花仙人の日記

地球を自然のままに…

種 seed を蒔く

種 seed を蒔く
 
 
 
前回の続きです。
 
 
 
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宇宙 universe 全ての存在 existence は
何も持たずに
裸のまま
生まれてきます。
 
しかし
 
人間は生まれた後育っていく過程で
さまざまなことがあり
いつのまにか
内側 inside 奥深くにある
魂 soul = 意識 consciousness の
オリジナル original のありのままの状態で在ることを
『忘れて』しまい
 
それとともに
 
魂 soul の個性 individuality と才能 gift をも
『忘れて』しまいます。
 
 
生まれた後に持った
あらゆる「知識 knowledge」=マインド(思考)mind で
『仮面 ペルソナ persona』を作り持ちかぶり
その人格 personality を演じて生きてしまいます。
 
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本物のオリジナル original の状態を
偽りの『仮面 ペルソナ persona』で隠し
その人格 personality を生きることは
 
魂 soul の個性 individuality と才能 gift をも
隠し生きることになるため
 
魂 soul の個性 individuality と才能 gift を
抑圧し
表現できないからいかすこともできず
それも苦しみとなってしまいます。
 
 
 
オリジナル original の本物の状態ではなく
人工的に作った不自然な偽りの状態で生きることは
さまざまな意味で
やはり違和感があり苦しくなります。
 
苦しくなってはじめて
人間は
 
見失ってしまった(『忘れて』しまった)
オリジナル original の本物の状態を探す旅に出ます。
 
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オリジナル original の本物の状態は
外側 outside を探しても見つからず
いつも
内側 inside に在ります。
 
ですから
 
外側 outside を宇宙 universe の果てまで探し回る必要はなく
ただ
内側 inside にそれがいつも在ることを
再び『感覚 feeling 』で『思い出す』だけで
いいのです。
 
 
『忘れて』しまって苦しい状態であるならば
ただ『思い出す』だけでいいのです。
 
 
オリジナル original の本物の状態は
あなたにとって
特別 special な自分以外の何か、ではなく
あなたにとって
普通 ordinary に感じる状態です。
 
 
no mind
no ego
で在るときが
普通 ordinary の状態であり
オリジナル original のありのままです。
 
 
no mind, no ego = 魂 soul (意識 consciousness)
 
 
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人間も
オリジナル original の
普通 ordinary の
ありのままの自然の状態を生きることができないとき
とても不自然で違和感があり苦しくなりますが
 
地球の全ての生き物=存在 existence も
オリジナル original の
普通 ordinary の
ありのままの自然の状態を生きることができないとき
とても不自然で違和感があり苦しくなります。
 
 
地球全体の環境が破壊され
不自然で違和感があるとき
 
その自然界の1部分である
人間にも
 
悪い影響があり苦しみます。
 
 
以前にも書いていますが
過去1万年前から
人間は
他の生き物たちとは違って
地球の自然界の中で生きることが
厳しく辛いと思い考える
マインド(思考)mind を持ちました。
 
自然界の自然の流れから外れて
 
人間の欲(エゴ(欲・自我)ego)を満たすために
人工的にさまざまなものを作りました。
 
 
一見地球は
人間にとっては便利で住みやすくなりましたが
人工的に作ったさまざまなモノによって
地球の自然環境は破壊され
それはそのまま
人間の健康をも破壊することになりました。
 
 
地球の全ての生き物=存在 existence が
苦しむことになりました。
 
 
 
 
”You have to reap the crop 
because you had sown the seeds. 
 
If you sow seeds of poison 
you will have to reap poison. 
 
It is so simple: 
AES DHAMMO SANANTANO
-- this is the eternal law. ”
 
 
”あなたはその作物を刈らなければならない
なぜなら
あなたがその種 seed を蒔いたからだ。
 
もしあなたが毒の種 seed を蒔いたならば
あなたは毒を刈り取ることになるだろう。
 
それはとてもシンプルだ、
エース・ダンモ・サナンタノ
…これは永遠の法だ。”
 
 
 
 
導師 master osho は講話の中で
ゴータマ・ブッダ Gautam Buddha が伝える
 
AES DHAMMO SANANTANO
 
You reap what you sow.
自分で蒔いた種 seed は刈らねばならない。
(自業自得)
 
永遠の法について話します。
 
 
 
(この講話は
The Dhammapada: The Way of the Buddha, Vol 4
(The book of the books Vol 4)
Chapter 5
Chapter title: Dust against the wind
26 August 1979 am in Buddha Hall
 
この全講話の英語のダウンロードpdfはこちら。
 
 
 
自身の人生の中でも
「今ここ(現在)」でどんな種 seed を蒔くか
それにより
苦しみを刈り取り毒で苦しむか
至福を刈り取りご馳走を楽しむか
 
全ては「今ここ(現在)」の
自分次第なのですね。
 
 
 
