花仙人の日記

地球を自然のままに…

優劣の苦しみから自由になる

優劣の苦しみから自由になる
 
 
 
前回の続きです。
 
 
 
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アーシュラが見たままを書いたという
アースシー Earthsea の世界の
主人公のゲド Ged は
アースシー Earthsea の歴史の伝説の歌としても残っているほどの
偉大な大魔法使いです。
 
 
その歌の中では
長く続いた暗黒の時代を終わらせ
再び平和と調和の世界へと導いた
というようなことが語られているそうです。
 
 
遠い昔、戦いで壊され2つに「分離 separate」した
平和を象徴する王家の腕環を
上記した本の写真の上段の左から2番目の表紙にある壊れた腕環)
ゲド Ged は何かに導かれるように見つけ出し
真っ二つに壊れたその腕環の2かけらを
再び1つに修復し「統合 integration」したことをきっかけに、
 
アースシー Earthsea の世界の「分離 separate」による
長く長く続いた酷い暗黒の時代を終わらせ
 
再び「統合 integration」の愛と至福の平和な世界が
はじまるきっかけの人となりました。
 
 
 
そんな歴史に残る伝説の偉大な人なのですが
若い頃に(1巻にあるお話し)
バカにされ劣等 inferiority を感じることが嫌で
誰よりも強く力 power のある
賢く優れた魔法使いであることを証明したくて
(優越 superiority が欲しくて)
 
禁じられているとても強い魔法 magic を使ってしまいました。
 
実際に優秀で最も強い魔法使いの1人でしたから
禁じられているその強い魔法 magic はちゃんと成功しましたが…
 
そのために
 
とても恐ろしい闇の世界の存在の影 shadow が出てきてしまい
ゲド Ged 自身は大きな傷を負い
さらに
ゲド Ged を助けるために
素晴らしい大魔法使いが1人亡くなりました。
 
人生初の大失敗でした。
 
ゲド Ged は立ち直るまでに何年もかかりました。
 
そんな辛い体験もありましたが
ゲド Ged はさまざまな経験を重ねながら
誰もが認める大魔法使いへと成長していき
伝説の歌に残るような
世界を平和と調和へと導くきっかけの人にまでなりました。
 
 
 
導師 master osho は
 
”劣等 inferiority は影 shadow だ。”
 
と話します。
 
 
 
ゲド Ged は
「自分”I”」と「他”You”」を
”比較 comparison”をし
劣等 inferiority と 優越 superiority に執着し
力 power に囚われていたことで
大変な失敗をしました。
 
禁じられた魔法 magic により
出てきてしまった闇の世界の存在の影 shadow は
その後数年間、ゲド Ged を苦しめました。
 
竜 dragon との戦いにも勝つほどの
賢く強い魔法使いでしたが
ゲド Ged は闇の世界の影 shadow の存在から逃避し続けます。
 
逃げて…逃げて…逃げて…
 
ボロボロになったゲド Ged が
無意識にたどり着いた場所は
ゲド Ged という真の名前 name を授けた
故郷に住む導師 master オギオン ogion のところでした。
 
 
 
このときに
長い年月それまで『気づく』ことができなかった
導師 master オギオン ogion の
弟子 disciple であるゲド Ged への深い愛を
あることをきっかけにやっと『気づけ』
 
また
 
導師 master オギオン ogion が
ゲド Ged を何に導こうとしていたのかにも
やっと『気づく』ことができました。
 
 
 
深い愛とはなんであるか、を
体験をとおしてはじめて知ったゲド Ged は
 
それを機に
 
気持ちをあらため
勇気を出して
影 shadow の存在から逃げることをやめる決心をします。
 
逃避をやめ
 
その影 shadow の存在と向き合うために
今度は自分が影 shadow の存在を追う旅に出ます。
 
 
 
1巻の最後には
ゲド Ged は
その影 shadow の存在の問題から
 
『逃避する』ことをやめて
『向き合う』ことで
 
戦うことではなく
愛で
 
その苦しみを終わらせることができました。
 
 
 
真の癒し healing のお薬 medicine は
愛 love のみです。
 
 
 
導師 master オギオン ogion の深い沈黙の愛を
体験をとおしてわかったからこそ
最果ての海のなにも無い場所でも
ゲド Ged は自分で自分を愛で癒す heal ことができたのです。
 
 
 
魔法 magic の力 power ではなく
戦いの力 power でもなく
内側 inside 奥深くから溢れ出る愛 love で。
 
 
 
