の癒し方を知らないため
 
ラチェフは傷ついたまま
母親との辛い体験が原因となり
自分の外側の世界を
自分が安心して暮らせる居場所が欲しくて
自分を否定しない、肯定する世界を作ろうと一生懸命になりました。
 
 
痛みや飢えや渇きの苦しみではなく
平和で安心して暮らせる居場所を…
 
 
もしラチェフが
自分の内側にある深い傷を癒す
ということがあることを
もっとはやくに知っていれば…
こんなに長い年月を苦しまないでいられたかもしれません。
 
 
そして
ラチェフは
深い傷を持って苦しいまま
飢え渇きを潤そうとして
自分を肯定する世界を作ろうとして
 
自分を否定する者たち全てを
自分が否定し殺しました。
 
母親がラチェフを否定したように、
ラチェフも他者を否定してきました。
 
 
心の平安が欲しいと言いながら
平安とは真逆の戦いを選択してきました。
 
 
愛である『統合』の平和ではなく
怒りによる『分離』の暴力の戦いをしてきました。
 
 
『統合』は1つに溶け合うこと
『分離』は1つを切り離して分けること
 
 
怒りによる切り離していく『分離』は
傷つき痛みをともない
飢え渇き
けっして満たされることはありません。
 
 
愛の1つに溶け合う『統合』は
全ての傷を癒し治し
飢え渇きも潤い
永遠に満たされます。
 
 
 
 
 
たとえ
ラチェフの
 
”自分が本当に欲しいもの”が
 
”母親から愛され、否定されないこと”であり
 
母親が死に2度と会えず
 
2人が愛で1つに溶け合うことができない状況であっても、
 
ラチェフが
無意識 unconsciousness から意識consciousness へと『変容』し
自分や他者を否定することを止めて
自分と他者をありのままを受け入れて
自分と他者を許し愛するとき
 
ラチェフの
内側の奥深くにある
愛の光のエネルギーである『魂(源泉)』から
愛の光のエネルギーが溢れ出し
内側全てを満たし
それは外側までにも溢れ出し続け
 
ラチェフは
自分の『魂(源泉)』の愛の光で
内側にある深い傷を全て
外側に洗い流し消し去り
 
癒しが終わります。
 
 
 
 
深い傷は深い谷底のような暗闇です。
 
暗闇に
光があると
暗闇は消し去りなくなります。
 
 
 
 
ゴータマ・ブッダは言います。
 『あなたがあなた自身の光であれ。』
”Be a lamp unto yourself.” 
 
 
 
 
ラチェフが
自分の『魂(源泉)』から
愛の光を溢れ出し
内側の暗闇を全て愛の光で満たすことで
深い傷の暗闇は消え去りなくなります。
 
癒しは完了です。
 
完全なる癒し、光明 enlightenment
それは
『魂(源泉)』を感じとり『思い出し』
内側を愛の光で満たすこと
その愛の光が外側まで溢れ出ることです。
 
まるで花の香りが周りに漂うように…。
 
 
 
 
完全なる癒しである光明 enlightenment が起こるためには
 
ラチェフは
 
無意識 unconsciousness に生きることをやめて
意識 consciousness して生きることをはじめ
 
意識して自分の内側を『観る(観照)』ことをし
 
自分の内側の無意識の奥深くに隠した
”自分の本当に欲しいもの”に『気づく』aware ことが大切であり
 
それを
 
欲を満たすことをしてもしなくても
 
最後にはそれを全て『手放す』let go ことが大切です。
 
すると
 
その欲を満たすために必死に
外側ばかりに気をとらわれていて
 
『気づく』aware ことができなかった
 
内側の奥深くにある
 
真の自分である愛の光の『魂(源泉)』を
感じとることができます。
 
 
苦しみの原因(種)である
エゴ(欲・自我)
マインド(思考)
を全て根こそぎ『手放し』たとき
 
真の本来の自分の愛の光の『魂(源泉)』を
感じとることが誰にでもできます。
 
 
『魂(源泉)』を再び「感覚」で感じとり
『思い出す』ことが
光明 enlightenment です。
 
 
 
 
 
『魂(源泉)』はけっして傷つきません。
 
傷ついたのは自身のエゴ(欲・自我)です。
 
ですから
 
エゴ(欲・自我)を全て根こそぎ『手放し』たら
 
全ての傷も『手放し』消え去ります。
 
 
 
 
 
エゴ(欲・自我)と深い傷が一緒に消えてなくなれば
 
愛の光の『魂(源泉)』だけが
内側に残ります。
 
 
 
 
 
愛の光の『魂(源泉)』は
けっして傷つきません。
 
愛は傷つくことができないものなのですから。
 
傷つくのは自身のエゴ(欲・自我)だけです。
 
 
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ラチェフが真に
飢え渇く苦しみから離脱しようと思うならば
 