 
地球の自然界も同じです。
 
地球に人間が生まれるはるか以前に
地球に生まれた植物は
長い長い年月
あらゆる環境の中を乗り越え生き延びてきた
情報すべてを遺伝子の中に持ちます。
 
オリジナル original の
ありのままの自然界の本物の種 seed です。
 
しかし
 
人工的に遺伝子を切ったり貼ったりして作られた
偽りの種 seed が蒔かれています。
 
Genetically Modified Organisms
遺伝子組み換えの作物
 
 
 
もうみなさんがご存知のとおり
遺伝子組み換えの種 seed から収穫された作物を食べた人たちに
健康障害がたくさん起こっていることは
わかっています。
また
自然界の環境破壊も起こっています。
 
 
日本では
遺伝子組み換えの種 seed を蒔いてはいけない
という法律はありませんが
 
まだ農業を営む生産者さんたちは
遺伝子組み換えの種 seed を日本では蒔いてはいないそうです。
 
しかし
 
日本では「種子法(主要農作物種子法)」という法律が
2018年今年の4月から廃止されます。
 
すると
 
大人の事情ってことなのか(^_^;)?
 
種 seed の値段が倍近く高くなるそうで
 
そうなると
 
安い種 seed を使おう!となり
 
その安い種 seed というのが
遺伝子組み換えの種 seed らしく
 
日本でもこれから
遺伝子組み換えの種 seed が蒔かれる…
かもしれないようなのです。
 
 
 
遺伝子組み換えの種 seed を蒔いてはいけない
という法律は日本にはありません。
 
ですから誰でも買い蒔くことができます。
 
しかし
 
環境破壊となり
健康障害が起こることは
もう確かなことですから
 
蒔くことは個人の自由選択ですが
蒔く人に責任もあります。
 
自由と責任は表裏一体です。
 
また
 
蒔く人だけでなく
遺伝子組み換えの種 seed の作物を
買って食べる消費者も責任があります。
 
何を買い食べるかは個人の自由選択ですが
環境破壊と健康障害の責任は自身でとらねばなりません。
 
自由と責任は表裏一体です。
 
 
 
 
日本に
「種子法(主要農作物種子法)」の法律がなくなり
遺伝子組み換えの種 seed を蒔いてはいけない
という法律がないということは
 
種 seed の管理を
国ではせず
民間企業に管理してもらいます
ということは
 
環境破壊と
健康障害の
責任は
国民の1人1人の自己責任です
 
ということになるそうです。
 
国は責任をとりませんよ
というメッセージです。
 
 
 
大人の事情ってことで、いろいろあるのかもね(^_^;)
 
 
 
買わなければ、蒔かなければ、食べなければ
問題ない
というシンプルなことですが
 
買って、蒔いて、食べちゃう
人たちも
いるかもしれませんσ(^_^;)
 
自己責任ね〜(^-^)/
 
AES DHAMMO SANANTANO
 
You reap what you sow.
自分で蒔いた種 seed は刈らねばならない。
(自業自得)
 
 
 
あと
わたしは甲状腺の難病があり
その病気は
農薬や化学汚染物質が体内に入ると
激悪化して
ホルモンのバランスが崩れ
(農薬や化学汚染物質には女性ホルモンに似た
化学成分がたくさん入っているので
体内に入ると女性ホルモン過多のようになり
ホルモンのバランスが崩れ病気になる)
それにより
不整脈が起こり
心臓が停止状態になり
あらゆる合併症が出てしまいます。
 
以前もお話ししましたが
心臓停止で臨死体験もしたくらいです(-_^)
 
しかし
 
無農薬、無肥料栽培などの
自然農法で作られたお野菜や果物を食べたり
化学洗剤をやめたりしたら
 
甲状腺の症状が出なくなりました。
 
どんな薬や治療でも治らなかったのに。
 
人工的に作った化学物質の薬では治らず
また化学物質を体内に入れないようにしたら
症状が出なくなりました。
 
人工的に作られた化学物質が
病気の症状を悪化していたのです。
 
そんなわけで
わたしは健康上の理由から
自然界の流れとともに生きています。
 
オーガニックの暮らし方は
自分だけでなく
全ての生き物と地球に
優しい生き方でした。
 
難病がそれに気づかせてくれました。
 
また
 
難病によって
瞑想 meditation と出会い、はじめ
オリジナル original の状態
光明 enlightenment へと導かれました。
 
難病の症状は辛いですが
それをも含めて
難病に感謝しています(*^_^*)
ありがとう。
 
 
 
わたしのように難病を持っていない人たちでも
自然農法やオーガニックの暮らし方を
実践されて楽しまれている人たちも
日本だけでなく世界中にいます。
 
難病を持っていることや
オーガニックの暮らし方で
一昔前はかなりバッシングもあり
ただ生きるだけのことすら大変な時代でしたが
 
最近は仲間が増えてきたこともあり
とても心強く感じています。
みなさんありがとう(*^_^*)
 