真の癒し healing には
テクニック(技術)は必要なく
自身の内側 inside 奥深くから溢れ出る
愛 love のみが究極のお薬 medicine となります。
 
 
 
前回も少し書きましたが
人間は生まれた後に
「他”You”」から与えられた
名前 name などのたくさんの「知識 knowledge」により
 
「自分”I”」と「他”You”」を
「分離 separate」する
マインド(思考)mind を持つと
 
「自分”I”」というエゴ(欲・自我)ego が生じ
 
「自分”I”」と「他”You”」を
”比較 comparison”や
”競争 competition”により
優劣の”判断 judge”をする
マインド(思考)mind を持つと
 
「他”You”」よりも「自分”I”」は
優れていたい
劣りたくない
 
と思いはじめると
 
「自分”I”」と「他”You”」の
「分離 separate」の
境界線 border line の壁 wall を作る
マインド(思考)mind はさらに強まり
 
「自分”I”」というエゴ(欲・自我)ego もさらに強まります。
 
 
 
「自分”I”」と「他”You”」を
「分離 separate」する
マインド(思考)mind を持つことは
切り離す痛みがあるため
苦しくなります。
 
”比較 comparison”や
”競争 competition”や
優劣の”判断 judge”で
 
差別をするとき
 
そこには
苦しみはありますが
愛はありません。
 
 
 
「分離 separate」は切り離す痛みの苦しみ
「統合 integration」は1つである愛の至福
 
 
 
苦しみは自分の内側 inside にある
「自分”I”」と「他”You”」を
「分離 separate」する
マインド(思考)mind を持つことからはじまっていますから
 
苦しみを終わりにしようと思うならば
まず自分の内側 inside にある
 
”競争 competition”
”比較 comparison”
優劣の”判断 judge”をすることを
『手放し』終わりにしなくてはなりません。
 
(これらは苦しみの原因(種)から育った枝や葉であり、
種や根ではありません。
枝や葉は切り取ってもまた生えてきます。
なぜなら、まだ根があるからです。)
 
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そしてさらに
完全なる癒し healing である
光明 enlightenment をしようと思うならば
 
さまざまな苦しみの原因(種や根)である
 
①「自分”I”」と「他”You”」を
「分離 separate」する
マインド(思考)mind
 
②「自分”I”」というエゴ(欲・自我)ego
 
この2つを
根こそぎ全て『手放す』ことが必要です。
 
(枝や葉だけでなく種や根を全て取り去ることが
苦しみの原因となる種や根を根こそぎ全て取り去ることが
完全なる癒しの光明 enlightenment です。
そして2度と苦しみは生えてきません。)
 
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なぜなら
光明 enlightenment の状態とは
 
マインド(思考)mind
エゴ(欲・自我)ego
が無い
 
no mind   
no ego
の状態だからです。
 
 
 
その状態は
『生まれながらに知っている』
一元性 unity の
本来のバランス(中庸)balance の状態です。
 
 
生まれた後に
成長していく過程でいろいろなことがあり
『生まれながらに知っている』
本来のバランス(中庸)balance の
一元性 unity の光明 enlightenment の状態を
ただ『忘れて』いるだけですから
再び『感覚 feeling 』で『思い出す』だけでいいのです。
 
 
 
全く知らない”特別な人”に
努力して”なる become”のではなく
 
すでに『生まれながらに知っている』
本来のバランス(中庸)balance の
一元性 unity の状態を『思い出し remember』
再び”在る be”だけなのです。
 
 
 
その再び『思い出す remember』体験は
光明 enlightenment とよばれています。
 
 
 
以前にも何度も書いていますが
わたしの光明 enlightenment の体験からわかるのは
 
”知らない特別の誰か”に”なるbecome”のではなく
 
すでに知っている
懐かしい沈黙の愛の究極のリラックスの至福を
全身の『感覚 feeling 』で
再び『思い出した remember』
 
それは宇宙 universe 全てと1つに溶け合った状態
 
「自分”I”」エゴ(自我・欲)ego がまったく無い状態
 
宇宙意識 consciousness の状態
 
で“在る be”
 
というものでした。
 
 
 
苦しみの原因(種や根)である
マインド(思考)mind
エゴ(欲・自我)ego
の『手放し』である
光明 enlightenment
自分自身の苦しみから
永遠に解放された瞬間でした。
 