自分や他者を
自分の頭の中のマインド(思考)で
否定し切り離し
『分離』する戦いではなく
 
全ての苦しみのはじまりとなる『分離』の原因であり
苦しみの原因(種)である
エゴ(欲・自我)
マインド(思考)
を全て『手放し』
 
自分や他者のありのまま全てを受け入れ
意識が溶け合い1つである
『統合』の愛である
 
愛の光の『魂(源泉)』のまんまの状態に
再び戻ることです。
 
完全なる癒しの光明 enlightenment
ラチェフを完全に
飢え渇く苦しみから離脱できます。
 
 
 
 
 
ラチェフの自分を真に癒したいという思いは
ちゃんと届いていました。
 
ラチェフのボスである
闇の存在は
自身の計画の真に邪魔となる
イザークの愛の光の『魂(源泉)』を
イザークが生まれたときから
あれやこれやとしかけて
何重にも闇の力で封じてきましたが
 
前回までに簡単にお話したように
イザークは自力で
内側の奥深くにある愛の光の『魂(源泉)』を
感じとりとらえることができ
光明 enlightenment が起こりました。
 
 
 
完全なる癒しである
光明 enlightenment が起こった
典子とイザーク
ラチェフの内側にある深い傷を感じとり知りました。
 
そして2人は
光明 enlightenment が起こる前のように
ラチェフと戦って倒すこと『分離』ではなく
 
ラチェフが自身の内側奥深くにある
愛の光の『魂(源泉)』を感じとることができるように
ラチェフを抱きしめて
『魂(源泉)』の愛の光を見せて感じとらせ
 
典子とイザークとラチェフの『魂(源泉)』が
愛の光で1つに溶け合う『統合』を選択します。
 
それにより
ラチェフは愛の光を全身全霊で感じとり見て
『思い出す』ことができました。
 
 
 
愛は言葉では伝えることができないものです。
 
それは「感覚」で感じとるものです。
 
典子とイザーク
一言も語らず
ただただラチェフを抱きしめて
愛の光を見せて感じとってもらうことをしました。
 
 
 
愛の光である『魂(源泉)』を完全に『思い出した』
ラチェフの
自身の肉体は
闇の存在と一緒に消え去りましたが
 
肉体を離れたラチェフの意識である『魂(源泉)』は
 
自力で光明 enlightenment までの
意識の成長の愛の梯子を昇る旅へと
一歩を踏み出しました。
 
 
 
これはすごい勇気あることです。
 
 
 
それまでの必死に作り上げた自分をやめて
 
自分から逃避することをやめて
自分と向き合い
 
真の本来の自分に『目覚めよう』とする
旅へと向かう腹を決めたのですから。
 
 
 
ラチェフなら光明 enlightenment まで行けるでしょう!
とかなり応援してワクワクしております(-_^)
 
どんな旅になるのかな。
 
しかもゴーリヤも一緒に旅をはじめましたね。
 
 
 
 
 
ラチェフと戦うことをやめて
 
さらに
ラチェフの欲を満たすことをもやめて
 
慈悲の愛で
ラチェフを抱きしめることができたのは
 
光明 enlightenment が起こったからだけでなく
 
イザークもラチェフと同じように
子供の頃に母親から否定され
しかも殺されそうになった
深く傷ついた体験があったからかもしれません。
 
 
 
「死んでおしまい、イザーク
 
 
 
ナイフを切りつけてくる母親。
 
子供には受け入れることができない現実です。
 
 
 
自分で産んでいながら
なぜ子供を否定し殺すのか…
 
 
 
全ての子供は
そのような切り離しの『分離』をする
親の行為を『理解』することはできません。
 
その現実を受け入れることができません。
 
 
 
ラチェフにも
自分と同じ苦しみがあることに『気づき』aware ました。
 
 
戦う『分離』ではなく
愛の『統合』だと
 
 
だから全身全霊でラチェフを抱きしめたのですよね。
 
 
 
苦しみの理解=愛(慈悲の愛)
 
 
 
ただ傷つき苦しんでいるときは
自分の内側にある深い傷も
同じように
他者の内側にある深い傷も
見ることができません。
 
なぜなら
 
それを見ることで
また深い傷の痛みが疼き痛みを感じるからです。
 
ですから
 
自分の内側にある深い傷を
見て完全に癒し
傷が消え去らなくては
 
自分と他者の内側にある
深い傷を見て『気づく』aware ことができないのです。
 
 
イザークは完全なる癒しである
光明 enlightenment が起こりましたから
 
苦しみを理解していたので
慈悲の愛の学びが起こっていたので
 
自身の傷が消え去った後でしたから
 
同じような傷を持つラチェフの傷に『気づく』aware ことができ
 
癒しへと導くことまでできました。
 
 
 
 
『自分で自分の傷は癒せるのだよ』と。
 
 
 