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本物のオリジナル original の種 seed すら
残すことが難しくなる時代になるかも?
しれませんが
地球のあちらこちらにいる仲間たちは
自然農法で得た作物から
自家採種をした種 seed を残し
分かち合う
という『シードバンク seed bank』を
はじめた人たちもいらっしゃいます。
 
それは本当に勇気あることであります。
本当にありがとうございます。
 
嬉しすぎてうまく言葉にならないほどです…
 
ブサイクな泣き顔で鼻水垂らして泣いてます…
 
 
 
種 seed が地球から消えてしまえば
食べるものは消えてしまいます。
 
 
 
環境破壊
健康障害
だけでなく
全ての生き物の絶滅
地球規模の自殺
 
 
その道を選択すれば
カウントダウンははじまります。
 
 
 
過去1万年の人間の歴史を見てもわかるように
自然界の自然の流れから外れたことで
自然環境破壊は進み
健康にも悪い影響があり
人間は苦しむ結果となりました。
 
これ以上苦しみたくなければ
 
自分の人生も
自分が生きる地球にも
 
無意識 unconsciousness に
誰かに任せるのではなく
 
1人1人の人間が
「今ここ(現在)」をどう生きるか
ということに
意識 consciousness することが大切です。
 
 
 
なぜあなたは「現世」地球に生まれてきましたか?
 
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今日は春分の日の直前の3月の新月です。
新月に種 seed を蒔くのはいいそうです(-_^)
どんな種 seed を蒔くのかな?
 
そんな今日は
自然界の流れとともに生きることの大切さを
導師 master osho が講話で話してくれた
とても古い逸話のお話しをご紹介します。
 
地球を自然のままに…
 
 
 
*   *   *
 
 
 
Challenge / 挑戦
 
The parable of the farmer and the wheat
 
農夫と小麦の寓話
 
 
 
commentary(解説)…
 
少しの苦闘は必ず必要なことです。
 
私たちは
嵐、
稲妻、
雷鳴、
悲しみ
を経験することで、
 
それと同時に
 
喜びと幸せ
を経験することで
より豊かになってゆきます。
 
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osho…
 
私は古くからある寓話を聞いたことがある
 
…それはとても古いにちがいない
なぜなら
そのころは神が地球に住んでいたからだ。
 
 
ゆっくりゆっくり、
神は人間にとても疲れていった、
なぜなら
人々は神を悩ませ続けたからだ。
 
 
夜中に、誰かがノックして言った、
「なぜあなたはこれをしたのですか?
なぜこのようにしなかったのですか?」
 
みんながアドバイスをした、
みんなが祈った、
彼らの祈りは矛盾していた。
 
ある人が来て言うだろう、
「今日は太陽を出してください、
なぜなら
私は服を洗うからだ。」
 
そして他の誰かが来て言うだろう、
「今日は雨を降らせてください、
なぜなら
私は木を植えるからだ。」
 
 
さて、どうしたらいい?
 
人々は神を怒らせた!
 
神は地球から消え去った。
 
神は生き延びるためだけに逃げ去った。
 
神は目に見えない存在になった。
 
 
 
 
ある日、
1人の年老いた農夫の男が来て言った、
「いいですか、あなたは神かもしれない、
そしてあなたは世界を創ったかもしれない、
 
しかし、私は1つのことだけはあなたに言わなければなりません、
 
あなたは農夫ではないのです、
あなたは農業のいろはさえ知らないのです。
 
そして
あなたの全自然とそのあなたの自然の機能は
とても不合理だ、
そして
これから私が言うことは
私の全人生の経験だ。
 
あなたは何かを学ぶべきだ。」
 
 神は言った、
「あなたのアドバイスはなんですか?」
 
 農夫は言った、
「私に1年という時間をください、
そしてものごとをただ私の言うとおりにしてください、
そして何が起こるのかを見ましょう。
貧困はなくなっているでしょう!」
 
神は喜んでそうした、
そしてその農夫には1年が与えられた。
 
さて彼の意志によって
あらゆることが起こった。
 
当然、彼はもっとも良いものを尋ねた、
彼はもっとも良いものだけを思った
…雷鳴はない、
強い風はない、
穀物に危険はない。
 
あらゆることが快適で、心地よかったので、彼はとても幸せだった。
 
小麦はとても背が高く育っていた!
 
危険はなかった、
邪魔はなかった、
あらゆるものごとが農夫の欲のとおりに動いた。
 
太陽が欲しいときには、太陽が照った、
雨が欲しいときには、雨が降った、
それは
農夫の欲するとおりに。
 
 
 
古い時代では、
雨がたくさん降ると、
川が洪水になり、
穀物は壊されていた、
 
そして
雨が十分に降らないと、
土地は干上がったままとなり、
穀物は死んでいった…
 
あるときにはあることがあり、
このときにはこのことがある。
 
それは稀だ、とても稀だ、
正しくあることは。
 
 
 
しかし、
この年はすべてが正しく行われた、
数学的に正しかった。  
 
小麦はとても背が高く育っていたので
農夫はとても幸せだった。
 
農夫はよく神のところに行って、言った、
「見てください!
今度の穀物は、
これから先10年間もし人々が働かなくても
充分なほどになるでしょう!」
 
しかし、穀物が取り入れられると、
中には小麦がなかった。
 
農夫は驚いた
…なにが起こったのだ?!
 