Freedom From Oneself
自分自身からの自由
 
と導師 master osho が話すそれは本当でした。
 
苦しみを握りしめて離さなかったのは「自分”I”」でした。
 
 
 
今日ご紹介する導師 master oshoの講話の中で
 
”My whole work consists of one thing: 
reminding you that you are Buddhas, ”
 
(導師 master としての)
私(osho)の全ての仕事は1つのことから成り立っている、
あなたがブッダ(目覚めた人)であることを
再び思い出させることだ。
 
と話しています。
 
 
 
あなたがゴータマ・ブッダ Gautam Buddha である、
ということではなく
 
ブッダ Buddha = 目覚めた人
 
という意味です。
 
つまりは
 
あなたの光明 enlightenment の状態を
あなたが再び『思い出す remember』ことへと
導くのが導師 master の仕事だよ
 
ということです。
 
 
 
導師 master があなたを
光明 enlightenment の状態に”する do”のではなく
 
導師 master はあなたが自分で
光明 enlightenment の状態を
再び『思い出す remember』こと
再び”在る be”ことへと
導く人です。
 
 
 
導師 master は”導く人”であり
 
「知識 knowledge」を与える”教える人”ではありません。
 
 
 
ゲド Ged は若い頃はオギオン ogion に
”教える人”を求めていました。
 
しかし
 
ギオン ogion は”導く人”であり
真の導師 master でした。
 
 
 
ゲド Ged だけでなく
人間の作った”競争 competition”の社会の中で
 
多くの人間は
 
”比較 comparison”や
”競争 competition”
優劣の”判断 judge”
による苦しみを持っています。
 
その苦しみに
どのようにして『気づき』『手放す』か?
 
その苦しみに『気づき』『手放す』=癒し healing
 
なのですが。
 
 
 
今日は日本の名高い侍が
ある禅の導師 master に導かれ
優劣の苦しみに『気づき』『手放す』ことができた…
 
という素晴らしい禅の逸話を
 
素敵なカードの絵とともに
導師 master osho の講話からご紹介します。
 
 
 
その侍に『気づき』『手放し』があった日は
満月の夜だったそうです。
 
今日は乙女座の満月です。
 
乙女座の満月は癒し healing に関していると
知り合いから聞いたことがあります。
 
 
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太陽(陽)は明るい中で光輝いています。
 
満月(陰)は
内側 inside の暗闇の中を照らす光のようです。
 
暗闇の中に光があると
内側 inside の様子がよく見えます。
 
よく見える…ということは
『気づく』ことができる…ということでもあります。
 
自分の内側 inside の暗闇の中にある
苦しみの原因(種)である
マインド(思考)mind
エゴ(欲・自我)ego に
『気づく』ことができるための
サポートの満月の光により
 
『気づき』
『観る(観照)』ことで
自然と『手放し』が起こることがあります。
 
癒し healing の乙女座の満月に
内側 inside を『観る(観照)』
瞑想 meditation (愛の薬 medicine)は
『気づき』と『手放し』の癒し healing が起こりやすいかも?しれませんね(-_^)
 
 
 
真の癒し healing のお薬 medicine は
内側 inside 奥深くから溢れ出る愛 love のみです。
 
 
 
瞑想 meditation は
テクニック(技術)ではなく
コツです。
 
瞑想 meditation は
内側 inside を『観る(観照)』だけでなく
 
内側 inside 奥深くから溢れ出る愛 love を
『感覚 feeling 』で
再び『思い出す remember』
コツを得ることもできます。
 
それは
 
「知識 knowledge」でも
テクニック(技術)でもなく
 
コツです。
『感覚 feeling 』でとらえるコツ。
 
愛 love は『感覚 feeling 』でしかとらえることができませんから…
 
 
 
では
癒し healing に関する乙女座の満月の今日は
満月の光の中で
禅の導師 master の慈悲深い愛により
優劣の苦しみから解放されたあるお侍のお話しを
ご紹介します。お楽しみください(*^_^*)
 
 
 
 
 
 
Uniqueness / ユニークネス : 比類のないこと
Comparison / 比較
 
Beyond superiority and inferiority
 
優越と劣等の超越
 
 
 
commentary(解説)…
 
自分が必要とされていることを覚えておきましょう。
 
ある人の方が高く
ある人の方が低い 
ということはありません。
 
ある人は優れていて
ある人は劣っている
ということはありません。 
 
あらゆることが互いに調和し合っています。
 
 
 
osho…
 
1人の禅の導師 master が講話をして座っていた、
彼の弟子 disciple たちはそこにいた、
すると
とても誇り高い戦士である1人の侍が
その導師 master に会いに来た。
 
 
その侍はとても有名で国中に知られていた、
しかし
彼はその導師 master を見て、
その導師 master の美しさとその瞬間の優美さを見て、
突然、劣等 inferiority を感じた。
 
 
おそらく彼は無意識の中に
彼の優越 superiority を証明したかったにちがいない。
 
 
彼は導師 master に言った
 
「なぜ、私は劣等 inferiority を感じるのでしょうか?
 