 
ラチェフの内側にある
『魂(源泉)』の愛の光に
『気づかせる』ことで
 
ラチェフが自分で自力で
完全なる癒しである光明 enlightenment まで
愛の梯子を昇る旅へと
導いたのでした。
 
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イザークは超人的なパワーを持つ
『天上鬼デラキエル』でもあり
ずーと戦ってきましたが
 
光明 enlightenment が起こった後は
 
戦う『分離』ではなく
愛である『統合』となり
 
完全に戦いの生き方が終わりました。
 
 
 
 
超人的なパワーを持つから最も強いから無敵(アジータ)
 
から
 
愛であることにより戦わないので無敵(Ajita)
 
に『変容』しました。
 
 
 
(Ajita アジータはサンスクリット語で無敵)
 
 
 
誰1人とも戦わないこと=敵がいないこと
 
 
 
愛=無敵
 
怒り=敵がいる
 
 
 
愛=『統合』1つに溶け合う
 
怒り=『分離』切り離す
 
 
 
愛=痛みがない
 
怒り=痛みがある
 
 
 
 
 
深く傷ついたラチェフが
闇の存在のパワーではなく
自分を自力で癒そうとする
意識の成長の旅を選んだ勇気に
わたしは号泣でしたσ(^_^;)
 
君が主人公でもいいよ(-_^)
 
 
 
 
 
漫画の中だけでなく
現実に
ラチェフやイザークのように
無意識に生きる親の行為によって
深く深く傷ついた子供や大人たちがたくさんいます。
 
幸せの家庭の中で育った子供たちには
体験したことがないからわからない
辛い家庭の現実は実際にあります。
 
家の中で「今ここ(現在)」行われています。
 
家の中で起こっていることは
外からは見えないので
誰も助けに来てはくれません。
 
たとえ気づいた人がいたとしても
助けてはくれません。
 
1人孤独に耐えながら
死ぬこともできず
生きていかなくてはならない人たちもいるのです。
 
 
 
イザークはそんな親から逃げました。
 
ラチェフはそんな親を殺しました。
 
 
 
どちらであっても
 
”親に否定され、愛されなかった”
 
深い傷は痛みます。
 
 
 
家族ってなんだろう?
親ってなんだろう?
子供ってなんだろう?
家ってなんだろう?
 
 
 
親や身内や他者からの
理不尽な暴力やレイプやいじめに
我慢して耐えることは
あまりにも辛く苦しいことです。
 
今では相談所もあります。
 
あまり無理をすることなく
適切な人たちに助けを求めることも
勇気です。
 
イザークやラチェフのように
我慢して無理をし続ける必要はありません。
 
 
無意識 unconsciousness のままに生きて
他者に暴力や虐待をする人たちが多くいて
深く傷つく人たちが多くいるのが
今の地球の現実です。
 
しかし
 
無理やりに
無意識 unconsciousness
から
意識 consciousness
へと
『変容』を強制することは
やはり暴力となります。
 
無意識 unconsciousness に生きる人が少なくなるまで
傷つく人たちが少なくなることはありません。
 
 
しかし
たとえ深い傷を持ったとしても
それは必ず癒すことができ
苦しみから解放されることを
覚えておいてください。
 
 
苦しみのまま一生を終える必要はないのです。
 
 
自分を癒そう!
と思うことから
必ず癒しへと導かれます。
 
 
そこから人生は好転しはじめます。
 
 
焦らず
無理のないように
癒されることを
いつも祈っています。
 
 
 
 
 
そして
 
親子問題だけでなく
 
全ての人たちが
真に癒されるために
光明 enlightenment が起こるために
大切な『気づき』aware は…
 
 
 
 
 
”あなたが本当に欲しいものは何ですか?”
 
 
 
 
 
この欲が
苦しみの原因(種)である
エゴ(欲・自我)
マインド(思考)
を作っていることもあります。
 
この欲を満たすことでもいいですし
 
この欲を『手放す』let go ことでもいいです。
 
選択は個人の自由です。
 
 
 
 
ただこの欲を持っていると
ラチェフや闇の存在のように
この欲を満たすことにとりつかれ執着することに夢中になっているため
なかなか光明 enlightenment は起こりません。
飢え渇くエンドレスの苦しみから離脱することは起こりません。
 
『気づき』aware が起こるためには…
 
無意識 unconsciousness 
から
意識 consciousness
へ…
 
 
 
 
 
”あなたが本当に欲しいものは何ですか?”
 
 
 
 
 
sammasati 正しく『思い出す』
 
 
 
『The last word of Buddha was, sammasati. 
Remember that you are a buddha – sammasati.』
 
sammasati(right remembrance)
 
 
 
瞑想と愛 meditation & love
 
 
 
花仙人
 
 
 
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真理の泉

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花仙人