農夫は神に尋ねた、
「どうしたのでしょう?
なにが間違ったのでしょう?」
 
神は言った、
「なぜなら、チャレンジがなかったからだ、
なぜなら、難しさがなかったからだ、
なぜなら、葛藤や摩擦がなかったからだ、
なぜなら、全てが良かった、
 
あなたは全ての悪いものを避けた、
 
小麦は虚弱なままだった。
 
少しの苦闘は必ず必要なものだ。
 
嵐は必要だ、
雷鳴、稲妻は必要だ。
 
彼らは小麦の中の魂を揺り起こす。」
 
 
 
 
この寓話には途方もない価値がある。
 
もしあなたが幸せで、幸せで、ただ幸せなだけなら、
幸せはすべての意味を失う。
 
 
あなたは幸せに疲れてしまうだろう。
あなたは幸せに飽きてしまうだろう。
 
あなたは幸せに興味があるままだ
なぜなら
悲しみの瞬間もあるからだ。
 
それらの悲しみの瞬間は
あなたを幸せへの興味を保つ。
 
 
あなたは砂糖だけを食べ続けることはできない
…ときどき塩も必要だ、
そうでなければ
全ての味を失うだろう。
 
もしあなたが幸せで、幸せで、ただ幸せならば…
あなたは幸せの糖尿病になるだろう。
あなたは虚弱になるだろう。
あなたは退屈に、完全に退屈になるだろう
…あなたの生は意味がなくなる。
 
 
それはまるで、
誰かが白い壁に白いチョークで書いているようなことになるだろう。
 
彼は書き続けることはできる、
しかし、
けっして誰1人もそれを読むことはできないだろう。
 
あなたは黒い壁に白いチョークで書かなくてはならない、
そうすると
それははっきりしてきて、音が大きくなる。
 
 
夜は昼と同じだけ必要だ。
 
そして
悲しみの日々は、幸せの日々と同じように
欠かすことができない。
 
 
これを私は理解 understanding と呼ぶ。 
 
 
1度それをあなたが理解すると、
あなたはリラックスする
…そのリラックスの中が明け渡し surrender だ。
 
 
あなたは言う、
「汝がなすだろう。」
 
あなたは言う、
「あなたが正しいと感じることをなんでもしなさい。
もし今日雲が必要ならば、私にぼろ duds を与えなさい。
私に聞かないでくれ。
私の理解は小さい。
私の意志はバカだ。
私が生の何を知っているかって?
その秘密を?
私に聞かないでくれ!
あなたはただあなたの意志をし続ければいい。」
 
 
そして、ゆっくりゆっくり、
あなたがもっと生のリズムを見ると、
二元性のリズムを、
両極性のリズムを見ると、
あなたは尋ねるのをやめる、
選ぶのをやめる。
 
 
選択によってはなにも変わらない
…なにも変わらない、
ただあなたをいらいらさせるだけだ。
 
すべては同じままだ。
 
もしその川が北に行けば、
その川は北に行く、
あなたの選択では
その川は南に行かなくてはならない、
あなたは惨めになる、ただそれだけだ。
 
川は北へと行き続ける。
 
あなたの意志、
あなたの選択、
あなたの行動、
それらは全くなんの違いも作らない。
 
 
しかし1つの違いは、確かに、それは作る
…世界や存在の中の状況に違いはない…
しかし1つの違いはあなたの心理の中にある、
 
あなたはいらいらする、
なぜなら
川は北には行かない、
または
川は北に行く、
そして
あなたのマインド(思考)の中ではその反対の方向を持つ。
 
あなたは失敗している。
川はあなたを失敗させるつもりはない
…川はあなたになにもしようがない。
 
 
 
理解が起こった人は
川とともにゆく、
流れとともに流れる、
風とともに動く。
 
 
 
ゆっくり、ゆっくり、それを理解してごらん
 
「私の手の中にはなにもない」
 
明け渡し surrender になったのだ。
 
 
そして
その明け渡し surrender は素晴らしい祝福をもたらす。
 
その明け渡し surrender は至福をもたらす。
 
 
あなたは秘密を見出したのだ!
 
これが秘密だ。
 
この秘密とともに生きることだ、
そしてその美を見なさい。
 
この秘密とともに生きることだ、
そしてあなたは突然驚くだろう、
 
生の祝福はなんとすばらしいのだろう!
 
瞬間ごとに、 
いかに多くがあなたに注がれていることだろう!
 