一瞬前までは全てがよかった。
 
私があなたの庭に入ったら突然
私は劣等 inferiority を感じました。
 
そんなふうに感じたことはけっしてなかった。
私の手は震えている。
 
私は戦士だ、
そして
私は何度も死に直面してきた、
そして
私はけっして恐れを感じたことはなかった…
 
なぜ私は怯えを感じているのでしょうか?」
 
 
導師 master は言った
 
「待ちなさい。
みんながいなくなったときに、
私は答えよう。」
 
 
人々は訪れ続けた、
そして
その男はますます疲れてきた、
そして夕方部屋が空っぽになり
誰1人もいなくなると、
その侍は言った、
 
「さあ、答えていただけますか?」
 
 
 導師 master は言った
 
「さあ、外に出よう。」
 
 
満月の夜だった
 
…その月は地平線からちょうど昇ろうとしていた…
 
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導師 master は言った
 
「これらの木々を見てごらん、
 
この木は空高くそびえ
これは小さい木だ。
 
どちらも何年もの間
私の窓の脇に存在してきた、
そして
けしてなんの問題もなかった、
 
小さい方の木は
 
「なぜあなたの前にいると劣等 inferiority を感じるのだろう?」
 
とけっして大きい木に言ったことがない。
 
どうしたらそれは可能だろうか?
 
この木は小さく
あの木は大きい
そして
私はけっしてどんなささやきも聞いたことはない。」
 
 
侍は言った
 
「なぜなら、彼らは比べることはできないからです。」
’Because they can’t compare.’ 
 
 
導師 master は言った
 
「それならば、あなたは私に尋ねる必要はない、
あなたは答えを知っている。」
 
 
 
 
 
”My whole work consists of one thing: 
reminding you that you are Buddhas, ”
 
(導師 master としての)
私(osho)の全ての仕事は1つのことから成り立っている、
あなたがブッダ(目覚めた人)であることを
再び思い出させることだ。
 
 
 
劣等 inferiorityは
あなたが優越感 superiority を欲しいときに生じる。
 
劣等 inferiority は影 shadow だ。
 
 
 
もしあなたが私を愛するなら、
誰が劣っていて inferior
誰が優れているのか superior ?
 
 
 
愛の中では
全ての劣等 inferiority
全ての優越 superiority
は消え去る。
 
 
 
導師 master は弟子 disciple の優越 superiority ではない、
弟子 disciple は導師 master の劣等 inferiority ではない。
 
 
導師 master は弟子 disciple の完全に『気づき』知っているが、
弟子 disciple は『気づいていない』。
 
しかし
誰1人も劣って inferior はいないし
また
誰1人も優れて superior はいない。
 
 
あなたが優越 superiority を感じはじめたから
劣等感 inferiority が消えたと言っているのではない。
 
劣等感 inferiority が消えるとき、
全ての優越感 superiority も消える。
 
それらは一緒に生きている、
それらは一緒だ、
それらは分離 separate することはできない。
 
 
人が優越 superiority を感じるとき
どこかで劣等 inferiority も感じている。
 
人が劣等 inferiority を感じるとき
どこかで優越 superiority も感じている。
 
 
それらはペアでやって来る、
それらはいつも一緒にいる、
それらは分離 separate することはできない。
 
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「私は謙遜しています。」
という人は
単にその人自身の優越 superiority を証明しようと試している、
その人は優越 superiority が欲しいのだ。
 
 
それがあなた方の呼ぶ「聖人 saint」だ、
その人たちは謙遜 humble になる
しかし
その人たちはシンプル simple にはならない。
 
 
 
”シンプル simple” の意味は
劣等 inferiority ではなく
優越 superiority でもないということだ。
 
 
 
あなたは私の意味を思い浮かべることができるだろうか?
Can’t you visualize what I mean? 
 
 
”シンプル simple” とは…”比較 comparison はない”だ。
One simply is – no comparison. 
 
 
優越 superiority
劣等 inferiority 
それらは
比較 comparison から生じる、
 
あなたは”比較 comparison”をはじめる。
 
 
比較 comparison は
劣等 inferiority 
優越 superiority 
を持ってくる。
 
 
あなたが比較 comparison をしないとき、
全ての劣等 all inferiority
全ての優越 all superiority
は消える。
 
 
するとあなたは在る、
あなたはただそこに在る。
 
 
小さな木
または
大きな高い木
 
…それは問題ではない、
 
あなたはあなた自身だ。
You are yourself. 
 
 
 
あなたは必要とされている。
 You are needed. 
 
 
 
1枚の草の葉は
最も大きな星と同じだけ
必要とされている。
 
 
その草の葉なしでは
神は神ではなくなってしまう。
 
 
このカッコウの音は
どんな覚者(ブッダ)とも同じだけ
必要とされている、
 
もしこのカッコウが消えたならば
世界はそれだけ豊かさを失ってしまう。
(この講話のときにカッコウが鳴いていました)
 
 
 
ちょっとまわりを見てごらん。
 
全てが必要とされている、
そして
全てが共に適合し調和し合っている。
All is needed, 
and 
everything fits together. 
 
 
 
それは1つの有機的な合一だ、
It is an organic unity: 
 
 
 
誰も高くなく
誰も低くない、
nobody is higher and nobody is lower, 
 
誰も優越でなく
誰も劣等ではない。
nobody superior, nobody inferior. 
 
 
誰もみな比較にならないほどユニーク(比類ない)だ。
Everybody is incomparably unique.
 
 
 
もしあなたが私の臨在の中で
これを感じることができないのならば、
どこでそれを感じるというのだろうか?
 
 
毎日、朝と晩に、
私はあなたに頭を下げる、
 
あなたが完全であることを、
なに1つ欠けてはいないことを、
あなたはすでに在るということを、
 
ただあなたに思い出させるために…
 
 
一歩であっても取り去られてはならない、
それはとてもはじめから
あらゆることが在るべきようにあるのだから。
 
 
 
これが宗教の意識だ。
This is religious consciousness.
 
 
 
from osho talks
oshoの講話より
 
from osho transformation tarot
osho transformation タロット より
 
The Sun Rises in the Evening
 
Talks on Zen
 
Talks given from 11/06/78 am to 20/06/78 am 
English Discourse series
 
Chapter 4
Chapter title: Learn to Breathe this Air
14 June 1978 am in Buddha Hall
 
 
この全講話の英語のダウンロードpdfはこちら。
 
 
 
chapter 4 質問7 の英語の全講話です。
 
(素晴らしいお話しなので英語で読める方は
是非読んでみてください。)
 
 
 
Learn to Breathe this Air
 
 
 
Question 7
 
HOW CAN ANYONE WHO HAS NOT REALISED HIS TRUE BUDDHA NATURE HELP FEELING INFERIOR IN YOUR PRESENCE EVERY MORNING?
 
 
 
Krishna Prabhu, then there must be something wrong in your mind. 
 
To feel inferior in my presence...? 
 
And I go on provoking again and again that you are Buddhas. 
 
Can you find anybody anywhere who will respect you more than I respect you? 
 
My whole work consists of one thing: 
reminding you that you are Buddhas, 
 
that you are gods and goddesses, 
that you have fallen in a dream and 
you think of yourself as a beggar or a tramp, 
but you are not.
 
Why should you feel inferior in my presence? 
 
In my presence you should feel at the very top of the world, because I am not separate from you: 
I am that which you can become any moment – this moment. 
 
I am simply a representation of all that you can be. 
 
How can you feel inferior in my presence? 
 
There must be something else.
 
It is not my presence that makes you feel inferior, 
it must be a very subtle ego somewhere deep down. 
 
You want to feel superior in my presence – that is creating the trouble. 
 
If you want to feel superior in my presence then you will feel inferior. 
 
You are the cause of it, not my presence. 
 
If you want to feel superior it will be difficult; 
you will not be able to manage it. 
 
You will fall short, 
you will slip again and again, and then you will feel inferior.
 
 
Inferiority is created when you want to feel superior. 
 
 
Inferiority is the shadow. 
If you love me, who is inferior and who is superior? 
 
In love all superiority, all inferiority, disappear. 
 