 
しかし
あなたは自分の期待の中で、
自分の小さな取るにたりない欲望の中で、
ずっと生きている。
 
 
惨め misery とはただ1つの意味だ、
それは
ものごとがあなたの欲望にかなっていない。
 
…そして、
ものごとはけっしてあなたの欲望にかなわない、
それはできない。
 
ものごとは単に自然に流れていく。
 
老子はこの自然をタオ tao と呼ぶ。
 
ゴータマ・ブッダはこの自然をダンマ dhamma と呼ぶ。
 
マハヴィーラは自然の宗教の定義がある。
 
なにもなさることはできない。
 
火は熱い
そして
水は冷たい。
 
 
あなたの意志を自然に押し付けることはしないように。
 
 
それはおバカな人がすることだ
…そして惨めと地獄を自身で作り出す。
 
 
賢い人は自然とともにリラックスしている、
その人は自然の流れとともにゆく。
 
そして
あなたが自然の流れとともにゆくとき、
影はなくなる。
惨めはなくなる。
悲しみすら輝いている。
悲しみすら美しくなる。
 
悲しみがやって来ないというのではない
…悲しみはやって来るだろう…
しかしそれはあなたの敵ではなくなる。
 
あなたはそれと友達になるだろう、
なぜなら
あなたはその必要性がわかるからだ。
 
 
あなたはその優美さを見ることができる、
そして
あなたは、
なぜそれがそこにあるのか、
なぜそれが必要なのか、
を見ることができる。
 
そしてそれなしでは、
あなたはもっと少ないだろう、もっと多くはない。
 
 
これが明け渡し surrender の意味だ。
 
 
あなたは私を誤解し続けている。
 
 
私が明け渡し surrender と言うとき
あなたは何かをしなくてはならないと考える。
 
 
違う。
私は言う、
 
あなたはなにもすることがない、
あなたはすることができない、
なに1つもする方法はない…
 
 
これを見なさい!
 
 
これが明け渡し surrender だ。
 
 
 
 
from osho talks
oshoの講話より
 
from osho transformation tarot
osho transformation タロット より
 
The Perfect Master, Vol 2
 
Talks on Sufi Stories
 
Talks given from 01/07/78 am to 10/07/78 am 
English Discourse series
 
Chapter 10
Chapter title: Exactly in the Middle
10 July 1978 am in Buddha Hall
 
 
この全講話の英語のダウンロードpdfはこちら。
 
 
 
chapter 10 の質問1の英語の全講話です。
 
(素晴らしいお話しなので英語で読める方は
是非読んでみてください。)
 
 
 
Exactly in the Middle
 
 
 
The first question:
Question 1
 
YOU MAKE IT ALL SOUND SO EASY. 
BUT IS IT? IS IT REALLY?
IT SEEMS TO ME THAT THE WHOLE THING IS OUT OF OUR HANDS. 
WE HAVE NO MORE CHOICE TO SURRENDER THAN TO BE IN THE EGO. 
I LIVE MY LIFE AND SOME DAYS I’M HAPPY AND SOME DAYS I’M SAD, BUT I’M NOT ENLIGHTENED. 
THERE MUST BE SOME TRICK, SOME ALCHEMY. 
PLEASE ENLIGHTEN ME.
 
 
 
DHARMEN, you have found it! 
this is the trick
this is the alchemy: 
to understand that nothing is in our hands is 
what is meant by surrender. 
 
Surrender is not something that you have to do 
or 
you can do. 
 
If you do it, how is it going to be surrender? 
 
It is not an act. 
 
It cannot be by its very nature. 
 
The very definition of surrender is that you cannot do it. 
 
 
Seeing the point, 
that nothing is in our hands 
– to be this way or that, 
to be egoful or to be egoless – 
seeing this, 
surrender happens. 
 
What is left then? 
 
If you have really seen this, 
you have understood the very secret.
 
 
 
Language creates the problem, 
because language turns everything, 
twists everything, 
into something other than it is. 
 
The moment I say ”Surrender!” 
you start thinking ”How to do it?” 
This is a linguistic fallacy. 
 
 
 
When I say surrender, 
this is exactly what I am saying: 
I am saying nothing is in your hands. 
 
In fact, you are not there behind your hands either. 
 
All is happening.
 
 
 
Yes, some days you are sad, and some days you are happy
– and there is nothing to do. 
 
So some days be sad, and some days be happy
– this is surrender. 
 
When happy, enjoy it, live it, dance it, sing it. 
 
When happy, don’t be worried about sadness. 
 
There is no point 
– you cannot do anything about it. 
 
When sad, be really sad! 
Cry tears of sadness, sing sad songs. 
 
And DON’T try to become happy 
– it is not in your hands.
 
 
 
A Zen Master was asked,
”What do you do when it is hot?” 
 
He said,
”I perspire.”
 
”And what do you do when it is cold?”
 
He said,
”I shiver.”
 
 
So, when hot, perspire. 
When cold, shiver. 
 
 
When alive, live! 
When dead, die! 
 
 
What is in your hands? 
Nothing is in your hands. 
 
 
To think that ”Something is in my hands” is the way of the ego. 
 