The Master is not superior to the disciple; 
the disciple is not inferior to the Master. 
 
The Master knows, is aware of, the disciple’s perfection, 
the disciple is not aware; 
but nobody is inferior and nobody is superior. 
 
And when a disciple bows down to the Master it is not because of inferiority, but because it is only in the presence of the Master that for the first time all inferiority disappears. 
 
That’s why he bows down: it is out of gratitude, that ’It is only in your presence where I don’t feel rotten, where I don’t feel rubbish. 
 
Where I don’t feel like a worm; 
where suddenly my reality blooms. 
 
It is only in your presence that I remember my own innermost core; 
it is in your presence that my innermost flame burns bright, that I am aflame with love, with presence, with awareness – hence I bow down.
 
It is not because of any inferiority, 
but because all inferiority disappears.
 
And I am not saying that when inferiority disappears you start feeling superior. 
 
When inferiority disappears, 
all feeling of superiority also disappears. 
 
They live together, they are together; 
they cannot be separated. 
 
The man who feels superior is still feeling inferior somewhere. 
 
The man who feels inferior wants to feel superior somewhere. 
 
They come in a pair; 
they are always there together; 
they cannot be separated. 
 
The man who says 
’I am humble’ is simply trying to prove himself superior; 
he wants to be superior.
 
That’s what happens to your so-called saints: 
they become humble but they don’t become simple. 
 
 
’Simple’ means no inferiority, no superiority. 
 
 
Can’t you visualize what I mean? 
 
One simply is – no comparison. 
 
Superiority, inferiority, arise out of comparison: 
you start comparing.
 
 
 
 
It happened...
 
A Zen Master was sitting in SATSANG, 
his disciples were there, and a very proud man, a warrior, a samurai, came to see him. 
 
The samurai was a very famous one, well-known all over the country, but looking at the Master, looking at the beauty of the Master and the grace of the moment, he suddenly felt inferior. 
 
Maybe he had come with an unconscious desire to prove his superiority. 
 
He said to the Master 
 
’Why am I feeling inferior? 
 
Just a moment before everything was okay. 
As I entered into your court suddenly I felt inferior.
I have never felt like that. 
My hands are shaking. 
I am a warrior, I have faced death many times, and I have never felt any fear – 
why am I feeling frightened?’
 
The Master said 
 
’You wait. 
When everybody has gone, I will answer.’ 
 
People continued coming, and the man was getting tired more and more tired, and by the evening the room was empty, there was nobody, and the samurai said 
 
’Now, can you answer it?’ 
 
And the Master said 
 
’Now, come out.’
 
A full moon night – the moon was just rising on the horizon... 
 
And he said 
 
’Look at these trees, 
 
this tree high in the sky and this small tree. 
 
They both have existed by the side of my window for years, and there has never been any problem, 
 
the smaller tree has never said 
”Why do I feel inferior before you?” 
to the big tree. 
 
How is it possible? 
 
This tree is small, and that tree is big, 
and I have never heard any whisper.’ 
 
The samurai said 
 
’Because they can’t compare.’ 
 
The Master said 
 
’Then you need not ask me; 
you know the answer.’
 
 
 
Comparison brings inferiority, superiority. 
 
When you don’t compare, 
all inferiority, all superiority, disappear. 
 
Then you are, you are simply there. 
 
A small bush or a big high tree – it doesn’t matter; 
you are yourself. 
 
You are needed. 
 
A grass leaf is needed as much as the biggest star. 
 
Without the grass leaf God will be less than he is. 
 
This sound of the cuckoo is needed as much as any Buddha; 
 
the world will be less, 
will be less rich if this cuckoo disappears.
 
Just look around. 
 
All is needed, and everything fits together. 
 
It is an organic unity: 
nobody is higher and nobody is lower, 
nobody superior, nobody inferior. 
 
Everybody is incomparably unique.
 
 
 
If you cannot feel this in my presence, 
where are you going to feel it? 
 
Every day, morning, evening, I bow down to you just to remind you that you are perfect, that nothing is lacking, that you are already there – not even a single step has to be taken, that from the very beginning everything is as it should be. 
 
This is religious consciousness.
 
 
 
 
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sammasatiサマサティ
right remembrance
正しく想起する
 
 
『The last word of Buddha was, sammasati. 
 Remember that you are a buddha – sammasati.
 
 
瞑想と愛 meditation & love
 
 
 
花仙人
 
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