 
That’s what ego is.
Ego says, 
”You can do this. 
Why are you sad? 
You can be happy. 
It is within your capacity. 
You can become more perfect, 
you can become more beautiful, 
you can become more good. 
You can become a saint. 
Why are you not doing something?”
 
The ego always prods you, goads you into doing: 
”Do something!” 
 
It creates the fallacy that it is within your hands to change, 
that you are the master of your destiny. 
 
That is the way of the ego. 
 
That is the fallacy!
 
 
 
Nothing is in your hands.
 
The moment you see the fallacy, it disappears. 
 
The moment you see that there is only a rope and no snake... the snake was just a projection in the dark. 
 
Out of fear you had seen it. 
 
When you come close and 
you bring a lamp and 
you see that it is a rope, 
the snake is no more there! 
 
The question is dissolved. 
 
Seeing that nothing can be done, 
surrender has happened.
 
 
 
This is the whole secret of it. 
 
 
 
And, Dharmen, you have understood it. 
But still your ego is playing tricks with you. 
The ego is saying, 
”There must be some way to do it. 
There must be a trick
There must be something hidden, esoteric, that you don’t know. 
There must be a key that can unlock the door.”
 
There is no key, 
there is no lock, 
there is no door. 
 
Nothing has to be unlocked 
because nothing has been locked from the very beginning.
 
Your question is beautiful, Dharmen.
If you can understand your question, 
all questions will dissolve 
– because your question carries the answer!
 
 
You say: 
YOU MAKE IT ALL SOUND SO EASY.
 
 
It IS easy! 
 
What can I do? 
 
It is not in my hands to make it difficult.
 
It is easy because it is not an act. 
 
Only if you have to do something can it be difficult. 
 
When you have NOT to do anything, 
how can it be difficult? 
How can non-doing be difficult? 
 
’Difficult’ 
– the very word is relevant only with doing. 
 
Non-doing is an under-standing, is an insight, a sudden vision. 
And that’s what has happened to you in this question.
 
 
You say: 
YOU MAKE IT ALL SOUND SO EASY. 
BUT IS IT? 
IS IT REALLY?
 
 
You don’t want to believe in it. 
You don’t want to believe in its easiness. 
 
See the point! 
 
You WANT it to be difficult, then you will be very happy. 
If I say, 
”It is very difficult, Dharmen,” 
 
you will relax, you will be relieved. 
 
If I say,
”It is almost impossible,” 
 
a burden is removed from your head. 
 
Then you will say, 
”Then it is okay. 
Then I can travel. 
Then there is challenge. 
Then my ego can do many things
– it is difficult and I am going to do it.”
 
The more impossible it looks, 
the more appealing it is to the ego. 
 
Hence, I cannot say it is difficult, 
because I don’t want to support your ego in ANY way. 
 
It is easy – it is absolutely easy. 
 
But the moment I say ’easy’ 
you become uneasy. 
 
You start feeling, 
”Then? Then there is nothing left as a challenge.” 
 
Then you are not attracted towards it. 
 
If it is SO easy that even a child can do it 
– in fact it is so easy that only a child can do it! – 
then your ego feels hurt. 
 
You want something arduous, some uphill task. 
 
It should be the Everest 
– so only you can reach and nobody else,
If it is difficult, competition is possible. 
If it is difficult, fight and war art possible. 
If it is difficult, then politics is possible. 
 
Then only a few aye going to reach, not all. 
 
You can fight, 
you can plan, 
you can maneuver, 
you can invent strategies to pull others’ legs and not to allow them to reach, 
to use others’ heads as steps so that you can reach.
 
And if it is so difficult that only one can reach, 
then you will feel very thrilled: 
you can be that one! 
 
A possibility is there that you can be that one, that special one. 
 
That’s why people are interested in becoming the prime minister of India or the president of America. 
 
Why? 
Do you think they gain something? 
 
All that they gain is they reach a place where only one can reach – that’s all. 
 
It is such a stupid game, 
but the joy is that out of millions of people only one can reach there. 
That’s the only joy. 
Nothing is achieved! 
And only fools are attracted. 
 
But ego IS foolish. 
 
And the greater the fool, the greater the ego 
– and vice versa
the greater the ego, the greater the fool.
 
The foolish man’s whole interest is in the difficult. 
Make things difficult and he becomes interested. 
People solve crossword puzzles just for that one single reason
– because it is difficult.
 
When I say it is easy, it is so easy, 
that you are not even needed to move your hands, 
you need not even go outside your room... 
so says Lao Tzu. 
It is SO easy that you need not even open your eyes
It is so easy that it can happen in a single moment. 
It is so easy that you need not compete, need not practice, need not cul-tivate.... 
 
 
Just WATCH inside: 
when I am saying it is so easy that it is possible just now, 
you start losing interest in it. 
 
 
Your ego says, 
”Then what is the point? 
If it is so easy that everybody can achieve it, 
then it is not worth it.”
 
Just think:
if there were Kohinoor diamonds on every beach of the ocean, and they were just like pebbles, available everywhere, would there be any value in the Kohinoor diamond? 
 
The value is there only because it is the ONLY one. 
 
There is no other diamond like it. 
It is rare, so rare that only one can possess it.
 
Man’s ego always wants the difficult. 
Make things difficult and many people will become interested. 
That’s why more people are interested in Yoga – it is a difficult gymnastics. 
 
People are interested in difficult things. 
You can make them do ANYTHING. 
 
If you tell them: 
”Stand on your head for thirty years,” 
they will stand. 
 
Just ONE joy has to be there, that nobody else has been able to stand on his head for thirty years: 
”I am the only one – I am the Kohinoor diamond. I am no ordinary person.”
 
 
 
When I say it is easy,
I kill your ego,
I destroy your ego.
 
I pull the very earth from underneath your feet. 
You fall flat on the ground.
 
That’s why you cannot believe it, Dharmen. 
 
But my difficulty is that I cannot be untrue 
– it is so. It is easy. 
 
The easiest thing in the world is God – HAS to be! 
because we live in him, 
we breathe in him. 
 
He surrounds us just like a fish is surrounded by the ocean. 
 
He is everywhere! 
 
and ONLY he is.
 
Each breath that you take in, you take God in. 
 
He circulates in your blood, 
he beats in your heart, 
he walks when you walk, 
he sits when you sit. 
He is ONE with you!
 
And it is easy because he has not to be attained – it is already the case. 
 
But then the ego loses interest. 
That’s why you ask:
 
 
YOU MAKE IT ALL SOUND SO EASY. BUT IS IT?
 
 
Somewhere your ego goes on hoping that 
”Osho must be joking. 
It can’t be that easy. 
It HAS to be difficult.”
 
 
BUT IS IT? 
IS IT REALLY? 
IT SEEMS TO ME THAT THE WHOLE THING IS OUT OF OUR HANDS.
 
 
And that’s what I have been telling you all along. 
 
It is out of your hands 
because you don’t have any hands except the hands of God! 
 
The moment you think yourself separate from God, 
everything is out of your hands. 
 
And the moment you think yourself one with God, 
everything is in your hands. 
 
But those hands are no more YOURS – they are the hands of God.
 
 
For man everything is impossible: 
for God everything is possible. 
 
 
For the part, everything is impossible: 
for the whole everything is possible.
 
 
IT SEEMS TO ME THAT THE WHOLE THING IS OUT OF OUR HANDS.
 
 
That’s what I have been insisting, day in, day out, year in, year out, that nothing is in your hands. 
 
Relax. 
Don’t try to cling. 
Don’t try to impose your will, 
because nothing is in your hands. 
 
Don’t be deceived by this will. 
It takes you into dreams and fantasies.
 
When it is summer, it is summer. 
And when it is winter, it is winter. 
And when it is sunny, it is sunny. 
And when it is cloudy, it is cloudy. 
 
Just today it is very cloudy... enjoy it! 
 
Enjoy all climates. 
 
Enjoy all moods of nature. 
 
They are all in a deep harmony. 
Everything is needed to make this world a perfect world. 
Just sun and sun every day won’t do.
 
 
 
 
I have heard an ancient parable
– must be very ancient because God used to live on the earth in those days. 
 
Slowly slowly, he became very tired of man, because people would torture him continuously. 
 
In the middle of the night, somebody would knock and say, 
”Why have you done this? 
Why not do it this way?” 
 
Everybody was advising; 
everybody was praying and their prayers were contradictory.
 
A man would come and would say, 
”Today let there be sun, because I am going to wash my clothes.”
 
And somebody else would come and he would say, 
”Today let there be rain, because I am going to plant trees.” 
 
Now what to do? 
They were driving God mad!
 
He had to disappear from the earth. 
He had to escape just to survive. 
He had to become invisible.
 
 
 
One day a man came, a farmer, an old farmer, and he said, 
”Look, you may be God, and you may have created the world, 
but one thing I must say to you: 
you are not a farmer, and 
you don’t know even the ABE of farming. 
 
And your whole nature and the functioning of your nature is so absurd, and this I say out of my whole life’s experience. 
You have to learn something.”
 
God said, 
”What’s your advice?”
 
The farmer said, 
”You give me one year’s time, and just let things be according to me, and see what happens. There will be no poverty left!”
 
God was willing and one year was given to the farmer. 
 
Now it was according to his will that everything was happening. 
 
Naturally, he asked the best, he thought only of the best 
– no thunder, 
no strong winds
no dangers for the crop. 
 
Everything comfortable, cozy, and he was very happy. 
 
The wheat was growing so high! 
 
No dangers were there, 
no hindrances were there; 
everything was moving according to HIS desire. 
 
When he wanted sun, there was sun; 
when he wanted rain, there was rain, and 
AS much as he wanted. 
 
In the old days, sometimes it rained too much, and the rivers would be flooded, and the crops would be destroyed; 
and sometimes it would not rain enough and the land would remain dry, and the crops would die... 
and sometimes something else, 
and sometimes something else. 
 
It was rare, very rare, that things were right. 
 
But this year everything was put right, 
mathematically right.
 
The wheat was growing so high that the farmer was very happy.
He used to go to God and say, 
”Look! This time the crops will be such that for ten years if people don’t work there will be enough food.”
 
But when the crops were cut, 
there was no wheat inside. 
He was surprised – what happened?! 
 
He asked God,
”What happened? what went wrong?”
 
God said,
”Because there was no challenge, 
because there was no difficulty, 
because there was no conflict, no friction, 
because all was good, 
you avoided all that was bad, 
the wheat remained impotent. 
 
A little struggle is a must. 
 
Storms are needed, thunder , lightning is needed. 
They shake up the soul inside the wheat.”
 
 
 
This parable is of immense value
If you are just happy and happy and happy, 
happiness will lose all meaning. 
 
You will become tired of it. 
You will be fed up with it. 
You remain interested in happiness because there are sad moments too. 
Those sad moments keep you interested in happiness. 
 
You cannot go on eating only sugar and sugar and sugar
– something salted is a must, 
otherwise all taste will be lost.
 
If you are just happy, just happy, just happy... 
you will have diabetes from happiness. 
 
You will become impotent. 
You will be bored, utterly bored 
– your life will not have meaning. 
 
It will be as if somebody is writing with white chalk on a white wall. 
He can go on writing, 
but nobody will ever be able to read it. 
 
You have to write on a black board, 
then it comes clear and loud. 
 
The night is as much needed as the day.
 
And the days of sadness are AS essential as the days of happiness.
 
 
THIS I call understanding.
 
 
Once you understand it, you relax 
– in that relaxation is surrender. 
 
 
You say:
”Thy will be done.” 
 
You say: 
”Do whatsoever you feel is right. 
If today clouds are needed, give me duds. 
Don’t listen to me. 
My understanding is tiny. 
My will is foolish. 
What do I know of life and its secrets? 
Don’t listen to me! You just go on doing your will.”
 
And, slowly slowly, the more you see the rhythm of life, 
the rhythm of duality, 
the rhythm of polarity, 
you stop asking, 
you stop choosing. 
 
Not that by choosing anything changes 
– nothing changes, just you become frustrated. 
 
Everything remains the same. 
 
If the river is going north, the river is going north; 
by your choosing that the river should go south, 
you become miserable, that’s all. 
The river continues to go north!
 
Your will, 
your choice, 
your action, 
makes NO difference at all. 
 
But one difference, certainly, it makes
– no difference in the situation of the world, in existence – 
but one difference in your psychology: 
you become frustrated, because the river is not going north, or going north, and you have the opposite direction in your mind. 
 
You are failing. 
Not that the river intends to make you a failure
– the river has nothing to do with you. 
The river is simply going north.
 
 
 
The man of understanding goes with the river,
flows with the flow,
moves with the wind. 
 
 
 
Slowly slowly, the understanding that 
 
”Nothing is in my hands” 
 
becomes surrender. 
 
 
 
And that surrender brings great benediction. 
 
That surrender brings bliss.
 
Dharmen, you have found the secret! 
 
This is the secret. 
 
Live with this secret, and see the beauty. 
 
Live with this secret, and you will be suddenly surprised: 
 
How great is the blessing of life! 
 
How much is being showered on you every moment! 
 
 
But you are living in your expectations, in your small, tiny, trivial desires. 
And because things are not fitting with your desires, you are miserable.
 
Misery has only one meaning, 
that things are not fitting with your desires 
– and things never fit with your desires, 
they cannot. 
Things simply go on following their nature.
 
Lao Tzu calls this nature Tao. 
 
Buddha calls this nature Dhamma. 
 
Mahavir has defined religion as the nature of things. 
 
Nothing can be done. 
 
Fire is hot 
and 
water is cool. 
 
Don’t try to impose your will on the nature of things. 
 
That is what the stupid man goes on doing 
– and creates misery for himself, creates hell. 
 
The wise man is one who relaxes with the nature of things, 
who follows the nature of things.
 
And when you follow the nature of things, 
no shadow is cast. 
There is no misery. 
Even sadness is luminous then, 
even sadness has a beauty then. 
Not that sadness will not come 
– it will come – 
but it will not be your enemy. 
 
You will befriend it, 
because you will see its necessity. 
 
You will be able to see its grace, and 
you will be able to see WHY it is there and why it is needed. 
 
And without it you will be less not more.
 
This is the meaning of surrender. 
 
You go on misunderstanding me. 
 
When I say ”Surrender!” 
you think you have to do something. 
 
No. I am saying: 
 
You have nothing to do, 
you cannot do, 
there is no way of doing anything... 
 
see this! 
 
This is surrender.
 
 
 
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sammasati サマサティ
right remembrance
正しく想起する
 
 
『The last word of Buddha was, sammasati. 
 Remember that you are a buddha – sammasati.』
 
 
瞑想と愛 meditation & love
 
 
 
花仙人
 
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